56 帝都騒乱編12 ルシア
アベル・レイクスは帰っていった。俺との試合はともかく、ミラとの真剣の決闘にいいとこなしで負けたのは相当なショックだったらしく、随分と肩を落としていた。一応、アリオンがレイクス家へと使者を出し、事の次代は伝えることになっている。ただ、アベルは、考えなしのアホなので、少なくとも俺たちが帝都にいる間は、謹慎ではなく、監禁してもらったほうがいいのかもしれない。アホが権力を持つと碌なことにならないという、見本みたいなやつだったな。
「フチ君、腕を上げたね。アベルはあれでなかなかの腕前だよ。それを完封とは。少し驚いたよ」
ルシアの屋敷に向かう馬車の中でギルバートが笑顔でそんなことを言ってきた。褒められて悪い気はしないが、【思考加速】がなかったら最初の一撃でやられていたかもしれない。反則技みたいなものだ。まぁ、それはいい。ただ、今回のアベルとの試合は少しやり過ぎだと思うのです。木剣で殴られて骨折でもしたらどうすんだ。ということで、ちょっとした復讐をすることにした。
「いえ、ギルさんとミラの訓練のおかげです。ところで、この前、新人のメイドさんと二人でお茶してましたよね?」
「え? フチ君? いや、それ、いつの話? ちょっと待って」
ギルバートの笑顔が引きつる。
「………ギル君?」
ギルバートの向かいに座っていたアンナの空気が変わる。
アンナはいい人だ。少し間延びした喋り方だが、理知的で常識もある。エリーやトア、ハルでさえ一目置く実力もある。しかし、変に偉ぶったりしないし、ユーモアもあり親しみやすい。まさに、尊敬できる大人の女性といった感じだ。ただ、ギルバートの事となると人が変わる。色々なエピソードがあるらしいのだが、アルファードもアリオンもあまり語りたがらない。
「いや、アンナ、違うんだ。あの子は仕事のことで悩んでいて、その相談を……いや、そうじゃない、ほ、ほら、アリオン様もいるから、その話はあとで……」
「あー、ギルバート、我がラステイン家は部下の家庭内の事情には立ち入らない方針だから、儂に気を使わなくてもいいよ」
同じ馬車に乗っていたアリオンは小窓から外の景色を見ながらそう言った。
「ア、アリオン様? 方針って、いつの間にそんな……」
ギルバートは動揺している。いつも冷静な彼が取り乱すのは珍しい。俺の勘ではその方針が決まったのはたった今だな。
「メイドの新人ってステラって子でしょー、やっぱり若い子の方がいいんだ?」
「ア、アンナ?」
「あの子、おっぱい大きいもんねー、ギル君?」
「いや、あのね、アンナ、あの、フチ君?」
ギルバートが何とも言えない表情で俺の方を向く。とりあえず無視する。
「ルシアの屋敷って結構距離あるんですね」
「ああ、貴族の屋敷が集まっている区域の一番奥にあるからね。あ、もうすぐレイクス家の屋敷の前を通るよ」
俺とアリオンはそんなどうでもいい世間話を始める。
屋敷が集まっていると言っても、屋敷一軒一軒に大きな庭があり、使用人の別宅や、馬の厩舎などがあったりするので、屋敷自体はまばらに建っている印象だ。歩いても行ける距離らしいのだが、今回は貴族らしく馬車で行くこととなった。俺たちは例によって馬車二台に乗り分けている。
商業区が遠いと買い物とか大変だろうな、と思ったが、貴族だし、使用人が買いに行ったり、出入りの商人が持ってきたりするのか、とか、そんな、本当にどうでもいいことを考えながら、小窓から外の景色を眺める。
その間、横ではギルバートへのアンナの尋問が続いている。ギルバートはしどろもどろに答えているが、その対応だと本当にやましい事が無くても疑われると思う。
ふむ、そろそろ助け船を出すか。
「あの、アンナさん、ステラの相談は彼氏との恋愛相談だったんですよ。実は俺がステラにギルさんに相談するように勧めたんです。ギルさんとアンナさんは帝国一のおしどり夫婦って有名ですから。ステラが秘密にしてくれって言ってたから、ギルさんも言いにくかったんでしょう。ですよね? ギルさん」
まぁ、嘘だけど。
「そ、そうだよ、アンナ。フチ君の言う通りなんだ。秘密にしてくれって言われてて言い出せなかったんだよ」
「ギルさんが浮気なんかするはずないですよ。アンナさんがいない間、毎日のようにアンナに会いたいって言ってましたから」
これも嘘だけど。
「そうなんだー。確かに秘密って言われたら言いにくいよねー、ギル君ってそういうところあるし。でもロウ君、帝国一はちょっと違うよー。私はギル君のこと世界で一番愛してるから。ね、ギル君」
アンナの雰囲気が変わった。表情も屈託のない笑顔だ。
「あ、ああ、そうだね」
ギルバートは若干引きつった笑顔で胸をなでおろしている。
「でも、ギル君も私の事を毎日想っていてくれたなんて嬉しいなー。えへへ」
先ほどとは打って変わって、桃色の空気を発し始めた隣席から目をそらし、俺はまた小窓から外を眺める。そんな俺を見ながらアリオンは呟くように言った。
「……フチ君、儂、ドン引きなんだけど」
そんなやり取りをしている内に馬車はルシアの屋敷に到着した。先触れが行っていたのか屋敷の扉の前で侍女が待っていて、俺達はその侍女に案内され屋敷の中に入っていく。
歴史を感じさせる屋敷だが、手入れが行き届いているせいかあまり古さは感じさせない。調度品のたぐいは見当たらないが、扉や階段の手すりなどの細かい意匠が落ち着いた高級感を醸し出している。俺たちはやがて応接室と思われる部屋に案内された。
部屋の中には一人の女性がいた。この人がルシアという人物なのだろう。
アリオンが前に進み出て代表で挨拶し、俺たちを簡単に紹介してくれた。
「まぁ、それでは、あなた方が信義の剣と奉愛の杖ですね? いつか機会があればゆっくりお話しを伺いたいですね」
ルシアはそう言うと柔らかな笑みを浮かべていた。おそらく社交辞令だと思うがギルバートとアンナは恐縮していた。
挨拶を終えると、アリオンとギルバート、アンナの三人は去っていった。帝国騎士団に呼ばれているらしい。騎士団OBという事で、指導と訓示を頼まれているらしい。俺たちの事は夕方に迎えが来るとのことだ。
ルシアは俺たちに椅子に座る様案内し、自らも椅子に腰掛ける。そして改めて自己紹介を始めた。
「はじめまして、皆さん。私がルシアです。皇帝陛下の相談役、ということになっておりますが、ただ長く帝国に仕え禄を食んでいるだけの者です。今日は陛下と皆様の謁見の前打ち合わせという事で、皆様のご要望や今後の展望などをお伺いしたく思います。どうか遠慮などなさらずに忌憚のないご意見を仰ってください」
ルシアはそういうと俺たち一人ひとりに顔を向ける。そしてエリーの顔を見ると視線を止めた。
「お一人だけ、初対面ではない方がいらっしゃいましたね。……お久しぶりです、エリーゼさん、私のことを覚えていらっしゃいますか?」
急に話を向けられたエリーは、それでも慌てる風ではなく、思い出すような仕草をする。
「……いえ、どこかでお会いしましたか?」
ルシアはエリーの言葉に特に気を悪くするでもなく告げる。
「覚えていなくとも無理はありません。私が貴女にお会いしたのは三百年も前の事ですから。五度目の召喚状を貴女にお持ちした時のことです」
エリーはまた少し考える様な仕草をした後言った。
「ああ、あの時のエルフの女性は貴女だったのですか。申し訳ありません、私はあの時少々気が立っておりましたので、もしかしたら失礼な態度をとってしまったかもしれません。お詫び申し上げます」
エリーはさして興味が無さそうにそう告げる。
「いえ、こちらも失礼を承知で申し上げます。私があなた方の、辺境の英雄の話を耳にした時、信じられませんでした。古竜に名を与えたという件もそうですが、貴女が英雄と呼ばれる人物と行動を共にし、その上、ガサの町を離れ帝都に訪れるという事がです」
そう言ってルシアは俺の方に向き直る。
「そして、その中心に貴方がいる。貴方はいったい何者なのですか? エルフの魔女ミシアに会う事を望んでいるという話も伺っております。その先に貴方はいったい何を望んでいるのでしょう? 私にお聞かせいただくことが叶いますか?」
ルシアからの問いに俺は咄嗟に何も言えなかった。
「……ロウさん、そうお呼びしてもよろしいですか? ……どうかなさいましたか?」
ルシアは俺の反応が無いことに少し戸惑いながら再度呼びかけてくる。
「……あ、いえ、顔がまったく同じなのに、雰囲気は全然違うなぁって……いえ、すみませんでした。えと、それでなんでしたっけ?」
俺はこの部屋に入ってルシアという人物を初めて見たときから、もしかしてこの人がミシアなんじゃないかという思いにとらわれていた。それほど似ている。というか同じ顔だ。ただ、口調や物腰があまりに違い過ぎる。温和で物静かな雰囲気がにじみ出ていて、やはりミシアとは別人なのだということをぼんやりと考えていたのだ。
「!! 貴方は姉様に会ったのですか!? やはり私の姉が関わっているのですか!?」
「え、いや、ミシャさんとは一度飲みに行っただけで……。えーと、関わっているかって言われると、彼女がこの状況のすべての元きょ……原因といいますか……」
俺は、ルシアの少し取り乱したような問いに、少し戸惑いながらそう答えた。
「……姉様が? ……あの、詳しくお聞かせ願えますか?」
ルシアは真剣な表情で言う。それを受け俺はエリーに視線をやるとエリーは小さく頷いた。
「えーと、結構長い話になるんですが……。それから、皆も聞いてほしい。アリオンさん達に迷惑がかかるかもって思って、ミラには言って無いこともあるから」
俺はエリーとトア、ハルと相談して、ルシアには俺たちの事をすべてを打ち明ける事にしていた。皇帝との調整役を買って出ているのだから、俺たちの事をどう判断するのか、どこまで皇帝に打ち明けるのか、その判断をルシアに委ねることにしたのだ。簡単に言うとルシアに丸投げだ。それでもしまずいことになりそうなら、すぐにでも帝国を離れ連合国に行くことにしている。すべてというのは、俺の中にいるタマムシの事やエリーが混沌の使徒と呼ばれる存在だという事も含めてすべてだ。
俺は事の始まりであるミシアとの出会いから話し始める。出会った時は友人の彼女だと思っていたこと。一緒に飲みに行ってその時にタマムシを植え付けられたこと。そのあと目が覚めたらゴブリンの村にいたこと。トアやミラ、ドルフとの出会い。竜と戦ったこと。タマムシが助けてくれたこと。その後エリーやハル、メイとの出会い。エリーの身の上やタマムシの思い。途中、皆の付け加えがあったり、ルシアの質問に答えたりしながら、今までの旅を思い返し丁寧に語っていく。そして、最後に旅の目的を告げる。
「なんだか、いつのまにか辺境の英雄なんて呼ばれてますが、俺はただ故郷に、日本に帰りたいだけなんです。そのためにはミシアに会わないといけない。それが俺の旅の終着点なんです」
俺の話を聞いたルシアはしばらく呆然としていた。無理もないのかもしれない。劇団のメンバーも言っていたが、俺たちは絵本の中から出てきたような存在らしい。そのうえ、混沌の使徒であるとか、その生みの親だとか、この世界の人たちにとっては突拍子もない話なのだろう。そして、その話の中心にルシアにとっては姉妹であるミシアがいるのだ。
「あの、一応言っておきますが、俺はこの国や世界が乱れることを望んでいません。混沌の使徒とかその親玉みたいなのがいるのに変な話なんですが、俺や俺の仲間たちのせいで人が死んだり、戦争になったりとか、そういうのは本当に嫌なんです。俺達は敵対の意思はないことを示すために帝国の守護者を名乗っています。俺はたぶんこの国が好きです。いや、この国が好きな人たちのことが好きなんだと思います。この国にはお世話になった人たちもいますし。たた、俺たちはこの国の盾になることはあっても矛になることは無い。それだけは皇帝陛下にお伝え願えませんか?」
俺にはなんの力もないが、まわりの人たちはそうは見てくれないだろう。現皇帝の人柄は聞いてはいるが、竜の力を得たと勘違いして侵略戦争でも始められたら、俺はきっと日本に帰れなくなる。これは、手段的な事ではなく心情的な問題だ。俺はこの世界に責任を負いたくはない。甘いとか、覚悟が足りないとか言われるかもしれないが、まったくもってその通りだ。もし、俺や仲間達が、俺の事が原因で直接的に人を殺めたりしたら、たとえそれがどんな人であっても、日本に帰って笑って生活するのは間違っていると思う。そのことは俺の仲間たちには改めて伝えてある。日本に帰る手段が無いのであれば話は変わるのかもしれないが、ミシアに会うことが出来れば帰ることが出来ると俺は信じている。




