51 帝都騒乱編7 到着
レイクス領の領主代理である、アベル・レイクスを一言で言い表すならば、短慮、である。まぁ、アホでもいいんだが。
数年前に彼がレイクス領の代官を任ぜられてから、色々な事があったらしい。例えば、レイクス領はワインが名産らしいのだが、自領の基幹産業を守ろうというつもりだったのか、自領のワイン以外の酒、つまり他領名産の酒類に埒外の税をかけ、物流自体を滞らせたり、その結果レイクス領ではレイクスワインしか飲めないと評判になり旅人や商人が酒場に立ち寄らなくなり、酒場や宿屋がつぶれたり、他領から、報復としてレイクス領のワインに税をかけられ、ワイン自体が売れなくなったりと、なんというか、こうすればこうなるかもしれない、というのを一切考えず、思い付きで政策を行う代官だという。他にも、役者もいないのに劇場を作ったり、人気取りのつもりか税を下げ過ぎて税収が足らなくなったり、逆に新しい特産品が話題になるとそれに高い税をかけ、税収を増やそうとして特産品自体を潰したりと、なんというか、聞いていると笑いも出ないというか、頭が痛いというか、そんなのに振り回される領民はたまらんだろうなと思った。
ミラがアベルの事を知っていたのは、辺境にもその噂が流れてきているからだという。商人達の間では、アホのアベル、と身も蓋もない呼び名で呼ばれ、隣接するラステイン領も、物流が悪くなったり、帝都に運ぶような流通品に変な税をかけられたりと迷惑していたらしい。ただ、代官はアホだが腐っても鯛というか、侯爵という立場の上位の貴族なので直接苦情を言うのもためらわれ、だからといって遠回しに言っても理解されず、ならばと明らかに経済制裁のような事をしても反応がなかったりする。そして、偶に思いついたように変な施策を行い、領民と隣接する他の領地を混乱に陥れるという。当然、領主であり実父である、ザナク・レイクスにも話は行き、その度にザナクが尻ぬぐいに奔走していたらしいのだが、代官を解任をされるということはなかったという。また、治安維持の為に打ち出した幾つかの政策が効果を上げたりもしたので、今は就任したばかりで変に張り切っているだけで、何年か経験を積めば落ち着くのではないかという考えもあったようだ。
「しかし、今回の件でさすがに代官を解任されるかもしれないな」
ザナクとアベルが宿に訪れた翌日、早朝に出発した馬車の中で、昨日あった出来事を話すとミラはそう言った。
「アベルはもともと、政治より戦の方面に才能があるらしい。剣の腕は確かなものを持っているようだと、父が言っていたよ。彼が代官になってレイクス領の衛兵の質が上がったようだとも言っていた。政治は補佐官に任せて領主館でふんぞり返っていればよかったのだ」
貴族の子弟が代官の場合、そういうのは珍しくない、とミラは言う。領地の経営は経済や他領との折衝、治安や領民の福祉など、専門の知識が必要になる。領主や代官がそれをすべて行うのは当然不可能だ。そのため、部下や補佐官がそれぞれの分野の取りまとめをし、領主は総合的に判断し方針の決定を行う。いってみれば大会社の社長のようなものだ。ただ、領主は基本的に世襲で変わる。当然その方面の教育は受けるが、出来が悪かったり適性ががない者が領主や代官におさまった場合、政策や決済までも補佐官任せで、悠々と遊んで暮らすような貴族が誕生することになる。しかし、ダメ貴族でも貴族は貴族。権力と決定権はあるので、変な政策を打ち出したりして領地に混乱を招くよりは、領地経営に口を出さず、遊んでいてもらったほうがいい場合もある。また、見栄や体面を重んずる貴族にとって、庶民のようにあくせくと働かず、優雅な生活をするのもある意味で仕事の内だったりするという。
そんな話をしながら馬車は進む。ザヤミの町で待っているアリオンと合流したあと、そのまま帝都を目指すことになっている。ギルバートの話では、ザヤミの町を素通りして進めば、次の停留地に着くのは少し遅くなるが、予定された日程通りに帝都に着くだろうとのことだった。
アリオンは昨日足止めされた町の入り口で待っていた。ザナクも一緒だ。アベルの姿は無い。
憔悴しきったザナクから改めて謝罪を受ける。もしかしたら一睡もしていないのかもしれない。俺たちに頭を下げるザナクの姿を、その場を通りがかった商人や旅人が何事かと見ている。俺はザナクに対する同情心のような気持と、衆目の好奇の目線に居心地の悪さを感じながら、改めて謝罪を受け取り、今回の件を大事にしないことを約束しアリオンと共にその場を後にした。その後は特に何事起こらず、順調に予定を消化していった。そして、俺たちは帝都へと到着した。
帝都レミアス。イエレミア帝国の首都である巨大な町だ。その歴史はとても古く、もともとレミア皇国という国の首都で、三百年前に皇国が周辺諸国を併合し、イエレミア帝国として建国を宣言した際にそのまま帝国の首都として遷都されたらしい。小国や多種多様な民族、種族を取り込んで出来た帝国は、簡単に言うと実力主義を標榜とした国で、政治や軍事などに才能が有れば、亜人種であっても要職に抜擢されるという。特に今代の皇帝はその方針が顕著で、帝国の歴史上はじめて獣人種を将軍に抜擢するなどして話題になったそうだ。また、譜代の貴族の中にも亜人種の血が流れている者もあり、そのため、違う民族間の諍いなどは多少あるものの、それは価値観の違いによるもので、亜人種に対する差別意識のようなものはほとんどないという。
入町の手続きの際に少しだけ馬車を降り辺りを見たのだが、人間に交じって、いかにも屈強そうなオークの一団が荷馬車から荷車への荷物の積み替えをしていたり、数人のゴブリンがなにやら慌ただし気に駆け回っていたり、屋台の店主が猫耳を生やしたおっさんだったりと、色々な種族が働いている。ガサの町では見たことがない、なんの種族なのかよくわからない者もいた。おそらく獣人種だと思うのだが。
アンナの話だと、荷運びをしていたオークたちはおそらく出稼ぎだという。中にはそのまま帝都に住み着いているものもいるが、もうしばらくして本格的な春が来ると、自分たちの村に帰っていくそうだ。ラステイン家の屋敷のメイドの中にも何人か亜人種はいたが、こうして改めてみると、結構凄いことなんじゃないかと感心してしまう。一概には言えないだろうが、肌の色が違うというだけで差別が行われていた元の世界より、こちらの世界の方が精神的に進歩しているのではないかとさえ感じる。ただ、俺が見ているのは物事の表層でしかなく、この世界なりの軋轢や問題はきっとあるのだろうけど。
やがて、俺たちを乗せた馬車はアリオンの帝都での住居である屋敷に到着した。夕刻まで少し時間はあるが、今日は体を休めることにして、今後の予定の確認を行う。
まず、皇帝陛下に謁見するのは七日後だそうだ。その前にルシアという人物に会う事になるのだが、明日使者を出して調整を行うらしい。後は帝都観光でもしようかとういうことになっているのだが、トアとエリーは魔法学院に見学に行きたいと言っていた。アンナの話を聞いて興味を持ったようだ。そして、俺は例の貴族お抱えの絵師という人物に会えないかとアリオンに頼んでみた。どうやらその絵師を囲っている貴族は公爵で、その絵師に対する、他のあらゆる貴族の接触を拒んでいるらしい。一応頼んでみると言ってくれたアリオンに日本語で書いた手紙を渡し、その絵師に届けてくれるようにお願いする。その絵師の立場や公爵の考え一つで手紙が絵師の手元に届くかどうかもわからないと思っていたが、アリオンの話ではファンレターの様なものは手元まで届いているようなので、手紙を見てもらうくらいなら大丈夫だろうと言っていた。あの漫画を見た感じでは十中八九日本人だと思うが、向こうが会いたいと思わない可能性もあるし、俺もただ話がしたいだけで、会ってどうするというわけでもないので、あまり期待はしないようにしておく。あとはメイを専門の工房へ連れて行きメンテナンスしてもらうというものだが、これはアンナに調整してもらうことになった。
皇帝陛下との謁見が終わった後、他に特に用事が無ければ、俺たちは辺境に帰ることになっている。そのときはハルが運んでくれる事になっているので、帰りはあっという間だ。
簡単な打ち合わせのあとアリオンはギルバートを連れて出て行った。皇帝陛下に無事到着したことの報告と、今後の予定を再確認してくるとのことだった。他にもルシアや公爵お抱えの絵師の件など、今日の内に手配が出来そうな案件をいくつか片付けてくると言っていた。アンナも一応、学院に挨拶だけして来ると言って出て行った。ギルバートに会うために、色々と放り出して強引に辺境に行ったため土産の一つでも渡してくるとのことだった。
そのあと、館の使用人たちが準備してくれていたお風呂を頂き、夕食を食べながら、帝都観光の予定を立てたりしていた。帝都の案内はアンナがしてくれるそうで、いくつか候補を挙げていた。帝都で一番大きい商業区や、露店が沢山でている地区、あとは有名な食事処や、魔法書や魔道具を扱う店が集まっている区画など、話を聞いているだけでもなんだかわくわくしてしまう。もともとハルやトアは皇帝に会う事などどうでもよく、観光を目当てに来ているようなものなので、とても楽しみにしているようだ。特にハルは楽しみにしているようで、馬車で町に入ってからも馬車の小窓からずっと外を覗いていたらしい。
まずはどんなところに行きたいか、日程にもよるが、優先順位を決めようとお茶を飲みながら、ああでもない、こうでもないと話していたのだが、アンナが急に思い出したように言った。
「あ、あのねー、さっき学院に挨拶に行ったときに聞いたんだけど、今、帝都で一番大きい劇場でやってる演目が、なんと〈辺境の英雄〉なんだってー。どうするー、見に行ってみる?」
「! わたしたちのことです?」
「そうだよー、結構人気の演目でチケットを取るの大変みたいなんだけど、そこはほらアリオン様の力で一発だよ。見に行くなら手配するけど?」
「観たいです!!」
「そうですね。私も興味があります」
「それって僕も出るの? もしかしてやられ役?」
「それは確かに見てみたいな。辺境の代官も出るのだろう?」
「じゃー、さっそく明日行ってみようか。午前と午後で一日二回やってるらしいから、どっちかは取れると思う」
どうやらそういうことになったらしい。きいた話では、噂話を元にした創作で登場人物などはまんまではないらしいのだが、アンナも今日はじめて聞いた話で詳しい内容や話の筋は知らないそうだ。その話の元ネタの当人としては、なんだか複雑な気分だが、せっかくだし見せ物として楽しむことしようと前向きに考えることにした。
翌日、さっそく帝都観光に繰り出す。劇のチケットは午後の部のものがとれたようで、それまで町をぶらついたり、雑貨店や服飾店などを冷かしたりしながら歩く。何の建物かはわからないがとにかく大きい建物や、広場にたっている初代皇帝の大きな石像を眺めたり、その広場にいた大道芸人の芸を見たりして楽しんだ。口から火を噴く芸を見たハルが、自分もできると言い出して、空に向かって大きな炎を吐き出し、騒ぎになりかけたという一幕もあったが、他は特に問題も起こらず、帝都で流行っているという宿屋の食堂で昼食を食べた。
「先ほど見たあの石像、初代皇帝を模したもののようですが、私はあの方に散々召喚を受け、三百年も経った今この帝都を訪れている。……なんだか妙な気分ですね」
食後のお茶を飲みながら、大道芸人の話を楽し気に話しているハルやトアの横で、エリーが微笑みながらそう言っていたのが印象に残っている。
そして、俺たちは〈辺境の英雄〉の劇を観るために劇場に向かった。一番楽しみにしているのはトアで、なんだかそわそわしているのがはた目にもわかる。どうやらトアは歌や劇が好きなようで、ガサの町でも酒場や広場で偶にやっていた、流しの吟遊詩人の楽器の演奏や歌を熱心に聞いていた。
劇場は大きく立派で、歴史を感じさせるものだった。建物は公営のもので、国の許可を得た一流の劇団や楽団、有名な音楽家が公演を行うらしい。オペラホールのようなものだと思うのだが、俺はオペラやクラシックの演奏会などは行ったことがないので、なんとも言えない。大きな舞台に向かって映画館のような作りの観客席、そしてその上にバルコニーのような二階席があり、そこは貴賓席のような扱いで、俺たちはそこに案内された。アンナは屋敷の使用人にお願いして、アリオンの名を使いその席を確保したようだ。少し距離があるが、舞台の隅々まで見渡せるし、椅子の造りも下の一般席より豪華なものになっている。
席に着きしばらく待っていると、一般席もすべて埋まり、どうやら立ち見客までいるようだ。ざわざわとした雰囲気だったが、場内の証明が落とされ薄暗くなり、舞台に一人の人物が現れる。進行役というか、ナレーション役の人物のようだ。会場内のざわつきが収まるのを待ってから、その人物は朗々と語りだす。
「これから始まります物語は、ある英雄の物語。西の大辺境に現れた、稀代の英雄、ロウ・フチーチの物語でございます」




