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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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58 帝都騒乱編14 魔杖


 エルフの魔女ミシアという人物を語る際、近年では必ず語られる話題の一つが〈亜人種解放宣言〉だという。また、この宣言にまつわる事件により、それまで一部の冒険者や権力者の間でしか知られていなかったミシアの名は三国中に知れ渡ることになったそうだ。

 そもそもの始まりは、亜人種、獣人種に対する不当な扱い、悪質な差別や無条件の奴隷化、人身売買を禁止するという条約を、帝国、聖王国、連合国の三国間で結ぶというもので、二年に一度行われる三国会議の際、連合国が提案し採択、締結された。

 もともと小国の寄せ集めである連合国は内部に獣人種を含む亜人種を多数抱えている。そして、種族を問わず、実力主義的な気風が強い帝国も特に問題なく批准の姿勢を見せたが、聖王国はこれに強く反発したという。教義の解釈にもよるが、エルフやドワーフ、小人族はともかく、オークやゴブリン、リザードマンを亜人種、つまり人と認めることが難しいという理由だ。結局条約文に明記されたのは、エルフ、ドワーフ、小人族、その他の人に近い見た目の獣人種。オークやゴブリンは具体的には明記されず、その他の亜人種と記されたという。

 しかし、この宣言が本当に有名になったのは条約締結後しばらくたった後だった。国家間の約束など知ったことではないとばかりに、依然として亜人種の奴隷化や人身売買は横行していたし、法的に問題ないと主張する奴隷商人や貴族などもいた。そのような者達の中でも悪質な人物が片っ端から拘束され衛兵の詰め所に証拠と共に突き出されるという事件が起きたという。また証拠は詰め所だけでなく、どのような所業を行っていたのを詳しく書いた文書が町の広場に張り出されたり、酒場に出回ったりというようなことが起こったそうだ。何をもって悪質とするのか、とか、奴隷化はセイフティネットの意味合いもある、とか、色々な言い分もあったそうだが、とにかくそんなこと関係なしに三国中で、大規模な奴隷商人や亜人種の奴隷を多く抱える貴族が標的になったという。

 当然、帝国や聖王国の貴族、要人もその対象で、ある意味問答無用のテロ行為なのだが、拘束された人間は非人道的な人身売買、または奴隷に対する悪質な行為を主導もしくは加担していたのは明らかで、市井の反応は様々だった。ただ、晒上げられた者達に対する非難や嫌悪感はあれど、同情する者は少なかったそうだ。

 聖王国では地位の高い聖職者が人身売買と非人道的な行為の証拠を公開された上、拘束、告発されたため、国民の反感が高まり国家運営を危ぶまれるほどまでに陥ったという。

 また、多数の模倣犯が現れ、貴族同士の策謀による冤罪などの二次的被害が出たりもしたそうだが、やがて各地で亜人種の反乱や奴隷解放運動へと繋がっていった。そんな中、目撃情報を元にある噂が流れる。一連の事件の発端である拘束や告発は、連合国建国の立役者であるエルフの魔女ミシアの仕業であるというものだ。

 この件でもっとも影響を受けた聖王国は、連合国に対し内政干渉だとして抗議を行った。しかし、一連の事件をミシアが行ったという明確な証拠があるわけではなく、連合国側は当然のようにこれを無視。さらに条約は国家間の約束事として締結されているので奴隷や亜人種に対する不当な扱いを行った者が悪いという世論もあったため、結局はどうすることもできなかったようだ。さらに、聖王国が行ったその抗議によってミシアは名は三国中に知れ渡ることになる。

 そして、この話には続きがある。ミシアの仕業であるという根拠の一つに、ミシアは【転移】というスキルを持っている、というものだ。この世界には転移魔法というものは存在するが、とても高度な魔法技術と魔法陣が必要で、しかも決まった魔法陣へしか飛べない。その上魔法陣の設置場所にも条件があるらしく、どこでも好きな場所に行けるというものではないらしい。しかし、ミシアのスキルによる【転移】は違う。ミシア自身が行ったことのある場所であれば、大した手間もなく、どこへでも転移が可能だという。またミシアが百年ほど世界中を彷徨ったという話も知られていた。つまり、ミシアは世界中のどこにでも現れる可能性がある。

 この、ミシアが持つとされる【転移】のスキルによりある種の抑止力が発生することになる。国や国境など関係なく、ミシアに悪質だと判断されると、問答無用で拘束、告発される恐れがあるのだ。これにより奴隷商人は元より、特に貴族などの社会的地位のある者ほど人身売買や奴隷関連の商売を身の回りから遠ざけ、さらには自身の運営する領地での亜人種や奴隷の売買自体を禁止する貴族が増えたそうだ。

 奴隷制度自体は犯罪者の奴隷化や困窮者の救済の一面もあるため、国家や自治体の公営の事業として存続しているのだが、奴隷や亜人種に対する待遇が悪質かそうでないかの明確な線引きがないため、その扱いも驚くほど改善されたという。

 この一連の事件、出来事によりミシアの数ある二つ名が一つ増えることになった。〈亜人の盟主〉というものだ。今でも特定の獣人種や亜人種たちには英雄視されているという。確かに、手段はどうあれ、たった一人の存在が世界の制度や在り方を変えるというの凄い事なのかもしれない。


「姉様は、本当に悪質な、人ならざる所業を行っていた人物を何人か捕まえて突き出したと言っていました。あとは模倣犯といいますかいわゆる便乗犯だそうです。ただ、この件で姉様は一部の聖教徒達からは狙われているそうです。聖王国は一時期、本当に混乱していましてから、平穏を望む聖教徒はその混乱の元となった姉様が疎ましいのでしょう」


 

 ルシアとの打ち合わせは一通り終わった。皇帝陛下にはありのままを伝えるそうだ。そして、自身の姉であるミシアが今回の騒動に大きく関わっていることに責任を感じているようで、出来る限り力になることを約束してくれた。皇帝との会見も、謁見と銘打っているが簡単なお茶会のような形式にするよう取り計らってくれるそうだ。

 その後、俺たちの迎えが来るまでまだ少し時間が有ったので、世間話のような事をしていた。ミシアの人柄や、俺がミシアに会った時の話などだ。ルシアの話すミシアの人物像は、さすがですお姉様、みたいな話ばかりなのだが、冷静にエピソードを聞くと結構なトラブルメーカーにしか思えない。まぁ、それを差し引いても凄い人ではあるんだろうけど。

 その中で一点、俺というよりもエリーやトアが気になったようなのだが、ミシアが紫炎の使い手であるという下りだ。先日会った劇団の魔法使いソニアの話の中でも話題になったが、紫炎を操る魔法使いは本当に稀有な存在らしく、トアが紫炎の使い手だということを告げるとルシアは絶句していたが、しばらくしてこう言った。


「私が知る限りでは、姉様以外で紫炎の使い手はいません。私も青までしか使えませんし」


「でも、その杖の力を借りないと紫はまだ無理です。ミシアは杖なしで出来るです? すごいです」


「あの、見せていただくことができますか?」

 トアの言葉に、ルシアはそう言いながら杖をトアを手渡す。ただの古ぼけた木の杖にしか見えないが、エルフのお宝と聞くとそんな風に見えてくるから不思議だ。トアが何回かタセルの店や軽食屋に置き忘れたり、夜営のときに薪と一緒に燃やされそうになっていたことはルシアには黙っておこう。

 トアはルシアの目の前で杖の先から紫の炎を灯す。その炎をみて、ルシアはまたしばらく言葉を失っていた。実演が終わりトアはルシアに杖を差し出す。


「その杖は、トアさん、あなたが持っていてください」

 ルシアは杖を受け取らなかった。


「その杖に名はありません。私達はただ神代の杖と呼んでいました。里の言い伝えでは、その杖は自らが持ち主を選ぶとされていたのです。私や姉様も、里の者達も誰一人として使える者はありませんでした。さきほどエリーゼさんが言われたように、魔力自体を受け付けなかったのです。ですが、もしかしたら、トアさんは杖に選ばれたのかもしれません。そして、言い伝えでは選ばれた者がその杖に名を付けたときに本当の力を発揮するとされています。もしよろしければ、名付けを行ってみませんか?」

 トアはルシアの言葉を受け杖をじっと見つめている。


「……杖のくせに選ぶとか選ばないとか生意気な奴です。でも、これはお前やミシアにとって大事なものではないのですか?」


「確かに私達の里の宝ではありますが、道具は使われてこそです。使いこなすことのできない私たちが持っているより、トアさんが持っていた方がその杖も幸せでしょう」

 そうかなぁ、結構雑に扱われていたけど。


「……たしかに誰も使わないのはかわいそうです。しかたがないのでわたしが使ってやるです」

 トアはしばらく考え込んでから、そう言った。あれば便利だが持って歩くのが面倒だ、みたいなことを言っていたし、あっけなくルシアに渡したのも、厄介払いというか面倒なお使いが片付いたという感覚だったのかもしれない。


「でも、名前ですか………物の名前を付けるというのもなんだか変な感じです。……そうだ、イチローが考えるです」


「そうですね。ここは名付け魔のイチロー様の出番です。いつものようにサクッとつければよろしいのでは?」

 トアの言葉にエリーが横から口を挟む。そんな急にいわれてもな。だいたい名付け魔ってなんだよ。


「えーと、………トアの杖じゃダメなのか?」

 トア専用の杖みたいな話なんだから、それしか思い浮かばないんだけど。俺のネーミングセンスなんてそんなもんだ。


「もっとカッコイイのがいいです。思い付かないならこの杖の名前はイチローにするです」


「まてまて、それならもうちょっと考えさせろ」

 伝説の杖イチローってなんだよ。カッコイイのっていわれてもなぁ。なんか中二っぽいのがいいのか? 杖……うーん、思いつかん。


「………ば、爆殺シューター、とか? ……」


「………」

 ダメか。えーと他には……


「闘魂伝承………革命戦士………極悪バタフライ………妖忍者…………か、関節技の鬼!」


「…………」

 え!? 全部ダメなの!? うーん、ここで全盛期の極悪バタフライがどれだけかっこよかったかを説明してもいいのだが、最初から説明すると一晩は余裕でかかってしまう。しかし、確かに魔法の杖の名前で、関節技の鬼、は意味がわからんな。


「……もういいです。この杖の名前はイチローに……」


「まってまって! ほ、本気出すから!」

 まずい。このままでは杖の名前がイチローになってしまう。……暗黒肉弾魔人……は、だめだろうなぁ。くそう、トアの杖じゃダメなのか? でもトアしか使えないんだから……


「えーと、エリー、シルビアさんが言ってたのなんだっけ? トアの名前の由来みたいなやつ」

 前にゴブリンの村に立ち寄った時にエリーがシルビアに尋ねていたことを思い出した。


「ああ、たしか、トアリサリス、ですね。ゴブリンの氏族の古い言葉だとか」


「お、さすがエリー、なんか意味とかもあったような覚えがあるんだけど、えーと、……友情、努力、勝利だっけ?」


「………一つも合っていません。“勇敢”“聡明”“幸せに満ちる”だったと思います。しかし、その名前はいいかもしれませんね。トアが使うのですし、いまのところトア以外使えませんので。どうですか? トア」

 トアはエリーの問いかけに少し考え込んでいるようだ。俺的には極悪バタフライがお勧めなんだが。


「じゃあ、それでいいです。極悪バタフライとか意味わからんです。……この杖の名前はトアリサリス。魔杖トアリサリスです」

 トアがそう宣言すると同時に、杖は変化した。といっても見た目はほとんど変わらない。ただ黒っぽかった古ぼけた木の杖だったのだが、トアの手が触れている部分からゆっくりと色が変わっていく。やがて杖全体が暗い紫色のまるで金属のような鉱石のような質感に変わった。


「これは……、杖全体が結晶化したようですね。……どうやら、名前を受け入れたようです。トアさんを主と認めたのでしょう」

 事の成り行きをじっと見守っていたルシアが呟くように言う。


「どうですか? トア、なにか変わりましたか?」

 エリーもこれには少し興味があるようだ。


「……ちょっと、試してみていいです?」

 トアはそう言うと、杖を軽く掲げる。そして杖の先に小さな炎が灯る。炎はゆっくりとその色を変えていく。やがて、何度か見たことがある紫色になった。だが、なんだか様子いつもと違う。最初はいつもより炎の大きさが小さいのだと思った。だが、よく見るとその原因がわかった。炎の縁というか、外側の部分が黒い。いや、黒に近い紫? 紺色? とにかくそんな感じだ。


「イヒヒ、前よりいい感じになったです。火の色がちょっと黒くなったです。この杖、ホントに貰ってもいいです?」

 トアは杖の力を借りているとはいえ、自分の魔法がまた少し上達したことを無邪気に喜んでいるようだ。しかし、周囲の反応は違っていた。


「……黒の魔導士………私は、もしかして歴史的な瞬間に立ち会っているのでしょうか」

 ルシアはまた呆然としながら、そんなことを呟いている。他の者は口を開こうとしない。その中でも一人、明らかにいつもと様子が違う者がいた。ハルだ。

 ハルはあまり魔法自体にはあまり興味がないようだ。だが、トアの魔法の練習や訓練にはよく付き合っているようだし、いつもならトアの上達を自分の事のように喜ぶ。しかし、今は不安そうな表情というのか、浮かない顔をしている。


「ハル? どうかしたのか?」

 俺は少し気になったので、そう声をかけてみた。


「え? ………うん」

 ハルはなにやら歯切れが悪い。だが皆の視線が集まると、言いにくそうに話し始めた。


「あのね、……僕はトアやエリーのことは大好きだし、仲間だと思ってる。だから気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど。……母様が言ってたことを思い出したんだ。使徒と呼ばれる連中には関わってはいけない、なぜなら古竜を殺すことができるから。そして黒炎の使い手には絶対に近づいてはいけない、それは……」

 ハルはそこで言葉に詰まる。しかし、やがてゆっくりと、そしてはっきりと言った。


「黒い炎を操る者は不死である古竜を真に滅ぼすことが出来る。その気になれば世界をも滅ぼしてしまう存在だからって……」


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