50 帝都騒乱編6 宿屋にて
レイクス領の領都である、ザヤミの町に入ることが出来なった俺たちは、その一つ前のマシゴという小さな町まで引き返し、そこで宿をとることとなった。
マシゴの町は、街道の分岐もなく大きな町との距離の関係で通過点のような扱いの町のようで、行商人や旅人にとっては、ちょっとした休憩や食料などを補充する町といった感じで認識されているらしい。宿屋も二件しかなく、そのうちの一軒は食事も出ないような安宿だそうだ。俺たちはもう一つの普通の宿屋を手配して、そこで休むことになった。
そこは食事処と酒場も兼ねていて、家族で経営しているような小規模な宿屋だった。日本で言うと民宿のような感じか。
もともとこの町で宿を取る予定はなく、その上、完全に日が暮れてから到着したので部屋がとれるのか少し心配だったのだが、その日の宿泊客は俺たちだけだったようで、貸しきりのようになってしまった。宿泊の手続きの際に辺境伯の関係者だとわかると主人は恐縮してしまい、少し遅い時間だったというのに食事まで準備してくれた。急な宿泊客の上に、そこそこの人数だったので大変だっただろう。宿の主人の娘だと思われる人物が、パンを買いに走っていた。
貴族の宿泊客は初めてで至らないことがあったら申し訳ないと、宿の主人は恐縮しきりで頭を下げていた。なんだか申し訳ない気分になってしまう。
酒場も兼ねている食堂で皆で食事を頂いた。表には貸し切りの札を下げたようだった。主人は有り合わせで申し訳ないと謝っていたが、シチューのような具沢山のスープと数種類の腸詰肉を焼いたものが出され、パンと一緒に食べるととても美味しかった。特に腸詰肉は辺境では見たことがない物もあり、尋ねるとこの辺りの名物のようなものらしい。製法の関係で長期間の保存がきかないため、他所の町にはあまり出回らないものだそうだ。
トアやハルがどう思われているかわからないが、俺はミラやアンナの従者か何かだと思われているようだった。本来、小市民的日本人の俺としては、そのくらいの扱いの方が落ち着くので、なんとなくいつもよりリラックスした気分で食事をしていた。
給仕をしてくれた娘は二人いて一人は二十歳前位の若い女性でもう一人は十歳くらいの女の子だった。聞けば、どちらもこの宿の主人の娘だそうだ。下の女の子はそうでもなかったが、若い娘の方は貴族の客だという事でとても緊張しているようだった。メイが給仕の手伝いをしていることにも戸惑っている様子だった。自動人形を見るのも初めてだと言っていたので、なおさらだろう。
食事も一通り終わり、食後のお茶を頂こうかというときに、下の女の子の方がお茶をこぼしてしまい、それがミラの手に少しかかってしまった。火傷したというわけでもなく、服も汚れたりはしなかったので、特に問題は無かったのだが、宿の主人が出てきて平謝りする。上の娘の方も真っ青になりながら一緒に謝り、女の子はそれを見て半泣きになっている。ミラは気にしないでいいと告げたのだが、青くなっている娘と半泣きの女の子がいたたまれなくなったのか、辺境の英雄の話をし始めた。姉妹の姿に自身とアルティアナを重ねてしまったのかもしれない。
この町にも噂話は届いているようで、話自体は知っていたようだが、なにしろ現場にいた当事者が話すのだ。伏せている部分もあるがその話は真に迫っている。ミラの語りも上手くなっていて、しょげていた女の子も途中から目を輝かせて聞いていた。客室の寝具のチェックをしていた主人の妻も加わって、いつの間にかミラの講演会みたいになってしまっていた。
ミラは英雄が竜に名を与え、仲間にしたところまで話して最後に俺たちの紹介をした。
「それで、この男が、その辺境の英雄、ロウ・フチーチ。向こうの角があるのが竜のハル・シルバーメイスだ。で、こっちのゴブリンの女の子が英雄と共に戦った魔法使いのトア。私と、そこのギルバートも竜と戦った時にその場にいたんだぞ。そして、これは秘密の話だが、私達は皇帝陛下に呼ばれて会いに行く途中なんだ。ちょっとしたトラブルがあって、ザヤミの町に入れなかったからこの町に寄ったのだが、この宿屋が開いていて助かったよ。食事も美味しかったし、礼を言う。ありがとう」
ミラはそういって女の子の頭をなでていた。
俺たちは、そのあと少し雑談をして、客室で休むことになった。部屋割りも適当に決め、それぞれ散っていく。皆がいなくなるとメイがテーブルの片づけを始めた。空の食器を運んだりテーブルを拭いたりしている。俺は、恐縮している主人に、迷惑でなければやらせてあげてくだいと伝え、メイを待っていた。一緒に片付けている宿の娘たちも自動人形であるメイを興味深そうに見ている。
やがて片付けも終わり、食堂に残っていたギルバートにも声をかけ俺も客室に行こうかと腰を上げたとき、宿の主人が話しかけてきた。
「うちの娘が失礼いたしました。なんだか、こちらが気を使わせてしまったようで申し訳ないです。新しい辺境の領主とその代官であるご子息様はとても聡明でいらっしゃるとの噂はきいていたのですが、そのご息女であるミリアナ様を拝見すると、なるほどと納得してしまいました」
「いえ、お嬢様も言っていたようにこの宿が開いていて助かりました。急に押しかけた上に食事まで用意していただき、感謝しています。明日には出発できると思いますので、今夜一晩お世話になります」
宿の主人の言葉にギルバートが返答している。
「そして、あなたが辺境の英雄ですか。ミリアナ様のお言葉を疑っているわけではないのですが、想像していたのとだいぶ違うと言うか……いえ、失礼しました。うちの宿屋も箔が付きますな。英雄が泊まった宿だと宣伝させてもらってもいいですか?」
「ミラの……ミリアナの話は話半分に聞いておいてください。じきに辺境から噂話の続きが流れてきますよ。英雄はそんなに大した奴じゃなかったって。宣伝が逆にこの宿の評判を落とすことにならないか心配です」
俺は宿の主人の言葉にそう返答する。冗談めかして言ったが、結構本心だったりする。
主人に挨拶し俺たちも今度こそ客室に行こうとしたときに、宿の扉をノックする音と主人を呼ぶ声が聞こえた。
「おや、貸し切りの札を出していたはずですが……。もう一件の宿屋を案内してきます。ゆっくりおやすみください。では」
主人はそう言うと、扉の方に歩いて行く。宿の入り口と受付のカウンターは食堂から見える位置にあるので、なんとなく見てしまう。
主人が扉を開け、客だと思われる人物に今日は貸し切りになっている旨を告げていた。そして、少し会話した後に、なにやら酷く驚いた様子で頭を下げ、二人の人物を招き入れこちらに歩いてきた。
主人に連れられて歩いてきた人物は上等の服を着た初老の男で、細面の白髪交じりの男性だった。もう一人は縄で縛られて、その男に引っ張られている。
「こちらの方です」
宿の主人は顔色を悪くしながらその人物たちに俺を指し示す。
「あなたがロウ・フチーチ殿ですか?」
初老の男性は怒ったような表情でそう問いかけてくる。少し神経質そうな印象の顔なので、ちょっとおっかない。何事かと主人の妻や娘たちもやってきた。はた目にはわからないだろうがメイは臨戦態勢だ。俺にはわかる。
「はい、そうですけど……」
貴方は誰ですかと尋ねようとして出来なかった。その男性が大声で謝りながら頭を下げたからだ。
「本当に申し訳ない!」
初老の男性が深く頭を下げているので、後ろに立っている縛られた男性が目に入ってきた。今日の夕方に会ったザヤミの町の代官であるというアベル・レイクスだった。うなだれていてわかりにくいが、目の周りに痣があり、顔が腫れている。どうやら殴られた跡のようだ。
彼を見ておおよその見当はついたが、一応話を聞くことにした。頭を上げようとしない初老の男性を促し、話を聞くために椅子に座らせる。それを見たアベルが椅子に座ろうとして、男性に怒鳴られて床に座らされていた。
聞けば、やはり初老の男性は、この領地を治める領主、ザナク・レイクス本人だった。ひたすら謝り続ける彼をなだめて、とりあえず事情を聞く。
「私は普段は、帝都におりまして、主に帝国の財務にかかわる仕事しております。あなた方が上都される話は聞いておりましたので、アリオン卿と話をしてザヤミの領主館に立ち寄っていただくことになっていたのです。今回の話はあまり公にはされておりませんでしたので、卿は難色を示しましたが、私が是非にとお願いしたのです。貴方がご存知かどうかはわかりませんが、私とアリオン卿は古い友人同士の間柄なのです。数日前に知らせを受け、今日の夕方にザヤミに入る予定だと聞いておりました。なんらかの理由で、それより遅くなることはあっても早くなることは無いとのことでしたので、私は今日の昼前にザヤミに訪れ、あなた方の到着を待っておりました。当然、貴方にお会いするのも楽しみにしておりましたが、久しぶりにアリオン卿と酒を酌み交わせるのもたのしみでした。アリオン卿から貴方の人柄も少しうかがっておりましたので、もし貴方がお酒をたしなまれるのであれば、貴方とアリオン卿とで杯を交わしたいものだとも考えておりました。昼下がりには到着の先触れもありましたので、歓迎の準備も整え、館でそわそわとしながら待っておりました。しかし、現れたのはアリオン卿と従者の方達だけ。どういう事だと事情を聞けば、この愚息めが………。アリオン卿からは事を荒立てるつもりはないと、そして、皇帝陛下のお客人である貴方もそう言っていたので心配することはない、とそう言われたのですが、私は居ても立ってもいられず、かような時間に失礼を承知で謝罪に伺った次第なのです」
そこまで説明すると、ザナクはまた頭を下げる。俺はとりあえず頭を上げるように言った。
「あの、アリオンさんにも言いましたが、だれかが怪我をしたりしたわけでもないので、俺、いや、自分は気にしてません。えーと、ザナク様の謝罪は受け取ります。これで何も無かったことにしましょう。自分はこの件で誰かが罰を受けたりするのは望んでませんから」
「しかし、貴方や貴方のお仲間にも侮辱するような言葉を吐いたと伺っております。その件ももちろん本当に申し訳ないのですが、陛下が客人として招いている人物を侮辱するのは陛下を侮辱するのと同じ事、いやそれ以上の事だと、少し考えればわかりそうなものなのに。……私は恥ずかしい。出来が悪い息子だとは思っておりましたがここまで馬鹿だったとは。……いえ、こいつがこのような馬鹿に育ったのは私の責任です。本当に恥ずかしい」
それは俺もそう思うけど、彼もう大人でしょ? 本当にちょっと考えればわかりそうなものなのになぁ。まぁ、想像もつかない馬鹿とか常識知らずっていうのは稀にいる。なんだか逆にザナクに同情してしまう。
「まぁ、彼が思っていることは多くの市井の人々が思っていることでしょう。自分は気にしておりませんので」
俺の言葉を受けザナクはまた謝る。そして、床に座ってうなだれているアベルに向かって言った。
「お前も一言ぐらい自分の口で謝らんか! お前がどれほどの事をしでかしたのか! 下手したらお前は死罪で当家はお取り潰しだぞ! わかっているのか!?」
「………すまなかった」
アベルはうなだれたままで小声で呟くように言う。それを見たザナクは激高した。椅子から立ち上がり、拳を振り上げる。
「それが、人に謝る態度か!」
うわー、まいったなぁ、めちゃ怒ってるじゃん。でも、もう正直よそでやってほしい。少し眠くなってきたし。
その後、怒ったり謝ったりするザナクをなんとかなだめ、お引き取り頂いた。今からザヤミの屋敷に帰るそうだ。まぁ、この宿に一緒に泊まるのも違う気がするし、もう一つの宿は素泊まり専用の木賃宿なので、さすがに貴族が泊まるような宿ではないそうだから仕方ないと言えば仕方ないのか。
最後まで頭を下げながら、アベルを引きずって帰っていくザナクを見送った後、ため息を吐きながら振り返った俺に、宿の主人が声をかけてきた。
「あのー、事情をお聞きししてもよろしいですか?」
やっぱりそうなるよなー。変な噂がたっても嫌だし、ちゃんと説明した方がいいのか。
そんなに難しい話じゃないし、説明もすぐ終わるだろうと思っていたのだが、どうやらこの地の代官であるアベルという人物は他にも色々とやらかしているらしく、宿の主人がアベルのアホっぷりの説明を始めてしまった。アンナになんとか例の本を借りれないかと思っていたのだが、今日はもう無理だな、とかそんなことを考えながら、延々と続くアベルのアホな行状を聞いていたのだった。




