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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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閑話 裏の話6

「さて、役者も揃っているようなので、さっそく今回の件の説明をお願いしたいのだけど、……椅子が足りないわね。……そうね、お父さんとアーニ君はゲームやってていいわよ。私が話を聞いて後で説明しますから」


 うちは四人家族だけどリビングのテーブルの椅子は六つある。お母さんはそう言うとその場にいる人たちにテーブルに着くように案内してキッチンの方へ行ってしまった。

 お父さんは小声でやったとか言いながらちょっと嬉しそうな顔をしてアーニ君を連れてテレビの前のソファーに行った。兄さんのこともあるのにそれでいいのかアンタ。


 残った私達はどうしていいかわからずに戸惑っていたが、須藤さんに促されて適当に椅子に座る。入国管理局の人だという二人は少し居心地が悪そうにしていた。いや、居心地悪そうなのは泉さんっていう女の人で、ナナイさんっていう男の人はそうでもなさそうだ。キョロキョロと部屋の中を見回している。


「今井室長、お茶の用意なら私がやります」


 須藤さんは私達が椅子に座ったのを確認してお母さんにそう声を掛けている。お母さんって室長とか呼ばれてるんだ。


「そうね。じゃあ、お願いしようかしら。皆さんコーヒーでいいですか?」


「あ、私、ここあ、というものがあればそれでお願いできますか?」


 母の問いかけにミシアさんはそう答えた。凄いなこの人。遠慮が無いっていうか、やっぱり日本人とは感覚っていうか文化が違うのか。それともそういう性格なのだろうか。


「ココア。……ミロでいいかしら。似たようなものだし。じゃあ、須藤さん、お願いしていい? カップはここに用意したから。あ、あとアーニ君……あの緑の謎生物の分はミシアさんと同じものにしようかしら」


「はい。わかりました」


 飲み物の用意を須藤さんにお願いしたお母さんはテーブルの席に着いた。


「ところで、藍、椎子ちゃんは?」


「……どうしても必要な物を忘れ物したから、家に取りに行ったよ。タクシー使うって言ってたからすぐ帰って来ると思うけど」


 私がそう言い終わるかどうかの時に家の呼び鈴がなった。噂をすればというかなんというか、それは思った通り椎子だった。


 私が玄関まで出迎えに行きリビングに案内する。椎子はリビングに集まっている知らない人たちを見て絶句していた。


「お帰りなさい。椎子ちゃんも関係者だから話を聞いた方がいいわね。そうすると、また椅子が足りないんだけど。……藍、あなたの部屋から勉強机の椅子を持ってらっしゃい」


 お母さんはリビングの入り口に椎子と立っている私にそんなことを行ってきた。


「ああ、それでしたらアーニに手伝わせましょう」


 その言葉を聞いたミシアさんは椅子に座ったまま振り返り、また聞いたことのない言葉でアーニに向かって声を掛けている。アーニはゴギャゴギャ言いながら立ち上がり私の所に来た。私の部屋の椅子にはキャスターが付いているので一人でも大丈夫なんだけど。そう思ったけど、せっかくなのでアーニと一緒に行くことにする。私が椅子を取りに行っている間に椎子に今いる人たちを紹介するそうだ。お母さんと須藤さんはともかく、入国管理局の人とミシアさんには驚くだろうな。


 私はアーニと連れだって椅子を取りに行く。

 ミシアさんはアーニを迎えに来たと言っていた。ということは、アーニとはお別れだという事だ。しかたない事だと思うけど、なんだか少し寂しい気もする。たった三日間だし、言葉も通じないからアーニがどう思ってるのかわからないけど。


 机の椅子に手をかけそんなことを考えていると、横合いからゴギャゴギャと声がする。早くしろって言ってるのかと思ってアーニの方を見ると、シャツの首元から手を突っ込み何かを取り出そうとしてるようだ。

 それはガラス玉のような物だった。革ひもが付いていて首にかけていたらしい。アーニはそれを首から外すと私に差し出してきた。親指の先くらいの大きさのそれは、宝石のようにも見える透き通った紫色をしている。形は少しいびつで、角の無い楕円形というか、少し歪んだ卵のような形だ。


「……くれるの?」


 わたしが掌を上にして差し出すとアーニはその上に石をおいた。そしてあいかわらずゴギャゴギャと言っている。首にかけろって言っているのかと思って、そうしようとしたら、ゴギャゴギャいいながら、机の引き出しを指差している。引き出しの中にしまえという事なのか。


 私が戸惑いながらその石のようなモノを引き出しにしまうと、今度は手を組んでペコペコとお辞儀してきた。これでよかったのか。記念にプレゼントしてくれるのはわかるけど、机にしまうのになんの意味が有るんだろう。後でタイミングを見てミシアさんに尋ねようかと思っていると、今度は口の前に指を立てる仕草をしている。


「………内緒ってこと? ミシアさんにも?」


 私の言葉に今度は両手で口をふさぐ仕草をしながらしきりに頷いている。


「……わかった。大事にする。ありがとう、アーニ」


 よくわからないが、とりあえずわかったと言っておく。なにか意味があるのだろう。もしかしたらゴブリンの風習とかかもしれないけど。


「行こう、遅くなったら変に思われるよ」


 私はそう言って椅子をゴロゴロと引っ張りながらリビングに戻る。

 リビングに着くとアーニは特に何も言わず、私の方へ振り向くこともせず、真っすぐにソファーに向かう。その態度で逆にはっきりとわかってしまった。さっきの事はやっぱり秘密なんだ。


 皆私が戻って来るのを待っていたようなので、いそいそと椅子を適当な場所に据えてテーブルの着く。同時に須藤さんが私にコーヒーを出してくれた。私は軽く頭を下げる。それを見てからお母さんが言った。


「さて、始めましょうか。まずは入国管理局の人からお願いしようかしら、私からある程度説明してもいいですけど、どうされます? 泉さん」


 お母さんはそう言うと、泉さんへ視線を向ける。


「……すべて把握しているのか? 我々の部署の立ち位置や仕事も」


「すべてではありませんが、ある程度は。そうですね。まず私からわかっていることを説明しますので、間違いや付け加えが有ったら仰ってください。それでいいですか?」


 お母さんの問いかけに泉さんはゆっくりと頷いている。


「あなた方の仕事は読んで字のごとくこの日本への入国者の管理をすること。そして、特殊事案対策室、その別室であるあなた達の仕事は本当に特殊な入国者に対処することです。その対象は宇宙人と異世界人。言葉に出してしまえば安っぽいSFみたいな話ですけど、れっきとしたお国のお仕事で、国の予算もついています。ただ対象が特殊過ぎてほとんど事案は発生しない。しかし、皆無ではない。といったところでしょうか。ここまで問題は無いですか?」


「……ああ」


 あ、やっぱりアーニは異世界の生き物なんだ。そしたらミシアさんもそうなのかな。でも改めて口の出して言うとホントに安っぽくきこえるなぁ。異世界人。まだバルカン星人の方が聞こえがいいと思う。

 アーニやミシアさんを目の前にしてなんだけど、日本政府が予算を出して窓口を作ってるって事は異世界ってホントにあるんだ。というか、政府が認めてるんだ。何年か前に政府の公式見解で宇宙人の存在は認めないって言ってなかったっけ? それって漫画の話だったかな? まぁいいや、今はとりあえず話を聞いておこう。


「泉さんの経歴も特殊ですね。宮内庁から厚労省、そして法務省と。その度に肩書とお名前が変わっていま

すね。お仕事の内容はそれほど変わってはいない様ですが。本当のお名前はまではこちらでははっきりとはわかりませんでした。ただ十二代目の睦月である、ということしか」


「……さすがだな。だが私も思い出したよ。……今井真衣、旧姓、内海真衣。内調分室の初代室長だな。都市伝説のたぐいだと思っていたが、実在したのか。それにしても一日二日でよくそこまで調べ上げたものだ」


「都市伝説そのものの泉さんにそう言われるのも、なんだか複雑な気分ですが……お褒めの言葉として受け取っておきましょう」


 えっと、お母さんのことだよね? うちのお母さんって実在を疑われる人物なの? それに宮内庁って、十二代目ってなに? なんか、アーニやミシアさんのことよりもそっちが驚きだよ。話についていけない。


「へー、そんなに凄い人なんすか? こちらの奥さん」


 コーヒーを一口啜った後、スティックシュガーを二本入れてかき混ぜていたナナイさんが、泉さんに尋ねている。いいぞナナイさん。私もその辺は気になる。お母さんて凄い人なのって、なかなか聞きづらいし、たぶん教えてくれないし。


「内調、……内閣特別調査室。それ自体は日本政府が発足した当時からある組織だが、その性格ゆえ活動内容は公にされていない。だが、簡単に言えば日本政府が抱えるスパイ組織といったところだ。CIAやKGBの日本版みたいなものだな。内調はそこに所属する女性職員一人の為に分室を作った、という噂があった。その理由は色々と言われていたが、内調自体を監視するための組織、という説が有力だったが、もう一つはその女性職員を引き止めるため、というものだ。あまりに有能だったためにその能力を惜しんだとか、政府高官の秘密を知り過ぎている為だとか。……その噂が流れたときと同時期に内調を退職した女性の名前が内海真衣。現在は今井真衣というわけだ」


「泉さんこそよくご存じですね。噂と言っても二十年前の話です。それに内調の退職者の話が表に出るはずもないのに。その上、分室の存在はあまり知られていません。それこそ都市伝説だと思っている大臣もいるくらいですから。ここではどの大臣かは言いませんけど」


「この噂が流れた当時は権力の中枢に近い場所にいたのさ。今は思いっきり閑職だがな。私の扱いはその時々の権力者によって変わる。まぁ、今くらいの立ち位置が気が楽でいいんだが」


 ヤバい。全く話についていけない。えーと、お母さんはスパイだったってこと? そんなのうちの兄さんが実はゴブリンだった、とかより有りえないよ。それに泉さんって人の話もなんだかおかしい。この人何歳なんだろう。私と同じくらいの歳にしか見えないけど、なんだかお母さんが旧姓だった時から日本政府と関わってるような口ぶりだし。いったいなんなのこの状況。まるで私が異世界に迷い込んだみたいだよ。


「へー、それで、なんで分室なんて作ったんです? やっぱり外から監視するためっすか?」


 おお、凄いぞナナイさん。この空気の中でよくそんなこと聞けるな。


「……まぁ、そこまで知っているなら、言いましょうか。分室が作られた理由は泉さんが今言った通りです。結婚を機に寿退職しようとしたんですけど、上が辞表を受理してくれませんでした。そこで思いっきりゴネたら、私の好きな場所に事務所を置いて、そこで仕事をしてもいいからってことになりまして。本当はスーパーでレジ打ちのパートでもやるつもりだったんですけどね。これ、一応内緒にしといて下さい。あなた達も言いふらしたらダメよ」


 お母さんは、最後の方を私と椎子の方に向かって言った。チラリと椎子の方を見たが、ずっと固まっている。そして、なんだか須藤さんも今の話に驚いているみたいなんですけど。


「さて、少し話がそれてしまいましたが、つまりこの人たちの仕事は不法入国者に対処すること。そしてあなた達を追い回した理由はいくつかあるけど、一番の目的は検疫ね」


「……そうだ。画像をみて、対象はB案件、それほど緊急性は無いと判断されたが、それでも万が一という事がある。この地球上でさえ未開の地はあり、未知の病原体を持っている生き物がいる。異世界の生物となればどんなウイルスを持っているかもわからない。日本人が、というより、この世界の生物が全く抗体を持っていない病原体を持っていたら、最悪パンデミックの恐れもあるからな」


 なるほど、確かにそう言われればわかる。今までそんなこと思いつきもしなかったけど、例えば風邪のような病気があって、アーニがそのウイルスを持っていても抗体があるから発症しない。だけど、私達にとっては全く抗体が無いウイルスだとすると、簡単にその病気になってしまう恐れがあるってことか。あ、そうか。だからお母さんは今日は学校は休めって言ったのか。でも、そんなに大事なことなら、最初の電話の時に説明してくれたらよかったのに。そう思っていたら椎子が口を開いた。


「それなら、最初にそう説明してくれたら逃げたりせんかったんですけど……」


「それが悩ましい所でな。日本政府は私達のような部署を作ってはいるが、公の立場として異世界の存在を認めていない。私達の立場や目的は対象と関係者を確保して、守秘契約を交わした後でしか説明してはいけないことになっていてな」


 泉さんはそう言いながら初めてコーヒーに口を付けている。


「それで、もしウチらが確保されてたらどないなってたんですか?」


「対象と接触した者は私達が指定する病院に検査入院だな。といってもB案件なら一日で済む。そして対象は事情を聴取した後で強制送還なのだが……」


 そこまで喋って泉さんはミシアさんの方へ顔を向ける。皆の視線が向けられたミシアさんはお茶菓子に伸ばしていた手を引っ込めながら、軽く咳払いをした。


「……そのお話しには興味が有ります。送還とは元の世界に送り返す手段が有るという事ですね。私が言うのもなんですが、この魔素の薄い世界でそれを行うのは大変でしょう。もしかしてカガクというものの力で行うのですか?」


「いや、この世界にも昔は貴女が言う魔素というものがあったのだ。私達は気と呼んでいるが、それはある時を境に全くなくなってしまった。まるで世界が作り替えられてしまったように感じたよ。今は龍脈の力を借りて行っている」


「なるほど、龍脈ですか。こちらの世界にも有るのですね。それなら確かになんとかなりそうです」


 今度はなんだかオカルトの話になってきてるのかな? もうついて行くのにやっとだよ。他の人も真面目な顔して聞いてるけど、理解してるのかな? 


 そう思っていると今度はお母さんが横から口を挟んだ。


「えーと、その辺りの技術的な情報交換は後にして、……それではミシアさんに事情を説明してもらいましょうか。うちの息子の詠もかかわっているという話ですし」


 話を振られたミシアさんは、ひとつ頷いてから言った。


「あの、その前におかわりをいただけますか?」


 ……この人やっぱりこういう性格なのかな?


 ミシアさんの一言で、須藤さんが立ち上がり、皆のコーヒーのおかわりの準備を始めた。そのせいと言う訳でもないけど、なんとなく小休止のような雰囲気になってしまった。少し間が開いた瞬間にスマホのバイブの音が響く。どうやら泉さんのスマホが鳴っているようだ。


「失礼する」


 泉さんは短くそう呟くとスマホを耳に当てる。


「ああ、私だ。………………そうか。………わかった。こちらも対象に接触中だ。…………そうだ。だがこちらは少し取り込んでいてな。また後で連絡する。………ああ。切るぞ」


 泉さんは小声で話していたが、皆なんとなく耳を傾けてしまっていた。


「沼塚からだ。関係者を確保したそうだ」


 泉さんはナナイさんにそう告げた後、今度は私達に向かってこう告げた。


「山科秋と大葉啓介を確保したそうだ。現在事情を説明して近場の総合病院に移動中との報告を受けた」


「さすが沼さん。結局何処まで行ったんすかね? 聞きました?」


 私達が何か言う前にナナイさんが口を挟んでくる。まぁ、それは私達も少し気になる所だけど。


「四国だ。香川でうどんを食べているところを確保したそうだ」


「お、讃岐うどんかぁ、沼さんずるいなぁ。僕もそっちに行けばよかったかな。経費で出ますよね?」


「………領収書をもってくればな」


 泉さんとナナイさんは小声で何だか世知辛いことを話している。というか、特殊な仕事だと思うけど、お給料はどうなんだろ。


「あの……」


 そんな会話をしている二人に向かって椎子が口を開いた。


「お二人の仕事や事情もわかったんですが、ひとつ聞いてもええですか?」


「………答えられることならな」


 椎子の言葉に泉さんはそう答えた。椎子は少し居住まいを正して質問を始めた。


「えっと、ネットの掲示板に乗ってた電番号に電話してから、私らのいるマンションを突き止めるの、凄い早かったですけど、その、なんていうか、あなた方からしたら、そんなもんなんでしょうか?」


 それは私も少し思ったけど、そこまで気にならなかったけどな。出来たんだからしょうがないって言うか、そんなことが出来る人たちなんだろうな、くらいにしか思わなかったけど、椎子的には気になったのか。


「………その質問には答えられない………が、どうせ、ある程度把握しているのだろう? なにせ私の経歴を知っているくらいだからな」


 泉さんはそう言うと、お母さんに視線を向ける。


「はい。といっても時間が無かったので、本当にある程度ですが」


「………よかったら聞かせてくれ。どのくらい把握されているのか知っておきたい」


 お母さんは軽く頷くと今度は椎子に向き直って話始めた。


「この人たちの部署は本当に少人数なの。事案が発生した場合、厚労省や自衛隊、警察、あとは民間の警備会社なんかに応援を頼んだりしているみたいだけど、私が調べた限りでは正規の職員はたった五人しかいないわ。ただその五人はみな曲者ぞろいよ。元刑事に元自衛官、凄腕のハッカー、さっき名前が出ていた沼塚さんという方は元公安ね。まぁ、その集団の長である泉さんは推して知るべしといったところよ。それらの人たちが能力と人脈を駆使すれば、番号のわかっている携帯の持ち主の居場所を割り出すなんて簡単なこと。言ったでしょ? 国家権力は本当に厄介なの。そして社会的地位が高い人ほどその厄介さをよく知っている。個人情報の提供くらい快く応じたはずよ。表向きは渋りながらね」


 椎子はお母さんの言葉に曖昧に頷いている。そして泉さんはなんだか感心しているようだ。


「……本当によく調べている。一応それらはみな極秘扱いなのだがな。ついでだ、私の事でわかっていることを教えてくれ」


 お母さんは泉さんにまた一つ頷いてから話し出す。


「現在の宮内庁が宮内省だった時代から、睦月、という名の人物が在籍しています。一応別人という事になっていますが、それが貴方ですね。式部職と書陵部に兼任で席を置いていた。そのあと、厚生省、現在の厚生労働省、そして法務省に席を移している。その度に戸籍から作り直しているようですが、本来は名前に性は無なく、ただ睦月。そしてその名前は代々の血縁に継承されていく。……と言う所までですね。もう少し時間が有れば好みの男性のタイプとほくろの数まで調べられたのですが」


 そう言ってお母さんは少し笑った。最後のは冗談だよね? というか、話の内容がよくわからない。名字が無いってどいうこと? そんな人いるの? というかホントに何歳なの? と思って、泉さんの方を見ると、なんだか苦笑いをしていた。


「さて、また話がそれてしまいましたが、ミシアさんにお話しを伺いましょうか」


 お母さんは今度はミシアさんの方に向き直りそう告げた。


「はい。ただ、最初からとなると少し長くなりますが……それでもいいですか?」


 ミシアさんの言葉を受け、お母さんは泉さんと視線を交わす。泉さんが小さく頷いたのを確認して、ミシアさんに話をするように促した。


「そうですね、……事の始まりは十年以上前、私がツツミという日本人に会ったことです。出会ったのはステイリアという小国、あ、こちらではなく私の世界の国ですが。ツツミは日本に帰る方法を探していたので、私はそれに協力した、というわけです」


「そのツツミさんという方のフルネームはわかりますか? それとどういった理由でそちらの世界にいったのか、その辺の理由もわかれば教えてください」


 お母さんはミシアさんに質問しながら須藤さんに目配せする。須藤さんは足元に置いてあったバッグからタブレットを取り出し起動させた。


「名前はツツミ・ユウゾウ。ツツミの話では、ばすという乗り物に乗っていたら事故にあって、気が付いたらステイリアにいたと、そう言ってました。私と出会ったときはステイリアに来てすでに三年ほど経っていたようですね」


「……わかりました。すみません、お話しを続けてください」


 たぶん須藤さんはツツミという人のことを調べるつもりなんだろう。バスの事故で死者とか行方不明者が出たならニュースになっているはずだし、ネットで検索すれば出てくるかもしれない。


「はい。ツツミから日本の話を聞いた私は、異界渡りの方法を探しました。ツツミの帰郷に協力したと言いましたが、一番は単純に私が日本に行ってみたかったからなのですが。それから色々とありまして、今こうしてわたしはここにいる訳でして……」


 あれ? でもさっき兄さんはツツミさんって人と話し込んでるって言ってなかったっけ?

 そのことを質問しようか迷っていると、ミシアさんは話の続きを始めた。


「ただ、私の異界渡りの術は試行錯誤の段階でして。えーと、簡単に説明するとですね、ツツミのアニマから読み取った情報をもとに私の魔法とスキルを併用した異世界間転移術を使用したのですが、ツツミが昔日本にいた頃に住んでいたアパートという所に、現在住んでいるイマイエイさんという方と入れ替わってしまったのです。……技術的な事を説明してもいいですが、本当に長くなりますけど……どうします?」


 ミシアさんのその言葉にお母さんと泉さんは顔を見合わせる。


「……泉さんは職務上興味が御有りでしょうけど、その辺りの事は後でお願いします。それでいいですか?」


「……すまんが、一つだけ確認したい。貴女の様に自由にこちらの世界にこれる者は他にいるのか?」


「いえ、私が知る限りいません。過去に世界間を行き来した例はありますが、すべて偶発的なもののようです」


「ふむ。………後で情報交換したい。後日でもかまわないが、お願いできるだろうか。あなた方の今後の事もある」


「わかりました。私もこちらの世界の送還術というものに興味が有りますので、それは是非。………さて、お話しを進めましょう。といってもここからは少し話が入り組んでおりまして、順を追って話しますが、わかりにくかったら、その都度仰ってください」


 ミシアさんはそういうと、兄さんがどんな風にこの件に関わっているのかを説明しはじめた。ところどころわかりにくいところはあったが、なんとなく物事の流れはわかった。


 簡単に説明するとこうだ。


 ミシアさんによると転移術には転移先の座標というか情報が必要で、異世界となるとこの時点で難しいらしいのだが、ミシアさんは異世界から日本に来る為に、ツツミさんという人の記憶というか、言葉にしにくいのだが、人生の履歴のようなモノを利用したそうだ。具体的にはツツミさんが昔住んでいたアパートに座標を設定すことに成功し、転移をさらに安定させるために兄さんと入れ替わった。

 つまり、ミシアさんがこちらの世界に来て、兄さんは入れ替わりであちらの世界に行ってしまった、ということらしい。ミシアさんは魔力がどうのとか存在値がどうのとか言っていたが、その辺りはよくわからなかった。

 そして、兄さんと入れ替わりで兄さんの部屋に来たミシアさんはしばらく状況を覗っていたが、そこに同じアパートに住んでいる隣室の渕さんが尋ねてきたらしい。そこでどういう話の流れになったのかわからないが、渕さんと食事に行くことになり、一緒にお酒を飲んで酔っ払い、あげくにに渕さんの部屋に帰ってきたそうだ。

 この辺りのことは突っ込みどころしかない。どういう流れになれば初対面のエルフ耳とお酒を飲みに行くのだろうか、とか、酔っぱらっていたとはいえ、一人暮らしの男の人の部屋にホイホイ付いて行くなよ、とか。まぁ、渕さんいい人そうだったし押しには弱そうだったから、たぶんミシアさんにグイグイ来られて、断り切れなかったのかな。ミシアさんはあんまり遠慮とかしない人っぽいし。でも、私はちょっと渕さんの人生が心配だよ。

 とにかく、渕さんの部屋で酔っぱらって寝ていると、夜中にドアをガチャガチャされたそうだ。身の危険を感じたミシアさんは渕さんと一緒に転移術を使って、あちらの世界に一時的に逃げることにした。ここでまた入れ替わったのだが、今度はミシアさんに雑用で雇われていたゴブリンのアーニ。ただ、この時に若干の誤差が発生してアーニは渕さんの部屋ではなく兄さんの部屋に転移したらしい。因みにこのドアをガチャガチャしたのは入国管理局の人だそうだ。


 アーニはなんの説明もなく全く知らない所に飛ばされ、兄さんの部屋の中でプルプルと震えていて、渕さんの部屋に入国管理局の人達が踏み込んだ時はもぬけの殻だったというわけだ。隣の部屋にはゴブリンがいたのだが。

 その後、あちらの世界に帰ったミシアさんはそこで初めて兄さんと対面して、状況を簡単に説明した後、ツツミさんという人に報告した。ツツミさんは約十五年ぶりに会う日本人と話が弾み、今も話し込んでいるという。そしてミシアさんは兄さんから「バイトと学校があるので一度帰らせてほしい」と言われたので、今度は兄さんと入れ替わるべくこちらに来たという。ついでにアーニも連れて帰るそうだ。


「えー、ここまででだいたい話の流れはわかっていただけたでしょうか」


 結構長い話だったので、ミシアさんは少し疲れているようだ。今度はココアではなく水かお茶を下さいとか言ってる。その言葉を受けて、今度は椎子が立ち上がった。


「あ、ウチがやります。他の皆さんはコーヒーでいいですか?」


 調べ物をしている須藤さんに気を使ったのかもしれない。でも結局須藤さんも立ち上がり二人でキッチンの方へ行ってしまった。


「あの、じゃあ渕さんも兄さんと一緒に居るんですか?」


 キッチンの方へ行く二人を見送りながら気になった事を聞いてみた。


「あー、あのー、フチさんはですね、今ちょっと別の所にいると言うか、……そんな感じです」


 なんだか歯切れが悪いけど、何かあるのかな? そう思って私が重ねて質問しようとすると今度は泉さんが口を開く。


「入れ替わりで転移しているという話だが、貴女がまたこちらに来た時もまた誰かと入れ替わっているのか?」


 あ、確かにそれは大事な事だよね。とりあえず、誰もいなくなってはいないけど。私達が知らない人と入れ替わっているのかな。


「いえ、ここに来た時は入れ替わってはいません。世界間でも座標さえ特定できれば私のスキルで無理やり転移は出来ますので、マーカーをめがけて一人で転移してきました。こういうモノです」


 ミシアさんは少しブカブカのジャージの裾を捲り上げ、腰のポーチから何かを取り出した。それは紫色の透き通った石の様なもの。革ひもが付いていて首とかに下げれるようになっているのか。とういか、さっき私がアーニに貰った物によく似ている。


「特殊な加工を施した魔石核です。これと同じものをアーニに持たせていたのです。これは、泉さんに渡しておきます。安全な場所に保管しておいてください。近いうちにお伺いしますので」


 ミシアさんはそう言うと石を泉さんに手渡した。泉さんは少し戸惑っているようだ。


「………私が言うのもなんだが、そこまで信用していいのか? 例えばコレを置いた部屋を包囲して貴女を待ち伏せするとか、やり様はいくらでもある。そもそも、これを私が海に捨てたりしたらどうなる?」


「その程度のことでしたらどうにかできますし、もし貴女方が協力的でないなら、別の協力者を探すだけです。これまでのお話を聞く限り、私がそうすると貴方方としては困るのでは?」


 ミシアさんの言葉に泉さんは何も答えない。ミシアさんはそんな泉さんを見ながら言葉を重ねる。


「それに、貴女を信用する理由は他にもあります。……そちらの男性の方、ナナイさん、でしたか? 貴方は私の世界の人ですよね? お顔に覚えは有りませんが、貴方の独特の魔力には覚えが有ります。そんな方と行動を共にしているのなら、そう無体な事はなさらないかと思いまして」


 ミシアさんはそう言うと少し微笑んだ。私は少しだけその笑顔に見とれてしまった。この人、元々美人さんだけど、笑うとすっごい可愛いんだよなぁ。


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