60 帝都騒乱編16 手紙
ササフギ砦跡。帝都の北にある歴史的な遺跡だ。朽ちた砦跡と荒涼とした岩石質の大地が広がっている。帝国建国の黎明期、当時の帝国の趨勢を左右する決戦の地となったことで有名で、帝国の歴史を語る上で必ず語られる場所だという。地質や場所的に農地や放牧などには適さないため、現在は帝国騎士団や兵士たちの演習場として使われているという。
「ホントに何もないです」
トアの言う通り目の前にはゴツゴツとした岩と砂の大地が見渡す限り広がっている。所々に緑はあるが背丈の低い藪の様な植物で、あとは大きな岩がころがっているばかりだ。砦跡ということだがその面影は無く、崩れ去った砦とわずかに石垣の痕跡が残されているだけだ。
帝都から北に馬車で三日もかかるこの場所に来たのには訳がある。
聖教徒達の襲撃を受けた翌日、やはり貴族であるアリオンが同行しているにも関わらず襲われたという事実は問題となったようで、アリオンの屋敷には帝国騎士団が警備として配備され、俺たちは外出自粛が言い渡された。そして、これにハルが憤慨した。曰く「せっかく帝都に来たのに屋敷から出るなってどういうこと」ということらしい。これにはトアも同調した。どうやら魔法関連の商店が集まる区画に行きたかったらしい。
普段あまりわがままを言わないハルとトアに、俺やアリオンも否とは言えず半ば押し切られる形で帝都観光に繰り出しのだが、結局聖教徒達の襲撃にあう事になった。しかも一日に三回。その度に衆目を集め観光や買い物は中断、衛兵を呼んで引き渡しを行うなどの手間に見舞われる。周囲の迷惑も考えると軽食屋などで食事をすることも躊躇われ、満足に食事もとれず屋敷へ帰ることになった。
この事態にアリオンは頭を抱えていたが、問題はハルだ。
ハルは余り不機嫌になることは無い。ガサの町でも、自分は竜だと言ったら笑われたり馬鹿にされたりもしたのだが、決して怒ったりはしなかった。竜だという事をあまりにも信じてもらえなかったので半ば意地になって竜に姿を変えるところを衆目に晒したのだがその時も腹を立てているという様子ではなかった。普段は明るく気さくで場を和ませる存在なのだ。しかし、その日、屋敷に戻ってきたハルは珍しくとても不機嫌だった。
「僕、もう聖王国って所をぶっ潰して来るよ。そこがあいつらの根城なんでしょ?」
着替えの服をバッグに詰め込み、竜の姿になる為に服を脱ぎ始めたハルをなんとかなだめ、とりあえず話し合いを行う。とはいえ、俺たちを襲撃しているのは聖教徒の一部の勢力なので、聖王国自体が敵というわけでもない。どうしたものかと思案していたのだが、エリーが一つの案を出した。それは、捕まえた聖教徒に使者として手紙を持たせ、首謀者か派閥の実力者をおびき出すというものだった。
「そんなことが出来るかなぁ。俺だったら絶対に行かないけど」
俺の意見にエリーはニッコリと微笑む。
「人質をとればいいのです。彼らが来ざるを得ないように」
今までに捕まえた聖教徒たちの事を言っているのだろうか。しかし、彼らはアリオンやミラが同行していても襲ってきたような奴らだ。それなりの覚悟が有ったことだろうし、言い方は悪いが、そんな彼らを餌にしても食いついてくるとは思えない。
「はい。ですから、人質とは聖王国そのものです。ハルもやる気ですので、来なかったら本当に潰してしまいましょう。ハルが大聖堂を破壊して、その後、トアに頼んでルト教の教皇や司祭、聖女と呼ばれる人たちをコボルトに変えてしまいましょう。彼らは人格者らしいので姿かたちが変わってもその信仰は揺るがないかもしれませんが、国としては崩壊するでしょう。そして、その責任は私達を狙っている人物とその派閥の人たちに押し付けます」
トアとエリーの尋問により首謀者らしき人物とそれに連なる実力者や実行犯の名はわかっている。
エリーは相変わらず微笑んでいる。偶に冗談を言うこともあるのだがこの表情のときは本気だ。言っていることは国家転覆計画そのもので、とんでもないことなのだが。
「それいい! さすがだねエリー! 僕やる気出てきた!」
「イヒヒ、教皇って聖王国では王様の様な人ですね? コボルトが王様の国です? イヒヒヒ! 面白いです!」
エリーの案は了承された。ハルもトアもやる気だ。トアはなんだかツボに入ったようで楽しそうに笑っている。
「えー、あんまり事を大きくしたくないんだけど……」
「それでは、どうするのです? 彼らの狙いは明らかにイチロー様です。ずっとコソコソと隠れてまわるのですか? 彼らの本当の狙いはわかりませんが、まず思いつくのはイチロー様を洗脳してハルを利用することです。お母様がいるので洗脳に効果は無いでしょう。すると次は拷問でしょうか? 痛みによって隷属させるような魔道具を使うかもしれません。まぁ、なんにせよ、捕まったらろくなことにはならないでしょうね」
エリーの言う通り、じゃあ、どうする? と言われるとすぐには思いつかない。そして、聖教徒達はそう簡単諦めはしないだろう。その上彼らは世界中のどこにでもいるという。帝国や連合国は数こそ少ないそうだが、ある程度大きな町には必ず教会があるそうだ。そして、そんな聖教徒達をこの国から排除することはおそらく不可能だ。
帝国や連合国のように小国や他民族が集まってできたような成り立ちの国にとって、宗教の扱いについてはデリケートな問題だ。地方によって独自の宗教や小さな部族の土着宗教などがある。そして宗教というものは禁教や弾圧を行うと逆効果の場合がある。民衆の支持を得られない悪魔信仰や邪教のようなものはともかくとしても、一般的な宗教やその信仰を消すことは難しい。炎の勢いを弱めることは出来ても火種は残り、弾圧によってやがて大きく燃え上がる場合がある。
「イチロー様、私達は被害者なのです。たまたま加害者がルト教という巨大宗教だったというだけにすぎません。今回はその中の一部の人たちということですが、その人たちがルト教にどこまで根を張っているのかわかりませんし興味もありません。私達は降りかかる火の粉を払うだけです」
たしかにエリーの言う通り、俺たちはどこかに喧嘩を売ったり恨まれるようなことはしていない。アホのアベルは逆恨みだし、聖教徒達の襲撃もはっきり言って迷惑行為でしかない。事の本質を言ってしまうとその通りだ。
「……でも、国際問題だよね」
いくらこちらに非が無いと言っても、戦争にでもなったら寝覚めが悪い。
「帝国が聖王国に抗議をしたとしても、聖王国は一部の聖教徒の暴走だとして切り捨てるでしょう。だからといって聖王国に責任が無い訳ではありません。かの国は宗教国家で、その国教であるルト教の信者に私達は攻撃されているのです。その一部の聖教徒の暴走を抑えきれなかった聖王国が悪いのです。私達は攻撃されたから身を守る。その延長として反撃する。当然の権利です。事が大きくなるかどうかは国同士の問題なので私達には関係ありません。そもそも、こちらには竜がいる事をわかってしかけてきているのですから、それを用いた反撃をされることも覚悟の上でしょう」
エリーはそこで一度息をつき、少し真面目な顔つきで話を続けた。
「善や悪、大義名分というものは確かにありますが、議論することにあまり意味がありません。人によっても違いますし、時代によっても変わります。曖昧なものです。戦う理由とは結局のところ、相手が気に入らないからです。それ以外の理由は後付けでしかありません。何かを得るためでも、何かを守るためでも、復讐でも、正義のためでも義憤でも、なにかしら理由があるのは相手も同じです。相手があってそれを踏みつけにするのですから、行きつく所は、自身の我を通す、ということ。私はそう思っています」
エリーはまたニッコリと微笑む。
「私は私達に粉をかけてきた彼らと、かの国が気に入りません」
その言葉に俺は結局何も言い返せなかった。
そのあと、エリーの案を実行するための話し合いが始まった。手紙はトアが書くというので任せることにする。そして手紙を預ける使者となる聖教徒は二人一組で四組み。二人の内一人はコボルトの姿に変える。手紙を届けた後戻ってくれば元に戻す約束だ。戻ってこなかったり手紙が届かない場合もあるが、そのときは聖王国を攻撃するだけだ。
手紙の内容は決闘の申し込み。戦って負けた方が竜の力を得るというものだ。もし来なければ聖王国を攻撃する旨が書いてある。この内容については自首を勧告する内容と決闘で意見が分かれたのだが、竜の力という餌で釣り上げる確率を上げ、面倒な勢力を一掃したいという思惑がある。決闘という言葉にミラが少し難色を示したが、エリーの「勝てばいいのです」の言葉に押し切られていた。
そして肝心のおびき出す場所なのだが、戦闘があることに加え、今回の件で珍しく腹をたてているハルが暴れてもいいように、ということで、帝都の北にあるササフギ砦跡という場所が上がった。帝都から三日の距離があるが帝国が管理している転移の魔法陣を使わせてもらい一日で着いた。そして、砦跡の近くにあるラグランという宿場町で二泊してから向かうことになったのだが、その町はいわゆる温泉街で帝室御用達の保養地としても有名な町だった。俺たちは一般客として普通の宿に泊まったのだが、食事も美味しく、宿に併設されている酒場では吟遊詩人の詩や楽器の演奏などもあり、ハルの機嫌もだいぶ良くなった。
そして今、俺たちはその砦跡に来ている。メンバーは何時もの五人とギルバートとアンナ、それから帝国騎士団から部隊長クラスの精鋭四人だ。相手はこちらに竜がいることを知っていて仕掛けてくるような連中だ。もしかしたら竜に匹敵するような手練れか、竜を抑える何らかの手段を持っていることが予想される。騎士団の同行は、かえって足手まといになるかもしれないと断ったのだが、どうやら今回の件を知った皇帝の勅命で来ているらしい。まぁ、この中で一番の足手まといは間違いなく俺なんだけどね。
約束の刻限までまだしばらくあるということで、俺たちはその辺の岩に腰かけてお茶を飲んでいる。先述した通りこの場所は帝都から馬車で三日の距離がある。馬を潰す覚悟で夜も移動に当てるなら一日で来ることも可能だが、途中には関所があり検問も強化されているらしい。関所を迂回するルートでは期日に間に合わず、また大人数での移動も困難だろうという。
そのことをエリーに問うと「何とかするでしょう。もし来れなければ私達はそのまま聖王国に行くだけです」との答えだった。ひどい。
「トア、事が終わったらまた温泉に行きましょう」
「はい。温泉もいいですが、また酒場で歌を聞きたいです」
「肌にはいいらしいのだが、髪がすこしバサバサになるのがな」
「あの町、闘技場があるらしいよ。僕、出てみようかな」
「マスター、お茶のお代わりが必要ですか?」
戦いの前だというのにあまり緊張感が無い。ギルバートとアンナは少し離れた場所で騎士達と話をしているようだ。
「いやあ、お二方と共に剣を振れるとは。娘に自慢できます。特に娘はアンナさんの大ファンでして」
「俺も剣には自信があったんだが、先日の模擬戦ではギルバート殿からは一本も取れなかったからな。まったく、ちょっと落ち込んだよ」
「その黒剣も業物のようですな。正直なところ戦闘は起こらない方がいいと思っているのですが、お二人の戦いぶりを見てみたい気持ちもある。少し複雑な気分です」
騎士達の話を聞きながらギルバートは苦笑いをし、アンナはギルバートが褒められるのが嬉しいのかニコニコしている。
そんな感じで、お茶を飲みながら世間話をしていたのだが、俺はふと気になったことを聞いてみた。
「ところで、使者に持たせた手紙の大まかな内容は聞いたけど、文章はどんな文章だったんだ?」
俺のその言葉にミラが反応する。
「ああ、私はトアが書き損じたものを持っているぞ。見るか?」
そう言って、懐から四つ折りにされた紙片を取り出す。相変わらず字は読めないのだがなんとなく紙を開いて見てみる。そこには少し癖のある文字と下の方に戦士っぽいイラストが描いてあり、その横の吹き出しにもセリフが書いてあった。何か所か字を間違って黒塗りにしているところがあるので、ボツになったのだろう。
「俺、文字が読めないから、よかったら読み上げてくれない?」
「ああ、そうだったな。すまん。じゃあ読むぞ。『拝啓、〇〇様、早春の候、ク■聖教徒どもはいかがお過ごしでしょうか。いいかげんお前らのちょっかいが面倒になってきたので、みんなで話し合って、まとめて片付けることにしたから。この度はお前らに下記のように御案内します。記、〇月〇日、中天の刻、ササフギ砦跡へ来てね。そこがお前らの死に場所だ。と言いたいところだが、コボルトにするくらいで勘弁してやります。ケ■をよく洗ってから来い。ご多忙かと存じますがお前らのご来臨をお待ちしています。敬具。……追伸:もし来なかったら、お前らの■ソみたいな国は滅ぼす。マジです。お前らの城ぶっ壊してその上にう■こしてやるってうちの竜が言ってましたから覚悟しとけ。……辺境の■雄、ロウ・フチーチより。』………黒い部分は書き損じだな。……ちなみに吹き出しの中のセリフは『出てこいや!』と書いてある。四通ともだいたい同じ文章だ」
………マジか。なんだよその頭の悪い文章は。しかも俺の名前で出したのか。……マジか。
「ええ? トア、僕は、えーと、その手の生理現象はないんだけど。エリーと同じ半星幽体ってやつだし。僕たち竜は星辰体って呼んでるらしいけど」
「そうですね。トア、私もトイレは行きません」
ハルの言葉にエリーが乗っかる。というか、今の手紙の内容で反応するところそこかよ!
「……どおりでトイレに行かないヤツだと思っていたです。そして、エリーのなんだか勝ち誇ったような顔が癪にさわるです」
俺がハルたちの会話をよそに、聞かなければよかったと後悔しているとメイがお茶のセットを片付け始めた。
「マスター、三時方向より人型の生命体接近。数六。敵ですか?」
「おや、来たようですね。時間ちょうどと言ったところでしょうか」
まだ遠くに見えるローブ姿の人影にエリーは目を細め薄く笑った。




