65 帝都騒乱編21 これからのこと
俺たちがラグランの町に着いたのは、完全に日が落ちてからだった。
ユキ・シルバーメイスという新しい名を得た白竜はあの後気を失うように眠ってしまい、今は宿の部屋で寝かせている。ハルとトアが傍についているので何かあっても大丈夫だろう。
四人の騎士たちのうち二人は数人の衛兵を引き連れて捕縛した聖教徒たちと共に先に帝都に戻っていった。ちなみに、アダ(仮)だけは厳重に拘束し宿屋の別の部屋に転がして、騎士二人とギルバートとアンナが見張りにについている。
今俺はエリーとミラ、ミシアとルシアで食堂のテーブルに付いている。食事はユキが目を覚ましてからある程度人数が揃ってからとることにしたのだが、皆が揃う前に少しでもミシアと話をしようというわけだ。
メイが給仕をしてお茶を用意してくれたのだが、そこにミシアの分は無かった。
「あ、あれ? 私の分は……」
「あー、メイ、思う所があるのはわかるけど、ミシャさんの分も用意いしてあげてくれないか?」
「………了解しました。マスター」
メイはそう言うと厨房の方へ行く。
「えーと、気にはなっていたんだけど、五号だよね? ていうかあの状態で生きてたの? なんでフチさんがマスター?」
「ミシャさん、あの子の名前はメイです。洞窟に置き去りにされたのがトラウマみたいで……。あまり刺激しないで下さい。偶にいう事を聞かない時があるんで」
メイは俺の事が絡んだ時に命令を聞かないことがある。一番は俺と敵対した者には容赦がない事。ガサの町でチンピラに絡まれたときにもっとも手加減が無いのがメイだった。あとは俺がどこかに行こうとしたときに必ず付いてこようとすること。待っていてくれ、と言っても聞かないときがある。トイレまで付いてこようとすからな。
「トラウマ? 自動人形ですよ? 人じゃあるまいし、そんな……」
「そのことは後で話します。メイは人形ですけど、自我があるみたいで、その上俺と心が繋がってますから……今は少し複雑な気持ちみたいですね。単純に怒っている、というわけでもなさそうですけど」
「は? 自我? 心が繋がってる? いったいどういう……」
俺とミシアがそんな話をしているとメイが戻ってきた。手に持ったカップを音を立ててミシアの前に置く。少し中の液体が飛び出したが、どうやら中身はお茶ではなく水のようだ。
「あ、ありがと……ございます」
若干引き気味のミシアの礼の言葉を聞いた後、メイはゆっくりとカップから手を放し俺の横に立つ。
「メイ、これは命令じゃなくてお願いなんだけど、ミシャさんを許してやってくれないか。そのかわりってわけじゃないけど俺が何でも一つだけメイの言うこと聞くから」
「………それでは、ワタシとでーとしてください。マスター」
「……そんなんでいいの?」
「はい」
「わかった。今度な。メイ」
「はい。マスター」
俺はメイの頭を軽く撫でる。少し機嫌がよくなったようだ。しかし、妙な知恵をつけたな。これもエリーのせいだな。
「あー、でも、トイレに付いてくるのはやめてね」
「………………はい。マスター」
えらい間があったな。正直トイレの前でじっと待たれても、出るものも出ないというか。
ミシアとルシアは俺とメイのやり取りを呆然とみている。特にミシアは何か言いたそうにしているが、さすがにメイの前では話辛いのか、それとも空気を読んでいるのか、何も言わなかった。
「あ、そういえば、ツツミにもたされたお土産があるんですよ。それと伝言も」
ミシアは場の空気を変えるように少し明るい声でそう言った後、足元に置いてあった背負い袋から小さい包みをとりだす。
「上等の日本酒とビールを用意して待ってる。ゆっくり話をしよう、だそうです」
手渡された小包をひらくと、そこには缶ビールが二本と柿の種、板チョコが五枚、それと砂の様なものが入った小袋があった。もしやと思いながら覗いた小袋の中身はやはり米だった。
「ほんとはもっといっぱい持たされそうだったんですけど、きりが無かったので今はそれだけです」
暫く米の入った小袋から目が離せなかったが、やがてゆっくりと顔を上げる。こんな物が今ここにあるという事は……。
「ツツミは十五年ぶりに里帰りが出来ました。その時に色々買い込んだようです」
「里帰り、ですか。……じゃあ、今は連合国に?」
「はい。ツツミは今では連合国の代表です。いなくなられては困りますし、ステイリアに妻子もいますから。ただ、両親や兄弟とも会えたようです。……まぁ、そのあたりの詳しい話はツツミ本人に聞いてください」
ツツミという人物がどういう経緯でこの世界に来ることになったのか知らないが、俺にはミシアに会えばなんとかなるという希望があった。おそらくツツミは帰郷の手段など見当もつかなかっただろう。そんな状態での十五年という時間は日本へ帰ることを諦めるには十分すぎる。きっと色々なことがあったにちがいない。名前しか知らない、会ったこともない人物なのだが、つい感情移入してしまう。
「まず、結論から言うとフチさんを日本に送ることは可能です。しかし今すぐというのは難しいです」
ミシアは真剣な表情で話しを続ける。
「異世界間転移ですが現状では魔法と私のスキルを併用しています。しかし、これは幾つか問題がありまして………まずはフチさんの存在値が異常に高い件です。これは原初の混沌と呼ばれる存在を身に宿している為なのですが、おそらく、フチさんを日本に送るには、魔力が足りません。日本からこちらの世界に来た時に辺境に飛ばされたのもそのせいです。これは日本への同行を望んでいるフチさんのお仲間も何人か当てはまります。今すぐ日本に送れなくもないのですが、万が一また転移事故があると大変ですし。対策として既存の転移陣と同じく龍脈の魔力を利用して補いつつ、さらに私のスキルによらない、魔法による安定的な転移を研究中です。転移陣の設置場所の候補地は幾つかあるのですが、対になる日本側の転移陣設置の問題も……」
「姉様。技術的な事は後で……それより、他に大事な事が有るでしょう」
ルシアが止めてくれて少しほっとした。ミシアの話の内容は半分もわからなかったが、安全に日本に転移するには少し時間がかかるということか。
「あっと、そうだね。えーと、皆さんにはとりあえず連合国に来てもらいます。ツツミが会いたがっているということもあるのですが、異世界間転移の技術はできるだけ秘匿したいのです。理由は幾つかありますが、ツツミは、フチ君が普通の日本人ならわかる、と言ってました」
ミシアのその言葉を受け、少し想像してみる。例えば、異世界間転移の技術がこちらの世界中に広まったとして、ある程度自由に行き来が出来るようになればどうなるか。色々と想像できるが確かに碌なことにはならないだろう。文明レベルに差があるのが一つ。急激なパラダイムシフトによる混乱とか、あちらの世界から資源とか植民目的での侵略とかも考えられるし、その利権の奪い合いで争いも起きるだろう。あとは隔絶した世界なので抗体のない感染病とかが怖いな。
「そいうわけなので、連合国に来ていただきたいのですが、陸路と海路で三十日ぐらいかかります。あとは帝国でなにかやり残しがないか、というところですか」
考え込み始めた俺にミシアは少し遠慮がちに声をかけてくる。その声に思索から引き戻され返事を返そうとしたとき、横から声がかかった。
「移動は僕がみんなを運ぶから一日で着くと思うよ」
ハルの声に振り向くと、トアとそれからユキが一緒のようだ。ユキが目を覚ましたので食事に連れてきたという。
「お腹すいたです。イチロー達はもう食べたですか?」
「いや、一応待ってたんだ。じゃあ、メシにするか。適当に頼むけどいいか?」
三人が席に付き、メイがお茶を用意するために厨房の方へいく。俺もそれに付いて行き八人分の夕食を注文する。お茶の準備をしているメイを残し席に戻る。
「………ユキ・シルバーメイス……です。………よろしくお願いします」
俺が戻って来るのを待っていたのか、椅子に腰かけると同時にユキが呟くように言う。
「ああ、えっと、渕一郎です。こちらこそよろしくお願いします。食べれない物とか苦手なものがあったら言って下さい。今注文したから変更は間に合うと思うよ。それを先に聞けばよかったな」
俺の挨拶の後にそれぞれが自己紹介をはじめる。紹介も終わり、なんとなく間が開いて今う。
「えーと、ユキさんはこれからどうしたいとか考えがありますか?」
ユキは俺の問いかけに何も答えない。確かに今すぐには何も考えられないのかもしれない。
「まぁ、今日はご飯でも食べて、温泉に入ってゆっくりしなよ。ハルも言ってたけど、俺達と同行してもいいし、どこかで静かに過ごすのも有りだと思います。ゆっくり考えて、どうしたいか決まったら言って下さい。出来ることは協力するから。……ハル、ユキさんの事を頼んでもいいか?」
ハルは俺の言葉に頷いた後、ユキに話しかける。
「ほら、言ったとおりでしょ。僕だってお願いはされたことはあるけど命令されたことなんて一度もないよ。イチローからすれば僕は友達なんだってさ」
「ユキ、イチローは考えなしです。ハルに名前を付けたときも、特に何も考えていなかったです」
「そう! あのときはびっくりしたなぁ。いきなり僕に名前を付けてきたんだよ。イチローはその後で、別についてこなくてもいいって言ったんだ。意味がわからないよね」
なにやら、好き勝手言われているが、一つも言い返せない。確かにあの時は深く考えずに行動していたので、考えなしと言われても仕方がないが。
その後、ハルが俺と出会った経緯を語りだした。その内に料理が運ばれてきたので皆で食事を始める。途中でミラとトアの注釈が入ったりしている。ミシアとルシアも軽く質問を入れたりしながら興味深そうに聞いている。ルシアにはハルとの出会いを大まかに説明してあったが、詳細を聞くのは初めてだろう。
「メイ、ギルさん達の食事を注文して部屋に届けてもらってもいいかな?」
ハルの話を聞きながらふと思い立つ。さすがに厳重に拘束されているアダ(仮)を食堂に連れてくるわけにはいかない。騎士達には少し気の毒だが夕食は見張りをしながら部屋で摂ってもらおう。
「マンドラゴラ!? 手に入ったんですか!?」
じっと話を聞いていたミシアが、マンドラゴラの叫び声でハルを活動停止させたという下りで驚いていた。
「わたしが森で見つけて、イチローが生きたまま持って帰ったです。ハルが森の深層で暴れたので、浅層に逃げてきたのではないかとオババは言っていたです」
「生きたままって……いったいどうやって……」
「そういえば、シルビアさんがマンドラゴラの株分けに成功したと言っていましたね。薬効は弱まるらしいですが、栽培しているらしいですよ」
「はぁ!? マンドラゴラを栽培!? シルビアって、ゴブリンの長老のシルビアですよね?」
エリーの何気ない付け加えにミシアは驚きの声をあげている。……しかし、長老、そんなことやってたのか。エリーと会ったときに魔法関係の話で盛り上がっていたようだが、確かにあの村で魔法や魔法薬の話を深く理解する者はいなさそうだ。マンドラゴラの栽培もとても凄いことなのだろうけど、その凄さを本当にわかる者がいない。きっと自慢したかったんだな。
「たしかにオババは長老ですが、今は子供です。それとミシア、少し声が大きいです」
「あ、はい。……子供??」
混乱気味のミシアを置いたままハルの話は一通り終わった。自分が殺されたことを楽しそうに話しているハルも少しおかしいと思うが、ユキはその話を真剣に聞いている様だった。
食事も終わり、ミシアは何か言いたそうな顔をしているが、ハルとトアは温泉に入りたいという。その前に、今後どうするかを簡単にでも話しておきたい。
「一度、帝都に戻らなければならないだろうな。お爺様が言っていた事だが、今回の一連の騒動で捕えた者たちの中で、ある程度高位の聖職者たちは王国に送り返すことになるだろう。下手に処刑でもしようものならかえって厄介なことになりかねないからな。かといってお咎めなしで返す訳にはいかない。そこでトアの力を借りたいそうだ。アレは信仰の深い聖教徒ほどこたえる」
ミラの話は理解できる。俺たちを襲撃しているのはあくまでルト教の一派閥だが、帝国が肩書のある聖職者に刑罰を与えたとなると、確かに面倒な事になりそうではある。日本でいうと外国籍の要人が罪を犯しても、なかなか逮捕できない、たとえ逮捕したとしても起訴できないという状況と同じだ。国家間の政治問題になる。祖国に送り返した後でその国の法で裁かれることになるのだろう。帝国としては入国禁止などの措置がとるのだろうが、また同じことを繰り返されても困る。そこでトアのあの魔法の出番というわけか。
「コボルトにするです?」
「そうだ。奴らは自分たちを拷問したり処刑できないことはわかっているからな。ただ、事情の聴取と送還の手続きには結構な時間がかかる。その間コボルトの姿で生活してもらう。帰国しても聖教徒達は教義の手前、自分がコボルトになっていたことを口外しないだろう。もし訴え出たとしてもコボルトに変身させられていた、という話を信じる者はいないだろうしな。ただ、再犯の抑止力としては相当な効果が期待できる。次に問題を起こしたら人の姿には戻さないとでも言えばいい」
「あのー、そのコボルトにするってどういうことですか?」
黙って話を聞いていたミシアだがさすがにこれは気になったらしい。とりあえず簡単にトアの魔法の効果を説明する。
「……他者の存在書き換え? ホントに? 私、世界中旅したけど、そんなの聞いたこと無い……」
「ハルに手伝ってもらって、わたしが開発したです。術の理論を説明してもいいです。ミシアなら使えるかもしれません。でも先に温泉に入りたいです」
「それは是非に………あ、話の腰を折ってすみません。どうぞ続けてください」
ミシアは軽い謝罪にミラは頷き話を引き戻す。
「雇われのチンピラを除いても結構な人数を送還することになりそうだ。できれば事情聴取や尋問にも協力して欲しいと言っていた」
「もうそんな面倒な人たちは国ごと滅ぼした方が早いような気がしますが。まぁ、仕方ありませんね。皇帝とも話をしなければなりませんし、どの道、帝都には一度帰らなければなりません」
エリーは食後のお茶を口しながら身もふたもない事を言う。
「あとはアダさんをどうするか、ですが……どうやら、彼は使徒の眷属のようです。帝都に連れて行くのは危険ですし、かといって、ずっと私達が見張っているのも正直面倒です。以前の私でしたら問答無用で滅ぼしているのですが……いっそ重りを付けて海に沈めますか? 彼は星幽体なので死ぬことはないでしょう。少なくとも三百年は海の底ですね。私の特製の糸は外部から手を加えない限りそれくらいは持ちますから」
暗い海の底に三百年沈んだままなんて死んだ方がましなような気がするが、アストラル体の人ってどうなんだろう。不老不死なら三百年は大したことないのか?
「ああ、それなんだけど、僕に考えがあるんだ。あの人に伝言と手紙をもたせて、聖王国って所に放り投げてこようかと思うんだけど、どうかな?」
ハルの考えは竜の姿で聖王国の上空を旋回し、十分に注目を浴びた後、アダ(仮)を民衆の目につく場所に投げ捨てる。というものだった。
古竜の力を利用して人の世に戦乱を起こそうとした、とでも書いた張り紙をしておけば、平穏を望む真っ当なルト教の信徒には効果覿面だろう。同時にトアのコボルト化の魔法と合わせて噂を流したりすれば、件の派閥は求心力と政治力を失わせることができるかもしれない。ハルがそこまで考えているかはわからないが、古竜を操って利用しようとしている派閥に内外から圧力をかける良い手だと思う。
「手紙とか、伝言の内容は皆に任せるけど、要は古竜族が怒ってるぞ、って書いておいてよ。他の古竜がどう思うかわからないけど、少なくとも僕は怒ってるからね」
「そうですね。それでいきましょう。担いで歩くのも面倒ですし、結局は送還することになるのですから、とっととあるべきところに返しましょう。ハル、明日にでも捨ててきてください。手紙は後で書いておきます」
エリーの言い草はあんまりだが、特に意見は出なかったのでそういうことになった。
「もう話は終わりです? もう少ししたら吟遊詩人の歌が始まるです。おひねりを投げたいです。その前にフロをすませるです」
「そうだね。ユキも行こう。温泉入ったことある? 湯に浸かる前に体を洗わないと怒られるよ」
「私も先に湯に浸かってくるか、アンナにも声をかけよう」
トアの言葉にハルとユキ、ミラが立ち上がる。エリーも席を立ったので、皆で行くようだ。
「ルシアとミシアはどうするです? 一緒にいくですか? さっきの魔法の説明をしてもいいです。わたしも神聖系魔法の話を聞きたいです」
トアの誘いにルシアとミシアは顔を見合わせる。
「いこっか? ルーちゃんと一緒にお風呂入るのなんて何年ぶりかな。フチさん、また後で」
「はい、姉様。でも古竜と一緒に湯に入るなんて少し緊張しますね」
そう言って少し笑いながらルシアとミシアも立ち上がる。
「……メイは行かなくていいのか?」
俺は横に立って皆を見送っているメイに声をかける。
「メイはダメです!」
「メイはダメだ」
「メイはダメですね」
既にテーブルを離れ歩き始めていた女性たちのうち数人が同時に声を上げる。………え? なんなの?




