61 帝都騒乱編17 その名は
目の前には六人のフード付きのマントを纏った人物が立っている。……いや、立っていた。先刻までは。今は少し離れた場所に拘束され転がっている。
見晴らしのいい荒野なので、彼らが遠くから近づいてきているのはすぐにわかった。俺たちは軽く散会し待ち構える。彼等が何を考えていたのかはわからないが、多分戦いの前にお喋りというか、何かをアピールしたかったのではないかと思う。少し風もあったし会話をするためにはある程度近くに来る必要があると考えたのだろう。
だが、うちの魔人はそういう空気を一切読まない。だんだんと近づいて来る彼らを見ながらヤバいなぁと思っていたのだが、案の定エリーの糸の射程に入ったと同時に拘束されていた。
「え? 終わり?」
なんともあっけないというか、あまりにもな展開なので何かの罠を疑い始めたときに、倒れている人物たちの中の一人がむくりと起き上がる。
「……どうやら、面倒なのがいるようですね」
エリーはそう呟くとスタスタとその人物に近づいていく。起き上がった人物の五メートルほど手前まで近づいてその歩みを止める。
「ふむ。糸を使う者がいると聞いていたが、お前のい……」
その人物はそこまで喋ってまたよろよろと倒れこんでしまう。
「……お前の糸は、効か……き……きか………」
倒れたままもぞもぞしながら、何かを言おうとしているようだが、言わせてもらえない。距離があるのでわかりづらいのだが、その人物はどうやらエリーの糸を無効化できるのだろう。しかし、問答無用で延々と繰り出される糸に邪魔されている。
「ちょ、まっ、コルネリア! 元の姿に戻れ!!」
地面に転がっている人物の叫び声のあと、その場に軽く風が吹いたかと思うと、目の前には巨大な竜がいた。
真っ白の滑らかな鱗。四つ足で翼もあるが全体的に突起はほとんどなく蛇のような印象を受ける。頭にはそれほど長くはないが一本のまっすぐな角が生えている。大きさは竜の姿のときのハルと同じくらいか。以前に角のある竜は上級種だって聞いた覚えがあるが、この白竜も古竜種なのだろうか。
「私を抱えて距離を取れ!」
白い竜は転がっている人物を掴むと少し後ろに下がる。エリーの足元に転がっている人たちの数が四人なので、彼らの中の一人が竜の人化した姿だったということだろう。
「お前! ちょっと待ってよ! こう、あるだろ! お約束っていうかさぁ! 喋らせろよ!!」
竜の手のから解放され地面に降り立った人物はフード付きのマントを脱ぎ棄てると、大声で叫ぶように言う。声からすると若い男のようだ。格好は聖教徒がよく着ている白を基調としたローブ姿なのだが、顔つきは距離があり過ぎてよくわからない。何かの魔法を使ったのかその叫び声は意外とはっきり聞こえた。
「コルネリアももっとかっこよく登場させたかったのに、……これだから混沌の奴らは嫌なんだよ。様式美ってものをわかってない」
聖教徒の格好をした男は、なにやらブツブツ呟いているが、それも丸聞こえなのがわかっているのだろうか。
「ふっ、よく聞け! 私の名は、あだっ! あだだっ! 痛いって!」
男は名乗りを上げようとしたのだと思う。しかし、それは途中で途切れてしまう。トアが魔法で大量の石礫を飛ばし始めたからだ。辺境で何度か見たことがある。たしか【礫】というまんまの名前の精霊系魔法だったと思う。
「こ、コルネリア! 守って! 防御! ……な、なんで? 俺、アストラル体だよ? 物理攻撃も普通の魔法も効くわけないのに!」
白竜は大量に飛んでくる拳大の石から腕で男をかばっている。あの白竜はコルネりアという名前なのか。
「大変です! エリー! あのアダって奴、魔法が効かないです!」
トアは少し驚いた様子だ。効いてると思うけどなぁ。痛いって言ってたし。それと、たぶんあの人はアダって名前じゃないと思う。
「むー……じゃあ、これならどうです?」
石礫の攻撃が止み、今度はトアの周りに無数の光の玉の様なものが現れる。石礫の攻撃が止まったので、竜の腕の隙間から顔を出していた男の頭上をものすごい勢いの光の玉がかすめた。外れた光の玉は竜の体に当たり軽く爆発している。これも辺境のゴブリンの村にいたときにトアに見せてもらったことがある。【光弾】という魔法だ。あの時はお手本というか、見本のような感じで一発だけ見せてくれたのだが、トアの周りには次々と光弾が発生し、まるでレーザービームのように真っすぐ飛んで行く。しかもそれが着弾点で爆発しているのだが、トアはそれを秒間数十発の勢いで発射している。俺はそれを見ながら、弾幕を張るってこういう感じなんだな、とか考えていた。
竜の腕に守られているので光弾は男に直接は届いていない様なのだが、わっ、とか、ひぃ、とかの悲鳴が聞こえてくる。
「うーん。竜の腕が邪魔です」
まるでシューティングゲームのキャラクターのように、途切れることなく光弾を飛ばしながら、トアは少し浮かない顔だ。
「トア、あのアダという人は風下にいます。あとはわかりますね? わざわざ風下から近づいてきたのでなにか考えがあるのかと思っていたのですが、どうやらただのおバカさんのようです」
あ、もうあの人の名前はアダになってしまったんだ。
「ああ、なるほど! わかったです!」
トアは【光弾】の魔法を止めると、持っていた杖で地面を突く。トンという軽い音と同時に少し前方に紫色の霧のような雲のような物が現れフワフワとアダ(仮)の方へと向かっていく。
「なんだ? この煙。……く、臭い! あ、なんかチクチクする! わー、臭い! 痛い! なんだこれ!?」
紫色の煙は白竜の足元に留まって、アダ(仮)を包み込んでいる。
「いまいち効いてないです。【紫雲】の魔法は〈レッドヘルム〉でも二秒で昏倒するです。あいつ、もしかして凄い奴です?」
「トア、白い竜はともかく、あのアダという人はおそらく使徒かその眷属でしょう。どうやら星幽体のようですので、普通の攻撃や通常の魔法は効果がありません。攻撃を通すには摂理を超える必要があります。トアの魔法はある程度効果が有るようですが……やはり私がやりましょう」
エリーはトアの肩に手を置きニッコリと微笑む。
「使徒を相手にするときのお手本を見せます。トアはハルと一緒にあの白い竜をなんとかしてください」
「えー、わたしもあのアダって奴をやっつけたいです! 干渉魔法なら効果があるです? 試したいです!」
「確かにトアの魔法ならあのアダという人を倒せるでしょう。私の言うお手本とは、倒すお手本ではなく半殺しのお手本です。トアは使徒の相手は初めてなので加減がわからないでしょう? もし勢い余って殺してしまってはイチロー様の寝付きが悪くなるかもしれません。その点、私なら使徒がどのくらいやると滅びるかを知っています」
「うー、そう言われると確かにそうです。わかったです」
トアとエリーのなんだか論点がずれているような物騒な会話の最中も、アダ(仮)の悲鳴は聞こえていたのだが、二人の会話が終わる頃、白竜の翼の羽ばたきで紫の雲を吹き飛ばしていた。
「くっそっ! 貴様らいい加減にしろよ! コルネリア! 私を抱えてもっと距離をとれ!」
アダ(仮)はそう言い残すと白竜と共に少し………だいぶ距離を取った。そして何事かを叫んでいるのだが、声を伝える魔法の範囲外になってしまったのかよく聞こえない。
「あんなに離れて、アダは何か手があるです? わたしの魔法も射程ギリギリです」
「あそこまで歩くのも億劫ですね。しかし、古代魔法の【流星雨】でも使われたりしたら厄介なのですが」
エリーと会話しながらトアはまた杖で地面に軽く突く。すると轟音と共にアダ(仮)に雷が落ちた。遠くから悲鳴が聞こえる。トアが重ねて何発か雷を落とすと、アダ(仮)はさらに距離をとっていた。
「ぎ、ギルバート殿? 敵に古竜がいたこともさることながら、……あの子供は何者ですか? 英雄の仲間には使徒や竜がいるとは聞いていましたが……」
「ゴブリン……だよな? あの距離で魔法をあてられるのか? 詠唱もなしだぞ」
「うちの宮廷魔術師なんて話にならんな。しかもまだ余裕がありそうだ」
なんだか後ろの騎士たちが騒がしい。ギルバートとアンナは苦笑いだ。
「あー、もっと遠くに行ってしまったです」
「白竜に乗って空から攻撃してくるかもしれません。油断してはいけませんよ」
トアとエリーは真面目な顔で議論している。その時俺はアダ(仮)に少しだけ同情というか、申し訳ない気持ちというか、なんともいえない気持ちを抱いていた。
「トア、エリー、それから皆も聞いて欲しいんだけど、……あの白い竜、なんだか様子がおかしいよ。たぶん操られてる。敵なら敵でそれでいいけど、操られて戦わされるのは、僕なら我慢できないと思う」
もはや豆粒のように見える距離まで離れてしまったアダ(仮)を眺めながら、どうしたものかと考えこんでいる二人にハルが真剣な表情で話しかけた。
「確かにあの白竜は、いまいち動きに精彩が無いと言いますか、言われたことしかしていませんでしたね」
「……ハルはどうしたいです?」
「操らているなら、正気に戻したい。戻ったら強敵になるかもしれないけど、同じ古竜族としてあんなのは見ていられないよ」
古竜族の誇りというやつだろうか。思う所があるのだろう、いつも明るいハルが今はうつむいて悔しそうにしている。ハルの想いが伝わって来ているような気がした。それが名付けのせいなのか、仲間として共に過ごした時間のせいなのかはわからない。ただ、たぶん俺がハルの名前をつけていなかったとしてもこう言ったと思う。
「よし、やろう。みんなも頼む。俺が手伝えることはあんまりないかもしれないけど、どうすればいい?」
俺はハルの頭を軽く撫でるとハルは顔を上げる。皆もハルに頷いている。
「……とりあえず一度殺そうと思うんだ。たぶん生き返るから。それで、操っている術みたいなヤツが解ければいいんだけど………」
とりあえず殺そう、はおかしいと思うが言いたいことはわかる。
「ふむ。しかし、ただでさえ魔法が効かない古竜を操る様な術であれば、恐ろしく強力なものだろう。そのような術は基本的には術者しか解呪できないと思うが、……なにか考えがあるのか?」
ミラは剣を抜きながらハルに問いかける。
「うん。トアの変身の魔法でなんとかならないかなぁって思ってるんだけど。……難しいことはわからないけど、存在自体を書き換える魔法なんだよね? 自分で人化するんじゃなくてトアに人化の魔法をかけてもらえば……ただ、魔法の事はよくわからないから……」
「なるほど、トアの【存在改変】の魔法ですね。やってみる価値はあると思います。……古竜を操る魔法などきいたことがありませんが、もしかたしたらハルの両親ならなにかわかるかもしれません。まぁ、なんにせよまずは無力化を………」
エリーはそこで言葉を止め、はるか遠くにいるアダ(仮)の方へ振り向く。トアも何かに気が付いたようで同じく振り返っていた。
「魔力と魔素の流れが変です。何か大きな魔法を使おうとしているです」
トアの言葉に皆が緊張する。しかしあの距離で届く魔法があるのか。さっきエリーが言っていた【流星雨】という魔法だろうか。名前からして隕石が落ちてきそうだけど、そんな魔法、規模によっては術者自身もただではすまなそうだけどな。そんなことを考えながらアダ(仮)の方を眺めていると、景色に変化が起こった。
まるで地面から湧き出るようになにかが蠢いている。最初はなんだかわからなかったが目を凝らしてよく見るとすぐにわかった。骸骨の集団だ。ただ、とんでもない数だ。しかもどんどん増えている。何千、もしかしたら何万といるのかもしれない。それがこちらにワラワラと向かってきている。そして、骸骨が湧き出している辺りの地面が盛り上がったかと思うと、三体の岩の巨人が現れた。距離があるので大きさがわかりづらいのだが三メートルから五メートルくらいはありそうだ。
「ふふ、こんな光景を三百年前にも見たことがあります………あの時は私一人でしたが……なんだか楽しくなってきましたね」
エリーは笑っている。
「ハルは白い竜を、トアはあの岩の巨人をお願いします。私はアダという人を片付けます。早く終われば手伝いますが……そうですね、競争をしましょうか。それぞれの相手を誰が一番に片付けるか。勝った者はイチロー様と二人でお出かけ、というのはどうですか?」
「それ、僕のった! やる気出てきた!」
「べ、別にイチローはどうでもいいですが、……絶対に負けないです!!!」
あれ? 勝手に景品にされてる?
「騎士殿! どなたかお二人は私と共にトアの護衛を! ギル、騎士達と共にフチとアンナを守ってくれ! アンナ! 頼む!」
「ちょっと見ない間にミラはかっこよくなったなー。じゃあ皆に支援魔法かけるからちょっとまってねー」
ミラの指示に従いそれぞれが動き出す。アンナの支援魔法は身体強化と魔法障壁のようなものだった。その手の魔法が効きづらい俺でも少し体が軽くなったような気がする。
「メイもよろしく頼むな。敵は人じゃないから手加減しなくていいぞ。でも無理しなくていいから」
「マスターは私が守ります。安心してください」
俺はメイの頭を軽く撫でる。最近わかったのだが、メイは頭を撫でると喜ぶ。今も喜びの感情と、やる気というのか、頑張るぞ、みたいな気持ちが流れ込んできた。かわいい。
「あの、騎士の方々もよろしくお願いします。俺ホントに弱いんで足手まといだと思うんですけど」
「英雄のお手並み拝見、といったところですな。こちらこそよろしく頼む」
「ギルバート殿が貴方のことを褒めていましたよ。筋が良いと。しかし、これは軍隊で来た方がよかったな。生き残れたら劇になるかもしれんぞ」
中年の騎士とそれより少し年若い騎士が俺のそばに来たので挨拶する。二人はこの状況で笑っていた。こちらの人数は十二人しかいない。敵は数えきれない。俺なんかよりもこの人たちのほうが英雄の器だと思うけどな。
俺は一応タマムシにも声をかけておくことにした。
たまちゃん。いざって時は頼むよ。最近あんまり出てこないけど、なにやってんの? 漫画?
『ひさしぶりだな。いや、最近はイチローの過去の記憶を読み込んで、人生を追体験している。今九歳くらいだな。ビデオの早回しみたいな感じだが、なかなか面白いぞ』
そんなことやってたのか。それはそれでなんか複雑な気分なんだけど。でも、今日は久々に出番あるかもよ? ていうか今も感情のコントロールやってくれてるでしょ? あんまり怖くないし。
『まぁ、少しな。……それより死ぬなよ? 面倒だから』
ああ。頑張る。
「分断されるとまずい! なるべく固まって動くぞ! ハル、道を拓いてくれるか?」
「うん! じゃあ、後から付いてきてね」
ミラの言葉を受け、ハルは駆け出す。そしてその姿を竜に変える。現れたのは暗銀色の竜。頭を天に向け、まるで鬨の声のように雄たけびを上げる。
「おお! あれが我が帝国の守護竜! なんと雄々しき姿か! 話には聞いていたが、本当にあの少年が竜の化身だったのか」
「まさか竜と共に戦う日がくるとはな。絶対に生きて帰るぞ! 一生の自慢話だ!」
「しかし、ミリアナ様は竜の友だと聞いてはいたが……やべぇ、惚れそう」
「あっちの白い竜より、俺たちの守護竜のほうがカッコイイな。絶対」
騎士たちはそれぞれ興奮気味に勝手なことを言っている。だが気持ちもわかる気がする。目前に広がる骸骨戦士の軍団、そして竜と岩の巨人という現実感のない光景だ。その上数的には絶望的な状況なのだ。俺はトアやエリー、ハルの強さを知っているが、騎士たちはそうではない。景気の良い言葉で自らを焚きつけているのかもしれない。まさに決死の覚悟なのだろう。たしかに生き残れたら一生の自慢話くらいにはなりそうだ。
ハルの特大の火炎のブレスをかわきりに戦いの火蓋は切って落とされた。




