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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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9 ゴブリン村編5 見ている分には面白い

 

「お、来たか」


 村はずれの空き家の前には三人の雄ゴブリンがいた。その内の一人がトアと俺に気づき呟く。この村の村長。ゴブリンリーダーの、たしか名前は、フレジ、だったか。あとの二人はわからない。はっきり言って顔で見分けるのが難しいので、装備や喋り方で見分けているのだが。


「帰ってこないから、オババが心配してたっすよ。まぁ、無事でよかったっす」


 フレジの隣に立っているゴブリンが俺の方を見て声をかけてくる。この喋り方は、クロって名前のゴブリンだと思う。たぶん。


「とりあえず、ここに行けって言われて来たです。なにごとです?」


 トアの問いに、ゴブリンリーダーのフレジに促されて、クロが説明を始める。


「えーと、自分とセトは今日は畑の見張りと村周辺の罠の確認の班だったんですが……」


 すでに、長老や他のゴブリン達に何回か説明したのだろう、順序立てて丁寧に説明してくれた。

 内容を簡単にいうと、村周辺の見回りの時に遠く南の方から人間の声、おそらく、魔物と戦っているような声と物音がしたので、とりあえず様子を見に行ったそうだ。

 現場と思われる場所に着くと、すでに戦闘は終わっていて、冒険者風の死体と〈土狼〉の死体がそれぞれ数体。そして大型の〈朱頭熊〉の死体が1つ転がっていたという。

 周囲の警戒をしながら現場を調べると、冒険者風の人間二人が生き残っていて、見殺しにするのも気が引けたので連れて帰ってきた。一人は意識不明で重体、もう一人も容体は悪く、この空き家で手当していたそうだ。

 現場を見たわけではないが、状況から魔獣との戦闘中に悪名高い〈大口〉が現れたらしい。残っていた死体も毒気にやられひどい有様だったとか。生き残った二人も外傷よりも毒による症状が深刻なようだ。


「普通は村の中まで連れて来たりはしないっすけど、もしかしたら、ニンゲンの……フチの知り合いかもって思ったっす。フチを迎えに来たんじゃないかとも思ったんすが」


 とりあえず否定しておく、はっきり言ってこっちの世界に知り合いはいない。


 ちなみに、これまでも怪我をした冒険者を保護したことはあるが、まず村の中には入れないらしい。また、救けても逆にトラブルになることもあり、基本、放置というか、かかわらない事にしているとか。

 ただ、今回は俺の知り合いかもしれい、ということと、一人は瀕死の重傷であったため、長老の治療が必要と考えて村に連れて来た、ということらしい。


「重症の方の冒険者は長老が処置を施した。今夜一晩息があれば命はとりとめるだろうと言っていた。もう一人の方も治療していたのだが……、シマのところのヤツが産気づいたと報せが入ってな、長老はそちらに行ってしまったのだ。応急の処置は長老が終わらせて、あとはこの毒消しを飲ませるだけなのだが……」


 ゴブリン達はそこまで説明して互いに顔を見合わせる。


「じゃあ、とっとと飲ませるです。わたしもオババの手伝いに行きたいです!」


 うーん、今までの話ではトアはともかく俺はいらなくない? あとは薬飲ませるだけなんだよね? もう帰って飯食って寝たいんですけど。


「……我らでは、薬を飲ませるのは難しいのだ。人間の言葉はある程度理解できるが、我らが片言しか話せないというのも良くないのかもしれん……。それと、どうも中の人間は少し混乱しているようでな」


 なんでトアと俺が呼ばれたんだ、という空気というか視線を感じ取ったのか、フレジは少し申し訳なさそうに口を開く。


「ともあれ、薬を飲ませるのをお前たちに頼みたいのだ。トアなら人間の言葉もうまく喋れるし、中の人間も同じ人族のフチがいれば落ち着いて言う事を聞くかもしれん。長老の話ではこの薬を飲ませればこちらの人間は問題ないとのことだ」


 そういいながら木の椀をトアに手渡す。椀の中には黒っぽい丸薬が三粒入っている。


「あ、先にメシ食ってきてもいいですか?」


 ダメもとで一応言ってみる。が、かえってきたのは沈黙と、ジトッとした視線だけだった。くそう、腹減ったなぁ。


「……では頼んだぞ。我はそろそろ夜の見張りに行かなければならん、今日は当番なのだ」


「あ、自分は帰って寝るっす」


「……」


 それぞれ、なんかいいながら散って行った。最後の奴なんて軽く頭を下げるだけで、何も言わず去って行った。アイツ一言も喋ってないぞ。名前なんだっけ?


「もう、いったいなんなのです? ニンゲン、とっとと終わらせるですよ! わたしも赤ちゃんが産まれるところを見たいです!」


 トアは、何故か俺に薬の入った椀を手渡すと、空き家の入口の厚手の布を乱暴に捲り上げる。

 時刻はすでに夕暮れ時で、空き家の中は薄暗かったが、中央の囲炉裏には火が入っており、すぐに目が慣れる。囲炉裏の脇に毛皮が敷かれその上に一人の女性が横たわっている。俺たちが部屋に入るとゆっくりと身を起こしこちらを睨みつけてくる。

 熱があるのだろうか、白い肌の顔はうっすらと赤く上気している。整った顔立ちで意志の強そうな目をしている。金色の髪は少し乱れているがサラサラのストレートヘアで胸の下ぐらいまでの長さがあるようだ。毒と熱のせいか少しふらついているようだが、蒼い瞳のするどい眼差しをこちらに向けている。はっきりいって美人さんである。

 女性の装備品と思われる、鎧一式や荷物袋が部屋の隅に置かれ、いまは少し厚手の布製のシャツと同じく布製のズボンという姿だ。服や鎧などは上等の品にみえるが、よく考えるとこちらの世界に来て初めて見る人間なので、何とも言えない。


「……人間と子供? なんだ、汚らわしいゴブリン共め、今度は幻術でも使ったのか?」


 なんだか、敵意をむき出しでこちらを威嚇してくる。どうやら手には小さな短剣を忍ばせているようだ。発した言葉はゴブリンのものではなく始めて聞く言葉だ。まぁ、問題なく理解できるんだけど。


「む、ニンゲンの雌ですか、初めて見たです」


 そう言いながら、トアは両耳を押さえている。あ、耳を隠すために俺に薬を渡したんですね。


「ニンゲン……むぅ、ニンゲンが二人だとややこしいですね、えーと雌ニンゲン、早く薬を飲むです」


 トアも女性と同じ言葉を喋っている。これがこの世界の人間の言葉か。


「……さきほどの汚らわしいゴブリン共も、その薬とやらを飲ませようとしていた……」


 女性はそう言うと両手で自身の体をかき抱くようなしぐさをし、強い口調で告げる。


「媚薬など、絶対に飲まんぞ!」


 ……は?


「私に媚薬を飲ませ、汚らわしいゴブリンどもの苗床ししようというのだろう! 帝都で出回っているあの薄い本のように!」


 え? なに言ってんのこの人?


「雌呼ばわりとは、ますますあの本の通りではないか! ゴブリンどもの慰み者になるくらいなら死を選ぶ、と言いたいところだが、私は死ぬわけにはいかない身の上。く、ゴブリン共、私の体を自由にできても、心までは思い通りにはならんぞ! ……ああ、私のセリフまであの薄い本と同じではないか! アレは預言の書か何かだったのか!?」


 あーうん、確かに、この人はとても混乱しているようですね。


「ふむ、何言ってるか全然分からないですが、とっとと薬をのませるです! ニンゲン押さえつけるです!」


 トアは、そういって女性に襲い掛かった。


「おとなしくするです! わたしは! 早く! 赤ちゃんが見たいんです!」


「やはり! 私にゴブリンの子供を孕ませようと……やーめーろー!」


「ニンゲン、わたしが押さえているから、さっさとやっちまうです。雌ニンゲン! 薬を飲めばすぐよくなるです!」


「薬を飲めばすぐ気持ち良くなるだと! やっぱり媚薬ではないか!」


 人間の女性の方が体格はいいのだが毒で弱っているせいでうまく力が出せなのか、子供のトアと互角の様だ。はたから見るとじゃれあっているようにしか見えない。


「ニンゲン! なに突っ立ってるです! 早く手伝うです! ニンゲンのその黒いのをこの雌の口に突っ込むです!」


 トアは馬乗りになりながら女性の口に指を突っ込みほっぺたを引っ張っている。あ、黒いのってのは丸薬のことですよね?


「ひゃめほぉ、かりゃははひゆうひひぇひひぇほ、ほほろは、ほほろはぁー」


 うん、何言ってるかさっぱりわからん。見ている分には面白いので、もう少しこのまま見ていたい気もするが……。そういうわけにもいかないか。腹も減ったし。


 というかさっきのゴブリン三人に囲まれてもこの調子だったんだろうな。……リアルくっころさんか、見てみたかった気もするが、たしかに本人的にはシャレにならんだろう。ゴブリン達の困り顔も目に浮かぶ。人間の言葉も少しはわかるって言ってたしな。


「はーい、そこまで!」


 俺はパンパンと拍手をしながら大声で止める。トアは我に返ったように動きを止め、ちょっと恥ずかしそうに女性から身を離す。

 薄い本について詳しく聞きたい気もするが、それは後日にゆっくり聞くとして。とりあえずこの人に薬を飲ませて、俺は早く飯を食いたい。


「えーと、この薬、俺が飲んでも害とかないよね?」


「……大丈夫です。便通がよくなるくらいです。作り置きがオババの家にあるので取ってくるです」


 一言だけで俺が何をしたいのかを察して、トアは外へ出て行った。まだ少し子供っぽいところがあるが、トアは頭のいい良い子なのである。


 激しく動いたせいで毒が回ったのか女性はぐったりしている。しかしその瞳の眼光は衰えていない。油断なくこちらを見据えている。女性の呼吸が落ち着くのを待って声をかける。


「あー、大丈夫ですか?」


 女性から少し距離を置き、腰を下ろす。


「……なんだ、お前は」


「ああ、渕といいます。渕一郎。みんなフチと呼びます。えーと、あなたのお名前をうかがっても?」


 なるべく警戒させないようにゆっくり穏やかに話すよう心掛ける。


「フチ……。冒険者か?」


「冒険者ではないのですが、事情があってこのゴブリンの村にやっかいになってます」


「……ここは、ゴブリンの村なのか?」


 ああ、なるほど、目が覚めたらゴブリンに囲まれていたと。いつのまにか鎧も脱がされ、体は毒のせいで自由に動かない。そりゃ怖いよなぁ。


「あなたの置かれている状況を説明します。といっても、俺も周りから聞いただけなのでよくわかっていないところもあるんですが……えーと」


「……ミリアナだ。……ミリアナ・ラステイン」


「ミリアナさん、あなたは魔獣との戦闘で倒れているところを保護されたのですが、覚えていますか?」


「……そうだ、狼の魔獣に襲われ応戦していたら、そこへさらに大きな熊の魔獣が現れて……苦戦はしたが、なんとか優勢に戦っていた。それで……」


 女性、ミリアナは、思い出そうとしているのか頭を抱えている。記憶の混濁があるのだろうか。しばらく待っていたが、それ以上は言葉がでてこないようなので、俺がその先を続ける。


「……その戦闘の最中に〈大口〉が現れたようなのです」


 ミリアナは〈ビッグマウス〉という言葉を聞いて顔を上げる。


「……そうだ、大辺境最悪の魔物。噂には聞いていたが……、他の者はどうなったのだ。皆やられたのか?」


「あなた以外にもう一人生き残りがいたそうです。この村で保護し治療をしているのですが、重篤な状態で今夜が山だと言ってました。あとは、……逃げのびていればいいのですが」


 ゴブリンたちは戦闘に参加したわけではないので彼女の仲間たちがどうなったのかはわからない。ただ、〈大口〉に不意をつかれて襲われたのなら、おそらく無事な者はいないだろう。毒気と電撃であっという間に壊滅状態になったはずだ。そして〈大口〉は獲物を丸呑みにする。死体の数を数えても意味が無い。


「ガサの町で雇った冒険者だったのだが、……気の毒な事をした」


 ミリアナは俯きなにやらブツブツと呟いている。死者の冥福を祈っているのか。それとも生き残った自分の幸運に対する感謝の祈りだろうか。


 その姿を見ながら、死というものがこんなに身近にある世界なのだという事を改めて感じた。


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