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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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閑話 裏の話9

 私が家に帰ると、お母さんと兄さん、そしてもう一人、兄さんの同僚だというシャーロットさんという女の人が待っていた。お母さんと兄さんは私の顔を見るなり祝福の言葉を投げかけてくる。シャーロットさんも隣で微笑んでいる。自分の事のように喜んでくれている二人の顔を見て、私もなんとなく実感が沸いてくる。


 ちなみにこのシャーロットさんという人はミシアさんの助手という人物で、犬系の獣人種という種族らしい。少し褐色の肌をしていて顔は人と変わらないけど、耳は犬耳だ。そして胸がでかい。でも帽子か何かで頭を隠せば普通にどこでもいる外国人で通りそうだ。二度ほど会って話したことが有るけど、どうも兄さんに気が有るっぽい。そんな気がするだけで私の考えすぎかもしれないけど、これまでの兄さんの女性遍歴を考えると心配になってしまう。少し変わった人に異常にモテるというか。


 ただ、後で思ったことだけど、最初の入れ替わりでゴブリンのアーニじゃなく、この人だったならあそこまで大騒ぎにならなかったんじゃないかって思う。まぁ、この辺り事は実際にその状況になってみないと何とも言えない事ではあるんだけど。


 お母さんはまたキッチンに戻っていって料理の続きを始めた。シャーロットさんはそれをお手伝いするようで、お母さんについていった。一応お客さんな訳だしそれもどうかと思ったりもするけど、お母さんとシャーロットさんがそれでいいなら、私からは何も言えない。もしかしてポイント稼ぎ的な事を考えているのかと勘ぐってしまう自分がいるけど。


 まぁ、それはさておき、もうすぐお父さんも帰って来るという。いつもはもう少し遅い時間なんだけど、今日はお祝いだという事で早めに帰ると連絡があったそうだ。


「向こうはどうなの? やっていけそう?」


 一通りのお祝いとねぎらいの言葉を貰った後、私は兄さんにそう尋ねた。兄さんは専門学校を卒業して向こうの世界に就職した。具体的には年が明けてから向こうで生活を始めて、学校を卒業したあとは向こうで仕事の見習いのようなことをやっている。給料とか待遇とか色々なハードルが有ったらしいけど最終的に堤さんという人と、うちの両親が面会して話を詰めたようだ。

 言葉の問題はミシアさんの魔法的な技術で通じるようになっているらしい。私もその魔法的なことをしてもらえばアーニの言葉がわかるらしいのだけど、ミシアさんの話では脳に物理的に記憶を焼き付けるというような説明を受けたので、とりあえず受験が終わるまで見送ることにした。わたしのあんまり上等じゃない脳味噌にこれ以上受験勉強以外の情報を入れるのはちょっと無理かなって思ったからだ。というか、他の色々な話も私は蚊帳の外状態で、そんなのはいいから勉強に集中しなさい、という事で、詳しいことは知らされていないけど。


「うーん。まぁなんとか。ミシアさんのおかげで言葉も通じるし。とりあえず試用期間っていうか、適性を見るとかいって、色々な部署に連れまわされてるけど。あ、それと春休み中に藍を向こうに連れて行くって話、あれ延期になりそうな感じだぞ」


「あ、そうなんだ。それは別に構わないけど、なにか理由が有るの?」


 私の合格発表が終わったら一度向こうの世界に行ってみようか、っていう話が出ていた。兄さんの話ではまんま剣と魔法の世界って言う事だったので楽しみではあったんだけど、実際に行くとなると、少し不安というか尻込みしてしまう。ただ、堤さんという人やミシアさんは向こうの世界ではそれなりに地位とか実力がある人達らしいので危険な事は無いって説明を受けていたんだけど、それが延期になるという。私は残念なような少しホッとした様な複雑な気分でその理由を尋ねた。


「渕さんが発見されたらしい。なんでもナントカ帝国っていう外国にいるらしくて、ミシアさんが慌ててた。しばらくそっちにかかりきりになるってさ」


「あ、見つかったんだ。えっと、無事だったの?」


「無事は無事らしんだけど……。なんか大辺境ってとんでもない所に飛ばされて、今はその土地を治める領主に保護されてるんだって。色々な情報が錯綜してるみたいで詳しいことはわからないけど、なんかだ大変みたいだった」


 これも私は後から聞かされた話なんだけど、兄さんのアパートの隣人で友人の一人である渕一郎という人物は、一連の事件に巻き込まれてミシアさんと異世界に行ってしまったようなのだ。だけど、どうやらその時に諸々の事情で行方不明になっていたらしい。兄さんとは一緒にご飯を食べに行ったりする気の合う友人と言ってもいい仲の人だった。渕さんが兄さんの事をどう思っているのかはわからないけど、兄さんは渕さんにとても好感を持っている様で、はたから見ていると少し心配になってしまうほどだ。その、なんというかBL的な意味で。まさかそんなことは無いと思うんだけど。

 ちなみに、私も何回か会ったことがあるし携帯の番号も知ってる人だけど、思えば兄さんに対するストーカーの事件に巻き込まれたり、挙句は異世界に飛ばされたりと、なんというか、お気の毒というか、申し訳ない気持ちになってしまう。私は悪くないんだけど。


「それでホントは今日、ミシアさんとアーニ君もここに来る予定だったんだけど、ミシアさんは渕さんのことでそれどころじゃなくて、シャロさんが俺の付き添いって言うか、送り迎えでついてきてくれたって訳。ああ、ビデオレター的なやつ撮ってきたけど今見る? 後で藍の携帯に送るけど」


「あ、それは見たい」


 私は兄さんのその言葉に二つ返事で返した。私の返事に兄さんはおもむろにスマホを取り出し少し操作したあとテーブルの上に置く。スマホにはミシアさんとアーニが並んで座っている様子が映し出された。


『……えーと、これに向かって喋ればいいんですか?』


『ああ! アーニ君、触っちゃダメ! もう撮ってるから』


『ゴギャゴギャ』


 ちょっと久しぶりに見たアーニの姿に私は思わず少しにやけてしまう。


『あー、藍さん、なにやらジュケンという人生を左右するような重大な儀式があったとのことですが、聞いた話では来年も再挑戦できるという事ですし、気を落とさずにまた頑張って……』


「あ、すまん、こっちじゃなかった」


 兄さんはそう言うとあわててスマホを掴み、操作している。というか、さっきの映像は落ちた時用ってことか。まぁ、わからなくはないけど、そういうのを見せられると微妙な気分になるな。


 そのあと、兄さんは今度はちゃんと合格した時用のメッセージ動画を見せてくれた。ミシアさんのおめでとうの言葉とアーニ君の拙い日本語のおめでとうに、ほんわかした気分になる。しかし、よく考えると今のミスは逆だったらシャレにならんぞ。私が不合格で動画が合格用の動画だったら、気まずいなんてものじゃないと思うんだけど。その辺ちゃんとわかってるのかこの兄は。


 夕食のいい匂いが漂ってくる中、兄さんはこの他にも向こうの動画や写真を見せながら、色々と解説してくれたりした。ほんとにゲームか映画の世界のような映像や画像で、見ているだけでわくわくしてしてしまう。そんな風に過ごしていると、やがてお父さんも帰って来た。


 お母さんの手作りのいつもより豪華な料理と、お父さんが買ってきた少し高そうなお寿司が並んでいるテーブルに着き、ちょっとしたお祝いの席が始まった。シャーロットさんは家族水入らずの中に混じっていることに少し申し訳なさそうだったけど、目の前の料理には興味があるようで耳がピコピコと動いていた。かわいい。そして、兄さんにスマホで写真や動画を取るように頼んでいた。あとで、ミシアさんやアーニに自慢するそうだ。まぁ、その気持ちはわからなくもない。


 私のお祝いはもちろんだけど、いつの間にか兄さんの向こうでの生活の話や仕事の内容の話が中心になる。シャーロットさんの解説が入ったりして、その話でしばらく盛り上がった。というか、この二人、兄さんが異世界に就職したことをどう思ってるんだろう。


「そういえば、藍の住むところも探さなきゃね。今からでいいところあるかしら。ネットで少し調べてはみたけど」


 お母さんのその言葉に、そういえばって感じで、合格発表の確認をした後、泉さんに会ったことを伝える。そして、アパート探しなら協力できる、みたいな事を言っていたことも併せて伝えた。


「あら、そんなこと言ってたの? ……それ、お願いしようかしら。私もお父さんも年度末と年度初めはなかなか忙しいし、詠もこっちにいないから、少し困ってたのよね。藍一人に任せるのも心配だったし。……藍、ちょっと今から泉さんに電話してみなさいよ」


「えー、だってこの話したの今日だよ? さすがになんというか、ちょっと気まずいよ。なんかあさましいっていうか……」


「いいから。今この瞬間にもいい部屋が抑えられていっているのよ。こういうのは早い方がいいわ。あなたが挨拶したら、後は私が話すから」


 こうなるとお母さんは引かない。私は渋々電話することになった。っていうか、二回しか会ったことないんだけど、うーん、緊張するなぁ。まだそんなに遅い時間じゃないし、失礼じゃないと思うけど、なんかあんまり親交が無いクラスメイトに電話するときのような気分というか。


 お母さんの「早くしなさい」の言葉に押され、名刺の番号を確認して通話ボタンをタップする。三回ほど呼び出し音が鳴った後、通話が繋がった。


「あ、もしもし、あの、泉さんの携帯ですか? 私、今井藍です。あの、今日はごちそうさまでした。今、お電話大丈夫でしょうか?」


『……………』


「あの、えっと、……もしもし?」


『…………………睦月に用事?』


「あ、はい、え?」


『……………すまん。私だ』


「あ、あの、今井藍です。えーと、昼間はどうもでした。……泉さんですよね?」


『ああ、お前か。……早速何の用だ?』


「えーとですね。あ、今日はごちそうさまでした。それで、今、家族で少し私が住むところの話をしてたんですけど、泉さんの話をしたら、……うちの母が食いついてきまして……」


 私は、少ししどろもどろになりながら事情を説明する。そして、そのままスマホをお母さんに渡す。それにしても最初のは何だったんだろう。


 お母さんは私のスマホをもってキッチンの方へ行ってしまった。そこでしばらく電話で話していたが、やがて戻って来てスマホを返してくれた。


「藍、貴方の住むところ決まったわよ。貸し一つってことで話がついたわ」


「え? 決まったって、決めちゃったの? どんなとこ? っていうか、え? ちょっと待ってよ!」


「今度の週末に一緒に見に行きましょ。それで、もし藍が気に入らなかったら、その足で現地の不動産屋さんに行くわよ。……でも、お母さんはこの話で決めてしまいたいわね」


「……それならいいけど。 ……その物件ってどんな物件なの?」


「簡単に言うと下宿ね。今風に言えばルームシェア、……とはちょっと違うけど、似たようなもんでしょ。大学までは徒歩で三十分くらいだろうって。本数は少ないけど市営のバスがあるらしいわ。まぁ、自転車で通学してもいいし」


 下宿。……下宿かぁ。なんかイメージ湧かないんだけど。


「希望によるけど、朝食とか夕食が出るらしいわよ。藍に一人暮らしさせるよりは、お母さんはそっちのほうが安心なんだけど」


 一人暮らしに憧れはあるけど、ご飯付きは確かに魅力的だ。料理は全然できないってわけじゃないけど、得意って訳でもないし。でも、部屋の感じとか見ないと決められない。私がお金出すわけじゃないからあんまり贅沢は言えないけど、酷くボロだったり汚かったりしたらさすがに嫌だし。ネットとかで、部屋の様子とか見れないのかと思って、その辺をお母さんに聞いてみた。


「無いわよそんなの。一般の店子は募集してないもの。ああ、これを最初に言うべきだったわね。そこ、泉さんのご実家よ」






「いってらっしゃい。お帰りは遅くなりますか?」


「いえ、夕方には帰ってこれると思います。遅くなりそうな時には連絡しますので。……じゃあ、いってきます」


「はい。お気をつけて」


 私は管理人である沢田さんにそう挨拶して玄関を出る。そしてその玄関から正門というか表門までしばらく歩く。途中でふと振り返り自分が出てきたお屋敷を仰ぎ見る。日本家屋風の大邸宅。私は結局、泉さんの実家だというこのお屋敷にお世話になることになった。でも家名は泉じゃなくて和泉。まぁ、読みは一緒だし、その辺はどうでもいいことなんだけど。


 いったい何LDKなのかわからないけど、地下室や離れの家もあるような大豪邸で、旧華族の由緒あるお屋敷だとか、重要文化財級の建物で、乃木大将も招いたことが有るとか、そんな説明を受けて、私としてはもの凄く引いてしまった。だけど、お母さんに押し切られてここに決めてしまった。大学の入学まであまり時間が無かったこともあって、とりあえずここに住んでみて、私がどうしても馴染めない様だったら、その時はあらためてアパートなりマンションなりを探すから、という言葉に頷いてしまった。


 最初の話では離れにある元々は使用人が使っていたという部屋を使わせてもらう話だったんだけど、私のあまり多くない引っ越しの荷物は、私がホームセンターに自転車を買いに行っている間に、何処で話が行き違っていたのか母屋の二階の部屋に運ばれてしまっていた。


 私が買い物から帰ってきたときには、既に引っ越し屋さんは帰った後だった。引っ越し屋さん的には忙しいこのシーズンに戻って来いとはさすがに言い辛い。呆然としている私に管理人の沢田さんは酷く恐縮していて、離れの部屋に荷物を運ぶと言ってくれたのだが、一人暮らし向けの小型なものとはいえ冷蔵庫やテレビを沢田さんに運ばせるわけにもいかず、かといって私が無理して運んでもなんだか当てつけみたいになってしまいそうなので、なんとなくなし崩し的な感じで私はその部屋に住むことになった。


 沢田さんは住み込みで働いている女性の管理人さんで、物腰は柔らかく落ち着いていて、いつもニコニコしているような感じの人だ。定期的にハウスクリーニングや庭師のような業者を手配するそうだけど、基本的にはこの大きなお屋敷を沢田さん一人で管理しているらしい。見た目は若く背が高い美人なのだが、はっきりいってその年齢はわからない。二十代でも三十代でも、もしかしたら四十代だと言われても納得してしまいそうな見た目というか雰囲気というか。気にならないと言えば嘘になるが、その辺りのことは触れないようにする。あの泉さんの実家でもあることだし。その泉さんは偶に帰って来るようだけど、基本的に職場の近くでホテル暮らしをしているらしい。セレブか。


 新生活が始まってしばらく経つが、沢田さんは私が断らない限り基本的に朝食と夕食を準備してくれる。そして私がお休みの日にどこにも出かけない様なら、昼食も用意してくれる。つまり下手すると実家にいた頃よりも食生活が安定して充実している。大学に行くときにお弁当を作りましょうか、と言われたが、それは流石に遠慮している。学食もあるし。ただ、洗濯ものをまとめて出しておけばこちらでやっておきますが、という言葉には陥落しそうな私がいる。

 そもそも下宿ってそこまでしてくれるものなの? ご飯とかは沢田さんも住み込みな訳だし自分の分のついでに作っているのかもしれないけど。ちなみにこの屋敷には私の他にもう一人住んでいる人がいるらしいんだけど、わたしはまだ会ったことがない。どんな人かも知らないけど、もしかしたら長期出張とかで家を空けているのかもしれない。ていうか、家賃いくらなんだろう。お母さんは結局教えてくれなかった。

 そんなことを考えながら門の所に停めてある自転車に手を掛ける。このお屋敷は結構坂の上にあるので行はいいけど帰りが辛い。タイミングをみて原付の免許を取ろうと思っているのだけど、今はまだ新しい生活に慣れるのに精いっぱいだ。


「おい」


 不意に誰かに声を掛けられる。甲高い男の声というか、男性、女性、どちらともとれる声。私は辺りを見回す。


「おい、こっちを見ろ」


 辺りには誰もいない。ただ、足元に一匹の三毛猫がいて、こちらをじっと見つめている。声もその辺から聞こえたような気がする。……いやいや、まさかね、とは思いながらも、もしかしたら私の新生活のストレスが生み出した幻聴かも知れない、とか考える。まぁ、食生活は充実しているし、小言を言うお母さんもいないので、ある意味でもの凄くストレスフリー状態な訳だけど。それに、大学生活もボッチって訳じゃなく、同じ科目を選択した地方出身の女の子と友達になったりして、充実しているといえばしてるけど、なにかしら目に見えないような抑圧された現代人の悲しいストレス的な事が有るのかもしれない。ビレゾンで。


 色々と理屈をこねてみたが、もしこの猫が喋っているのなら、正直に言うと関わりたくない。


「おい、次無視したらひっかく」


「ちょっとやめてよ。ストッキング伝染したらどうするの? これ結構高いやつなんだよ?」


 あ、しまった。


「お前、頼みがある」


 私は思わずため息をつく。この猫はこの屋敷で飼われている猫だ。沢田さんが餌をあげているのを見たことが有る。私が引っ越すときにこの猫の説明はなかった。もし私が極度の猫嫌いとか猫アレルギーだったらどうするつもりだったんだろう。まぁ、猫とか犬とか好きなんですけど。それで、なんとなく学校帰りにコンビニで猫缶を買ってきて与えてしまった。ただ、その日、当然と言うかなんというか沢田さんのあげた餌をあまり食べなかった。いつもは残さず食べるのに、と心配している沢田さんを見て、勝手に餌をあげたとも言い出せず、とても罪悪感を感じたのだが、どうやら私のその行為は斜め上の方向へ発展したようだ。


 しょうがない、言って聞かせるか。これから毎朝話しかけらても困るし。


「………この前あげたのなら、もうダメだよ」


「なんでだ」


「アンタ、沢田さんの用意したご飯、食べなかったでしょ。それで、沢田さん心配してたし。……っていうか、喋れるなら沢田さんに直接言いなよ。猫缶買ってくれって」


「お前、なんで驚かない。普通オレが喋ったらみんな驚く」


「うわー、びっくりした。じゃあ、私行くから」


 私は自転車を押してその場を離れようとする。だけどいつの間にか三毛猫は進行方向に回り込んでいる。


「後生だ。頼む」


 こいつ必死か。後生とか言われて断るのも流石に気が引ける。まぁ、百円くらいのものだし。高い奴は人間のより高いけど。


「………わかった。買ってきてあげる。そのかわり、アンタのご飯は私が用意するって、後で沢田さんに話すから。アンタ、名前は?」


 ここで、三毛猫は暫く沈黙した。というか、猫が人語を喋っていることをあまり抵抗なく受け入れている自分に変な感じがする。あの泉さんの実家ならこんな事もあるかもしれない、くらいの感覚になってしまっているのか。まぁ、言葉の通じない緑色の謎生物に遭遇することに比べたらたいしたことではない。と思う。


「………名前は、無い」


 もしかして一人称は吾輩とかじゃないだろうな。いや、さっきオレって言ってたか。


「そんなわけないでしょ。話す時に、あの猫、とか、あの三毛、とか言って、私と沢田さんの認識に齟齬が生じたらそれはそれで面倒な事になるかもしれないし。……じゃあ、沢田さんになんて呼ばれてるの?」


「…………名前はミケでもタマでも好きに呼んでいい。そこは何とかしてくれ」


「……ホントに好きに呼んでいいのね?」


「ああ」


「じゃあ、アンタのことファイナルゴッドゼウスレクイエムって呼ぶね?」


「ふぁ? ………え? ……いや、それは……」


「何? ファイナルゴッドゼウスレクイエムちゃん。略してFGZRちゃん」


「………すまん。勘弁してくれ」


 なんでもいいと言ったくせに流石にベイブレードの商品名みたいな名前は嫌らしい。わがままな猫だ。


「…………朔という」


「さく? それがアンタの名前?」


「ああ」


 別に変な名前じゃないし、最初から言えばいいのに。


「わかった。美味しそうなの買ってきてあげる。じゃあね、サク」


 私はサクと名乗ったその猫に別れを告げ、自転車に乗る。もしかしたら全部私の幻聴かもしれないけど、餌を買って来るくらい問題ないだろう。もし幻聴なら私の精神がヤバいことになっているという話だけど、まぁ、その辺は追々考えよう。いよいよとなったら泉さんに相談するか。


 それから一日、私は普通の大学生活を送った。とはいっても、女子高生の時みたいに、普通って何だろう見たいな事を気にするようなことはしない。悪目立ちしないように、ある程度の身だしなみとか常識的な行動みたいなのは気にするようにしているけど、服のブランドとか流行りのスイーツとかワイドショーの話題とか、そんなのはもう気にしないことにした。チャラそうなラインのグループに誘われることに腐心したり、大学デビューに張り切っている人とかもいるみたいだけど、私的にはぶっちゃけボッチでも構わないくらいだ。それでも何人か友達っぽい人も出来たし、今のところは充実した大学生活を送っている。

 そりゃぁイケメンに声かけられたりしないかなぁとか、そんな事を妄想したりもするけど、声をかけてきたのは猫だった。

 現実は厳しい。……いや、この現実は少し厳しすぎやしないか。


 仲良くなった子が一緒に夕食を食べないかと誘ってくれたけど、適当に断って家路につく。途中でコンビニに寄ってハーゲンダッツを買う。ついでに猫缶を買うの忘れない。さっさと家に帰ってご飯食べてお風呂入ってハーゲンダッツ食べながらベイブレードの改造動画でも見よう。


 屋敷に向かう上り坂を自転車で勢いよく登る。だけど最後の方は押して歩く。最後まで自転車を下りずに坂を登り切るのが最近のささやかな目標だ。


 いつもの場所に自転車を止めると、そこにはサクが待っていた。こいつ、どんだけ楽しみにしてるんだ。


「おい」


「買ってきたって。マグロとささみがあるけどどっちがいい?」


「! 二個もあるのか!」


「他にも猫のおやつ的なやつも買ってきたけど、まずは沢田さんに断ってからだよ」


「うむ」


 サクは玄関に向かう私の後を軽い足取りでついてくる。ただいまの挨拶をしながら食堂に向かう。この時間なら沢田さんは食堂で夕方の再放送の時代劇を見ているか、キッチンで夕食の準備をしているはずだ。そう思いながら食堂を覗くと案の定沢田さんはテレビを見ながらくつろいでいた。


「おかえりなさい。夕食はいつもの時間で大丈夫ですか?」


 私の姿を見た沢田さんは微笑みながら言った。


「あ、はい。沢田さん、アイスクリーム買ってきたんで後で食べてください。冷蔵庫入れときますね。バニラと抹茶とストロベリーとキャラメル、どれがいいです?」


「ありがとうございます。私はどれでもいいですが、……よかったらお食事の後で一緒に食べませんか? 美味しいお茶を淹れますので」


 ふむ。それもいいかもしれない。熱いお茶とハーゲンダッツ。ふふふ。テンション上がるわ。


「あー、それと、サクの餌も買ってきたんですけど、あげても平気ですか?」


「さく?」


「え? えっと、この猫です」


 私は足元に座っている、サクに視線を落とす。


「ああ、その猫の名前、サクっていうんですか?」


 え、沢田さん、名前知らないの? っていうか、もしかしてコイツ沢田さんの前では普通の猫の振りしてるのか? 思わずじっとサクを見つめるが、自分は関係ないとばかりにすまし顔で座っている。


「……えっと、確か泉さんからそんな名前の猫がいるからって聞いてて、他に猫はいないみたいだし……」


 私は咄嗟に適当な言い訳をでっち上げる。


「そうですか。泉さんからその猫の世話もするように言われているのですけど、名前を聞いても好きに呼んでいいからって言われまして、……ただ、ちゃんとした名前が有るならって思うと適当に呼ぶ訳にもいかなくて……。確かに毎日同じようなご飯では、そのサクさんもかわいそうですね。私、そこまで気が回りませんでした」


 沢田さんはなんだか落ち込んでいる。そして私はそこはかとない罪悪感を覚えてしまう。


「あの、沢田さん、アイス、冷凍庫に入れさせてもらっていいですか? わたし部屋に荷物置いてきます」


「はい。お預かりしますね」


 私はアイスを沢田さんに預けて、自分の部屋に向かう。サクもそれに付いてくる。


「ちょっと、アンタ、どいうつもり? 沢田さんの前では普通の猫のふりしてるの?」


「にゃー」


 こ、こいつ……。


「………九州産! 厳選素材! ハーブで育てた国産鶏の新鮮な肉を冷凍せずにそのまま加工! 食いつきが違います!……って書いてあるけど、どうする?」


 私はコンビニのビニールから猫用おやつを取り出しパッケージの外側に書いてある宣伝文句を読み上げる。っていうか、国産っていうのはわかるけど、九州って鶏有名なのかな。特定の県名じゃなく九州ってのがざっくりしてるっていうか、名古屋コーチンなら知ってるけど、鶏といえば九州、みたいなノリがあるのだろうか。


 結局サクは私の部屋までついてきた。


「はやくくれ」


 部屋に入るなり人語で喋りだす。なんなの?


「……ちょっとだけだよ。缶詰を夕飯の時にあげるから、それまで我慢して」


 私はそう告げながら九州産らしい鶏肉のジャーキーみたいなやつを少しだけあげる。サクは美味しそうにがっついている。っていうか、こいつノミとかダニとか大丈夫なのか? 


 そのあと、他のおやつや猫缶の説明をさせられる。今日はマグロの猫缶を食べることにしたらしい。商品の説明をしながら、サクにいくつか質問をしてみたが肝心な事には何も答えない。それどころか逆に質問されてしまった。


「お前、なんで平然としてる」


「なんでっていわれても、今更しゃべる猫ぐらいじゃね。アンタが実はアンドロメダ星座からきたアルターゴゾ・エルバッキー・ムニューダー本人だっていうなら本気で驚くけど」


 私は私が知っているつもりのこの世界が本当は知らなことだらけだってことを知っている。喋る猫だって私が今まで見たことがなかっただけで、実はけっこういるのかもしれないし。


「ある……? ……お前の言う事はよくわからない」


 私もよくわからない。


 ただ、このサクという猫、かどうかはわからないが、この生き物に餌を与えた事と、気まぐれで買ってきたお土産のハーゲンダッツが私を更なるめんd……未知の世界へと導いていくことのきっかけになるのだった。


 しかし、しゃべる猫ってベタすぎない? 淫獣ポジでしゃべる猫って何年前の設定だよ。それに私もうJDなんですけど。魔法少女的なヤツは中学生までっていう業界の不文律を知らないのかこの猫は。

 ……いや、そういうのになるつもりはないけど。



 まぁ、そんなこんなで、私の人とは少し違う新生活は始まった訳だ。




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