69 帝都騒乱編25 ご案内
日本人の絵師、堀井誠と会い話をすることが出来た。彼を囲っているウムラウム公爵家とも友好的な縁を結ぶことが出来たと思う。現公爵の親である、先代の公爵エーファ・ウムラウムという女性は、ミラの事をとても気に入っているようだった。女性の身で公爵家当主という立場に就いていたのには何か事情があったのだろう。同じく女性の身で現役の騎士にも負けない剣の腕前を持つミラに思う所が有るのかもしれない。皆で昼食を頂いた後もなにやら楽し気に話していた。
堀井からは何冊かのサイン入りの普通の漫画とエロ漫画、それと彼が一番最初に最初に手掛けたという挿絵入りの字の教本をお土産にもらった。定期的に連絡を取り合う事を約束し、機会が有れば、もう一人の日本人である連合国のツツミと三人で酒でも飲みたい、などと話して別れた。日本人特有の社交辞令のような会話だが、これはいつか実現させたいと思っている。
ちなみに貰ったエロ漫画を自慢しようと思いアンナとミラに見せたのだが、それは版モノではなく、最初期の手書きの作品だったらしい。大変貴重な物で彼の作品のファンからすれば垂涎のお宝だという。ミラが真剣な顔で「ラステイン家で大切に保管する」とかなんとか言って持って行ってしまった。俺が貰ったモノだが確かに持ち歩くものではない。大切に預かってくれるのならそれに越したことは無いと思うことにした。ただ、普通の漫画と教本の方は手元に置いてある。字の教本は暇な時でも眺めようと思っている。普通の漫画の方はアルティアナへのお土産にしてもいいかも知れない。
それから特に何事も起こらず日々が過ぎていった。アリオンが集めた情報でも聖教徒たちに目立った動きはないとのことだった。
そのアリオンは俺が公爵と面会するという特例を作ってしまったため、他の貴族からの俺との面会の要請が増えてしまい大変なようだった。
ミシアは帝都に戻ってきたが、今度はエリーやトアと魔法の研究の様な事をしているようで忙しそうだった。俺はアンナの付き添いってもらいメイを専門の工房で整備してもらったりした。工房の主人に、メイの事は詮索も口外もしない、という約束をして貰ったあと、立会いのもとに整備をお願いした。消耗している関節部分などを診てもらおうと思っていたのだが、以前にアンナに整備してもらってからそれ程傷んではいない様だった。どうやら少々の傷や破損は本当に自己修復しているようだ。結局、全体のクリーニングとチェックをしてもらっただけだったのだが、工房の主人のもの言いたげな顔つきには随分と居心地が悪かった。
後は偶に帝都観光に繰り出したり屋台が立ち並ぶ区域で買い食いしたりして遊んだりもした。ただ、外出の際は数人の騎士や衛兵が付き添っているので、周囲の人たちには何事かと注目を浴びたりもしたが。
そんな状態で数日すごしていたのだが、誰からともなく一度辺境に帰ろうかという話が出た。アリオンもその話には賛成だった。というよりも歓迎している様だった。俺やハルに会いたいという人達の攻勢は日増しに強まっているらしく、そんな俺たちが帝都から離れてくれれば少しは言い訳が立つという。
また、これは国レベルの話らしいのだが、聖王国の高官というか高位の聖職者が、聖教徒たちの襲撃の件で、俺やアリオンに直接お詫びを言いたいという話まで出始めたらしい。白竜の件も報告が上がっているはずだが、その辺りにどういう反応を示しているのかは話が降りてこない。単純なお詫びではなく何か裏がありそうでイヤな感じだ。ただ、この詫びをしたいという話には帝国の上層部も頭を痛めているという事だった。俺たちというか、俺は、正式な帝国民ではなく遊牧民のような自由民扱いらしい。なんだそれ、と思わなくもないが政治的な理由でそいう事になっている。帝国とは友好的だが、あくまで無関係な一個人ということにしたいらしい。つまり簡単に言うと、帝国の立場としては対外戦力として竜の力を有したわけではない、という事だ。その辺はルシアにも説明したし、きちんと皇帝や帝国上層部に伝わっている様で少し安心した。しかし、そうなると一聖教徒が個人として俺に接触するのを帝国がストップをかける理由がないことになる。まぁ、その辺の話は専門の偉い人たちに任せよう。仮にその聖王国の偉い人が会いたいと言ってきても俺は別に会いたくないから断るだけだ。かの国や聖教徒たちに貸しはあっても借りは無い。
さて、帝都に来た最初の目的で残った最後の一つ、皇帝との会見なのだが、中々都合がつかない様で、近いうちに、と告げられたまま具体的な日取りは知らせてこない。ただ、俺たちの所在がわかっていれば都合がつき次第冒険者組合経由等で連絡できるので帝国内か連合国であれば、帝都を離れていても問題ないとのことだった。もう正直、皇帝と会うのは面倒なだけなのだが。
一度、連合国に行って見ようかという話も出たのだが、ミラやトア、それとミシアは辺境に行きたいという事だ。どうやらミシアはシルビアに会って話を聞きたいようだ。彼女は転移が有るのだからいつでも会いに行けそうだが、俺やハルのことでゴブリン村に迷惑をかけたことを気にしているらしく、一人では行きづらいらしい。その気持ちはわからなくもないが。まぁ、その辺の事情は別として、俺もシルビアには無事にミシアに会えたことを報告するべきかもしれない。
そうと決まれば、という事で、その日は帝都で少し買い物と食事をして、その足で辺境へ向かう事になっていた。帝都の西門の外に大きめの荷車を用意してもらい、それに乗り込んでハルに運んでもらう手筈だ。
皆で商業区を冷かし、土産物などを買い込んだ。俺も、アルファードやアルティアナ、タセル商店の面々にお菓子や酒などを買った。買った商品は店の者が門の外の荷車の所に届けてくれるというのでお願いすることにした。
俺以外は女性ばかりという事もあり、女性向けの衣服の店やアクセサリーの店に行きたいというので、俺は少しだけ別行動すことにした。アクセサリーはともかくとしても、女性物の下着等を扱う店に付いて行くのは中々辛いものがある。なので昼食の予約をしている軽食屋で俺だけ先に待っていることになった。メイは俺と同行したかった様子だったが、エリーやハルに引きずられて行った。
待ち合わせ場所の軽食屋には俺一人というわけではなく騎士一人と衛兵が二人同行している。屋敷での訓練に参加したことが有る者達なので俺も顔見知りだ。店の客には冒険風の格好をした者達も居り、同じく冒険者風の旅装束の俺が衛兵と一緒に行動しているのを気にするような者はあまり居なかった。
ここしばらく何事もなく過ごしていたし、辺境に着いてしまえば帝都に居るよりは落ち着くだろうと思っていた。ガサの町は帝国の街道のどん詰まりだ。人の行き来は帝都に比べて遥かに少ないし、入町者の管理もしっかりしている。怪しげな人物が町に入ればすぐわかるだろう。やろうと思えば幾らでも密入町は出来そうだが、帝都の様に様々な人が行き交う大都市よりはましだ。そんな考えもあり少し気が緩んでいたのかもしれない。
護衛の騎士や衛兵たちと雑談しながら待っていたのだが、途中でトイレに行きたくなったので席を外した。用を足しトイレを出たところで何者かに口を塞がれ拘束された。あっという間の事で何が何やらわからないうちに店の裏口から連れ出される。トイレの前で待っていた護衛の衛兵の一人が同じように拘束されているのがチラリと見えた。猿ぐつわをかまされもがいているところを見ると、どうやら命は無事なようだ。
黒っぽいローブを纏った人物が一人前を歩き、同じような格好をした者達に両脇を抱えられ、強引に歩かされる。上半身は縄の様なもので縛られているような感覚だ。
「声を出すな」
隣で俺の脇を抱えている人物が小声でそう告げてくる。声だけ聴けば若い男のようだ。そして、俺のすぐ後ろにも何人かいてぴったりと付いてきている様だ。ナイフでも構えているのかもしれない。
うーん、マズいことになったな。一人になった瞬間に襲ってくるとは。ずっと機会を伺っていたのだろう。よりによって帝都を立つこの日に捕まるなんて。
目隠しこそされなかったが、薄暗く細い路地裏を連れまわされる。土地勘の無い俺では西も東もわからなくなってしまった。誰も言葉を発さないまま暫く無言で歩く。道を覚えるのは早々に諦めてタマムシに相談することにした。
さてどうしようか。痛いのは嫌なんだけど、いきなり拷問されたりしないよね? ここがどこかはさっぱりわからないけど、大声とか出した方がいいかな?
『ふむ、どうだろうな。拘束はされているが扱いはそれほど乱暴でもないし、護衛の衛兵にも怪我を負わせている様子は無かった。今は様子を見たほうがいいかもしれん。それにエリーたちにそろそろ連絡がいく頃だな。騎士団や衛兵達も動き出すだろう。私はそちらの方が心配だがな。あまり無茶をしなければいいが』
あー、それは確かに心配だな。あの魔人はむしろ無茶しかしないというか。この人たちの目的がなんであれ、帝都がヤバいかも。あんまり騒ぎにならないように………ないだろうなぁ。
『むしろ大騒ぎになると思うぞ。賭けてもいい』
くそう、他人事だと思って。
「ここだ、入れ」
前を歩いていた人物が突然立ち止まり、古ぼけた木のドアを指し示す。どうやらこの人物も男性のようだ。とりあえず言われた通りにする。扉の中は薄暗い通路になっている様で、奥の方は良く見えない。
「今から拘束を解く。暴れたりするな」
男がそう言うと体を縛っている縄の様な感覚が消える。軽く肩を回してみたが特に異常は無いようだ。
「こっちだ」
そう言って男は前を歩き出す。俺を挟んで後ろには二人ほど付いてきているようだ。後数人はいたはずだが扉の前で見張りでもしているのだろうか。それにしても、と、俺はそこで妙に感心してしまう。確かに手荒には扱われていないが、これは完全に拉致事件だ。なのに拘束を解れたうえ俺は武器も持ったままだ。ミスリルのナイフとササフギ砦跡での戦いの時に騎士ローマンから借りたショートソードを腰に差している。礼を言って返そうとしたが記念にやると言われてしまった。官給品で数打ちの品だそうだが、その中でも質のよいものらしい。それはともかく、この男は武器を持った俺に背を向け平然と前を歩いている。もし俺がここで剣を抜いて後ろから切り掛かっても問題なく対処する自信があるということだろうか。
通路はそれほど長くはなく下に降りる階段に繋がっていた。そしてその階段もあまり長くはない。数段しかない階段を降りた先にまたドアがあった。感覚的には半地下と言った感じだろうか。ただ、路地の裏口と表の入り口に高低差があるような作りなら、普通に一階フロア―なのかもしれない。そんな益体も無いことを考えながら無言で後に続く。
部屋の中は広めの応接室の様な作りの部屋だった。光を透すような窓は無く壁の燭台が灯されている。テーブルの上にもシンプルな燭台が置いてある。俺が部屋に入るとテーブルに着いて椅子に腰かけていた人物が立ち上がって迎えてくれた。その人物は若い女性で背が高くスラリとした美人だった。大きく胸元の開いたゆっくりめのシャツを身に着けており、その肌は褐色で蝋燭の炎に照らされ怪しげな雰囲気を醸し出している。髪の色は黒に近い茶色で腰まで伸びている。そしてなにより目を引くその耳は長く尖っていた。
「始めまして。貴方が、ロウ・フチーチ様ですね」
女性は柔らかい笑みを浮かべながらそう話しかけてくる。ただ、周囲を見渡すと壁際に強面のいかにも屈強そうな男が三人ほど控えている。これまでの対応や女性の口調からして、とりあえず荒事が起こりそうな雰囲気ではないので少しホッとする。
しかし、これは、もしかして壺でも買わされるのだろうか?




