59 帝都騒乱編15 コボルトって
俺たちは、ルシアとの話し合いも終わり、迎えに来たアリオンの馬車に乗り屋敷への帰路についていた。
ハルの言葉にしばらく微妙な空気だったが、今はいつも通りの雰囲気に戻っている。ただ、エリーはなにか考え事をしているようで言葉が少ないようだ。
ギルバートとアンナは騎士団との親睦会に参加するということで同行していない。アリオンはルシアに一言挨拶しておきたいということで、俺たちを迎え来た馬車に乗って来たようなのだが、逆にルシアから頭を下げられて恐縮していた。曰く、俺たちの事をよろしく頼むということらしい。
六人乗りの馬車にアリオンと俺たちで座っているのだが、トアやハルは小柄なのでそれほど狭くは感じない。御者席には護衛も兼ねた従士が三人座っている。
この帝国でルシアという人物を味方に出来たのは大きいかもしれない。あとは皇帝が俺たちの事をどう思っているかなのだが、話を聞く限り、理性的で思慮深い人物の様なのであまり無茶はしないだろうと思っている。皇帝に会うのは五日後。それまで何事も無ければいいけど、とぼんやり考えていると、不意に馬車が止まった。
「お館様、賊です」
御者席の後ろ側についている小窓が開き、従者が緊張した声でそう声をかけてきた。
「見えている限りでは十人ほど。突っ切りますか?」
従士の問いにアリオンが返事をする前にエリーが立ち上がる。
「私とトアが行きましょう。皆さんも外に出た方がいいかもしれません。賊に魔法使いがいると厄介です」
エリーの言葉に従い皆馬車を降りる。賊の思惑はわからないが、馬車の客車に火を放たれたり、馬が暴走などをおこしたら確かに面倒なことになりそうだ。時刻は夕刻。辺りは暗くなり始めていて、その上周辺は木々に囲まれた小さい林のような場所なので余計に薄暗く感じる。ローブを纏いフードを目深にかぶった者たちが剣を持ち馬車の周りを取り囲んでいる。馬車の反対側に何人いるかわからないが、二十人以上いるのかもしれない。
「私は前に、トアは後ろの方をお願いします。ハルとミラはイチロー様とアリオンさんを。メイも頼みますね」
皆はエリーの指示に頷き、トアは馬車の後方へと歩いて行く。
「何者だ! この馬車をラステイン伯爵家のものと知っての狼藉か!」
従者の一人が声を張り上げる。しかし、返事を待つよりも先に、というか、従者の問いかけと同時にローブの男たちはバタバタと倒れて行く。それだけではなく木の上からも何人か落ちてくる。なんというか相変わらず容赦がない。剣を抜いて構えていた従士達は呆然としている。
「さて、トア、どうですか?」
エリーは馬車の後方にいるトアにそう声をかける。
「たぶん、これだけです。本職の魔法使いはいない様です」
トアはそう答える。どうやら、エリーは賊の拘束が終わったかどうかではなく他に伏兵がいないかどうかを尋ねていたようだ。
二人の従士が衛兵を呼ぶためにこの場を離れる。目の前には全部で十五人の賊が転がされている。全員がエリーの糸で拘束され口を縫い合わせている。エリーは賊の一人に無造作に近づき、従士に頼み体を起こさせる。賊の前に屈みこみ口を縫い合わせていた糸を一気に引き抜く。痛そうだ。
「あなた方のリーダーはどなたですか?」
エリーはいつものようににっこりと微笑みながら賊にそう問いかける。賊は何も答えず目を伏せる。
「ふう、私、喋れなくするのは得意なのですが、喋らせるのは苦手なのです。あまり手間をかけさせないでほしいのですが」
エリーは自身の顎の所に指をあて、考えるような仕草をする。
「エリー、見られているですよ。たぶんコイツです」
思案しているエリーにトアが横から声をかける。端の方に転がされていた男を杖でつんつんとつついている。
トアの話ではどうやら【共感】に似た魔法で視覚に割り込んでこちらを視ている者がいるとのことだった。
「ふむ、瞼を縫い付けてもいいのですが……。そうですね、しっかりと視てもらいましょうか。私達と敵対するということがどういうことか」
「あの、エリー、ほどほどにね?」
なんだかいつもと少しエリーの雰囲気が違うので、そう声をかける。
「イチロー様、この方達はアリオンさんがいるのに襲ってきました。町のゴロツキとは違います。貴族の馬車を襲うぐらいですから、それなりの覚悟をしてきているはずです」
エリーの言い分は確かにその通りで、この賊たちがどういう処分を受けるのかはわからないが、おそらくただでは済まないだろう。だからどう扱ってもいいというわけではないが。
「トア、例の新魔法を試してみては?」
「!! やるです! この魔法理論を証明できれば、色々と応用が利くです。……イヒヒ、わくわくしてきたです」
従士にお願いして、賊たちの上体を起こさせ道端に並べる。エリーは全員の口の糸を消し、声をかける。
「トアの魔法は本当に恐ろしい魔法です。私はあなた方のリーダーとお話をしたいので、話したくなったらいつでも仰ってくださいね」
エリーのその言葉のあと、トアが一番端の賊の前に進み出る。賊の男の前で杖をかざし、集中しているようだ。トアの魔法の発動は早い。一つの魔法を使うのにこれほど集中しているのは初めて見るかもしれない。
やがて、トアが口の中でぼそぼそと何事かを呟き、その魔法は発動した。
男は姿を変えていた。ローブを纏っているので体の部分がどうなっているのかはわからないが、頭部が犬のような見た目に変わっている。これは……。
「やった! できたです!」
「うわぁ、凄い! この人もしかしてコボルトになっちゃたの? ホントにそんなことが出来るんだ」
どうやら魔法は成功したようだ。喜んでいるトアの横でハルが目をみはっている。というかこれがコボルトなんだ。
「……恐ろしい、本当に可能だとは……名前を付けるとしたら【存在改変】というところでしょうか」
エリーは真剣な顔で呟くように言った。何だか嫌な予感がする。
「えーと、どういうこと?」
「以前に、言いましたね。ハルの人化の魔法は存在自体の書き換えを行っていると。トア曰く、それの応用だそうです」
「え、じゃあ、この人は生まれたときからコボルトだったことになったってこと? 元にもどせるんだよね?」
「……わかりません。トアの魔法構築しだいです。さすがに一生このままということは無いと思うのですが……」
アリオンやミラ、この場に残った従士も引いている。はっきりいってドン引きだ。
しかし、よりによってコボルトとは。エリーが恐ろしいと言っていた意味が何となく分かる。この世界のコボルトは、知能が低く基本的に人語を解さない。性格は個体差もあるが粗野で乱暴。考えなしですぐ暴れたり裏切ったりするため奴隷や労働力としても扱いにくい。戦闘能力は低いのだが基本的に集団で行動し家畜を襲ったり畑を荒らしたりするので、農家や商人には酷く嫌われている。悪質な群れは討伐対象になったりもするのだが、独自の文化と言語を有するため、一応、亜人種にカテゴライズされているという。
しかし、ただ邪悪な存在というわけでもなく温厚な個体や独特の愛嬌もあるため、見つけ次第問答無用で殲滅という感じでもない、なんとも微妙な存在らしい。いわゆる困ったちゃんキャラというか、質の悪いクソガキというか、コボルト(笑)とか、そういう位置づけらしいのだが、俺も聞いた話なのでよくわかっていないのかもしれない。
「それはコイツ次第ですが、最初なので加減がわからんです。まぁ、たぶん長くても一年ぐらいで元に戻るです。さて、どんどん行くです」
トアはそう言うと、二人目、三人目と賊をコボルトの姿に変えていく。最初に姿を変えられた男も仲間がコボルトの姿になったことで自分が何をされたのかを理解したようだ。モゾモゾと身じろぎしキョロキョロと辺りを見回している。
「嘘だ! そんな魔法聞いたことがない! 幻術だ!」
トアが四人目の男の前に立ったとき、その隣の男から声が上がる。
「ふむ、同じ魔法をかけているのに見た目に個体差があるです。可能性の顕在化ということです? 興味深いです。それとも存在値の影響が……」
トアは男の叫び声に特に反論するでもなく魔法の効果について考え込んでいるようだ。確かにコボルトの姿は皆同じではなく毛の色や顔つきも違う。四人目はなんだかチワワのような顔になってしまっている。魔法の発動も速くなっているようだ。トアは何事かをブツブツと呟きながら五人目の前に立つ。
「まっ、待ってくれ! 言う! なんでも喋るから……」
五人目の男の言葉は途中で唸り声に変わった。コボルトの姿に変えられたからだ。
「トア、せっかくお話しを聞けそうでしたのに、もったいない。ところで、元の姿に戻せるのですよね?」
「……え?」
「……え?」
その場をしばらく沈黙が支配する。
「………ま、まぁ、あと十人もいるのですし、どなたかが喋ってくれるでしょう」
「そ、そうです! 十人! 十人です!」
その後、六人目の男が賊のリーダーを教えた後、コボルトの姿にかえられ、そのリーダーが口を噤むたびに他の者が一人ずつコボルトに変えられていくという地獄絵図か繰り広げられた。結局人の姿を留めたのはリーダー格の人物と視覚を共有されている人物の二人だけだった。そのあと、トアの解呪の魔法が成功したので今度はそれを餌に情報を聞きだしていく。
「えーと、この魔法はわたしが開発した魔法なので、わたししか解呪できないです。お前たちの信じている神様がコボルトのことをどう思っているのかは知りませんが、コボルトの姿でも生きていくことは出来るです。瑣末なことです。まぁ、わたしはコボルトとして生きていくなんて絶対に嫌ですが。あと、もしこの場で解呪しなくても、おそらく、たぶん、きっと、一年以内には人に戻れると思うですが、有力な情報を提供する気が有る者は首を縦に振るです。そしたら今人に戻してやるです。ちなみにだいぶ魔力を使ったので、全員元にもどせるか微妙です。だから早い者勝ちです」
トアのその言葉にコボルト姿の賊は全員が首を縦にふった。
「本当に恐ろしい魔法です……。聖教徒ならなおさらでしょう。ただでさえ亜人種を蔑んでいるのに、よりによってコボルトの姿になるですから。しかも幻術などではなく、本当にコボルトになるのです」
結局、賊の正体は聖教徒だった。どうやら竜を危険視する派閥の仕業らしいのだが、彼らは捨て駒の様で詳しいことはわからなかった。ただ、アジトの場所や首謀者らしき人物の名前は聞き出せたので、あとは衛兵の出番なのだが、今回はアリオンが同行しているときに事を起こしているので、どうやら帝国騎士団も出張る様だ。
「実はこの魔法、難度と強度が高いわりに嫌がらせにしか使えないです。コボルトの姿になっても強さは余り変わらないです。魔法はともかく、たぶんスキルは普通に使えるです。例えばミラに使ったらとんでもなく強いコボルトになるです。あとは存在値が高い者には効きにくいです。だから、エリーやハルには効かないかもしれません。……試していいです?」
「絶対にやめてください。しかし、存在値ですか……その言葉も久しぶりに聞きました。アンナさんから教わったのですか?」
「はい。広域魔法では対象の存在値が関係することがあるらしいです。ちなみにこの杖があればこの魔法を広域化出来るかもしれないです。範囲にもよりますが百人位一気にコボルト化できるようになるかもです。あまり意味は無いですが」
「出来たとしてもやらない方がいいでしょう。それほど大規模な干渉を一度に行うとどんな揺り返しがあるかわかりません」
エリーとトアは賊たちが衛兵に連れていかれるのを横目で見ながら、魔法の話に興じているようだ。ちなみに賊は全員人の姿に戻している。実はアリオンとミラから人の姿に戻すよう嘆願があったのだ。曰く、コボルトの姿で生きていくということは聖教徒にとってはある意味死ぬことより辛いだろう、たとえ今回の件で極刑に処されたとしてもせめて人の姿で死にたいだろうと。武士の情け的な感じなのだろうか。というか、そこまでなのコボルト。
「あ、ちょっと行ってくるです」
トアはそう言うと、賊たちが乗せられている荷馬車に近づいていく。
「お前たちに言っておくことがあるです。お前たちに呪いをかけたです。亜人種に伝わるとても古い呪いです。亜人種を人と認めないお前たちにはおそらく解呪できないものです。今後、亜人種を馬鹿にしたり危害を加えたりしたら、お前たちは少しづつコボルトになるです。嘘だと思うなら試してみればいいです。ちなみにもうわたしにも解呪はできないです。わたしを殺しても呪いは解けないです。すべての亜人種を人と認めれば解けるようになっているです。まぁ、さっきも言ったように姿がコボルトになるだけです。たいしたことではないです。一度コボルトになったお前たちを、お前たちが崇める神様が助けてくれるとは思えませんが、まぁ、がんばるです」
トアの話が終わると同時に荷馬車は去っていった。
「まぁ、嘘ですけど」
トアは荷馬車を見送りながらポツリと呟く。その姿を見ながらエリーは俺に囁くようにいった。
「イチロー様、この魔法の本当に恐ろしいところは、他者の存在に干渉する、という点です。ハルの人化やミシアの転移は自身の存在に干渉しています。それが他者となると格段に難度が上がるはずです。トアはすでに埒外の存在です。ある意味で私やハルよりも危険な存在といっていいでしょう。……はっきりと言いましょう。イチロー様は私達のタガです。もし外れるとこの世界が大変なことになるかもしれません。………死なないで下さいね」




