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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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64 帝都騒乱編20 荒野の慟哭


 お茶を飲みながらミシアと少しだけ話をする。なにしろ聞きたいことや話すことが多すぎて何から話せばいいのかわからない状態だったのだが、とりあえずどうやってこの場所にいることがわかったのか聞いてみた。俺たちがここにいることは本当に極一部しか知らないはずで、ルシアにも知らせていないし、アリオンは知っているが、しばらく知り合いの貴族の下に身を隠すと言っていた。


「いやぁ、こっちも探してたんですよ? 帝国と聖王国の冒険者組合の新規登録者リストを取り寄せたりして。さすがに登録名が違うとわかりませんよ」


 ……登録名のことは言うな。でも、えらい最初から話し出したな。


「一応三大国以外の東方大陸にも網を張ったんですけど、あっちの方は小国ばかりですからなかなか……。そんな時に帝国からウチのツツミ宛に手紙が来たというわけです」

「その前にミシャさん宛に手紙が行ってるはずですけど……」

「あー、請求書の束の中に埋もれてまして……。助手にチェックさせてるんですが、チェック漏れがあったようで……」


 ……まぁ、ミスは誰にでもある。


「まぁ、とにかく辺境にいることはわかったので、ガサの町の代官の所に行きまして、その後、帝都のラステイン辺境伯の屋敷に、で、ルーちゃんの所に行っても居場所は知らないって言うからハンス君の所に行って聞いて、ここに来ました。結構大変だったんですよぉ」

「えーと、ハンス君って誰?」

「……ハンス・シドニウス・イエレミアス……皇帝陛下です」


 俺の何気ない質問にルシアが答えた。……そういえばそんな名前だったな。ていうか名前呼びなんだ。

 そのあとも少し話をしていたのだが、やはりここでは落ち着かないということで、とりあえずラグランの町へ戻ることにする。


「さて、さっさとラグランの町に戻って湯にでも浸かりたいところですが、その前に一つ片付けないといけないことがありますね」


 荒野というよりは駐車場の様な光景になってしまった場所でのちょっとしたお茶会も終わり、移動の準備を始める。エリーは服の埃を払い拘束されている白竜の女性へと近づいていく。


「コレをどうするか、ですね。このまま町へ連れ帰るわけにはいきませんし……」


 エリーは今だ目を覚まさない白竜の化身である女性の傍らで腕組みして見下ろしている。ハルが言うように白竜が誰かに操られているのなら、万が一街中で竜化して暴れだしたら手に負えない。


「かといって、上位の精神操作系の魔法を解除できる者は私達の中には……」

「あ、私できるかも」


 エリーの言葉を遮るようにミシアが手を上げる。


「神聖系魔法の上位魔法に【解業】って魔法があるから、それならどんな操作系魔法でも呪いでもだいたい解けます」


 ミシアは白竜の女性の傍まで来るとふわりと跪く。


「使えるのですか? 神聖系の上位の魔法は〈奇跡〉と称してルト教によって完全に秘匿されているはずですが」

「あー、私、だいぶ前だけどルト教で聖女やってましたから。やってたっていうか、別に辞めてないから今でも聖女なんだけど。〈奇跡〉はもちろん〈秘儀〉も〈秘跡〉もつかえますよ」


 ミシアは眠っている白竜の額に手をあて、目を閉じてボソボソと何事かを呟いている。トアやエリーが魔法を使うときと少し雰囲気が違う気がする。しばらくその状態だったが、やがて魔法をかけ終えたのかミシアは顔を上げる。


「……どうですか?」

「うーん………これは、相当難しいです。一応契約の形をしていますが、ほとんど呪いと同じですね。ほぼすべての線を切りましたが、最後の一本が切れませんでした」

「呪い、ですか……」

「はい、たぶん相当な実力者が命をかけてますね。その呪いをベースに精神操作系の魔法を乗せている状態でしたが、今の魔法で操作は解除しました」


 エリーとミシアのやり取りを黙って見ていたが、なんだか雲行きが怪しい。それをハルが不安そうな顔で見ている。

 ミシアの説明では、この呪いの様な契約というものを解除しないと、また操られる可能性が高いという事だった。


「えーと、その呪い? の解除ってできないんですか?」


 俺の問いかけにミシアは難しい顔をする。


「………方法は主に三つあります。一つは契約者とこの白竜が同意の上で契約を破棄すること。二つ目はこの竜が生まれなおすこと。三つ目は竜に新しい名を与えること。これは竜が新しい名を受け入れることが前提ですが……」


 これも一応説明してもらう。一つ目の言葉の通り契約解除だ。これは難しいだろう。アダ(仮)とのやり取りを見る限りでは、白竜の意志など関係なしに完全に支配下に置いているようにみえた。仮に契約者を見つけだしたとしても、契約解除には応じないだろう。二つ目の方法は竜が自身の全情報を乗せた卵を産むというもの。つまり自分のクローンを作って卵の状態まで戻ること。これを生まれなおし、と呼んでいるらしい。三つ目は新しい名前を得ることで存在の更新を行い契約をあやふやなもの、もしくは無効にする、というものだそうだ。この二つ目と三つ目の方法は白竜本人の意志が重要になってくる。何らかの理由があって聖王国や聖教徒に追従している場合、これらの方法を受け入れない、ということも考えれる。


「とりあえず操作は解除しているので、彼女をおこしてみましょう」


 白竜の女性はミシアの魔法で目を覚ました。額には白い小さな角。白い肌の美しい顔立ちだが少しだけ幼さを残している。人の年齢で言うと十代後半くらいといった見た目だ。そして何より目を引くのが真っ白の長い髪。髪だけでなくまつ毛や薄い眉も白だ。それが深い青色の瞳の印象を深くしている。

 彼女はゆっくりと周囲を見渡すと、うつむいて目を閉じる。そのまま動かなくなってしまった。暴れだしたりする様子ではないのだが、周囲の皆は油断なく構えている。


「あなたの呪いはほとんど解きました。完全に解く方法もあるけど、どうする?」


 ミシアの言葉に、白竜の女性は顔を上げる。いつの間にかエリーの糸の拘束は解かれているようだ。


「自由になれる、という事です」


 白竜の女性は、何も言わずにミシアを見つめ返している。その表情からは感情の様なものはうかがえない。


「条件もつけません。貴女を操っていいように利用した人たちに復讐したいというならそれもいいかもね。どこか人のいないところでひっそりと暮らすというのも有りです」


 いまいち反応の薄い女性にミシアはその方法の説明を始める。理解しているかどうか怪しいが、最初の問いかけで顔をあげたので、言葉はわかっているようだ。


「今あげた方法だと、三つ目の名前を変えるという方法が現実的で手っ取り早いんだけど。でも、今まで他者に操られていたあなたには抵抗あるよね。……うーん、でも、たとえ生まれなおしをしたとしても、今の名前は使わないほうがいいよ。たぶんそれでは術者との繋がりができてしまう。呪いの線が切れないかもしれない」


 ミシアはかまわず説明を続けているがやはり白竜の女性の反応は薄い。暴れだしたりする様子はないがこのままでは話が進まない。というか、夕刻もちかい。移動の事を考えるとそろそろ動きたい。


「ま、まぁまぁ、そんな急に言われても決めらんないでしょ。とりあえずラグランに行って温泉でも浸かってさ、ゆっくり考えなよ。もしかしたら他に方法もあるかもだし。ハルの親に相談するとか出来ることもあるから。ああ、暴れないって約束はしてもらうけど。えーと、コルネリアさん、だよね? 名前を変えるって言われても、売れない若手芸人じゃないんだからそんな簡単に……」


「その名前で、呼ばないで……ください」


 小さいが透き通るような声が俺の言葉を遮る。しかし、やっと発した最初の言葉がそれか……。よっぽど嫌なのか、嫌な思いをしたかだよな。自分の名前が嫌になるほどのことか。きっとコルネリアの名を呼ばれた後に意に沿わない命令をされ続けていたのだろう。ハルは自分なら我慢できないって言っていた、やはりよほどの事なのか。もしくは命令の内容に問題があったか。


「ねぇ、君、新しい名前を貰いなよ」


 今まで黙って見ていたハルが白竜の女性に声をかける。


「それで呪いってやつが解けたら、その後は自由にしたらいいよ。僕たちの仲間になってもいいし、どこか遠くでひっそりと暮らしてもいい。また敵になってもかまわない。好きにしたらいい。君の自由は僕が約束する。竜は約束を破らない。君も竜ならわかるよね?」


 白竜の女性はハルの事をじっと見つめていた。その表情から感情は読み取れない。しばらくそのままだったが、やがて小さく頷いた。名付けを受け入れるという事だろうか。


「っていうわけだから、よろしくね、イチロー。カッコイイ名前付けてあげてよ」


 皆の視線が俺に集まる。……こうなるような気はしていた。正直、もう勘弁してほしいが、なんとなく断れない雰囲気だ。そもそも、ハルに名前を付けたときは名付けがそんなに大事だとは知らなかったし、軽いニックネームの様な感覚だったしなぁ。

 しかし、一応抵抗してみることにする。


「お、俺でなくてもよくない? 戦ったのはハルとトアなんだから、二人が付ければ……」

「僕はダメだよ。竜が名付けをするのは自分の子供だけだから」

「そういうのいいから早くするです。空気読めです」


 トアとハルはあっさりと断る。ハルはすでに安心したような顔で、トアはあまり興味が無さそうだ。ダメもとでエリーの方へ視線を送ってみる。


「イチロー様はそういう星のもとに生まれたのでしょう。さすがに古竜二体に名付けを行った話は聞いたことがないですが、お母様に名を付けたことに比べれば、そう大したことではありません。よかったですね、歴史に名が残りますよ。名付けの英雄です」


 エリーの言葉で気が付いたのか、白竜の女性はまたハルをじっと見つめている。それにしてもエリーは面白がってないか? 


「僕の名前はハル・シルバーメイス。イチローが付けてくれた名前だよ。イチローの故郷の言葉なんだってさ。母様がくれた名前は“銀槌山脈に春を告げる者”って名前で、それにちなんで付けてくれたんだ」


 ハルは自分の名前の由来を嬉しそうに語る。しかし、先ほどのミシアの話では、ハルと同じように元の名前を参考にすることはしない方がよさそうだ。さっきの反応でも今の名前を良く思っていないようだし。……しかしこの空気はヤバい、このままではどんどんハードルが上がっていく危険性がある。さっさと案を出して選んでもらおう。


「じゃあ、今からいくつか言ってみるから、気に入らなかったら言ってください。えーと、ユキってどうかな? ユキ・シルバーメイス。銀槌山脈に積もる雪って感じの意味なんだけど……」


 実はミシアから名付けの話が出たときから、こうなるような気はしていたので、すでに一つは考えてあった。ユキの名は彼女の白い髪から。名字は思い付かなかったので苦し紛れだ。銀槌山脈は国境を越えて南北に伸びている巨大な山脈だという話なので、彼女が北の聖王国の出身でも問題ないはずだ。


「え? シルバーメイスって……」

「そう、ハルの義理の兄弟ってことになるな。いや姉妹? ……二人が嫌なら別のにするけど」


 ハルは少し驚いた顔で俺の方を見る。咄嗟の思い付きだが、なんというか彼女は儚げだ。俺だけでなく同じ竜であるハルと繋がりが出来れば、それが彼女の支えになるかもしれない。決して考えるが面倒だったわけではない。しかし、もし嫌だと言われたら【思考加速】を使って考えるしかないな。


「……うん。僕は嬉しいかな。ユキっていうのもいい名前だと思うんだけど。……どうかな?」

「………ユキ……シルバーメイス……」


 彼女は小声で呟きながらうつむいている。やがて小刻みに震えだしたかと思うと嗚咽が聞こえてきた。どうやら泣いているようだ。


「え!? ダメ!? 泣くほど!? ちょっとまって、他のを考えるから! えーと、もっと可愛い系がいいのか? キラキラネームみたいな? ご、極悪バタフライとかどうかな?」

「落ち着けです、イチロー。こいつは嫌で泣いてるのではないです」


 トアが呆れたような表情で俺を見ている。名前を提案して泣き出されてしまったので、ついテンパってしまった。でも、じゃあなんで泣くんだよ。


「それでは、貴女のことをユキと呼んでいいですか?」


 混乱している俺をしり目にエリーは白竜の女性の肩にそっと手を添える。白竜の女性は両手で顔を覆いながら小さく頷いた。エリーはミシアに目線を送るとミシアは無言で頷き魔法を発動する。恐らく先ほど使った呪いを解くという魔法だろう。


「………解けましたね。最後の一本も切れました。……よかったね。ユキちゃん」


 どうやら、無事に呪いは解けたらしい。というか、ユキで良かったんだ。急に泣き出したからびっくりした。いや、自信はあったけどね。ホントだぞ。


「僕たち兄弟だってさ。いや、姉妹? 姉弟? ……まぁいいか。よろしくね。ユキ」


 ハルのその言葉に、彼女……ユキは声を上げて泣き出してしまった。


「よほど辛い目にあったのでしょう。しかし、白竜ですか。原色の古竜は最古の竜と言われています。その竜に操作系の魔法をかけるとはただものではないでしょう。今回の件でおそらく私達の敵になります。面倒な事にならなければいいのですが」


 エリーは俺のそばに来て物騒な事を言う。だが、言葉とは裏腹にその表情はなにやら楽し気に見える。


「いや、ミシアに会えたから、あとは日本に帰るだけだよ。まさか、異世界までは追いかけてこないでしょ」

「……だといいのですが」


 空は薄く茜色に染まり始めている。緩やかに吹く風はまだ少し冷たいが、本格的な春が近い事を感じさせた。

 荒涼とした大地にユキの慟哭が響く。その泣き声はきっと新しい生の産声だ。

 長いようで短い旅の終わりに、この女性が少しでも救われたのなら、旅の苦労も少し報われる気がする。俺がこの世界に来た意味があったのかもしれない。そう思う事にした。

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