48 帝都騒乱編4 メイ
辺境伯、アリオン・ラステインが自領の町であるガサの町を来訪した翌日。俺たちは主要なメンバーで今後の行動の確認をするため、屋敷の応接室に集まり打ち合わせをしていた。
アリオンは皇帝陛下の勅命で俺たちを迎えに来たということになっているらしい。皇帝直筆の命令書も見せてくれた。まぁ、見せられても俺は相変わらず字は読めないんだが。そして、それを見たエリーは少し笑いながら言った。
「今回は召喚状ではないのですね」
「さすがに召喚状はまずいだろうなと、陛下も笑っておられたよ。それに今回は貴女の方から上都されるという報告を受けていたしね」
三百年前にエリーゼを帝都に召喚した際に起こったトラブルの事情をある程度知っているアリオンは、苦笑しながらそう答えていた。
その後、今後の予定と、帝都に行くメンバーの打ち合わせが始まった。まず、帝都への出発は七日後、メンバーは俺とトア、エリー、ハル、メイ、ミラ、そして、皇帝の勅命を受けているアリオン。今回のアリオンの来訪に便乗してきたアンナはやり残しの仕事があるため同行して帝都へ戻るそうだ。あとはアリオンとミラの従者という形でギルバートも同行することになった。
アルファードは領地経営の仕事を長期間離れるのは問題があるとのことで、ガサの町に残るらしい。
「俺の代わりを頼める者がいればいいのだが、なかなかね。ミラが早く婿でもとってくれればいいんだが」
そう言いながら、俺の方へちらりと視線をむける。酒の席での冗談だと思っていたが、意外と本気なのだろうか。まさかね。
あとは、アリオンの妻のテルニアだが、元気になったアルティアナともう少しゆっくりと過ごしたいということで、しばらくこの屋敷に滞在することにしたらしい。アルティアナの希望もあったようだ。
ハルから、俺たちだけでも空を飛んで行こうかとの話もでたのだが、俺たちが帝都に行くとは暗殺や襲撃を防ぐために公にはされていない。【隠匿】の魔法で姿を隠して飛んで行く案も出たが、変にトラブルになっても困るので穏便に馬車で行くとになった。
帝都で皇帝に会い、帝国に害意がないことを伝え、連合国に行く許可をもらう手はずになっているのだが、まぁ、ぶっちゃけると皇帝の許可があろうがなかろうが、行こうと思えば行けるんだけど。ただ、今現在、俺たちが会う事を目標にしているエルフの魔女ミシアという人物は連合国の要人らしいので、正式に段取り踏んだほうが無理やり会いに行くよりトラブルを避けられるかもしれないという考えだ。
さて、その連合国の入国許可だが、アルファードの話では帝国名義の手紙がもうそろそろ先方に届いているはずだということだ。その返事を待ってからになるが、それにはまたしばらく時間がかかるだろうと言っていた。そして、それを待つ間はまたガサの町に戻ってくることになった。理由はよくわからないが、ミラがそう主張したのだ。確かに俺たちは帝都よりこの町のほうが馴染みがあるし過ごしやすいだろう。それに、連合国へ行くには陸路より海路のほうがいいらしいのだが、このガサの町からも連合国行の商船が出ている。それを利用してはどうだろうかという話も出ている。特に反対する理由もないので、現段階ではこの方針で事を進めることなった。
その打ち合わせのあと、俺は自動人形のメイを連れて、ギルバートの妻であるアンナに会う事になっていた。昨日の晩餐の前に少しだけ話をしてメイを診てもらう約束をしたのだ。俺たちの打ち合わせが終わるのを待っていたようで、応接室から出てきた俺たちをカローリナが迎えに来て、屋敷のあまり使われていないという部屋に案内された。ノックして入室すると、その部屋はテーブルと椅子、ちょっとした家具が有るだけの簡素な部屋だった。
「やあ、まってたよー、英雄君。昨日挨拶はしたけど、一応もう一度、私がギルバートの妻のアンナ・トゥーティアです。よろしくね」
俺たちが部屋に入ると、一人の女性が椅子から立ち上がり、読んでいた本をテーブルに置きながらそう声をかけてくる。
アンナは俺より少し背が低いぐらいの華奢な女性だった。トアほど真っ赤ではないが綺麗な赤毛のショートカットで、顔つきも美人というよりはかわいらしいといった感じだろうか、ギルバートの妻でカローリナの母である女性なのだが、思っていたより若く見える。昨日と同じ、あまり見たことの服装をしている。こげ茶色を基調とした生地でつくられた、コートのような服は白の飾り縫いで縁取りがしてあり、すその所にも唐草のような幾何学的なデザインがほどこしてある。コートの下のシャツやズボンも同じようなデザインで統一してあるようだ。聞くと帝都の学院と呼ばれる研究機関の研究員兼教師の制服だそうだ。
学院とは数年前に帝都に新設された魔法の研究を兼ねた教育機関で、どちらかと言うと人材育成に力を入れている一般人向けの魔法学校のようなものだそうだ。主に庶民にひらかれていて、優秀な人材には学費を免除したり、奨学金のような制度もあるらしい。連合国にある同名の機関に影響を受け、元からあった貴族の子弟や裕福な者しか通えないような教育機関を改革してつくられたのそうだが、まだまだ試行錯誤のような状態だという。ちなみに貴族と庶民はトラブルを避けるため完全に分けられているらしい。そりゃそうだろ。
アンナの言葉を受け、軽く自己紹介と挨拶をする。ちなみにこの場には俺とメイのほかに、ミラとトアが同行している。エリーとハルはアリオンがもう少し話を聞きたいという事で、応接室に残ったからだ。
「なんだかご機嫌だな、なにかいいことがあったのか? アンナ」
ミラが挨拶の後にそんな風に声をかける。アンナがどんな人なのかまだよく知らないので、特に何も思わなかったが、ミラから見るとどうやら機嫌がいい状態らしい。
「そりゃあそうだよー、久しぶりにギル君成分を物理的に補充したからね。元気にもなるよー。あ、来年あたりにはカロリナに兄弟ができるかもしれないから、そのときはよろしくね、ミラ。うーん、昨日の感じだと弟かな」
「そ、そうか。それはよかったな」
ミラは動揺している。俺も動揺している。今、物理的にって言った?
「あ、そうだ、ミラにまたお土産持ってきたよ。新しい本。あの薄い本の続きなんだけど、今度のはオークが出てくるやつでね、もうすっごいことに……」
「あああアンナ、その話は後でしよう! ほ、ほら、フチの用事を先にな」
ミラが慌ててアンナの言葉を遮っている。顔も赤い。なるほど、薄い本の出どころはこの人か。ギルバートに聞いてもなんのことかわからないと言っていたが。
「あー、そうだね。えーと、ロウ君って呼んでいいのかな? それとあなたがメイちゃん。そして、トアちゃん」
アンナはトアに向き直ると深く頭を下げる。
「昨日も言ったけど、アルトの病気を治してくれて、本当にありがとうございました。私も帝都で随分治療法を探したんだけど、結局無理だったから……よかったらあとでゆっくりお話しましょ」
「はい。アンナは魔法の先生だと聞いています。私も話をききたいです」
「先生って言っても、私の専門は広域魔法と魔法戦術だよ。騎士団でもそればっかりやってたし。それにギル君が言ってたよ。トアちゃんはとんでもないって。もしかしたら帝国でも五本の指に入るかもしれないって。まぁ、その辺の話もあとでね」
アンナは俺に断りを入れメイを椅子に座らせる。
「さっき言った通り、魔工学は専門じゃないけど、一通り押さえてあるから少しはわかると思う。じゃあ診てみるね」
そう言って、アンナはメイの手足や首筋、関節部分などを入念に調べている。そして、メイに腕の上げ下げをさせたり、腰をひねらせたりしながら紙にメモ書きしたりしている。作業をしながら世間話のような口調で俺に話しかけてきた。
「あ、そういえば、ギル君が凄い褒めてたよー、ロウ君のこと。カロリナを嫁にやってもいいって言ってた。ギル君はあんまり冗談を言わないタイプなんだけど、……いる? うちの娘。あれでなかなかおっぱいが……」
「あーー、た、たぶん冗談ですよ。昨日はお酒も入ってたし、結構飲んでたみたいですから」
俺はミラやトアが何かを言う前にアンナの言葉にかぶせるように言った。この人は何を言ってるんだ?
「そっかなー、そんな感じじゃなかったけどなー。ギル君にしては珍しくすっごい熱く語ってたよー、そのあとのギル君も熱かったなー。ベッドで」
「あの! ……メイの具合はどんな感じですか?」
つい大声を出してしまった。まったく。トアもいるんだ、勘弁してくれ。
「おっと、そうだね。じゃあ、メイちゃん、服を脱いでもらうけど、ロウ君には出て行ってもらう?」
「いえ、マスターにはいてほしいです。他の男性は嫌ですが」
メイは自動人形だが、アンナには前もって人間の女性と同じように接してほしいと言ってある。
「ふむ、本当に人っぽいこというのね。このタイプはここまで複雑な式は組めないはずだけど」
メイは上半身の服を脱ぎ裸体を晒す。デッサン用の可動式の人形のような体だ。だが、まるで生きているかのような女性特有の柔らかさを表現した曲線と、非生物であることを主張するかのような球体関節が共存したその体に、言いようのない美しさみたいなものを感じてしまう。
「マスター、あまり見ないで下さい」
「あ、ああ、ごめん」
いかん、つい見とれてしまった。芸術とかわからないけど、なんだか惹きつけられると言うか。有名な職人が作ったと聞いたが、なるほどと納得してしまう。
「胸部のカバーが取れかけてる。……いや、自分で開けた? ……えーと、じゃあ、核を見させてもらいたいから、休眠モードになってもらいたいんだけど、出来る?」
「……マスターのご命令があれば」
その言葉を受けて、アンナは俺の方を見る。
「……メイ、その休眠モードってのになってもらっていいか?」
「はいマスター。ただ、お願いがあります」
「なに?」
「ワタシが眠っている間、手を握っていて下さい。お願いします」
「わかった」
俺はメイの横に立ちその手を取る。
「休眠モードに入ります。再起動のコードは、メイ。再起動のときは名前を呼んでください。マスター」
「ああ」
俺の返事のあと、さして間を置かず、メイは動きを止めた。
「ふー、今のなに? 本当に心があるみたいだね。なんだか怖いな」
俺とメイのやり取りを横でじっとうかがっていたアンナがそう言って息をつく。
アンナは胸部のプレート状のパーツを外し、その中の何重かになっている板状の部品や大きなパーツを取り出す。そして胸部の中心にある箱状の物のふたを外す。
「これが核、なんだけど………なにこれ?」
そこには淡く光を放つ薄い紫色の大きな宝石のようなものがあった。その宝石が三個重なっているように見える。その宝石から細い糸と言うか管のようなものが幾本も複雑に延びていて脈打つように光の粒が流れている。とても綺麗だが精密機械というより、これではまるで本当に……。
「………生きてる?」
俺の心の声とアンナの呟きが重なった。
「えーと、ロウ君、結論から言いますね」
メイは、あのあと、簡単な整備をしてもらい、既に再起動して服も着ている。そして俺の隣に立っている。その俺たち向かって、アンナは真剣な顔で検査の結果を伝えてくる。
「メイちゃんはまったくわけのわからない存在です」
アンナはメモ書きしていた紙を見ながら続ける。
「ほとんどの外装素材が未知のものに置き換わっています。特に胸部のパーツは強靭でしなやかさもある。関節部や基幹部の金属部品はおそらく高濃度の魔素により半結晶化。特に手足、肘から先、手から先、指先、と、末端に行くほど硬質な素材になっているようだね。見たこともない素材だけど」
「……たぶん、ハルの鱗と牙や爪です。ハルがそう言っていたです。とれたり生え変わったりして、洞窟に落ちていたやつを、使ったんじゃないかって言ってたです。他にもワイバーンやキマイラの素材を使っている様です」
横で黙って成り行きを見ていたトアが口を出す。
「ハル、というとあの古竜の女の子だね?」
「あー、ハルは女の子じゃないんだ。男でもないけど。いってみればアメフラシ的存在と言うか。いや、それもちがうか」
雌雄未分化であって雌雄同体というわけではないようだし。
「?? とにかく、古竜の鱗や牙ということか。なるほどね。でも、一番の問題はやはり核だね」
俺の言葉をいまいち理解していないようだが、アンナは話を続ける。
「通常なら核は一つのはずだけど、三つ重なっているような形だった。言ってみれば三重積層型魔道核って所かな、ありえないけどね。話を聞く限りでは、おそらく同型の自動人形のモノを取り込んだんだろうけど、魔道核は本当に繊細なものなんだ、突っこめば結合するというわけでもないんだけどなぁ。そして本来このタイプ、というか基本的に自動人形に自己修復機能などないんだ。メイちゃんがどうやってその遺跡の洞窟という場所で十年も生き延びたのか。……ロウ君、メイちゃんをしかるべき工房か研究機関に持っていけば自動人形の技術は百年は進歩すると思う。だけど……」
アンナは俺の目をまっすぐ見ながら言った。
「メイちゃんを人として扱うなら、慎重に行動するべきだと思う」
アンナの真剣な眼差しに俺はだまって頷く。
「ただ、定期的なメンテナンスはしたほうがいいよ。ネジもゆるんでたし、関節もだいぶガタがあった。一応直しておいたけど、帝都で時間があるようなら信用できる職人を紹介するよ。一度、腕のいい専門家に診てもらったほうがいいと思う」
俺はアンナの提案に頷きながら、思い返していた。つい先ほど、眠りに着くメイと手を繋いだ時に流れ込んできた感情。羞恥、喜び、不安、色々な想いが一瞬で流れ込んできたが、一番強い感情は信頼だった。
エリーは、俺とメイの精神に道が出来たのかもしれないと言っていた。じゃあ、俺の感情もメイに伝わっているんだろうか。そもそもメイと手を繋いだ時、俺は何を考えていたんだろう。よくわからない。ただ、彼女の、メイの心を失望とか悲しみで満たしたくはないな。と、そこまで考えて、こんなのがメイに伝わっていたら、ちょっと恥ずかしいな、なんて考えていた。




