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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
75/177

71 帝都騒乱編27 すごく大変

こんかいちょとながいです


 ドアが破壊されたためもはや単なる通路となってしまった部屋の入り口に、メイドの姿の小柄な人影が立っていた。


 自動人形のメイ。

 遺跡の奥で出会い、理屈はわからないが俺の事を主人だと認識して、以後行動を共にしている。

 本来、自動人形は初期設定時に自らの主、つまりマスターを設定し、以後、基本的にマスターを変更することはできないという。もしマスターを変更するのであれば、核となっている魔石を別のものに入れ替えるか、その魔石に入力している魔法式というものをすべて書き換えなければいけないらしい。またそれ以外の方法としてマスターの権利の委譲というのもあるにはあるようだが難しいらしい。旧マスターと、新マスターの命令のどちらを優先するのかで混乱し動作不全に陥ることがあるようだ。魔法の話はよくわからないが、クリーンインストールしないと使えないパソコンみたいな感じだと思っている。


 メイが俺のことをマスターだと認識した理屈はわからないが、理由はわかっている。あの暗い洞窟にまた置き去りにされることを恐れたからだ。前マスターであるミシアに洞窟深部に放棄され、以来十年間、暗い洞窟の奥底でマスターの帰りを待っていたのだ。

 メイには自我が発生している。これまた理屈はわからないが、自動人形には本来有りえないはずの心の様なものを持っている。魔素の濃度が高い遺跡深部で長い時間を過ごした為ではないか、とエリーはいっていたが、確かな事はわからない。ただ、メイに感情の様なものが有るのは確かで、それは俺が一番よく知っていることだ。なぜなら俺とメイの心は繋がっているのだから。メイに触れたり顔を見れば何を考えているのか、どう思っているのかが伝わってくることが有る。これは比喩的な表現ではなく、凄く説明しにくいのだが、簡単に言うと彼女の感情が俺に流れ込んでくるという感じだ。なぜそんなことが起きるのかは例によってわからないが、実際に起こるのだから仕方がない。


 そして、屈強なオークをぶっ飛ばしながらこの部屋のドアを破壊し、部屋の入り口に立っているメイの姿を見たとき、彼女の心が俺の中に流れ込んできた。一番大きいのは安堵、そして、少しの怒り? 苛立ち? あとは申し訳ないというような感情だった。


 メイは俺のそばに来ようとしたようだったがそれは出来なかった。俺の横で壊れたドアの上で転がっていたオークが立ち上がり、メイに襲い掛かったからだ。意外と素早い動きで、唸り声の様なものを上げながらオークはメイに殴りかかった。咄嗟の事に誰も声を発することが出来ない。

 俺はメイに殴りかかるオークの少し斜め後ろからそれを見ていた。オークは巨漢と言ってもいい。メイとの身長差は倍近く、肩や首周りの筋肉は岩のように鍛えらている。体重は軽く百キロはこえているだろう。両者の体格差はまるで大人と子供だ。メイはオークの右拳を身をかがめて躱し、ガラ空きになったその脇腹に拳を叩きこんだ。

 メイは魔法的な技術で作られた存在だが、攻撃的な魔法を使えるわけではない。恐らく体術的な技術だと思うのだが、小柄で体重も軽いメイの拳には想像以上の威力が込められていたようだ。メイの一撃にオークは悶絶し、腹を抱えるように屈みこんだ。そしてその顎にメイの掌底が飛ぶ。首がもげるのではないかというほどの勢いで頭が跳ね上がった。オークは数秒その姿勢で硬直していたが、やがて膝をつき、そのままうつ伏せに倒れこんだ。顔面が鈍い音をたてて床にぶつかっていたので、完全に意識が飛んでいるようだ。なんというかいつもよりさらに手加減が無いように感じる。

 メイは倒れているオークの横に立ち部屋の中を見回す。そしてその視線がダナに止まる。


「武器の所持を確認。対象を敵性と判断。制圧します」


 俺がオークとメイの戦いに目を奪われている間にダナはニサをかばう様に移動していた。そしてナイフを右手に構えている。ダナとメイはテーブルを挟んで対峙していたが、メイの言葉を聞いたダナはそのテーブルをメイに向けて跳ね上げると同時に叫んだ。


「フチ君! コイツを止めろ!」


 メイは覆いかぶさるように飛んでくる約二メートル四方の重厚感のあるテーブルに、その場で体を回転させ勢いをつけた拳を叩きつけた。テーブルは真っ二つに割れる。そのまま矢のような速さでダナの方に駆け寄っていく。

 

「メイ! やめろ!」


 俺がダナの叫び声に反応してそう叫んだと同時に鈍い金属音が聞こえた。メイの横殴りの攻撃をダナはナイフで防御したようだが、その威力を受け流すことは出来なかったようだ。勢いよく飛ばされ壁に叩きつけられていた。俺の声が聞こえたのかメイはその場で動きを止めている。


「警告します。敵対行動をとったと判断した場合、制圧の対象となります」


 メイはダナの方を警戒しながら、ニサにそう告げている。俺はメイにゆっくりと近づく。


「メイ、この人達は敵じゃない。……迎えに来てくれたのは嬉しいんだけど、これは、……どうしたもんかなぁ」


 俺は荒れ果てた部屋と転がっているオークに目をやり、隣で呆然としているニサに事情を説明する。俺が拉致同然に連れてこられたことを話すと、ニサは憤慨していた。このままではダナが怒られそうなので、すこしフォローを入れておく。


「ニサさん、たぶん当たり前の方法じゃ俺に会うのは難しかったと思います。ちょっと色々あって、たとえ上位の貴族でも面会はお断りしてるんです。だから、俺とニサさんを会わせるには、こんな方法しか取れなかったじゃないかと……。ちょっと乱暴だったのは確かですけど、別に怪我をしたわけでもないですし……」


 拉致されてその犯人をかばうという、ちょっとおかしなことになっているが、目の前で知り合いが怒られるのを見るのも気が引ける。だが、ニサは俺の言葉に納得がいっていないようだ。


「あー、このドアとか弁償します。……えーと、メイ、ここに来るまでそこのオークのおじさんを含めて何人くらいやっつけた?」


「十七人です。マスター。言い付け通り生命活動に支障をきたすような攻撃は控えました」


 メイの表情に変化はない。その顔は精巧に作らてはいるが、表情が変わる様にはなっていない。口すら動かないのだ。だが俺にはメイがいかにも得意げな顔をしているように感じる。いわゆるドヤ顔というやつだ。そんなメイを見ていると、昔実家で飼っていた犬を思い出す。室内で飼っている小型犬の雑種だったのだが、俺によく懐いていて何処へ行くにもついてきたがった。トイレまでついてくるのもおなじだ。俺が高校に入学する頃に死んでしまったが。もし今のメイに犬のような尻尾があるなら、きっとブンブンと振っているに違いない。


「あのー、後で治癒術を使える者を連れてきますので、ホントにお騒がせしてスミマセン」


 俺はメイの頭を撫でながらニサにそう告げ軽く頭を下げる。俺が謝るのはなんか違う気がするが、実際に被害を受けているのはニサの周囲だ。ニサは俺の謝罪に深くため息をついた。


「……いえ、それには及びません。どう考えても悪いのはこちらです。こちらこそ謝罪させていただきます」


 ニサは深く頭を下げる。俺がニサと話している間にダナはメイにのされたオークの傍に行き様子を見ている。


「……その自動人形がただの人形ではないことは知っていたが、ここまでとはな。……ところでどうしてこの場所がわかった?」


 ダナはオークの様子を見ながら静かな口調でそう尋ねてきた。それは確かに俺も気になったので、メイに尋ねる。


「ワタシはマスターの居場所がわかります。理論は説明不可能です」


 おそらく俺とメイの精神が繋がっていることと関係しているのだろうが、……なんというか、ますます犬みたいだな。


「メイ、ここには一人で来たのか? 他の奴らは?」


「はい、ワタシ一人です。緊急事態だと判断し報告より行動を優先しました。エリーやトアは慌てていました。ミラは騎士団と衛兵に連絡を。ハルは……」


「あー、やっぱり後で聞く。メイ、俺は大丈夫だから、皆に俺は無事だってことを伝えに行ってくれないか?」


「……拒否します。マスターを置いて行くわけにはいきません」


「……メイ、あんまり言いたくないんだけど、これは命令だ。頼むよ」


「コマンド確認。………その命令は現状において適切でないと判断します。遂行できません」


「…………仕方ない。先にニサさんの用事を済ませよう。というわけで、仲間が心配しているみたいなので早く戻らないと。あの、ご用件をお伺いします」


 ニサは俺とメイのやり取りを見て若干戸惑いながらも小さく頷く。それにしても、メイがここまではっきりと命令を拒否したのは初めてのことだ。心配してくれているのはわかるし有難いのだが、なんともいえない気分になる。その上俺はここでミスを犯している。メイの話を最後まで聞くべきだったのだ。聞いていたらその後の事が変わっていたかというとそれは微妙なところなのだが。


「では、単刀直入にお尋ねします。ロウ様、あなたは、エデ病の治療法をご存知なのではないですか? そして、もし知っているのなら私にそれを教えて頂きたいのです」


「! それは………」


 突然出てきたエデ病という単語に俺は言葉を失ってしまう。戸惑っている俺にニサは言葉を重ねる。


「先ほど申しましたように、私は孤児院を運営しております。エデ病は珍しい病気ですが、何故か子供がかかりやすい病です。数年に一度程のことですが、うちの孤児院にも罹患者が出ることがあります。ご存知かと思いますが、あの病は治療法がありません。神聖系の魔法の最高位に位置する【神癒】や【奇跡】ですら効果がないのです。ロウ様はご存知の事と思い詳しい説明はいたしませんが、体内の魔力を媒介とする治療法は効果がありません。私は何人もの子供たちがエデ病で死んでいくのを見てきました。そしてその治療法を探していたのです」


「………なぜ、俺が治療法を知っていると?」


 魔力循環阻害症、通称〈エデ病〉この世界独特の難病だ。俺が知る限りその病に侵されていたのは二人。ドワーフの氏族イ・オの族長ドルフの娘リジーと、辺境の地を治めるラステイン家の子女アルティアナだ。俺がその二人の治療に関わっていることは誰にも告げていない。ルシアにすら話していないのだ。それは治療薬を作成したゴブリンの長老シルビアの希望でもあり条件でもあった。

 ニサの言う通り末期のエデ病に有効な治療法は存在しないとされている。もしエデ病の治療法の存在が知られれば、貴族に雇われた冒険者などが辺境に押し寄せることは目に見えている。それはゴブリンの村の暮らしを脅かすかもしれない。だが、シルビアはエデ病に侵された者とその周囲の者の苦しみを知っていた。本来であれば縁もゆかりもない貴族の娘であるアルティアナに治療を施すなど、シルビアやゴブリンの村にとってリスクでしかない。それでもシルビアはアルティアナに救いの手を差し伸べた。それをラステイン家の者達は十二分に承知している。なので、秘密の漏洩にはことのほか気を使っていたはずだ。


 ニサは俺が疑問に思う事をわかっていたのだろう。丁寧に説明してくれた。


「私達は酒と娯楽が有る場所すべてに根を張っております。それはこの国すべてといってもいいでしょう。そしてラステイン家の姫が難病に侵されていることは知っていました。病名どころか病気であることすら公にされておりませんでしたが、姫の病はエデ病であることは予想しておりました。今代の辺境伯は傑物で有名です。従者には劇になるほどの英雄を有し、その主たる後継も聡明にして有能。そして現当主であるアリオン様の人脈ならば治療できない病はないはずですから。彼はその政治手腕を恐れた上位の貴族たちによって陞爵の際に辺境に封じられたのです。ですが彼は数年で街道の整備を行い、領内の鉱山の開発、貿易船の活用と………すみません、また話がそれてしまいましたね」

 

 ニサは椅子に腰かけ俺にも座るように促す。テーブルが無いので変な感じだが、立ち話するような内容でもないので、とりあえず転がっていた椅子を起こし、それに腰かける。ダナはいつの間にかニサの後ろに立っている。そしてオークは気を失ったまま床に転がっている。大丈夫なのだろうか。


「その、辺境伯の姫が最近病から回復しつつあるという噂を耳にしたのです。そしてそれは貴方が辺境に現れた時期と重なっている。ミリアナ姫が魔の森を目指して旅に出たという噂もありました。目的は判明しませんでしたが旅に出たこと自体はダナから確認が取れています。私は確信しました。ラステイン家はエデ病を治療する何らかの方法を得たのだと」


 ニサの目的はわかった。だが、何故俺に接触したのかがわからない。

 どうやらニサの組織は相当な力を持っているようだ。メールや電話のような遠距離の通信手段が無いこの世界で、ニサの組織の情報収集力は何よりの力だ。帝国の影を支配しているというの言うのもおそらく誇張ではない。そんな力を持った組織ならラステイン家に接触することなど簡単なことのはずだ。俺はそのことを率直に尋ねた。ニサはそれに答えてくれた。


「ラステイン家は力をつけ過ぎています。それを疎んでいる者もあるのです。それは当主であるアリオン様もわかっています。私達とかの家が関係を持つことを彼は拒むでしょう。実際に何度か接触を試みましたが、反応はありませんでした。彼の信条は敵を作らないこと。私達と関係を持ち今以上力を持つこと、また周囲にそう思われることを望まないのです。彼は辺境に封じられたことを喜んでいる節さえあったのですから」


 ニサはそこまで話し一度言葉を切り、その表情は少し柔らかいものになった。


「貴方の事は私の古い友人から聞いたのです。誠意を持って腹を割って話せば、結果はどうあれ話は聞いてくれるはずだと。今回は不本意ながら少し乱暴な方法でお招きしてしまったようですが……いかがですか? 私の質問に答えていただけますか?」


 今の話すべてに納得がいったわけではないが、ニサの言う事は一応の筋が通っているように感じる。ただ一つ気になった事を尋ねてみることにした。 

 

「……その前に一つだけ。その友人って俺の知っている人です? ニサさんのような立場の人の友人となると、俺には心当たりが無いんですけど……」


 俺の問いにニサは微笑む。


「貴方がこの帝都に訪れた翌日に会った人物です。小人族のヨトト。例の英雄の劇を演じている劇団の座長を務めている女性です。彼女から貴方の人となりを聞きました。そして先ほどの言葉を頂いたのです。彼女の人を見る目は確かですから」


 ニサの返答にヨトトという小人族の顔が目に浮かぶ。劇を観た後に食事をすることになり、色々な話をしたことを思い出す。旅の話や劇の裏話など、彼女の話は本当に面白い話ばかりだった。なるほど、確かに彼女ならニサのような立場の人と知り合いであっても納得がいく。

 さて、納得がいったところで、俺はニサの質問に答えなければならない。だがそれは慎重に言葉を選ぶ必要がある。

 今までの話や対応では、彼女に悪意は無いように感じる。例えばエデ病の治療法を独占し利益を得ようとしている、とか、そんな事を考えている様には思えない。しかし、これは俺の一存で返事をしていい話ではない。病に苦しむ子供の命を救いたい、などと言われると協力したい気持ちにはなるが、実際に治療薬を作るシルビアの意志を確認しなければ始まらない。それに、ニサは今日あったばかりの人物だ。その言葉を全面的に信用するわけにもいかない。一度持ち帰って彼女の事を調べる必要がある。アリオン辺りに尋ねればおそらくなにかしら知っているだろう。うーん、何と答えるべきか。


「……ニサさんには隠してもしょうがないと思うので、はっきりと言います。確かにラステイン家の姫である、アルティアナ嬢はエデ病と呼ばれる病を患っていました。そして、その病は完治しています。俺はその治療法を知っています。ただ、治療ができたのは奇跡に近い幸運があったからです。その方法を今この場でお教えすることは俺の一存では出来ません。その理由も今は言えません。ですが……」


 精霊系の治癒術の事はともかく、治療薬が必要な事は今は言えない。ニサの情報収集力は、わずかな手掛かりでゴブリンの村にその薬が有ることを突き止めるかもしれない。


「………ですが?」


「……ニサさんに協力したい気持ちはあります。返事を待ってもらうことが出来ないでしょうか。幾人かに確認する必要もありますし、少し思い付いたこともあります」


 ラグランの温泉宿でミシアとの世間話の中で、シルビアはエデ病の治療薬の原料であるマンドラゴラの株分けに成功したという話をチラリと聞いた覚えがある。たしかエリーがそんなことを言っていた。もしそれが本当なら治療薬の量産も可能かもしれない。そして、出所は明かさない約束をしたうえでその薬をニサの手で流通してもらえばいい。あるいはニサにマンドラゴラの栽培と薬の製法を伝えれば、エルフの秘薬は、秘薬では無くなる。貴重品ではなく、ある程度一般に流通するようになれば、辺境やゴブリンの村の平和が脅かされることは無いし、エデ病で命を落とす者も減るだろう。そう簡単にはいかないだろうが一石二鳥の良い手の様に思える。だが、この案にはシルビアの協力が必須だ。まずは彼女の意志を確認しなければ始まらない。それともう一つ。


「確認したうえで、もしニサさんの期待に沿えない結果になったとしても、次に会うときにはある程度のことはお話しできると思います。ちなみに、ニサさんの周りで今すぐにでも治療が必要な人がいますか?」


「……いえ、今のところ私の知る限りではエデ病を患っている者はおりません。あれは本当に稀な病なのです。そのせいで治療法も発展しないのですが」


 ニサのその返事を聞いて少しホッとする。誰もかれも救えるとは考えていないが、もし治療が必要な必要な人がいて、それが助けられるならそれにこしたことはない。


「……ロウ様言い分はわかります。確かに今日あったばかりの者にはなかなかできない話もあるでしょう。ご連絡をお待ちいたします。………あの、もしも、すぐに治療が必要な人がいる、と言ったら、治療をしていただけたのですか?」


「それは……わかりません。俺は治療法を知っているだけで、実際に治療ができるわけではありませんから。でも、もしそんな人がいたら、その人の為に働きかけをしたと思います」


 俺の言葉にニサは何やら思案している。とりあえずこの話は終わりだ。エリーやトアの事が気になって仕方がない。あんまり無茶苦茶してないといいけど。


「それで、ニサさんに会うにはどこを訪ねればいいですか? 帝都にある孤児院に行けばいいですか?」


 俺の問いかけに、ニサは顔を上げる。


「いえ、いつもそこに居るわけではないので……。そうですね、帝都の適当な酒場で、店主に『山猫の主に会いたい』とおっしゃってください。そうしたら私と会えるように段取りをしておきます。それから、私の名前を知る者はあまりいません。私の事をお調べになるのであれば〈山猫〉という組織についてお調べください」


 察しがいいというかなんというか、俺が考えそうなことは予想済みということか。それに、帝都の酒場なんて何百件とあるだろうに、そのうちのどこでもいいのだろうか。最後にニサの影響力というか力の一端を示された気がする。


「あの、なんだかご期待に沿えなくて申し訳ないです。必ず近いうちにまた会いにきますから。でも、あんまり期待はしないで下さい。すみません」


 俺は椅子にすわったままニサに頭を下げる。


「いえ、あの病が決して治らない病ではないとわかっただけでも収穫かも知れません。そのアルティアナ様の症状はどの程度まで進行していたのですか? ああ、お答えできるのであれば、ですが」


 アルティアナがエデ病だったことはすでに打ち明けている。それもすでに完治しているのだから、そこは話しても問題ないだろう。


「手足にしびれがあり、自力で歩くことが困難な様子でした。ただ、俺はもう一人エデ病の患者を知っています。その子はほとんど身動きがとれず、言葉を発するのも大変なようでした。でも、その状態から完治しています」


 あまり希望を持たせることを言うのも良くないかとは思ったが、何でもかんでも秘密というのも気が引ける。話をしながらリジーのことを思い出す。今頃なにをやっているのだろう。治療中に元気になったらやりたいことを幾つも聞いた。魔物をやっつけたいとか、魔法を使ってみたいとか、鍛冶師になりたいとか……他にも色々言っていたが、どれか一つでも叶えることができたのだろうか。


「それは、……本当に末期の状態ですね」


 ニサはそう呟き言葉を失う。過去の患者の事を思い出しているのかもしれない。


「じゃあ、俺、そろそろ行きます。たぶん皆心配してるんで」


 俺は椅子から立ち上がりニサに告げる。だいぶ時間を食ってしまった。はやく戻らないとヤバい。もう手遅れかも知れないが。なにか言い訳を考えないと。


「はい。次にお会いできるのを楽しみにしております。……ヨトトの言っていた通りでした。貴方にお会いできて良かった」


 そう言ってニサも立ち上がる。


「ちなみにどんな風に言ってました? 俺の事」


「少し頼りない印象の青年だが、根は善人だと。それと……」


「それと?」


「………おそらく女性で苦労するだろうと」


 俺はその言葉に何も言えずに頭を掻いた。そんな俺を見てニサは口元に手をやり少し笑った。まったく余計なお世話だ。


「じゃあ、ダナさんもまた。タセルさんの店に戻るんですよね?」


「ああ、……今日はすまなかった」


 ダナは相変わらず言葉が少ない。だが少しだけその口元が緩んでいる。

 俺は二人に頭を下げ、メイが入ってきたドアだった方へ歩き出す。


「さて、メイ、皆の所に行こう。大変なことになってないといいけど」


「マスター、大変、の定義がわかりません」


「そうだな、帝都中俺を探す衛兵だらけで、ハルが俺の事を探して竜の姿で空を飛び回る、とかかな」

 

 床に転がっているオークを横目で見ながら適当な返答をする。


「マスター、その状況が、大変、なら、恐らく今の状況は、すごく大変、です」 


 メイのその言葉に俺の足は止まった。

 そしてその足はしばらく動かなかった。

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