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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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68 帝都騒乱編24 半生


「僕がこっちの世界に来たのは大学の二回生の春だった。親父が心筋梗塞でぽっくり逝ってね。実家は瀬戸内の方だったんだけど、親父の葬式が終わって関東にあるアパートに帰る途中で事故に会ったみたいなんだ。夜行バスだったんだけど、その時の事はよく覚えてないんだ。思いっきり寝てたし。で、目が覚めたらこっちに来てた」


 炊き立ての米のご飯を一皿ゆっくりと噛み締めた後、メイドに用意してもらったハンカチで顔を拭い、少し照れくさそうに笑ったあと、堀井は自らの半生を語り始めた。


「僕はウムラウム領の外れの農村で保護されてね。村の入り口辺りで倒れていたらしい。小さい村だったんだけどある家族が僕の面倒をみてくれたんだ。当たり前の話なんだけど言葉が全然通じなくてさ、最初は何故かはわからないけど、どこか外国にいるんだと思ってた。渕君はこっちの言葉が最初から喋れたんだろ? それは少し羨ましいよ。言葉はホント苦労したからなぁ。まぁ、君の場合は事情が事情だからなんとも言えないけどね」


 堀井が目を覚ましたとき、全身の擦り傷と打撲、そして左足を骨折していたらしい。簡単な手当てはされていたが、しばらくすると年配の男性が現れ治癒術を施してくれたそうだ。足の骨折はすには治らなかったが、擦り傷のような細かい傷はみるみるうちに治ってしまった。しかし、その時はまだ異世界に来ているとは考えなかったそうだ。世界のどこかにはそんなことが出来る人もいるのだろうと思っていたという。

 目を覚ました時に傍にいた女の子に話しかけられたので、とりあえず喋ってみたが言葉は全く通じない。ただ持っていたディバッグの中に入っていたメモ帳に絵を描いてなんとか意思の疎通を図ったそうだ。


「何でそうしたか覚えてないんだけど、バスの中でバッグを抱えて眠ってたようなんだ。その中に入れてた百均の落書き帳に随分と助けられたよ。簡単なイラストを描いてその意味っていうか言葉を教えてもらったんだけど。これでも美大生だったからね。ちなみにその落書き帳、今でも大事にとってるよ。ある程度喋れるようになるまで一年近くかかったなぁ」


 堀井を保護した農家は三人家族だったそうだ。中年の父と母と十歳くらいの娘。あまり裕福では無さそうだったので居座るのも気が引けたが、日本に帰ろうにも言葉が通じないとどうにもならない。ただ、その家族や村の人たちは明らかによそ者である堀井を親切に労わってくれたらしい。人種や気候から考えて欧米かヨーロッパあたりかとも考えたが、喋っている言葉は聞いたこともない言葉だ。そして電話もないし自動車やバイクもない。ジャングルの奥地や絶海の孤島というわけでもないのに、そんなことがあるのだろうかと、お世話になっている農家の仕事を手伝いながら漠然とした不安を抱えていたという。そして、ある日決定的な事件が起きる。村が魔物に襲われたのだ。巨大な蜘蛛の魔物だった。二匹の人より大きい蜘蛛をみて、ここは違う世界なのだと気が付いたという。


「まぁ、うすうすわかってはいたんだけどさ。でもあの時は生きた心地がしなかったなぁ。足の速い若い村人が一番近い町まで衛兵を呼びに行ったんだけど、徒歩で一日かかる距離だからね。家の中に閉じこもってたんだけど、家の周りをかさかさ這いまわる音がするんだよ。僕はもともと蜘蛛が苦手でね。蜘蛛の巣もダメなくらいなんだ。アラクノフォビアっていうのかな、あの時は軽いパニックになっちゃって。耳をふさいで家の真ん中でガタガタと震えてたんだ。大の大人が情けないんだけど、そんな僕をその家のお父さんとお母さんがずっと抱きしめてくれてね。あとでわかったことなんだけど、その家の長男は魔物に殺されてたんだ。近くの森で行方不明になったらしい。俺と同じくらいの歳の人だったそうだ。その家の人も村の人たちもやけに親切にしてくれるなぁって思ってたんだけど、どうも僕はその長男の代わりというか、奇跡が起こって長男が姿を変えて帰ってきた、みたいな扱いだったようなんだ」


 その村で一年ほど経ってある程度言葉を覚えたが、この世界は魔物がうろつく危険な世界だ。命がけで戦う冒険者などになれるとも思えず、また面倒をみてくれた家族の事情を知り、村を出て行くとは言い辛くなったそうだ。日本に帰るようなあてがあるわけでもなく、たまに来る行商人にそれとなく尋ねてもなんの手掛かりもない。近くの町まで行ったことはあるがなんの情報も得られない。郷里の母の事は気になったが、どうすることもできずその村で数年過ごしたという。

 家族や村人たちの親切に応えるように真面目に働きながら日々を過ごす。そんな風に村で暮らし始めて五年目に転機が訪れた。お世話になっている家族の娘が、村長の知り合いの伝手で領主館の屋敷で奉公することが決まったのだ。村長は若いころ名うての冒険者だったそうで、引退した後その村の最初期の開拓者になった人物だった。その村長に冒険者時代の友人が奉公人の話を持ってきてくれたらしい。これは田舎の農家の娘としては大事件だった。この世界の女性の地位はまだまだ低い。農家の娘は農家の嫁になるのが普通だ。下手したら奴隷商人に売られることもある。大きい商家や貴族の屋敷の侍女になれれば、裕福なものと縁を持てるかもしれない。貴族の慰み者になるような酷い話も聞くが、この領地の代官や領主の評判は良い。そして少なくとも飢えることは無い。村中がお祝いムードだったらしい。


「その子はその時十四歳だった。この世界では下手したら嫁に行ったりもする年齢なんだけど、日本で言えばまだ中学生だ。領主館のある町は村から遠いから、年に一回でも里帰り出来ればいいほうなんだ。だから餞別がわりに絵を描いた。両親と僕と彼女の似顔絵、それと家族写真風の構図のすっごいリアルなやつ。絵は好きだったしデッサンは基本だから。それに大学でも少し絵の勉強をしていたからね。彼女はとても喜んでたし、村の皆もびっくりしてた。僕もやっと少し恩返しが出来たみたいで嬉しかったな」


 そして娘を送り出してから半年ほど経ったある日、村に数人の供を引き連れ貴族が訪れたという。


「あんな田舎の村に貴族が来るなんて事はまず無いからね。なんたって宿屋も雑貨屋も無いんだから。税の徴収のときだって町の役人だし、本物の貴族なんてあのとき初めて見たよ。この世界の貴族の理不尽な話は聞いていたからさ。あの子が事件に巻き込まれてなにかの罪を着せられてその連座制で僕たちも捕まえにきたのかと思った。でも話を聞いたらそうじゃなかったんだ」


 その貴族は堀井を迎えに来たという。娘に持たせた家族の似顔絵が貴族の目に留まりとても感心したそうだ。試しに何枚か絵を描いて欲しいという。そして成人男性という貴重な労働力を連れて行くのだから、当然幾ばくかの金銭を家族と村に与えると言った。それは結構な額だったらしい。


「僕は貴族に付いて行くことにした。お世話になった家族も村長も村の皆も喜んでたなぁ。でも、いつでも村に帰って来ていいって言ってくれたんだ。ちょっと泣いちゃったよ」

 

 堀井はまず娘に会わせてくれるようお願いし、その願いはすぐに叶えられた。娘は元気に過ごしていた。仕事は大変そうだったが少しあか抜けていて美人になっているように感じたそうだ。その後は貴族やその知り合いの商人、どんな立場の人物かもよくわからない人から、頼まれるがままひたすらに絵を描いたそうだ。似顔絵や肖像画、風景画、写実的な物、印象的な物、変わったところでは地図や建物の完成イメージ図など、なんでも描いた。道具もそれなりの物を与えられ、報酬もびっくりするほど貰えたという。貴族の下で絵を描く仕事をしながら字の勉強をして、手紙もかけるようになった。年に一度は村に帰り、支援をすることもできた。不作の年は多少の金銭の援助をしたりもしたが、なるべく即物的なものではなく、家畜を買い与えたり、村や畑の周りに柵を作ったりした。他にも、村に繋がる街道の整備や近くの川から水路を引く工事をしたりといったインフラの強化を行った。今では引退した冒険者を受け入れたりしながら開拓を進め、そこそこ大きさの村になっているという。


「村が大きくなって、村の皆が飢える心配をしなくてよくなった時に、領主とさっきのエーファ様から弟子を取るように勧められたんだ。でも絵ってさ、もちろん才能や技法はあるけど、基本的にひたすら練習しかないんだよね。描けば上手くなるし描かなきゃ上手くならない。ただ、この国はまだまだ紙が高級品だった。それに絵が上手くなるには本当に絵が好きじゃないと続かないから、もっと絵を誰でも気軽に描けるような環境にならないと本当に上手な絵描きは生まれないですって言ったんだ。ではどうすればいいのかって言われたから紙とペンを大量生産して誰でも手に入るようにして、識字率を上げて庶民の教養を養うべきですって言った。じゃあそうしろって言われてね」


 それからは、貴族や商人の依頼で絵を描くかたわらに、紙の増産と品質の向上、同時に使いやすいインクや鉛筆のような筆記用具の開発。字を覚えるための挿絵入りの教本の作成、それを大量に作るための版画の技術の確立。そんなことを始めたそうだ。


「そんなことをしてら、あっという間に十年経ってた。いつの間にか結婚して子供もいる。結婚を決めたときに村に帰ってね、僕を世話してくれた二人に本当のお父さんとお母さんになってくださいってお願いしたんだ。喜んでくれたけど怒られたなぁ。いまさら何を言ってるんだって。そんなことわざわざ言わなくてもお前は私達の息子だってね」

 

 堀井はその時の事を思い出しているのか、目を細め鼻を啜っている。俺は黙って彼の話の続きを待った。


「僕はさ、本当は漫画家になりたかったんだ。美大に入ったのは絵の勉強をしたかったのもあるけど、漫画を描く時間が欲しかったからなんだ。こっちの世界で生活に余裕ができて、仕事も少しだけ選べるようになったときに思い立ってね。この国の誰もが知っているような英雄譚を漫画にしてみようって思った。そしたらこの国のみんなも興味をもってくれんじゃないかって。絵だけで伝わるように書いたけど、字が読めればもっと楽しいかもって思ってもらえれば、みんな字の勉強をしてくれるんじゃないかってね。僕は漫画を描くのも好きだけど読むのも好きなんだ。だから、僕の描いた漫画を読んで興味を持った誰かが、いつか同じように漫画描いてくれないかなぁって思ってさ」


「あの、エロ漫画もですか?」


 なんともシリアスな話の最中なのだが、どうしても聞きたくなって尋ねてしまった。堀井は笑って少し笑って答えてくれた。


「あー、あれね。最初は趣味で描いてたんだ。僕、エロ漫画好きだから。極一部の人たちに見せて満足してたんだけど、それがエーファ様にバレてねぇ。そしたらあの人は貴族の子女向けの教本にしようって言いだして。男性はまぁともかくとして、女性にそういう知識を教えるのは大変らしくてね。絵も少しソフトな感じにして、純愛物のソフト路線で作ってたんだけど、なんだかめちゃくちゃ評判になってね。しかも女性に。ファンレターみたいなのも来るようになってさ、もっと過激なのお願いします、だって。なんていうか、エロは国境どころか世界も超えたね」


 二人で少し笑ったあとそこで会話が途切れた。俺は聞かなくてはいけないことを尋ねる。


「……堀井さんは日本に帰りたいですか? すでにこちらの世界に生活の基盤があるようなので、ツツミの様に里帰りだけでも、とは思いませんか?」


 ミシアには堀井の事は簡単に話してある。俺の他にも日本人らしき人物がいる、ぐらいの説明しかしていないが、もしその人物が帰郷を望んだら対応可能かどうかは聞いている。ミシアの返答は、多少の条件を付けることになるがおそらく可能だろうと言っていた。ただ、今聞きたいのは、堀井に帰郷の意志があるかどうかだ。堀井は少し考え込み唸り声を上げる。


「うーーーん、それなんだよなぁ。正直帰りたい気持ちはある。おふくろが元気かどうかも知りたいし僕の無事も知らせたい。でもさ、向こうでは親父の葬式の直後に行方不明だよ? おふくろからすればまさに泣きっ面に蜂だよね。それが十五年も経って、いまさらどの面下げて、って感じがどうしてもね。……ツツミって人はすごいな」


 堀井は公爵家の絵師として働くようになってしばらくして自分の身の上を公爵とエーファに打ち明けている。そして、連合国にツツミユウゾウなる人物がいることもわかっていた。何度か手紙を書こうかと思ったそうだが、結局書かなかった。その理由は「なんとなく書けなかった」としか言わなかったが、日本に帰る方法が無いと思っていた堀井の胸中はきっと複雑だったのだろう。俺にはとてもじゃないが想像がつかない。しかしこれだけは言っておかなくてはいけない気がする。


「ところで、堀井さん、あの麻雀漫画終わりましたよ」

「あー、あれ? 終わったんだ。まぁ、主人公は死なないってわかってる漫画だったしね」

「堀井さん、実は終わったのはつい最近なんです」

「え? ……はあ!? 僕、こっちに十五年いるんだよ? 僕が向こうにいるときすでに何年かラスボスと戦っていたのに……」

「あの一晩の戦いは都合二十年以上続いたことになります。終盤は配牌だけで八話使ったこともありますから」

「そ、それってどういう……」

「逆にあのボクシング漫画は終わってません。しかも主人公が引退を決意するという……おっと、これ以上はネタバレですね」

「え? え? 引退って? 主人公が引退してどうすんの? ……ていうかコミックス今何巻出てるの?」

「あ、あのお巡りさんの漫画は終わりました。いつのまにか」

「お巡りさんって……えーー! 終わったの!?」


 うむ、実にいい反応だ。俺が逆の立場なら同じリアクションをする自信がある。


「……堀井さん、日本に帰りたいですか?」

「………うん、帰りたい」

「じゃあ、そのように魔女に伝えておきますね。……堀井さん、親に会える可能性があるなら帰った方がいいです。たぶん帰らなかったら後悔すると思います。俺の勝手な意見ですけど」

「それは、確かにそうかもしれないけど……今のはズルいよ」


 それから少し日本の話をして盛り上がった。色々な話をしていると、昼食の準備が出来たとお呼びがかかる。米のごはんが入った鍋をメイに持ってくるようにお願いして席を立つ。


「ところで、堀井さんの奥さんってどんな人なんです?」


 同じく席を立ちドアの方へ向かう堀井にそう尋ねる。すると、堀井は日本語ではなくこの世界の言葉で話し出した。


「この人が僕の奥さんだよ。名前はジーナ。ぼくがこっちに来て最初からずっと傍にいてくれた人さ」


 堀井はそう言ってずっとドアの所に控えていたメイドの横に立つ。ジーナという名前で呼ばれたその女性は深く頭を下げる。


「えーと、最初からってことは……」


 俺の言葉に堀井は少しはにかんだ笑顔で頭を掻いていた。


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