表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
りたーにんぐ!  作者: 消しカス
74/177

70 帝都騒乱編26 前触れ


「私の名前はニサといいます。突然のお招きに応じて下さって感謝しています」

 ニサと名乗ったその女性は俺に椅子に座るように促す。俺を連れてきた男に視線をやると、小さく頷いたので言われた通りにする。

 男は椅子に座った俺の斜め後ろに無言で立っている。ニサの表情は柔らかいが、壁際に立っている男たちの中にはいかにも屈強そうな獣人種やオークもいる。彼らの表情は硬い。というか怖い。まんま組事務所に連れてこられたような感じだ。まぁ、実際に行ったことは無いが。しかし、これはなんとも居心地が悪い。やはり壺だろうか。


「……えーと、はじめまして。あのー、招きに応じたというか無理やり連れてこられたというか……」


 俺がそこまで話すと後ろの男がそっと俺の肩にそっと手を置く。


「あー、なんでもないです。……その、あんまりお金は持ってないので、壺とかはちょっと……」

「……壺? ………それよりも、ダナ、まさか乱暴な真似をしたのではないでしょうね? 貴方がロウ様と知り合いだと言うからお願いしたのですよ」


 ニサは少し首を傾げたあと、俺の後ろに立っている男にそう声を掛ける。後ろにいるのでその表情は伺えないが男は黙り込んでいる。しかし、ダナという名前はどこかで聞いたような気がする。そう思いながら振り向き男の顔を確認する。


「………ダナさん? なんで帝都に? というか、なにしてるんですか? あれ? タセルさんの店は?」


 そこにはフードを下ろした、彫りの深い精悍な顔立ちの中年の男が立っていた。以前、ほんの少しだけだが一緒に旅をしたことがある人物だ。ゴブリンの村を出てガサの町に向かう数日の旅だった。口数が少なく、しかし黙々と仕事をこなす姿に、俺はなんとなく好感を抱いていた。元冒険者というだけあって旅慣れしていて、夜営の際のちょっとしたコツを教えてもらったりもした。そのあともタセルの店でなんどか顔を合わせたりもしたが、軽く挨拶をかわす程度の仲だった。だが、俺からしてみると、いかにも渋い大人の男性という雰囲気で、アルファードやギルバートとは違う魅力があり、ちょっと憧れていたりもしたのだ。


「もう、早く言って下さいよ! 普通に話しかけてくれればよかったのに。びっくりしたなぁ。いつからこっちにいるんですか? リックの奴は元気にしてます?」

「………君は相変わらずだな」


 思わぬところで見知った顔に出会ったので、ついテンションが上がってしまった。そんな俺を見てダナの口元が少しだけ弛む。しかし、確かにダナは顔見知りだが、どういう人物なのかはよく知らない。乱暴はされなかったが拉致同然のやり方で連れてこられているのだ。思わず弛みそうになった気を引き締める。とはいっても、目の前のニサという女性は俺がどうやってここに連れてこられたのかはわかっていないようだ。だが、ここはダナの手前もあるのでそこには触れないでおくことにする。


「えっと、ニサさん、ですか? ご用件はなんでしょう? 俺、早めに戻らないと、たぶん帝都が大変なことになるので……」


 俺とダナのやり取りを黙って見ていたニサに話を振る。帝都が大変なことになる、というのは決して誇張や冗談ではない。何言ってんだこいつとか思われそうだが、こちらは笑い事ではないのだ。


「はい、どうやら、少し行き違いあったようですね。もし御不快になるような対応があったのであれば、お詫び申し上げます」


 ニサはそう言うと立ち上がり軽く頭を下げる。そして、俺とダナを残して、他の男たちに退室を促した。屈強な男たちは何も言わず部屋から出て行った。俺が入ってきたドアとは違うもう一つのドア、たぶんそちらが通常の出入り口なのだろう。よく見ると俺が入ってきたドアはどうやら隠し扉のようで、棚のようなもので偽装されている。こちらは抜け道、ということだろう。


「今日お招きしたのは、お尋ねしたいことと、お願い事を聞いてもらうためです。ただ、その前に私とダナの事を少し話しておいた方がいいですね」


 ニサはそう言うと手元に置いてあった呼び鈴で給仕の女性を呼びお茶を持ってくるようにお願いしていた。さほど間を置かずに用意されたのだが、コレ飲んでいいのだろうか? 彼女からは悪意の様なものは感じないが、無理やり拉致されてまさかお茶が出るとは思っていなかった。


「ああ、もしかして果実水のようなものがお好みですか? 辺境から取り寄せたヌハバという珍しいお茶なのですけど」


 カップに手を延ばそうとしない俺にニサはそんな風に声をかけてくる。少し躊躇したがなんとなく断れない雰囲気になってしまった。この期に及んでまさか毒なんて入っていないとは思うのだが。


「………いえ、独特の香りですが、俺は好きです。いただきます」 

 

 俺は覚悟を決めてカップに口を付ける。それを見て、ニサは語りだした。


「私はこの帝国で商いをやっております商人です。取り扱っているモノは、主にお酒と趣向品、それと興行や賭場の仕切りを生業としております。……私達がどのような輩かはそれでおわかりなると思います」


 ふむ。興行や賭場の仕切りといえば、……マフィアみたいなものか。この世界ではどうかしらないが、その手の仕事にはヤクザは付き物だ。そのうえ酒と趣向品となるとガチガチじゃねーか。おまけに帝国で、って言ったな。帝都、ではなく。


「私はその手の商品を扱う商会の組合の相談役といったところです。帝国の監視者と呼ばれるルシアという女性と似たような立場、といえばいいでしょうか。あの方が表なら私は裏。ちょうどそんな感じです。おまけに種族も裏表のようなものですし」


 つまりマフィアのゴッドファーザー的な人ってこと? なんでそんな大物が次から次に寄って来るんだろう。もういい加減にしてほしい。一瞬そんな風に思い、ため息が出そうになったが表情に出さないように努める。おそらく大丈夫だと思うが一応ごまかすために、なんとなく彼女の言葉端を捕まえてみることにした。


「ニサさんはダークエルフ、なんですか?」


 俺の言葉にニサは少し驚いた表情を見せる。


「……ロウ様は魔人族を見たことがないのですね。確かに私はダークエルフという種族です。ですが、今ではその呼び名で呼ぶ者はほとんど居りません。古代の魔法王朝時代にその呼び名は禁じられ、私達ダークエルフは魔人族と呼ばれるようになりました。その時代に栄華を極めたエルフたちが私達を同じエルフだと認めなかった為、だそうですが。……少しだけ私達の種族のことを説明いたしましょうか?」


 俺はお茶のカップに手を延ばしながら、ニサの言葉に神妙に頷く。


「エルフとダークエルフ。この二つの種族は始祖のエルフによって生み出された種族だといわれています。長寿で能力の高い種族。肌の色が違うだけで見目はそう変わりません。しかし、その性質は正反対でした。エルフは秩序と平穏を尊び、逆にダークエルフは野蛮で力を尊ぶ種族だったといいます。……ロウ様は秩序と混沌の使徒のおとぎ話を知っていますか?」


 ニサの問いかけに黙って頷く。知ってるも何も行動を共にしております。言わないけど。


「秩序と混沌が程よくある世界。その状態がもっとも世界を発展させる。その為に彼らは時代を超えて延々と争いを続ける。使徒の物語にはそんな解釈があるのだそうです。そして、私達エルフとダークエルフもその使徒と同じような目的で生み出されたのだろう、と、昔ある方に聞きました。ただ、私達は失敗作だったのです。エルフは平穏を求めるあまり森から出ようとせず、ダークエルフは力と争いを求め同族同士で殺しあい滅びを迎えました。両者はあまりに極端だったのです。今生き残っているダークエルフは比較的気性の穏やかだった者達の子孫だそうです」


 ニサはそこまで話すと、お茶を少し口にして息をついた。


「さて、だいぶ話がそれてしまいましたが、私とダナについて話しましょう。……私は随分と永くこの帝国の日陰に生きてきました。昔はそれなりに苦労したものです。例の〈亜人種解放宣言〉以来、ずいぶんとましになりましたが、私達亜人種の扱いはあまり良くありませんでしたから」


 ニサは連合国の東、東方大陸の出身らしい。とある戦乱の混乱の中で捕らえられ、奴隷として売られる為にこの大陸に連れてこられたという。帝国の成立前の話だそうだ。この大陸に着いてから隙を見て逃げ出したが、この地では魔人族は珍しい。遥か東方にいるはずの種族がこの西の果てに居るというだけで、なにか厄介ごとを抱え込んでいるに違いないと思われたらしい。また、奴隷商人の追っ手もかかっている。そんな状態で真っ当な職に就けるはずもなく、犯罪まがいの仕事を手伝ったり、ときには物乞いのような事をしながら追っ手から逃れ、やがて当時のレミア皇国の首都、現在の帝都に流れ着いたという。


「この帝都は当時から人種の坩堝でしたから、多少珍しがられましたが人として暮らすことが出来ました。そして追っ手から身を隠すのにも都合がよかったのです」


 とはいえ、身元の不確かなニサが働ける場所は少ない。そんなニサに一人の商人が酒場の仕事を紹介してくれたという。スラム街のただなかにあるような酒場。チンピラかゴロツキ、あとは訳アリの客ばかりの店だった。


「〈山猫のねぐら亭〉という店でした。酷くボロボロで、お酒も混ぜ物の入った安酒ばかりの店。……色々な事がありましたが、今思えばあの頃が一番楽しかったのかもしれません」


 ニサはそう言うと目を細める。少しだけ物思いにふけっていたようだが、やがてこちらに向き直り話を続ける。


 人の出入りが激しいスラム街で何十年も姿すら変わらずに在り続ける存在。色々な人や情報が集まる酒場で色々な人たちの相談に乗ったり助言をしている内に、いつの間にかスラム街の顔役のような立場になっていたという。

 生活に余裕が出来たころ、ニサは自分と同じような境遇の亜人種や困窮者に仕事を紹介するようになった。それなりに人脈はあったが紹介できる仕事は限られている。スラムの酒場に顔を出すような人物。酒や趣向品を扱う商人、旅芸人、肉体労働者、そして賭場や娼館に関わる者。

 そんなことを続けている内に、ニサから仕事の紹介を受けた者達の中で成功を修める者が現れる。そして、その中には決して恩を忘れない者達がいた。どん底の生活から這いあがる機会を与えてくれたニサに対する恩。そのような者達が中心となり、組合のようなものを作ったという。商業組合とは別の秘密結社の様な組織。酒や趣向品を扱う商人、賭場や娼館などの娯楽を生業にする者達の集まり。いつの時代でも、人の欲に絡むような商売は大きな力を持つ場合が多い。意図したわけではないが、いつしか帝都の影を支配するような組織になっていたという。


「そして、いつのまにか私はこのような立場に収まってしまったわけです。この仕事が嫌だと思ったわけではないのです。生きていく上で楽しみや娯楽は大事な事ですから。ですが、どうしても人の闇に触れてしまう事が多いのです。お酒や娯楽は適量なら薬となりますが、過ぎれば毒にもなります。一時の快楽の毒に侵され身持ちを崩し、悲惨な目に会う者は少なくありません。本人の責任だと言ってしまえばそれまでなのですが、その周りの者達も巻き込まれるのです。一番の被害者は子供です。そういった者達を見ていると、やりきれない気持ちになってしまうことがあるのです」


 ニサの言いたいことはわかる。人はパンのみにて生きるにあらず、というやつだ。だが、たとえば酒や賭博で身持ちを崩す者が有っても、それは彼女の責任ではないだろう。そんなことを気に病むようでその仕事が務まるのだろうか。一瞬そう考えたが、もしかしたら、そんな彼女だからこそ周囲に人が集まり、相談役のような立場に置かれているのかもしれない。


「私はその罪の意識のようなものを紛らわすために帝都に孤児院を作りました。いかにも短絡的で偽善的な行為ですが、そのくらいの事しか思いつかなかったのです。すべてが上手くいっているわけではありませんが、多くの子供たちが巣立って行きました。中には帝国の騎士なった子もいます。そして巣立ったあとに私を助けてくれる子もいます。そこのダナのように。ダナはその孤児院の出身なのです」


 ふむ、まだ会ったばかりなので何とも言えないが、このニサという人の立場とダナの関係はわかった。だが、そんな人がどうして俺に会いたがるのだろう。自慢じゃないがお金は持ってないし、今の話では竜の力で何かを成したい、という風でもなさそうだ。それにダナが帝都に居る理由もわからない。タセルの店は腰かけで働いている、という感じでもなかったし。


「……だいぶ前置きが長くなりましたが、私達の事はある程度お伝え出来たかと思います。それでは、本題に入らせていただきます」


 もしかしたら、俺がいぶかし気に思っていることが伝わったのかもしれない。表情には出てないと思うのだが。ニサの言葉に居住まいを正す。たしか、聞きたいことと頼みたいことが有る、というような事を言っていた。いったい何を言われるのだろうか。

 しかし、ニサの話の続きを聞くことは出来なかった。少し緊張しながら待っていると、部屋の外から何かが壊れるような音と、男の怒鳴り声のようなものが聞こえてきたからだ。この部屋は防音を考えて作らているのだろう、すこしこもった音だったがそれが次第に近づいてきているように感じる。


 はっきり言って嫌な予感しかしない。


 俺が椅子から立ち上がり、振り返って身構えた瞬間に、轟音と共にドアをぶち破ってオークが飛び込んできた。けっこうな勢いで飛んできたので慌てて身を躱す。見れば、先ほど部屋を出て行った強面の一人だ。そしてポッカリと口を開けた、さっきまでドアがあった場所にゆらりと人影が現れる。


「ご無事ですか。マスター」


 静まり返った部屋に妙な抑揚の、少し機械的な声が響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ