73 帝都騒乱編29 帝都騒乱2
俺は皆に怒られることを覚悟していたのだが、そうでもなかった。
どうも皆俺と別行動を取ったことと、俺と同行を望んだメイを無理に連れて行ったことを気にしているらしい。無事を確認した後に、気を抜き過ぎだ、と軽く小言は言われはしたが、それは心配の裏返しだとわかるものだった。
今回の件は騎士団や衛兵達が関わっている。俺の護衛をすることが任務である衛兵が、怪我こそなかったものの拘束され、その護衛対象を拉致されているのだ。当然俺に犯人のことを聞いてきたが、これに対しては、人違いで拉致された、犯行グループが人違いに気が付いたので謝罪を受け解放された、ということにした。グループの人相や人数も聞かれたが、ほとんど目隠しをされいたとのでわからないと答えておいた。誰が聞いても苦しい言い訳にしか聞こえないと思うのだが、これ以上気の利いた言い訳を用意できるはずもなく、俺はこれで押し通した。
俺が無傷で帰って来ことに俺の仲間たちは皆一安心していたようだが、当然先ほどの理由で納得するはずもなく、どいうことなのか説明を要求された。騎士や衛兵に聞こえないように、少し込み入った話なので後で話すと言ったのだが、それで収まるはずはない。それも逆の立場から考えれば当然のことなのだが、ここで〈エデ病〉や〈山猫〉の話を出すわけにもいかない。頑強に口を割らない俺とエリーで暫く押し問答が続いたが、やがて事情があることを察してくれたのか、必ず後で説明するように念を押された。
そんな話をしている間にも野次馬はどんどん集まってきている。広場の中央に竜の姿のハルがいるため遠巻きに見ているが、俺を探していた衛兵たちは、野次馬たちがハルに近づかないように警備員のような仕事をしている。
俺の聴取がひと段落して、俺がいない間皆がどうしていたのかを聞いた。
まずハルのことはわかっている。竜の姿で帝都の空を飛び回り、俺を探していたのだ。この大騒ぎの八割ほどはハルのその行動の為だが俺を心配しての行動なので何も言えない。広場の中央に寝そべっているハルの頭の所に行きに話しかける。ユキもハルの傍に立っているので礼を言う事にする。
「ハル、心配かけてごめんな。ユキもアリガト」
「ううん。イチローが無事でよかった」
ハルは竜の姿で大人しくしているがその迫力は相変わらずだ。そして声はいつもの少年の声なので違和感も相変わらずだ。ちなみにユキは俺の言葉に黙って頷いていた。
「ところで、人の姿に戻らないのか?」
「うん。ガサの町みたいに、帝都も歩けなくなったらつまんないから、ここで人の姿になるのはヤダ」
竜の姿のハルが広場に陣取っていることで、騒ぎは収まるどころか現在進行形で今も大きくなっている。正直なところ、すぐにでも人の姿になって欲しくはあるのだが、俺が攫われたことが原因なのでなんとも言いにくい。
そして、この騒ぎを大きくしているもう一つの原因は今も足元にうろついている大量の猫に似た生き物、トアの創ったという魔法生物だ。どういう理屈の生き物なのか、生き物なのかどうかもわからないのだが、俺を探して連れてくるという命令を受けているのは間違いないようだ。ただ、俺の姿や特徴を正確には理解しておらず、どうやら黒髪の人間を連れてくる、程度のアバウトな指標で行動しているらしい。広場の一角には黒い髪の人達が集められているのだが、おそらく俺の様に服の裾を引っ張られて訳も分からず連れてこられたのだろう。しかし、その集団の中には明らかに女性や子供の姿が混ざっている。黒髪というより、頭部が黒っぽいという基準に当てはまるなら手あたり次第に連れてきたという印象だ。その集団の中には以前見たことがある二足歩行の猫の様な獣人種の姿もあったので、ちょっと笑ってしまった。
「ハルは、皆に止められたのに竜の姿になってイチローを探したです。この大騒ぎはハルのせいです」
俺がハルと話していると、トアやエリー、ミラとミシアがこちらに近づいて来た。皆、騎士団部隊長や衛兵隊長と何か話していたようだが、これからどうするか決まったのだろうか。
「………トアにそれを言う資格は無いと思いますが」
「そうだよ。この大騒ぎは僕のせいかもしれないけど、トアの創ったこの変な生き物、千匹ぐらいいるんでしょ? 今もまだ関係無い人たちを広場に連れてきてるみたいだし、それにトアも皆に止められてたじゃんか」
「トア、この魔法生物をそろそろ消してください。ミシアさんの報告では中西区以外にも広がりつつあるようです。このままでは帝都中の黒髪の人物をここに連れて来てしまいします」
俺が拉致された軽食屋は帝都でも最も古い区画の一画にある店で、他にも色々な商店が軒を連ねている。衛兵たちに指示してその区画を中心に捜索していたらしい。だが、帝国建国前の都市計画のような概念が無かった時代からある区画なので、路地や裏通りが細く複雑に入り組んでおり、帝都の住人でも西区以外の者は迷子になると者もいるという。俺も少し路地裏を歩かされたが、似たような細い路地が色々な角度で交差していて、すぐに方向すらわからなくなった。確かにあの路地裏はたとえ地図を手に持っていたとしても迷うかもしれない。
「アレは込めた魔力が無くなれば自然に消えるです。今は命令を解除したので、そろそろイチローを探すのを止めているはずです。……ただ……」
「………ただ、なんですか?」
「アレはミシアに教わった簡易的な使い魔の作成魔法を、広域化の理論を応用して拡大発動したですが……」
トアはそこで言葉をとめミシアを見る。ミシアはトアの意を察してその言葉を継いだ。
「……私も、これほど大量に作ったことないので実際のところはわからないんだけど、アレは魔力以外の物質的なエネルギー源を与えた場合、受肉することがあるらしいです」
ミシアの話によると、魔力の枯渇による消滅の前に物質的なエネルギー、つまり、誰かに餌を貰ったりネズミなどの小動物を捕食したりした場合、魔法生物と魔物の中間のような生き物になり半ば野生化してしまうことがあるという。ただ、今回は作成時に人に害を与えないという命令を第一義としているので、特に問題は起きないだろうという事だった。大量の野良猫を町に放つなんて問題しかないような気もするが、そこはあまり深く考えないようにする。
ただ、このトアが生み出した魔法生物は、高度な命令を理解できるほどの知能が無いため人探しには向かないだろうという事で、ミシアはトアを一応止めたらしい。トアはそれでもかまわず、しかも千匹も生み出してしまったのだが、これも俺の為だと思えば何も言えない。………面白がってとかじゃないよね?
「でも、イチローが見つかってホントに良かったです。もう少し遅かったら、エリーが上位の悪魔を喚び出すところでした」
「ああ、それは本当にな。帝国では悪魔召喚の儀式は絶対の禁忌とされている。なんでも五百年ほど前に、召喚した上位の悪魔が暴走して、それが原因で滅んだ国が実際に有るそうだ。そんなものをこの広場で呼び出されたらと思うと、さすがにぞっとする」
「わたしはちょっと見てみたかった気もするです。はぐれの下級悪魔なら森でオババ達と一緒にやっつけたことがあるですが、あの時は死ぬかと思ったです。上級の悪魔はちょっと想像がつかないです」
「あの森はそんなモノまでいるのか……」
「昔の知り合いに千里眼が得意な悪魔がいましたので、イチロー様を探すのを手伝ってもらおうかと思ったのですが、………ところで騎士団の方たちは何と言っていたのです?」
トアとミラがなにやら物騒な話をしていると、当のエリーは一応言い訳のような事を口にした。悪魔が知り合いって、どういうことなんだ、とか、召喚で呼び出すという事は魔界みたいな所に住んでいるのか、とか、色々と突っ込みたいところだが、その辺は後にしよう。今はこの騒ぎをどうするかが一番の優先事項だ。しかし、五百年前に悪魔召喚で滅んだ国の話ってどっかで聞いたような気がする。
「ああ、私達をこのまま帝都から出していいものなのか上の判断を仰ぎたいそうだ。フチの無事の知らせも行っているはずだ。お爺様の所へはギルが走った。そろそろ戻って来てもいいころなのだが……」
ミラの話をなんとなく聞いていると、広場の北側のほうでなにやら人がざわついているのが目に入ってきた。すでに大変な大騒ぎなであまり気にはしていなかったのだが、人垣をかきわけ数人の一団がこちらに近づいてくるのが見て取れる。騎士や衛兵の様だが、すこし様子が違うように見える。皆もそれに気が付いたのか、会話を止めそちらに目を向ける。ある程度近くに来た時、騎士や衛兵の後ろから数人が進み出てきた。先頭に歩いているのはアリオンとギルバートだ。その後ろにあまり見たことがない格好の人物が数人歩いている。
「えーと、ハル君、だよね? ……こんなに大きくなって」
アリオンは少し離れたところで立ち止まり、おかしなことを呟いている。竜の姿のハルにどういう態度をとっていいのか戸惑っているのだろう。
「あ、そうか、じいちゃんが僕のこの姿を見るのは初めてなのか。えへへ、びっくりした?」
寝そべった姿勢のハルはその頭をもたげ、アリオンの方へ顔をよせる。ハルのその動きでまわりの野次馬たちがどよめく声が聞こえてきた。トアがアリオンのことをおじいちゃんと呼んでいるので、いつのまにかハルもアリオンをじいちゃんと呼んでいる。
「……声はそのままなんだね。………びっくりしすぎて胃が痛いよ。儂、もう隠居しようかなぁ」
「そうなんだ。トアに言って治してもらいなよ。隠居って辺境に行くの? じいちゃんなら乗せてってもいいよ。僕、アリオンじいちゃんのこと好きだから」
「……ありがとう。そのときはお願いするよ」
アリオンがハルと過ごした時間は長いようで短い。そして、古竜は自分が認めた者にしかその背を許すことは無いと言われている。ハルの基準がどこにあるのかはわからないが、アリオンの事は認めているという事だろう。ニサはアリオンのことを高く評価していたが、それもわかる気がする。強さを尊ぶと言われている古竜に、力を示すことなく認められているというのは凄いことなのかもしれない。
アリオンは少し驚いた顔をしながらハルに礼を言うと、こちらに向き直った。
「あー、フチ君、とりあえず帝都を離れてもかまわないそうだよ。後で事情を聞くこともあるかもしれないが、まずはこの騒ぎをなんとかしろ、だってさ。……ただ、こちらも少し問題が発生していてね。どうしてもって言うから連れてきたんだけど……」
アリオンは少し困った表情でそう言いながら後ろの集団に顔を向ける。
「以前、少し話した、聖王国の高官、高位の聖職者の人たちなんだけど……」
少し離れた場所でこちらを伺っていた数人の人物たちが、アリオンの視線を受け、騎士に付き添われながらこちらに歩いてくる。
「!! イチロー様! いますぐこの場を……」
エリーが何かを叫ぼうとした様だったが、その叫びは途中で途切れた。何事かと思いながらそちらに目を向けると、エリーは膝をつき、うずくまっていた。すぐに駆け寄ろうと思ったのだが、俺はそれができなかった。辺りのほとんどの人がバタバタと倒れたり、しゃがみ込んだりしている様子が目に入ってきたからだ。見ればトアやミラも地面に膝をついている。
咄嗟の事に身動きが出来ない俺の耳に、後ろからか細い声が聞こえた。
「……ラニルス………司祭……」
思わず振り返った俺が見たのは、身を竦め怯えている様子のユキの姿だった。その視線はこちらに近づいてきていた集団の中の一人に向けれている。
俺はユキの視線を追ってその人物に目を向ける。一人の女性と三人の鎧姿の男たち。ユキが呟いたラニルスという名前。竜であるユキを操って道具のように扱っていた聖教徒の名前だ。女性という話だったが、あの女性がそのラニルスなのだろうか。
『イチロー、気を付けろ。あいつは使徒だ。おそらく最初期に生み出された、最古の使徒の一人だ』
自分からはめったに話しかけてこないタマムシの声を脳内で聞きながら、俺はこの帝都にさらなる騒乱が巻き起こることを予感していた。




