53 帝国騒乱編9 会食
舞台の脇の通路から楽屋のようなところに案内され、その奥の応接室のような場所に案内される。そこには二人の人物が待っていて、俺たちに挨拶してきた。一人は細身の壮年の男で、この劇の興行を取り仕切っているジャニスという人物。もう一人はトア役を演じていた小人族のヨトトという女性だった。なんとこの女性が劇団の座長を務めているらしい。
ミラが代表で挨拶した後、俺たちを辺境の英雄と呼ばれている本人達だと紹介した。最初はミラの冗談だと思っていたようだが、ミラが家名を出して本当だと告げたため、嘘や冗談ではないとわかったようで、とても驚いていた。特に興行主は動揺しているというか、慌てているというか、どう対応していいかわからないようなそぶりだったが、しばらくすると落ち着いたようで、俺たちを歓迎してくれた。
「今日は大変楽しませていただきました。先ほども皆でそう話していたところです」
ミラが俺たちを代表して、興行主であるジャニスにそう声をかける。
「いやぁ、そう言っていただけると、大変ありがたいです。そしてほっとしました。この劇の上演に際しまして、ラステイン伯爵様にはお話をお通しして、ご快諾いただいておりました。観覧のご招待をしたのですが、ご多忙とのことでなかなかお見えになられなかったので気にかけてはいたのです。そして今日、ラステイン家のミリアナ様がみえられることを聞き是非ご挨拶をと思い、お声をかけさせて頂いたのですが、まさか件の英雄たちとご一緒とは。いやぁ、驚きました」
ジャニスはそう言うと、今度は俺たちの方に話かけてきた。
「そして、貴方が辺境の英雄、ロウ・フチーチ殿ですか! お会いできて光栄です。是非、劇の感想などをお聞きしたいところですが……どうでしょう、この後お時間がございますか? もしよろしければ一席設けたいのですが」
その言葉を受け、俺は少し気になったことを聞いてみた。
「あの、ジャニスさんはミラ……、ミリアナと面識はないはずですよね? さっきの挨拶も初めましてって言っていましたし。こんなことを言うのもなんですが、簡単に信じていいんですか? 貴族の名前を使っての詐欺は大事でしょうけど、ラステイン家の使いの者の段階から嘘かも、とか、心配になったりしませんか?」
ミラが帝都に来るのは何年振りからしいし、ジャニスがミラの顔を知っているとは思えない。それに自分で言うのもなんだが、俺たちはいかにも怪しい集団だと思うけど。
俺の言葉を受けたジャニスはアンナの方にちらりと視線を向け、俺に向き直り言った。
「その答えなら簡単です。この帝都でアンナさんのことを知らない人はいませんから。そしてアンナさんがラステイン家の者だというのも有名な話です」
ジャニスのその言葉を受け俺とミラは顔を見合わせる。
「ミリアナ様もご存知ありませんか? ギルバートさんとアンナさんは帝都ではとても有名ですよ」
「いや、素性や経歴は知っているが、帝都で有名人だというのは初めて聞いたな」
「ふむ、たしかにご自身の事は意外と言わないものなのかもしれませんね。少しだけお話ししても?」
ジャニスの問いにミラは頷く。
「帝国騎士団の団長への推挙を受けながら、あっさりとそれを断り、自らの主と定めたアルファード様に付いて辺境に入った信義の剣ギルバート。いずれは宮廷魔術師とまで言われながら、そのすべての地位をなげうってギルバートさんに付いて行った奉愛の杖アンナ。お二人の話は劇にもなりましたから」
俺はついアンナの方を見てしまう。アンナは照れ隠しのつもりなのか、目の所でピースサインを作りながら変なポーズを決めている。
「先の戦争で名を上げたお二人ですが、当時のギルバートさんは帝国の中でも若手最強の剣士と謳われ人気ありました、しかしそれに輪をかけてアンナさんは人気があったのです。アンナさんの生まれは下町のパン屋ですからね。いかに帝国が実力主義を標榜するといっても、庶民でしかも女性の身でありながら帝国騎士団魔術師部隊の部隊長にまで上り詰めた例はアンナさんだけです。そして幸せを掴まれた。まさに庶民の憧れだったのですよ」
ジャニスはそこまで話すと軽く咳ばらいをしてミラの方を伺う。
「ご本にを目の前にして話すのは少し緊張しますね。……それで、お時間はどうでしょうか。今のお話しに興味がおありなら、もっと詳しく話せますし。私どももあなた方の話を是非伺いたい。もし本日の都合が悪ければ、後日でもかまいませんので」
「この後は特に予定は決めていないな。露天商が集まっている区域を冷かして、どこかで食事をして屋敷に帰るつもりだったが……」
ミラは俺とジャニスの視線を受けてそう返答する。
「では、そのお食事の席を私どもで用意させていただくとが叶いませんか? 団員たちにもお話をお聞かせいたたければ、芸の肥やしにもなるでしょう。……どうだ? ヨト」
「はい、大丈夫でしょう。ちょうど明日から休演日ですので。それに団員達も自分が演じているその本人に会う機会なんて、そうそうありませんから、喜ぶと思います」
小人族の女性ヨトトはどうやらヨトと呼ばれているようだ。ジャニスが急に話をふっても特に慌てたりせず返事を返していた。
「役者さんに会えるです? 行きたいです!」
まだ劇の余韻を引きずっていたのか、この部屋についても心ここにあらずといった様子だったトアが、ヨトトの言葉に反応する。
「僕はどっちでもいいけど、美味しいものが食べられるなら行ってもいいかな」
ハルはどうでもよさそうだ。言葉の通りなのだろう。問題はもう一人の人物だな。
「そうですね。少しお話ししたいことがあります。劇作家と配役を担当した方を呼んでいただけますか?」
エリーはにっこりと微笑みながら、ジャニスにそう告げる。ジャニスとヨトトは気が付かなかったようだがエリーの周りが何やらキラキラと光っている。
「エリー、出てる! 糸出てるから!」
俺は慌ててエリーに声をかけ、ミラに目線で合図を送る。俺の意を酌んでくれたのか、ミラがお暇の挨拶を始めた。
「それでは、お言葉に甘えます。ただ、その会食に呼ぶ者はなるべく絞っていただきたい。私たちが帝都にいることは公にされておりません。少なくとも私達が帝都いる間は、私たちの事は内密に願いたい。帝国の政にかかわることですのでよろしくお願いします」
ミラ真剣な表情でそう告げる。その言葉を受けたジャニスは少し動揺したようだったが、了承の返事を返していた。
そのあと会食場所の話になったが、ミラは形式ばったコース料理などは遠慮したいというようなことを伝えていた。ジャニスが名を挙げた店は帝都でも有名な店でアンナが場所を知っているようだったので、日が暮れる頃に行くことを約束し、それまで俺たちは帝都散策を再開することとなった。
「笑い事ではないのです。いいですかイチロー様。特に私やハルは人々の想いの影響を受けやすい。私に対する多くの人のイメージがあのような老婆の姿だということになれば、私の姿もそのように変化していくかもしれますん。私はエリーゼの肉体を纏っていますので、めったなことは無いと思いますが、万が一を考えれば……ああ、早くなんとかしなくては」
露天商が集まっている地区を冷かして歩きながら、劇の感想を改めて話していると、エリーがそんなことを言っていた。そういう事情なら、まぁわからなくもない。
トアはしばらくぼーっとしていたが、露店が立ち並ぶ賑やかな通りを歩いている内に元に戻ったようでハルと一緒にはしゃぎながらあちこち駆け回っている。
骨董品や雑貨を扱う店。見たこともない果物や野菜の店や、肉かどうかもわからない謎の食べ物らしきもの扱う店。利用目的が全くわからない道具を売っている店など、見ているだけで楽しい。行き交う人々の種族も様々で、ゴブリンやオークの他に辺境では見たことがないリザードマンや、猫耳どころか二足歩行の猫のような猫人族など、本当に映画かゲームの世界に迷い込んだような感覚だ。
美味しそうな匂いを漂わせる屋台が何件もありとても心惹かれたのだが、食事の約束があったので我慢した。ハルだけはかまわず食べていたが。
やがて夕刻になり、約束の店へと向かう。アンナの話では帝都でも歴史ある有名な店で、貴族がお忍びで食事に来ることもあるような店らしい。
店の中に入りミラが名を告げると、店の奥へと案内される。テーブルや椅子も豪華だが落ち着いた雰囲気のもので、嫌みを感じない上品さというか、いかにも高級店といった印象を受ける。どうやらドレスコードがあるようで、街中で目立たないようにと庶民の格好をしていた俺たちは、この店では逆に目立ってしまっていた。しかし、今回は一般客向けの食堂とは別の部屋を手配してあるようで、そこに着いてしまえば後は問題なかった。ただ、俺はこういう高級店は慣れていないので少し気後れしてしまう。
案内された部屋には長めのテーブルが置いてあり、七人の人物が席について待っていた。俺たちは六人だが、メイはテーブルに着くことは無いので椅子の数は十二。ジャニスとミラの挨拶のあと、それぞれの紹介を行い食事が始まる。
ロウ役の青年やリックの役とミラの役の役者はすぐにわかった。当然だがメイクを落とし服装も違うので雰囲気が全然違う。劇では見たことがない人物が二人居りいた。聞くと、エルダー役の女性と、舞台演出の魔法を使っていたという女性だという。ちなみに代官役の役者は来ていないという。
食事は豪華な大皿料理を自由に取り分け食べるというスタイルで、ミラの要望の通りだといえ作法などは気を使わないでいいのはほっとした。食事が始まってまず劇の感想を求められたので、それぞれが思ったこと述べる。といっても俺たち評論家ではないので、面白かったぐらいしか言葉がないのだが。
「面白かったです! イチローはあんなにかっこよくないですが、感動したです!」
「うん。面白かった。でも、あの戦いのとき、僕は火なんて吐かなかったけどね」
「たしかにそうだな。しかし、エルダー役をシルビア殿に置き換えれば、少し近いんじゃないか?」
「あー、そうかも。じゃあ、あのリックって役の人がミラかギルバートかな。でも、あの時の僕の腕を剣で受け止めるのは無理そうだけど」
トアはともかく、ハルとミラがなにやら勝手な事を言い出す。そこでジャニスが、おそらく劇団のメンバー全員が思っていることを尋ねる。
「あのー、そちらのハルさんは竜だとの紹介でしたが、その、本当に竜なのですか?」
「僕は竜だよ。古竜のハル・シルバーメイス。でも、別に信じなくてもいいよ。それを信じてもらおうとしてガサの町で竜の姿を見せたら、町を歩けなくなったからね。せっかく来たのに帝都も歩けなくなったら、僕つまんないよ」
「それは、どういう……」
「……そんなことはどうでもいいのです。私は配役の変更をお願いしたいのですが」
ハルの言葉にジャニスがさらに問いかけようとしたとき、横から言葉を発する者があった。その人物はにっこりと微笑んでいた。
分けます。




