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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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75 帝都騒乱編31 帝都騒乱4


 俺の目に飛び込んできたのは、なんともコメントし辛い光景だった。

 広場の真ん中に立っていた、イエレミア帝国初代皇帝の石像。それがこちらに向かって剣を振り上げ走って来る。

 俺の身長の倍近い大きさのそれはドスドスと重い足音を響かせながら真っすぐに向かってきている。この絶体絶命の場面で敵から目を離すのは本来有りえない行為なのだが、綺麗に二度見してしまった俺を誰が責めることが出来るだろう。それくらい衝撃的な光景だった。

 皇帝の石像は俺の横を通り過ぎ、真っすぐに敵の騎士達の方へ向かっていき、その石の剣を振り降ろした。そしてブンブンと振り回している。優男風の騎士がその剣を受けきれずに吹っ飛ばされていた。ざまぁ。


「イチロー、大丈夫ですか?」


 皇帝の石像が暴れる姿を呆然と見ている俺に、後ろから声がかかる。振り返ると、つらそうな表情をしたトアが杖にもたれながら立っていた。


「遅くなったです。さすがはエリーと同じ巣穴のコボルトです。厄介な術を持っているです」


「トア? 動けるのか? ……あの石像もトアがやったのか?」


 もしかして同じ穴のムジナって言いたいのか? ……とりあえず、コボルト格言シリーズは置いといて、タマムシの話では魔力が高い者ほどこの結界の中では動けないはずだし、ましてや魔法を使う事も出来ないはずだ。


「……〈ビッグマウス〉の毒です」


「……は?」


 突然出てきた、今となっては少し懐かしい名前に、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。


「〈ビッグマウス〉の毒を薄めて加工して使うと、ちょうど〈エデ病〉のような症状になるです。………わたしとオババがどれだけあの病気を治したかったか……きっとあいつにはわからないです」


 ……つまり、〈ビッグマウス〉の毒を飲んで〈エデ病〉の症状を再現し、その治療法を探ったということだろうか。……アルティアナを治療した時、アルファードに術の効果を褒められたトアは、治癒術にはちょっとしたコツが有ると言っていた。その時は聞き流していたが、トアとシルビアは毒を飲み、自らの体を使って治癒術の効果を高めようとしていたのか。


「治癒術を使いっぱなしで無理やり魔力を循環せているです。だからろくな魔法が使えないです。ちょうどいい石像があったのでゴーレムの魔石核を埋め込んだですが、それもひどく時間がかかったです」


 トアはそう話しながら、水の入った水筒を差し出してきた。俺は礼を言いながら受け取り、水を口に含む。あまりガブガブ飲むと動けなくなるかもしれない。三口ほどゆっくりと体にしみこませる。ただの水がこんなに美味しく感じるのはずいぶんと久しぶりだ。よし、ちょっと生き返った。

 でも初代皇帝の石像をゴーレムにするなんて、不敬罪とか大丈夫なのか? まぁ、これも深く考えないようにしよう。怒られそうになったら逃げよう。 


「メイに何か話していたようですが、作戦があるです?」


「ああ、どれくらい時間がかかるかわからないから、必死で時間稼ぎしてたんだけど、……正直限界だった。助かったよ、トア」


 俺は水筒をトアに返しながら、大きく息をつく。本当は座り込んでしまいたいのだが、初代皇帝が暴れている今なら騎士たちを抜けてラニルスの元に辿り着けるかもしれない。


「俺があのラニルスってヤツの術を止めてくる。そしたら、あいつは別の魔法を使ってくるかもしれない。もしそのそぶりを見せたらトアはでかいのをお見舞いしてやれ。出来るか?」


 トアは俺の言葉にゆっくり頷く。


「わかったです。凄いのをやってやるです。……でも、イチロー、傷は大丈夫ですか?」


 トアのその言葉に改めて自分の姿を確認する。全身血まみれで、所々痣になっている。服の上からはわからないだろうが、たぶん肋骨もヤバい。


「……いまさらだな。これが終わったら辺境に帰って養生するよ。……行ってくる」


 俺はもう一度軽く深呼吸する。深く息を吸うと脇腹が痛いから。息を整え、改めて覚悟を決めてから、ラニルスのいる方へ駆け出そうとしたときにそれは起こった。


 大量の矢が騎士とラニルスに向かって飛んできたのだ。敵の騎士たちは鎧で急所に当たることを免れているようだが、それでも何本かの矢が刺さっている。しかし、例のメイスを持ったおっさんの騎士には刺さっていなかった。運よく当たらなかったのか、それとも、矢が当たらないような魔法的な対策をしているのだろうか。一方ラニルスは肩口に一本の矢が刺さっているのだが意に介している様子はない。無造作にその矢を引き抜いているが、抜いた矢に血が付いている様子もない。アストラル体というやつなのだろう。基本的に普通の攻撃は効かないと言っていたし。


「無駄な事を……この結界内で動ける者はいません。なにやら妙なゴブリンがコソコソしているようですが……アダムズ、貴方は英雄とそこのゴブリンを殺しなさい。ゴーレムは私が処理します」


 アダムズというのはたぶんおっさん顔の騎士の事だろう。俺はラニルスが指示を出している姿を視界に収めながら、同時に彼女に向かって矢のような速さで駆け寄る小さい人影を見た。


「オマエ、ワタシのマスターに、よくも……」


 ラニルスは不意に後ろから声を掛けられ、ゆっくりとそちらを振り向いた。


「貴女は……メイド人形? ……なんにせよ、私に攻撃は……」


「……このぼけーーーーーっ!!」


 あ、こういうの漫画で見たことある。スリークォーターからの突き上げるブロー。ちなみにその言葉の意味はよくわからない。


 メイはラニルスが振り向いた瞬間に体をコマのように一回転させ、勢いのついたアッパーとストレートの中間のような拳をその腹に叩き込んだ。強烈なボディブローを受けた体はくの字に折れ曲がり、その足は少し宙に浮いている。そして、ゲホッ、だか、グフッ、だかのうめき声を上げた。中々に衝撃的なシーンなのだが、いかんせんメイの魂の叫び声は例のあの声だ。ちょっとほんわかしてしまう。

 しばらくその姿勢だったが、やがてラニルスはズルズルと崩れ落ちた。しかし、メイは止まらなかった。横たわるラニルスの上に馬乗りになりガツガツとその顔面を殴り始めたのだ。ラニルスは弱々しく手を延ばし抵抗を試みているがメイはそんなのお構いなしだ。エグい。

 完全にマウント入ってるけど、きっとガードポジションとか知らないんだろうなぁ。せめてブリッジとかすればいいのに。


「……聞いたことが有るです」


「……なにか知っているのか、らい……トア」


 静まり返った広場に規則的に響く鈍い音。その音を聞きながらちょっと呆然としてしまっていた俺の耳に、トアの呟き声が入ってきた。つい反射的に問い返してしまう。


「エリーが言っていたです。古竜の爪や牙は使徒を殺せるです。メイの手足はハルの牙や爪で出来ているです。だから……あ、今、結界が解けたです」


「……俺も一つわかったことが有る」


 俺は広場に響く止まらない鈍い音を聞きながら呟く。


「メイを怒らせるとヤバい」


「……はい。ヤバいです」


 俺とトアがそう呟いたとき帝国の衛兵や騎士たちが広場になだれ込んできた。どうやら結界が解けたことに気が付いたようだ。敵の騎士、アダムズと呼ばれていたいかついおっさんの騎士はいつの間にか倒れていた。もし可能なら矢に麻痺薬を塗るようにと指示していたのでそれが掠ったかなにかしたのだろう。


 俺がメイに出した指示は広場の結界の外側にいる騎士や衛兵に結界の存在と効果を伝え助けを乞う事。メイと俺でラニルスに突撃を仕掛ける案も出たが、敵の騎士にたちに阻まれたらそれで終わりだ。なので結界の外から物理的な遠距離攻撃で敵の騎士たちを無力化出来ないかと考えた。そして、俺が敵の騎士たちを引きつけ、衛兵たちの遠距離からの攻撃と同時にメイがラニルスに突撃する。それで結界を解除することが出来れば、あとはどんなに強くても相手は四人だ。ここは帝都の中心、厄介な結界さえ無効化できればあとは数の力で押しつぶしてしまえばいい。

 そして、敵はメイの事を知らない。メイド姿の自動人形にあれほどの機動力と戦闘能力があることなど想像さえできないだろう。事実、広場からメイが普通に歩いて出て行ってもラニルスは気にも留めなかった。メイに指示を出し、ハルとユキを逃がした時点で、俺の負けはなくなったと言っていい。それは例え俺が死んでも、ラニルスは目的を達成できない。つまりユキを取り返すことが出来ないという意味だ。まぁでも、さすがに死んだら負けか。


 ラニルスは手錠を兼ねた魔法を封じる魔道具を装着され拘束されているようだ。この戦いは終わったと考えていいのだろうか。 

 結界が解けたという事は、エリーやミラは動けるようになったのだろうか? ハルはユキとアリオンをどこに連れて行ったのだろう。色々と確認することがあるが、ちょっと休みたい。さすがに今日は疲れた。だが、今腰を落としたらおそらくしばらく動けなくなる。


「イチロー様、まだ………終わっては……おりません」


『イチロー、まだだ、気を抜くな』


 後ろからエリーの声が聞こえ頭の中でタマムシの声が響く。振り返ると、トアに支えられているエリーがいた。立っているのも辛い様子で、顔色も悪い。


『むしろこれからだぞ、奴は結界を維持するという枷がはずれた。秩序の使徒は原初魔法というやっかいな魔法を使う。おそらく先ほどまで張られていた結界もそうだが、他にどんな魔法があるか……』


「うわ! こいつ、何を!?」


 タマムシの話を黙って聞いていたのだが、それは突然の悲鳴のような声で中断されてしまう。その声の方に目を向けたと同時にその方向で大きな爆発が起こった。何人かの衛兵が吹き飛ばされ、白煙が立ち込めている。そして、その霧のような白煙のなかからこちらになにかが飛んできた。放物線を描き飛んできたそれを避けようかと考えたが、すぐにそれが何かわかったので、慌てて受け止める。


「マスター、油断しました。申し訳ございません」


 俺が受け止めたのはメイだった。あちこちが煤で汚れていて髪が少し焦げている。


「メイ! 大丈夫か!?」


 慌ててメイの全身を見渡す。手足はきちんとついているし、メイド服もそれほど傷んでいない。


「問題ありません。しかし、至近距離での魔力攻撃により、身体操作の演算領域に重大な損傷が発生しております。迅速な修復のため自閉症モードに入ります。再起動のコードは………」


 メイはそこまで伝えると完全に動きを止めた。俺は白煙が立ち込めている方向を睨みつける。


「さすがは英雄とよばれるだけあります。よい道具をお持ちです。これほど手ひどくやられたのはいつぶりでしょうか?」


 白い煙が晴れるとそこにラニルスが立っていた。右手になにかをぶら下げている。それは肘の部分からちぎれた左腕だった。その手首には金属製の輪がはめられており、そこから伸びた鎖が右手首の輪に繋がっている。つまり手錠だ。左腕の切断部は袖に隠れていて見えないが、拘束から逃れるために自分の腕をちぎったということか。


「アストラル体を維持できないほど消耗したのは初めてかもしれません。【爆炎】の魔法の威力もお粗末なものですし、これはしばらく休眠しないといけませんね」


「それは大変ですね。お疲れ様です。どうぞゆっくりとお休みください。一万年でも二万年でも」


 少なくとも俺が生きている間は現れないでほしい。口にこそ出さなかったが心底そう思う。メイをこんな風にされたのは業腹だが、このまま帰ってくれるのであればそれに越したことは無い。


「ふふ、貴方は面白い方ですね」


 ラニルスは笑った。俺はその笑顔におぞ気が走る。なんだかわからないが鳥肌が立つ。タマムシが言っていたことが理解できた気がする。感情がないというより、人の思い描く心というものとは別の気配。それがその作り笑顔から漏れ出ているような気がした。いつか、タマムシが言った、虫の心という言葉を思い出す。無機質で冷たいモノトーンの心とでもいえばいいのか。うまく表現できないが人の姿をしていることが余計に違和感を際立たせている。


「コルネリアのことも諦めて、このまま帰ろうかとも思ったのです。あの子を手放すのは残念ですが、また千年でも二千年でも機会を待てばいいのですから。ですが、貴方の事がどうしても気になってしまって」


 ん? なんだか話の雲行きが……


「私は貴方を今殺すべきだと判断しました。貴方は危険です。瞬時に的確な判断をして私の結界の中でも自由に動ける。その強さは神殿騎士にも引けを取らない。そしてなにより二匹の古竜を従えている。……貴方はただの人間ですが……」


 そこで、ラニルスの言葉は途切れる。轟音と共に眩しい光が一瞬辺りを包んだからだ。一瞬何が起こったのかわからなかったが、どうやらトアが【落雷】の魔法を使ったようだ。そして膝をついたラニルスの体はあっという間に蔦のような植物に絡まれ覆われてしまう。


「不覚です。敵に、あんなに喋らせるとは……。エリーに怒られるです。でもあいつ、自分の都合を私達に話して何の意味があるです? そんな暇があるなら攻撃すればいいのに。アホですか」


 そう言いながらトアは俺の横に立つ。未だに調子が悪そうなエリーを、衛兵に頼んで後ろに下がらせてきたようだ。確かにエリーは問答無用だ。敵と認識したらこちらの事情も話さないし、敵の事情も一切聞かない。もし敵と話をする必要があるなら完全に無力化してからだ。当たり前と言えば当たり前の話なのかもしれないが、傍から見ていると、どうみても悪役がやることなんだよなぁ。


「……これは、干渉魔法? ……ただのゴブリンではないのですか?」


 ラニルスの呟きのような問いに当然誰も答えない。トアはなにやら集中しているようだ。これほど集中して魔法を使うのは、あのコボルト化の魔法の時ぐらいしか記憶にない。やがて魔法の発動の準備が整ったのか、手に持った杖で地面を突いた。

 どんな魔法が飛び出すのか少しビビっていたのだが、発動した魔法を見て俺は拍子抜けしてしまった。

 バケツをひっくり返したような水がラニルスの頭上から流れ落ちた。起きた現象はそれだけだった。……なにこれ、罰ゲーム?


 周りで油断なく構えている衛兵たちを含め、しばらく誰も言葉を発さなかった。なんともいえない微妙な沈黙が場を支配する。


「……こんな嫌がらせになんの意味が………」


 全身びしょ濡れのラニルスはそう呟き、そこで言葉を止める。そのまま完全に動かなくなってしまった。


「……対エリー用に開発した新魔法です。ハルやアダにも効果があったので、コイツにも効くはずです」


 トアは大きく息をついている。その顔には少し疲労の色が見える。そのトアの言葉に色々と突っ込みを入れたいところだが、ぐっと我慢して魔法の効果を尋ねる。


「まだ完成していないので名前は無いです。あの水に触れると皮膚から浸透して対象の体内魔力の流れを狂わせるです。つまりさっきコイツが張っていた結界のような効果です。なんだか二番煎じのようで少し癪ですが」


「……完成するとどうなるんだ?」


「もう少し見た目をカッコよくしたいです。難度も強度も高い大魔法なのですが、今のままだとただの嫌がらせか罰ゲームにしか見えないです」


「それは……」


 俺の言葉はそれ以上続かなかった。甲高い金属音のような、高音の笛の音のような音に遮られたからだ。一瞬、昔、母が使っていたヤカンが沸騰した時に出る音を思い出しながら、その音の発生源を探す。

 

 それは、探すまでもなくラニルスが発している音だった。


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