54 帝都騒乱編10 会食2
そのあと、若干の問答があったが、エリーの希望はつつがなく了承された。もともとエルダー役の俳優はメイクで老婆に扮しているだけで本当は若い俳優だ。メイクをやめてそのままの姿で役を演じればいいので役者の変更などはないそうだ。
ちなみに何故老婆なのかという疑問にはちゃんと理由があって、トアとミラーナの二人のヒロインを際立たせるためだそうだ。しかも最初の案ではエルダーは男だったそうだ。それを聞いたエリーはますます微妙な表情をしていた。
「それで、さきほどの話ですが……」
若干微妙になりけている場の空気を取り持つように、ジャニスが話し出す。
「ああ、それはだな……」
ミラは、ハルがガサの町の大勢の観衆の前で竜に姿を変えた話をした。そのあと、竜との戦いの話になったので、ミラが最初から説明することになり、またミラの講演会が始まった。劇団のメンバーは食事の手を止め聞き入っている。俺たちはその間にゆっくり豪華な料理をいただいた。
そのあとそれぞれが自由に話すような雰囲気となり、席を入れ替わったりしながら、劇団のメンバーそれぞれが自分の役の本人に話を聞いたりしていた。
俺の所にもロウ役のヨハンという青年が来て少し話をした。俳優という職業柄なのか皆話しやすい人ばかりで、すぐに打ち解けてしまった。
ヨハンは劇団の中では若手らしく、劇の主役を演じるのも始めてらしい。はりきっているようで、演技の参考にするつもりなのか俺の趣味趣向やこんなときはどうするかといった心理テストみたいなことも聞かれた。本当に俺を再現すると、まず魔物退治の旅をしていないし、領主の依頼も受けないよ、と言ったら笑っていた。
「じゃあ、そのドワーフに貰ったナイフで竜を倒したんですか? あの、みせてもらうことってできますか?」
「いいよ。気を付けてね、それめっちゃ切れるから。ドルフも自信作だって言ってたし。ミスリル製なんだってさ」
俺の言葉にナイフを受け取っていたヨハンの手が止まる。
「み、みすりる?……って言いました? 今」
ヨハンが変に裏返った声を出したので、なんとなく場の視線を集めてしまった。ヨハンは少し緊張した面持ちで革製の鞘からナイフを抜く。特別な意匠などないシンプルな刀身は淡い光を放っている。他のメンバーも手に取って見たいというので了承する。
「……そのドワーフは、ドルファンドルという名前ではありませんでしたか?」
ナイフを手に取って検分したヨトトがそう尋ねてくる。ドルファンドルってだれ? と思っていると、俺の代わりにトアが答えた。
「そうです。ドルファンドル・イ・オ。ドワーフの氏族イ・オの族長です。……もしかして、ドルフの名前を知らなかったですか?イチロー」
トアは呆れ顔だ。聞いたような、聞いていないような。うーん。
「名工として一部では名の知れた方ですよ。余計な意匠を好まない作風で、理由は、剣は切るための物でそれ以外に意味を持たせては切れ味が鈍る、ということだそうです。彼の打った武器は名品ばかりですが、そもそもあまり武器を打たれない方で、その上ミスリル製とは……」
どうやら、ドルフは一部の刀剣マニアのような人たちの間では有名な鍛冶師だそうだ。ミスリルのことも驚いていたが、ヨトトは俺たちが本人に会った事に驚いていた。
その後、それぞれがグループを作ったような格好になりながら、色々な話をしているようだった。エリーのことが少し心配だったが劇の演出を担当しているというソニアという女性と話し込んでいるようだ。劇中の魔法と竜の火炎のブレスなどの演出はすべて彼女がおこなっているらしい。俺もそちらに話を聞きに行こうかと思っていたら、ヨトトが話しかけてきた。
「まさか、ミスリル製の武器までお持ちとは、……本当に英雄なんですね」
「成り行きでそう呼ばれるようになっただけで、本当にたいしたことないんですよ。町の子供にも負けますから。あの、それから、そんな丁寧な口調でなくてもいいですよ。俺は貴族ってわけでもないし、ヨトトさんは多分俺より年上ですよね? ……あ、女性に歳の事は失礼かな。すみませんでした」
その手の言葉はよく言われるので、いつも返しているような返事をする。ついでに余計なことまで言ってしまったので、謝っておく。ヨトトは俺の言葉を受け、クスクスと笑いだした。笑いが収まったあと、軽く謝罪の言葉を入れ、改めて俺に向き直り話しかけてきた。
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。いや、劇までやってるんだから辺境の英雄の噂は当然聞いていたんだけど、本当に聞いていた通りでなんだかおかしくなってね」
ヨトトは少しくだけた口調でそう言ってきた。俺はヨトトの言葉が少し気になったので聞いてみる。
「あれ? アリオンさんの話だと、俺がそんなにたいしたことないって噂はまだ帝都には届いてないようだって言ってましたけど」
「ロウさんは、小人の耳、って言葉を聞いたことがないかい? 小人族は旅好きで大の噂好き。そして小人族同士の繋がりもある。帝国中の噂話が人より早く耳に入って来るのさ。辺境の英雄の噂話はいま一番旬の話題だからね、色々な噂が飛び交ってるよ。ガセも多そうだけど、その中に、件の英雄はとにかく低姿勢で、争い事を好まない、ってのがあってね。話半分にきいていたんだけど」
「へー、他にどんな噂があるんですか? なにか面白そうなのがあったらきかせてください」
俺は生の噂話が聞けるかもしれないと思いヨトトにそう尋ねる。やはり俺の事は色々と言われているらしく、剣の達人で大層な男前であるとか、怪しげな術を使い身動きできないようにするとか、素手でもめっぽう強いという話や、貴族であるミラと恋仲で、箔をつけるための辺境の領主の作り話だという話から、辺境の代官を騙している稀代の詐欺師だとか、竜を使役し国家転覆を謀っているなんていうものまで様々だった。どうやら、俺の人物像はミラの剣術や、エリーのスキルやトアの魔法、メイとチンピラとの戦いの様子が混ざって伝わっているようだ。
「あとは、いつも傍らに小さい女の子がいるから、幼女趣味じゃないかって噂があるね。どうなんだい?」
これはトアやハルのことらしい。小柄なメイがいつもそばにいることも影響があるのかものしれない。
「今聞いた話のほとんどすべてが事実無根ですが、その噂は特に強く否定しておきます。女性の好みについてはここでは言いませんけど」
俺のこの言葉にヨトトは少し声をひそめ重ねて聞いてくる。
「あらら、じゃあ、トアさんの想いが叶う目は無いのかね。さっき劇の感想を聞いて少し話したけど、ロウさんに気があるのはすぐにわかったよ」
「その件は悩みどころと言いますか……、あの、トアの年齢を聞きました? トアの気持ちには気づいていますし、嬉しくはあるんですが何分まだ子供ですし、色々と難しい年ごろみたいですので、俺もどう対応していいのか……」
「じゃあ、五年十年たってトアさんが大人になれば問題ないと?」
「それは、そのときになってみないと………。あの、この話やめません? えーと、そうだ、俺たちのこと以外の噂話ってどんなのがあるんですか?」
なんだか、変な話になりそうなので話題を変えることにする。場末のスナックでもないのに、初対面の女性に恋愛相談をしているような状況になりかけている。なんだこれ。
「ふむ、まるっきり目がないわけでもないのか……」
ヨトトはそう呟いて考え事をしている。余計なお世話です。
「ロウさんたち以外の噂となると……そうだね、最近、聖王国の一部の聖教徒たちが騒いでいるって話だよ。国境の辺りもきな臭い、また小競り合いがあるかもしれないそうだ。ただ、これもロウさんと関係がないとも言えないか」
今度は真面目な話のようなので、俺は黙って続きを待つ。
「聖教徒といっても色々な派閥や分派があってね。その中のピナム派って派閥があるんだけど。頭のおかしな連中でね。そいつらが騒いでいるらしい。どうやら帝国が竜の力を手に入れることを問題視しているそうだ」
ノージア聖王国の国教であるルト教。ルトと呼ばれる女神を崇める宗教らしい。宗教にあまり興味が無いので詳しくは聞いていないのだが、博愛とか魂の平穏とか宗教にありがちなことを謳っているという。その中の一部に過激派と呼ばれる信者の派閥があることは聞いていた。世の平穏を望むあまり、混乱をもたらす可能性を持つ者を事前に排除しようとする、なんというか、過激な保守派のような派閥があるという。変な言葉だけど。ヨトトがいうピナム派という連中は、その中でも極端なタカ派で、ルト教徒の中でも問題視されているような輩らしい。
「辺境に現れた竜の噂は聖王国にも届いているようだからね。王国から流れてきた連中が言ってたよ。逃げてきている奴もいれば、わざわざ行く奴もいるようだがね」
「あれ? でも、前に国境を超えるのは結構大変って話を聞いたんですけど」
「そこはアレだね、蛇の道は蛇ってやつさ。意外とどうにでもなるもんだよ」
そう言ってヨトトは少し笑ったあと、少し真面目な顔で言った。
「ロウさんは、劇の観客達を見たかい?」
「はい。大入りでしたね。立ち見もいたみたいだし」
俺は急に変わった話題の意図がつかめず、思ったことを言う。
「私達は元は小さな旅芸人の一座さ。色々な所を廻ったけど、観客の中に、オークやゴブリンがいるのは世界広しといえどこの帝国だけだよ。彼らは聖王国では人と認めれていないからね。ルト教の教義のとらえ方ではそうなるらしい。〈亜人種解放宣言〉以来、少し扱いはましになったって言うけど」
俺は何も言わずにヨトトの言葉を聞く。
「色々な種族が入り乱れて、価値観の違いから色々な厄介ごとが起こるけど、そんな人たちが並んで座って私達の劇を観て楽しんでくれる。凄いことだと思わないかい? 私はこの国が好きなんだ。ロウさん達は帝国の守護者を名乗ってる噂も聞いたけど、そうあってほしいって思ってるよ」
「それは……」
俺は返答に詰まってしまう。ヨトトの言う事には共感できる。しかし、そう言われても俺は日本に帰るつもりだしなぁ。それに俺の周りの人たちが凄いんであって、俺に出来ることなんてそんなにないし。と、少し考え込んでいると別の方向から声がかかった。
「イチロー、ちょっとこっちに来いです!」
トアが俺を呼んでいるようなので、ヨトトに断りを入れ、そちらに向かう。どうやらエリーとトア、そしてソニアという劇の演出担当の女性とで魔法の話をしていたらしい。
「ちょっと、そこの壁際に立つです」
俺はトアにいわれるまま、部屋の隅に行き壁を背にして立つ。トアは俺に向かって小声で何事かを呟く。次の瞬間、俺は大きな炎に包まれる。しかし、まったく熱くはなく、むわっとした温い風を浴びたような感覚だった。ただ、ひどくびっくりはしたが。
「出来たです!」
「すごいですね! 結構難しい魔法なんですよ、コレ」
「そうですね。難度は三に近い二といったところでしょうか」
「うわぁ、懐かしい。難度と強度ですね。私の魔法のお師匠様も言ってました」
なにやら、盛り上がっているが、ようは実験台にされたのか。
「……トア、そういうのはやる前に言ってくれよ。びっくりして漏らしたらどうすんだ」
俺のその言葉にソニアという女性は笑っていた。あながち冗談でもないんだけどな。
ソニアは珍しいハーフエルフの女性らしい。劇団でも古株だそうで、魔法の演出の他にも劇の脚本を書いたりもするそうだ。ただ、今回の辺境の英雄の劇の脚本は帝都の有名な脚本家が書いているそうだが。
「難度、強度って、今ではあまり聞かなくなりましたね。魔法使いでも知らない人も多いし」
「魔法は状況と使い方次第で、簡単で弱い魔法でも効果的な場合がありますから。だんだんとそういう概念が廃れていったと聞きます」
「あ、でもー、宮廷魔術師は最低でも【白炎】の魔法が使えることが条件なんだってー」
ソニアとエリーの話にアンナが割り込んでくる。ジャニスと話していたようだが、トアの魔法を見てこちらに来たようだ。
「あ、【種火】の鍛錬ですね。私も一応白まではできますが、青とか紫とかホントにできるものなんですかね? なんか想像もできないんですけど」
「トア」
ソニアの言葉を受け、エリーがトアに目配せする。トアはソニアの目の前で指先に炎を灯す。その炎が、赤から黄、白、青へと色を変えていく。
「うわぁ! 初めて見ました! ホントに凄い魔法使いなんですね! 帝国の歴史でも青の魔法使いは四、五人しかいないはずですよ!」
「イヒヒ、ちょっと待つです」
トアはソニアが驚いているのに満足したのか少し得意げな顔をしたあと、今度はミシアの杖を持ち出す。
「エリーも見るです」
トアはそう言うとミシアの杖を掲げる。杖の先に【種火】の小さな炎が灯る。炎は先ほどと同じようにその色を変えていき、やがて少し赤みがかった濃い青、紫の色に変わる。
「やりましたね、トア。私も紫は出来ません。トアならいずれは、と思っていましたが、まさかこんなに早く出来るとは思っていませんでした」
「イヒヒヒ、ありがとうです。エリーが教えてくれたおかげです。紫の火はまだこの杖がないと出来ないですが、次は黒ですね」
エリーは穏やかな笑みを浮かべトアを褒めている。それを受けてトアも少し嬉しそうにしている。二人のやり取りを呆然と見ていたソニアが我に返ったように声をかけてくる。
「あの、なんか笑ってますけど、紫ですよ? それがどれだけ凄いことかわかってます?」
「そうですね。私も随分と永くこの世にありますが、紫の炎を見たのは本当に久しぶりな気がします」
ソニアの少し震える声にエリーは穏やかに返事をする。
「いやいやいや、紫炎の使い手はおとぎ話や伝説の存在ですよ!? 帝国の初代宮廷魔術師が使えたとされていますが、それだって帝国の威を増すための作り話だとされていますし………あなた達はいったい……」
「トアちゃんはまだ十二歳なんだよー、すごいよねー。いつかホントに黒までいくかも」
少し取り乱しているいるソニアに、アンナが横からそう声をかけていた。ソニアはしばらく呆然としていたが、やがて我に返ったようで少し興奮気味に話だした。
「団長! この人たち凄いです! ミスリルの武器に竜、その上紫炎の使い手ですよ! 本当に絵本の中から出てきたみたいな人たちです! あの、もっと話をきかせてください!」
そのあと、色々な話で話題も尽きることはなかったが、やがて会もおひらきとなった。
ジャニスとミラが挨拶を交わしている。
「いやぁ、今日は本当に楽しかった。なんだか私たちが楽しませていただいたようで、逆に申し訳ない気もします」
「いや、こちらも色々と楽しい話を聞かせてもらった。アルトに……妹に言い土産話ができたよ。礼を言います。ありがとう」
「ミリアナ様は語りの才能がおありです。貴族にしておくのがおしいですよ。うちの劇団にスカウトしたいぐらいです」
ジャニスの横に立っていたヨトトがそんなことを言い出す。
「冗談でも本職の方にそう言われると悪い気はしないな。ラステイン家が没落したらお世話になるかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
ミラがそう言うと、ヨトトはクスクスと笑っていた。
俺たちもそれぞれ挨拶を交わし屋敷に帰ろうとした別れ際に、俺はヨトトに声をかけられる。
「英雄の物語の続きを、耳をすまして待っているよ。トアさんの恋の行方の顛末もね。あなた方の旅に幸運がありますように」
ヨトトはそう言うと両手の指を複雑に組み合わせ祈りをささげてくれた。小人族の習慣で、友が旅に出るときの別れの挨拶らしい。
俺はヨトトに礼を言いその場を後にする。だが、俺の旅の終わりは見えている。連合国に渡りミシアに会うことができれば、日本に帰ることが出来るだろう。
俺はこの時そう信じて疑わなかった。




