57 帝都騒乱編13 ルシア2
「……もしやとは思っていましたが、本当に使徒だったなんて……。姉様のせいで異界から辺境に飛ばされ、原初の混沌と呼ばれる存在を身に宿した? そしてその存在に名を与えた? 森に竜が現れたのも姉様の……」
俺の話を聞き終わったルシアは呆然とした表情でブツブツと呟いてる。
「皇帝陛下にどこまで伝えるかはルシアさん任せます。エリーやタマムシのことは言わない方がいいなら、そのつもりで会いますけど、どんなもんですかね?」
俺の問いかけにルシアは気を取り直したように顔を上げた。
「……そうですね。今上の陛下は聡明な方ですので、どのような事でもすべてをお話しした上で、打ち合わせしようと思っていたのですが……」
「俺はだいたい言いたい事はいったけど、皆はどう? なんか言っとく事ある? えーと、特にエリーとハルかな」
俺の言葉を受け、エリーとハルは顔を見合わせる。そして、エリーが口を開いた。
「さて、イチロー様がこう申しておりますので、私達それぞれの考えも伝えておきましょう。いい機会ですのでイチロー様もお聞きください」
俺の話は終わった。タマムシやエリーの存在がいまいち飲みこめていないのか、それとも、俺たちの置かれている状況の原因が姉であるミシアにあることに戸惑っているのか、ルシアは明らかに動揺している。しかし、そんなことにお構いなしにエリーは話し始める。
「イチロー様がどう思っているか知りませんが、私達の中心はイチロー様です。少なくとも私にとってはそうです。私ははっきり言って帝国などどうでも良いのです。私やハルのように悠久の時を生きる者にとって、国とはあまり意味を持ちません。いずれは滅びそして新しい国が興る。それの繰り返しですから。たとえ今この国が滅びようと、私には関係がありません。多少の混乱はあるでしょうが、世界が、人が滅びるわけではありません。些末なことです。貴女はエルフですので世の混乱を厭うでしょうが、私は特になにも感じませんので。私の大切なものはお母様だけでした。そのお母様に新しい名を与え、新しい生を与えたイチロー様は、私にとってお母様と同じくらい大切な存在になったのです。イチロー様がこの国を守れと仰るなら守りましょう。この国がイチロー様の敵なら私の敵です。ただ、私はイチロー様の駒や人形ではありません。イチロー様にとって負担や害にしかならない存在だと私が判断したら、イチロー様が何と言おうと、私はその存在を全力で排除します。その皇帝陛下という方にはそうお伝えください」
エリーは言いたいことを言って満足したのか、用意されたお茶に手を延ばす。
「あの、申し訳ないのですが、どうやら上等のお茶のようです。せっかくですし、熱いものが頂きたいのですが」
ルシアはエリーのその言葉に、軽く謝罪を入れながら呼び鈴で侍女を呼び、新しいお茶を頼んでいた。
前から思っていたのだが、エリーは自分にとってどうでもいい人に対しては本当にどうでもいい態度とるよなぁ。慇懃無礼というかなんといか。きっと皇帝に対してもこんな感じなんだろうなぁ。ああ、嫌だ。同席したくないなぁ。
「トアやハルはいいのですか? この女性に言いたいことを言っておけば、皇帝陛下という方に伝えてくれるそうです。今話を終わらせておけば、きっと、その謁見とやらは軽くお茶を飲むだけで済みますよ」
エリーの言い方は、まるで面倒ごとは今終わらせておけ、という言い方だ。というか、謁見ってお茶とか出るのか? 玉座に座ってる皇帝の前でひざまずいて、おもてを上げい、とか言われるイメージなんですけど。
「あ、そうなんだ。じゃあ次は僕が思ってること言うね」
自分の分のお茶菓子を食べ終わり、エリーの分も食べ終わって退屈そうにしていたハルが口を開く。
「うーん、エリーとだいたい一緒かな、母様もそんなこと言ってた。国とか戦争とかにかかわっても、虚しいだけだって。僕はまだ子供だから虚しいっていうのがよくわからないけど。それと、僕はイチローの事が好きだよ。イチローは強いけど弱いから、守りたいし力になりたいって思ってる。あとはイチローの仲間のことも好きだから、そのコーテーヘーカって人もイチローの仲間になればいいんじゃないかな。でも、もしイチローを騙したり脅したりして、イチローや僕の事をいいように使おうって思ってるなら………。うわー、そんなの想像しただけで嫌な気分だよ。母様にもイチローにもなるべく人を殺すなって言われてるから、僕を怒らせるような事をしないようにって、そのコーテーヘーカって人に言っておいてよ。あ、あと、お茶とお菓子でもいいけど、僕、どうせなら肉が食べたいな。美味しいやつ。言いたいことはそれくらいかな」
ハルは話し終わると、新しいお茶と一緒に出されたお菓子のお代わりに手を延ばしていた。
「次はトアの番だよ」
ハルはお菓子を頬張りながらトアに水を向ける。
「うあ? ……話は終わったですか?」
トアはどうやら居眠りしていたらしい。本当にこいつらときたら……。俺はなんだか申し訳ない気分になってきた。
エリーは少し呆れながらトアに状況を説明している。
「別に言いたいことは無いです。わたしはイチローについて行きたいだけです。そもそも、その謁見というやつにはわたしは行かないですよ。呼ばれてないです。その日はアンナに頼んで魔法学院の見学に行こうかと思っていたです」
居眠りするわけだ。自分には関係ないと思っていたのか。いったいいつから寝てたんだ?
「なるほど、行かない、という手があったのですね。さすがです。トア」
「あ、行かなくていいなら、僕も行きたくない。いまこのメスの人に言いたいこと言ったからもういいよね?」
本当にこいつらは……。
「そんなわけいくか。俺やトアはともかく、エリーとハルが行かないとアリオンさんの顔が立たないだろ」
「しれっと自分も行かないようなことを言っていますが、そういうわけにはいきませんからね? イチロー様」
「あー、ミラのおじいちゃんが困っちゃうのか。じゃあ、しかたないか」
「そうですね、アリオンさんの顔をつぶすわけにはいきません」
そうだよなぁ。この中で皇帝に会いたい奴なんていない。ぶっちゃけ、皇帝に会うのってアリオンやアルファードの為だけであって、そう考えると、この自分勝手な奴らが自分から謁見に赴くように思わせるアリオン達は凄いのかもしれない。
「ミラはなにか言わないの?」
ハルは今度はミラに向かって話を振る。
「私か? いや、私も陛下との謁見には行かないからな。特に無い。ただ、お前たちには言っておく。私がフチやお前たちに同行するのはラステイン家の意向ではなく私の意志だ。私の家名がお前たちの足枷になるようなら、勘当も辞さないと父も言っていたし、私もその覚悟はしている。あとは、そうだな、今まで私にだけ内緒だったなんてひどいな。だが、納得がいったよ。フチもエリーもトアも、そしてハルも変な奴ばかりだと思っていたが、本当に変な奴らだったんだな」
ミラはそう言って笑った。
「ちょっと待つですミラ。魔人とか竜とかと一緒しないでほしいです。私は普通のゴブリンです」
「……トア、今なにやら不穏なワードが聞こえたのですが? それにあなたのどこが普通だというのです?」
「エリー、糸が出てるぞ。ここは人の家だ、やるなら外でな。なんなら私が立会人をやろうか?」
「望むところです。わたしが開発した新魔法が炸裂するです。時は来た、それだけだ。です!」
トアとエリーがゆっくりと立ち上がる。ルシアはそのやり取りを呆然と見ている。
「やーめーろ。ほら、ルシアさんも困ってるじゃないか。すみませんルシアさん………あの、ルシアさん?」
俺が声をかけてもルシアは呆然としている。というより、何かをじっと見ている。
「……あの、トアさん、でしたね? その杖は?」
「これはミシアの杖だそうです。十年前の遺跡調査の時に、ゴブリンの村に忘れて行ったそうです。ミシアに会った時に返すよう、オババに持たされたですが、そういえばお前はミシアの姉妹でしたね。もしかして元はお前のものですか? だったら今お前に返してもいいです」
トアはルシアの前に進み出ると、手に持った杖を差し出す。ルシアは杖を受け取ると、しばらく何も言わずにじっとその杖を見つめていた。
「……たしかに、この杖は姉様のものです。……いえ、私と姉様が里を出るときに姉様が無断で持ち出したもの、と言ったほうがいいでしょうか。……トアさんはこの杖を使えるのですか?」
「はい、あると便利です。エリーやアンナは上手く使えないです。たぶんわたしと相性が良かったです」
ルシアはトアから受け取った杖をじっと見つめている。
「その杖はただの杖ではないでしょう。私やアンナさんの魔力をまったく受け付けませんでした。たしかに古い魔道具は相性というものがありますが、それでもまったく使えないというのは、まず有りえないことです。そして、さきほどそれを無断で持ち出したといいましたが、……そもそも、ミシアとはどういう人物なのですか?」
エリーは軽く息をつきながら再び椅子に腰かけ、ルシアに向かって問う。
「私が知る限りでは、エルフという種族は基本的に自分たちのテリトリーから出ることを好まない者達です。長い生を森の中で過ごす者がほとんどでしょう。森の外で生きるエルフは何らかの事情がある者。あとは稀に森の外の世界に興味を持つ変わり者がいるだけです。ミシアは後者だと思っていたのですが、なにか、森を出た理由、目的の様なものがあるのですか? 私達にはそれを聞く権利が有ると思うのですが」
ルシアはエリーの言葉受け、少し考え込んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「そうですね。確かに皆様にはお話しすべきかもしれません」
ルシアはトアに椅子に座るように促し、手に持った杖を優しく撫でる。
「辺境のガサの町の北西に魔の森と呼ばれる場所、そこにエルフの隠里があるのはご存知でしょう。私と姉様はその里の生まれです。エリーゼさんの仰る通り、エルフは温厚で保守的な種族です。混乱や変化を望みません。森を出ないのも、すべての尊きもの、美しきものは森と自然の中にある、と考えているのです。若いエルフの中には外の世界に憧れ森を出る者もありますが、そういった者達もほとんどはやがて森に帰ってきて静かにすごします」
確かに、辺境の町でもこの帝都でもエルフはほとんど見かけなかった。有名なエルフの冒険者は何人かいるって話はきいたけど、会ったことは無いし。
「エルフは、秩序と平穏を重んじる種族で、気位が高く他種族を蔑む者が多い。特にオークやゴブリン、リザードマンなどの混沌の勢力とされる種族は、亜人種とさえ認めない者もいる。古い歴史を持つ氏族ほどその傾向が強いと聞きます。まぁ、さきほども言ったように森の中に引きこもっているような連中ですから、あまり問題になることも無いようですが」
ルシアの話を聞いていたエリーがそんなことをいいだす。人として認めないって魔物扱いってことなのか。ゴブリンの村でしばらく世話になった身としては、あまりいい気はしないな。
「そうですね。エリーゼさんの言う通りです。私達の里は特に保守的で、排他的な里でした。私と姉様はその里で双子で生まれたのです。そして双子のエルフは里に混乱をもたらす、という言い伝えがありました。特に同性の双子は良くないとされていました。過去に双子のエルフが対立し、里を割って争ったという伝説があったのです。ただ、エルフやドワーフのように長命な種族はめったに子を成しませんので、双子のどちらかを殺す、という事までは行わなかったようです。そのかわり、私と姉様が成人した後、どちらかが里を出ることになっていました。もともと外の世界に興味があった姉様が、自らが里を出ると名乗り出たのですが、長老たちの占いの結果私が里出ることになりました。姉様は里を見限りました。本当の事かどうかもわからない言い伝えの為に、双子の姉妹を引き裂いてまで求めるものがただの平穏なのですから。その時の姉様は、里の長老たちに腹を立てるでもなく、蔑むでもなく、哀れんでいるようでした。そして、私達は二人で里を出たのです。その時に持ち出したのがこの杖です」
ルシアはそういうと、杖に視線を落とす。
「この杖は私達の氏族の秘宝です。神代の頃より伝わるとされている神器なのです。姉様は言いました。里で一番大切な宝を盗まれてもあいつらは私達を追ってもこないし探しもしないだろうと。実際にその通りでした。私は姉様が里の長老たちを哀れんでいた理由がわかりました。一切里から出ずに会ったこともない他種族を蔑み、外の世界に関わろうとしない。今、あの里が滅んだとしてもこの世界には波風一つ立たない、波紋の一つすら起きないのです。そんな者たちはこの世界にいないのと同じです」
前にトアもそんなことを言ってた。その時は、あまり深く考えなかったが、そこに居るのは確かなんだから、影響は有るんじゃないかと思っていた。実際に、一時期はエルフの隠里を目指す冒険者が増えたような話もあったと聞いたし。しかし、よく考えたら、エルフたちは実際に居なくてもその噂は作れる。心霊スポットみたいなものだ。本当は幽霊はいないけど、変な連中が集まるようになれば近所の住民は迷惑する。
ただ、この手の話を深く考察することにあまり意味は無い。正解がない問いというか、要は受け手の問題だ。ここではルシアとミシアがどう感じたかがそれだ。森のエルフたちは誰にも迷惑をかけずに静かに暮らしている。それはそれで有りだと思うが、二人はエルフたちが心霊スポットの幽霊と変わらない、もしくはそれ以下の存在だと考えた。いてもいなくても世界は回り続けるし進んでいく。そのことを哀れだと感じたのだろう。
「私と姉様は世界中を彷徨いました。北の聖王国、東の連合国の前身である列島諸国、そのさらに東にある魔人族の国。姉様はエリーゼさんのいう変わり者のエルフだったのでしょう。なんにでも興味を持って思いついたことは試さずにはいられない。そんな人でした。しかし、私は違ったのです。私の性根はあの森のエルフと同じでした。混乱や変化を好まず、静かな暮らしを欲したのです。姉様はそのことに気が付いていたのでしょう。私に安住の場所を与えました。それがこのイエレミア帝国なのです。初代皇帝を支え帝国建国へと導いたという宮廷魔術師は二人いたのです。私と姉様です。やがて、帝国が国として安定し始めた頃、姉様はまた旅に出ると告げて姿を消しました。まだまだ世界を見て廻りたいからと言っていましたが、おそらく違います。いえ、その気持ちも確かに有ったのでしょうが、エルフの里の伝説が心のどこかに引っ掛かったのでしょう。私達姉妹がこのままこの国に在り続ければ、やがて国を割る戦いが始まるかもしれない、そう考えたのだと思います。里を出たときは下らない伝説だと思っていたのです。そしてそんな曖昧な言い伝えに振り回されるのは馬鹿らしいとさえ思っていました。でも結局はその伝説が私達に別々の道を歩ませたのです」
いつの間にか、皆ルシアの話に聞き入っていた。それぞれがどう受け止めているかはわからないが、真剣な表情で聞いている。
「私は帝国での姉様の痕跡を意図的に歴史から消しました。理由はわかりませんが姉様がそう望んだからです。それでも姉様は数年おきに私に会いに来てくれました。そして、その度に色々な知識を私に教えてくれました。主に国の運営のことです。エリーゼさんの言う通り、人の世は興亡を繰り返します。古い国が滅んだ理由。長く続いている国の制度。新しい国の新しい考え方。すべては私の居場所であるこの帝国を少しでも長く存続させるためです。はっきりと聞いたわけではないですが、連合国の立ち上げすらが帝国の、……私の為かもしれません。……ロウさんは天下三分の計という言葉を知っていますか? 異界で実際にあった史実らしいのですが」
ルシアには、俺と連合国の代表であるツツミという人物が同郷ではないかという事も話した。
「……はい。俺の故郷では子供でも知っている話です」
連合国の設立後に大きな戦争が激減したと聞いたとき、もしかしてそうなんじゃないかとは思っていたが、本当に狙ってやっていたのか。というか、二つの大国の建国に関わっているなんてめちゃくちゃ凄い人じゃねーか。そうは見えなかったけどなぁ。
「そして、ロウさんの話を聞いて思いました。もしかしたら、姉様が界渡りにこだわっているのは私の為ではないかと。エルフの里の言い伝えは私達姉妹にとって呪いと同じです。姉様はもしかしたらその呪いから逃れようともがいているのかもしれない。その為に姉様は界渡りを…… 考えすぎかもしれませんが私にはそう思えてしまったのです」
ルシアはそこまで話したあと、少し声のトーンを落として続けた。
「あの、ロウさんは、……姉様の事を恨んでいるのでしょうか?」
俺はルシアのその言葉を受け考え込んでしまう。たしかに、何で俺がこんな目に、とは何度も思ったが、恨んでいるかといわれると……そんな気もするが、そこまで強い感情じゃない気もする。それにミシャさんは今のところ俺が日本帰るための唯一の希望な訳だし。うーん。ルシアが返事を待っているようなので、とりあえず思ったことを言おう。
「……えーと、確かに文句の一つや二つは言いたいですね。それで、俺がどんな目に会ったか聞いてもらいます。今度はミシャさんのおごりで飲みにいってもいいかもしれない。ミシャさんにはタクシー代まで含めると二万円ぐらい使ってますし。その後で日本に送ってもらって、それで……」
俺はここまで話して少し言葉に詰まってしまう。その先の事を想像してしまったからだ。確かにゴールは見えているが感傷的になるのはまだ早い。
「……それで、いつかまたこの国に来れたらいいと思ってます。お世話になった人がいっぱいいますから。それくらいはお願いしてもバチは当たらないと思うんですけど。……そんなところです」




