11 ゴブリン村編7 ドワーフ
「あー痛い。俺の数少ない取り柄である顔が傷物になったらどうするんだ、まったく」
俺は傷む頬をさすりながら文句を言う。
「フチの顔は長所か短所かでいえば、短所だと思うです。傷の一つもあったほうが箔が付くってもんです。……ミラもそう思うですよね!」
「ちょっ、顔が短所ってひどくない!?」
俺とトアのやり取りをみてミリアナ……ミラはクスクスと笑っている。
「二人は本当に仲がいいのだな」
「え、俺、今ボコボコにされたんですけど? 見てなかったんですか?」
そんな心温まる? 会話を楽しみながら軽く身支度をすませる。ミラは自身に【浄化】を使っていた。あ、やっぱり使えるんだ、いいなぁ。なんて思っていると、トアが俺に【浄化】をかけてくれた。なんだかんだいって、優しい良い子である。
朝もやの中、三人連れだって長老の家へと向かう。ミラは少し緊張しているようだ。なんとなく口数も減り黙々と歩く。トアは鼻歌を歌っている。空気読めよ。
そうこうしているうちに、長老の家の前につく。入口の前で入室する旨の声掛けをして中に入る。
跳ね上げ式の換気と採光を兼ねた窓が開いているので、家の中は意外と明るい。長老は囲炉裏の前でゴリゴリとなにかをすり潰している。おそらく薬草だろう。天井付近の梁から囲炉裏の上に吊るされた鉄なべもぐつぐつ煮立っている。こちらも同じく薬草だ。こうしてみると、見た目は絵本に出てくる魔女そのものだな。ちなみに悪い魔女ね。
朝の挨拶もそこそこに、さっそく本題をきり出す。つまり、保護をしているもう一人の人物の容体だ。
「峠は越したよ。さっき意識が戻って薬を飲ませたところさ」
長老は、家の奥に横たわっている人影に視線をやりながらそういった。その間も作業の手は止めない。
ミラはまず長老に礼を言い、しっかりと頭を下げた後、長老に断わりをいれ、ゆっくりとその人物に近づいていく。傍らまで近づき顔を確認すると、両手で顔を覆い小刻みに震えだした。……泣いているようだ。
「ギル、よかった……」
ギルと呼ばれたその人物は、初老の男性のようだった。少し堀の深い顔立ちで目鼻立ちは整っているが、その顔色は悪い。ミラの声に反応したのかゆっくりと目を開け、手をあげる。
「……ミラ、お嬢、様……」
絞り出しす様な声はしゃがれていて、目の焦点も合っていない。ミラは壊れ物でも扱うようにやさしくギルの手を握る。
「……お、怪我、は……」
「私は大丈夫だ。怪我ひとつしていない。それに、ここは安全だ」
「……よか……万が、一の……旦那、様に……申し、わけ………」
どうやら目がよく見えていないようだ。ミラの方に顔を向けてはいるが、その灰色の瞳がミラをとらえている様子はない。
「……それはこちらのセリフだ。たとえ目的を果たしたとしても、お前を失っては、父と、なによりアンナとカロリナに申し訳が立たん。……お前が無事でよかった」
「……お嬢、様………」
「いや、とても無事とは言えないな。とにかくゆっくり休んで早く良くなってくれ。私のことはなにも心配いらない」
男の瞳が閉じられ、呼吸が規則的なものになってから、ミラはゆっくりと握っていた手をはなす。袖口で顔をゴシゴシと拭い、こちらを向き直る。
「見苦しいところお見せしました。ギルを……ギルバートを救ってくれてありがとうございます」
そしてまた深々と頭を下げる。長老は作業の手を止め、頭を上げるよう言うと話始める。
「毒気を完全に体の外に出すまで、十日かそこらはかかるよ。その間、薬を毎日飲んでアタシかトアの治癒術を受ける事が必要だ。まぁアタシ等もこんな見た目だが鬼じゃあない、治るまでゆっくりしていきな」
「……ご恩情に感謝いたします」
ミラはまた頭を下げる。長老は今度は気にした風でもなく作業を再開しながら話を続ける。
「なに、三日もすれば動けるようになる。目も見えるようになるはずさ」
「本当ですか!?」
ミラははじかれたように顔をあげる。
「……そうか、よかった」
そう言って、また袖口で目元をぬぐっている。
「言った通り治療にはしばらく時間がかかる。その間アンタは基本的には自由にしていい。ただ、村をうろつくときは、そこの二人のどちらかと一緒にいること。言葉が通じないといらんトラブルがおきやすいからね」
そういうと、今度はトアに顔を向け話しかける。
「トア、隣のフチの家で朝飯を作ってきてくれないか。見ての通りこの家の火口はふさがっているからね。それにアンタたちが昨日採ってきてくれた薬草は新鮮なうちに処理しなきゃいけない奴がいくつかあるんだよ。だから今はちょっと手が離せなくてね」
家の中央の囲炉裏はもちろん、家の入口付近にあるカマドにも鍋がかけられている。
「フチ、あんたもトアを手伝ってあげておくれ」
ミラはどうするか尋ねたが、ギルバートのそばに居たいとのことなので、トアと隣の家に行き食事を作った。といっても、焼きイモと干し肉だ。ただ、ギルバートの体調がもう少しよくなればスープなら口に入れられるかもしれないということで、イモと干し肉のスープも作ることになった。
料理と言えるほどたいしたものではないが、完成した食事を持って長老の家に戻ってきた。ミラと冒険者の一行がこの辺境を訪れた理由の説明は、俺とトアも聞いていた方がいいだろうということで、俺たちが戻ってくるのを待っていたらしい。
とりあえず、食事を始めようということになり、思い思いに食べ始める。あいかわらずイモを両手にもって噛り付くトアはかわいい。アライグマみたいだ。ほんわかしながらついつい見てしまう。ふとミラをみると、同じようにほんわかした表情でトアを見ていた。目線があったので軽くうなずき合ってしまった。最初は遠慮気味だったミラも意外と口にあったのか、それとも単純に空腹だったのか途中から結構な勢いで食べていた。
ある程度食事が終わり、トアが薬草茶の準備を始めたころ、長老が話し始めた。
「さて、ところで、アンタの名前をまだきいていなかったね」
長老の問いに、ミラは居住まいを正し自分の名を名乗る。
「名乗が遅くなり、失礼いたしました。ミリアナ・ラステインと申します。そしてあちらが私の従者のギルバート・トゥティアという者です」
「ふむ、ラステインね……。聞いた事があるような気がするが、この大辺境では家名なんてコボルトの尻尾ほども役にはたたない。まぁ、それは身を持ってわかっているだろうけど」
ミラは神妙にうなずいている。それはいいんだけど、なにそのコボルトシリーズ……。
「アンタの事情を聴く前にちょっと言っておくことがある」
長老はトアから受け取った薬草茶を口に含み、一息ついてから話を続ける。
「……トア、アンタまた腕を上げたね。このお茶、香りがよく出てるよ。渋みもちょうど良い感じだし。うん旨いねぇ」
続かなかった。
「ヌハバの秋の新茶です。この前フチと一緒に煎ってみたです。ちょっと温度を低めにして時間をかけて……」
しばらく二人はお茶の話で盛り上がっていたが、俺のジト目に気が付いたのか長老はわざとらしく咳払いをし本題に戻った。
「あー、もしかしたらこの二人から少しは聞いてるかもしれないが、アタシ等ゴブリンは基本的には冒険者連中襲ったりしないが、助けたりもしない。こっちが善意で助けても、助けた冒険者に逆に襲われたりと、トラブルばかりだったからだ。そして、もし助けることがあったとしても、この村の中には入れない。理由は、まぁ、だいたい同じさ。こちらにメリットもないしね。ただ、今回は少し事情がちがった。まずこの村に人間であるフチがいたこと。そしてそのフチが村のゴブリン達と良好と言ってもいい関係を築いていたこと。その二つがアンタたちが保護された大きな理由だ。アンタたちを発見したゴブリン達は、もしかしたらアンタたちがフチを迎えに来た冒険者かもしれないと考えたのさ。要はこのフチがこの場に居なかったら、アンタたちは保護されていない」
そこまで話し、長老は一息ついてお茶で口を湿らせる。
「あとは、魔物に襲われたこと自体は不運なんだが、まぁ不幸中の幸いというか、いくつか小さい幸運が重なっている。アンタたちが戦闘した場所が村の近くだったこと。見回りのゴブリンが気が付いた事。そしてあんたたちが〈大口〉に飲みこまれなかったこと。これらのことは全部紙一重さ。少しでも時間や場所が違っていたならアンタらは死んでる。とくにアンタはともかく、アンタの連れのそこの男が助かったのは本当に奇跡だよ。いつ死んでもおかしくない状態で、あとほんの少し処置が遅かったら死んでいる。今が秋の収穫時期で作ったばかりの効果が高い丸薬があったのも良かった。運命って言葉はあんまり好きじゃあないんだが、そこの男はまだ死ぬ運命ではなかったのかもしれない。だからまぁ、アタシが何を言いたいかっていうと……」
またお茶を一口すすり、続ける。
「アンタたちがこの大辺境に来た目的もおおよその見当がつくが、……命あっての物種だよ。悪いことはいわない。体が癒えたら家に帰りな」
じっとミラを見つめながら、長老は静かに、しかし有無を言わさぬ口調で断言した。
おなじく、じっと長老の話を聞いていたミラはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「私は……」
「長老! 少しよいだろうか。客人がみえている」
ミラの声をかき消すように、家の外から大きな声がかかる。この声と喋り方はおそらく村長のフレジだ。
「もう、なんだってんだい、つぎからつぎに! ……入りな!」
少しだけ愚痴をつぶやき、大声で入室を促す。
フレジは家の中を覗き込み、俺たちを見て少し戸惑ったようだったが、大きな声で要件を告げた。
「ドワーフの連中が来ている。鉄製の農具や武器を持ってきているようだ。長老に会わせろといっているがどうする? 今は南門のところで待たせているが」
「……もうそんな時期かい? いやまだ少し早いと思うんだけど……」
長老は少し考え込み、ブツブツと呟いてから、やがてフレジに指示を出した。
「あー、もう面倒だね! どうせドルフのやつも来ているんだろう。まとめて片付けるからここへ連れてきな!」
指示を受けたフレジが出て行ってから、さして時間を置かず、「入るぞ」という野太い声と同時に小柄な人影が家の中に入ってきた。
もうね、ザ・ドワーフ。イメージ通りのドワーフ。小柄でがっしりとした体格で白い髭をたくわえている。髭がドワーフなのかドワーフが髭なのか。そんな哲学的な問答が頭に浮かんでしまったぐらいだ。俺別にドワーフ好きじゃなかったけど、もうなんていうか好きになってしまった。いやいや変な意味じゃなく。やばいテンション上がり過ぎだな。
ドワーフは何か言われるまえから、囲炉裏の前にどっかりと腰をおろしぐるりと辺りを見渡す。
「久しいな、シルビア、息災であったか」
そういってガハハと笑った。言葉は人間の言葉だ。えーと、シルビアって……、長老? ……そんな名前だったのか。
「さて、見知らぬ顔が何人か居る様だが……ワシはドルフ、ここより西の銀槌山脈の麓にあるドワーフの里、氏族イ・オの長じゃ。よろしく頼む」
「ふん、あいかわらずギャンギャンと煩い男だね。病人もいるんだ、少し声を落としな」
長老が小声でたしなめる。
「おっとそうであったか、それはすまなかった」
ドワーフのドルフは奥に横たわっているギルバートに目をやり、さっきより少しだけ小さくなった声で謝罪した。そして何故か俺の方を見てくる。え、テンション上がってるのがばれたかしら。やばい顔にでてた?
「お前が噂の人間の客人じゃな? 森で会ったゴブリンの狩人どもが言っておったぞ、ゴブリンの子供にも劣る弱さの、変な人間だとな」
え、初対面なのにディスられてんの俺? まぁ、弱いのは認めるけど。……くそう、ドワーフ嫌い。
「ただ、トア嬢ちゃんがとても懐いていると、笑いながら言っておった」
そういって俺に向けられた顔は優しげな表情だった。彼も、村の中で孤立気味だったトアのことを心配する一人だったのかもしれない。しかし、だからと言って話の前半部分はいらなかったんじゃないかな。事実だけどさぁ。
「ちょっと待てですドルフ! わたしは別に懐いてなんかないです! フチは弟子だから師匠として、しかたなく一緒にいるです! しかたなく、ですぅ!」
「おお、そうか、弟子なのか。それではしかたがないな」
そういってドルフは大声で笑い出した。
「むぅぅ、笑うなですぅ!」
「ガッハッハッハ、痛い、ハッハッハ、おい髭はやめろ。すまん、もう笑わんから。痛い痛い、おい! 髭を引っ張るのはやめるのだ! ぬわー!」
ははは、いいぞトアもっとやれ。初対面の人をディスるからです。反省してください。