47 帝都騒乱編3 晩餐
帝国の監視者、ルシア。帝国建国の際、初代皇帝の傍らに在り、建国後は初代宮廷魔術師として皇帝を支え、第二代皇帝の世では宰相として帝国の治世の礎を築く。その後は政治の一線を退くも代々の皇帝の相談役として帝国を陰から支える。
表には出ない話だが、第六代皇帝の時代に行われた皇位継承の制度改革は彼女の提案を基にしたものだといわれている。具体的には五年ごとに皇家と三公と呼ばれる三つの公爵家、そして元老院と呼ばれる諮問機関によって話し合いが行わるれ、その代の皇帝の行状に甚だしく問題がある場合や、年齢や健康上の問題で政務が滞るなど、帝国の治世に問題ありと判断された場合、皇位継承者によるの選挙を行い次代の皇帝を選出するというもの。皇帝の逝去による混乱や長期政権の独裁による政治の腐敗を防ぐための制度だが、現在まで大きな反乱やクーデターなどが起きなかったのは、この制度によるところが大きいとされている。皇帝選出や皇位継承における様々な逸話やドラマが有るのだが、ここでは割愛する。
代々の皇帝達の相談役である彼女の発言を、重く受け止めるのか、はたまた参考程度なのかは、その時代の皇帝によって温度差があったようだが、決して彼女が無下に扱われることはない。初代皇帝の側近で歴代皇帝の相談役と言うという立場からの発言は無視できず、また皇位継承の選挙においても皇家や三公と同等の発言権が与えられているためだ。しかし、助言を求められたときを以外では自ら政治に関与することはほとんどないため、いつしか帝国の監視者と呼ばれるようになった。
ただ、彼女があまりにも表舞台に現れないため、新興の貴族や下級貴族はその存在を知らないか都市伝説のように思っている者も多い。譜代の貴族の間では、彼女の存在を知っているか、会ったことがあるかどうかで貴族としての格が決まると言っている者があるほどだ。
……という話を延々と聞かされた。思わず、そんなんしらんがな、と言いそうになるのをぐっとこらえる。魔女ミシアの姉妹だと言われても、ミシアとは一回飲みに行っただけだし。あの人姉妹がいたんだ。
うあー、もうめんどくさい。帝国の偉いさんとか俺関係ないじゃん。会いたくないなぁ。ハルに頼んで連合国とやらに飛んで行った方が早いんじゃないのか? ………そういうわけにもいかんよなぁ。そんなことしたらこの家の人たちに迷惑かかるだろうし。ただでさえ毎日飯食わせてもらって、お小遣いまで貰ってるし。うわ、そう考えると俺って凄いダメだな。
「フチ君?」
アリオンの呼びかけに思考から引き戻される。
「あー、はい。その、ルシアって人のことはわかりませんが、誰に会うとかそういうのはお任せします。アリオンさんも色々あるでしょうし。ただ、なるべく貴族とかそういう人たちとは関わり合いになりたくないというのが正直なところです」
「わかったよ、今も陛下とそのルシア様以外は断っているからね。正直、公爵辺りから頼まれたりすると厳しいものがあるんだけど、その辺もなんとかしよう」
「大丈夫なんですか?」
「うーん、まぁ、あにこちに作ってる貸しを返してもらうことにするよ。それに、いざとなれば、陛下か、そのルシア様から言って頂くから」
「お願いします」
俺はそう言って頭を下げる。そして気になったことを聞いてみる。
「ところで、ミシアに送った手紙ってどうなったんです? 返事とかあったんですか?」
俺の問いにアリオンとアルファードは顔を見合わせる。そしてアルファードが答えてくれた。
「いや、返事は無い。届いていないはずはないんだがね。今二通目を送ってそろそろ届くころだ。こちらは帝国名義で連合国代表宛に送ったから、何らかの返事が有ると思う」
「代表っていうと、例の……」
「そうだ、ユウゾウ・ツツミ。フチ君は同郷かもしれないといっていたな? 書簡にはニホンの事も書いておいたから、反応はあると思うのだが」
ツツミユウゾウ、明らかに日本人だと思うけど、どんな人なんだろうか。その人には一度会ってみたいとは思っている。
そのあと、少しそのツツミという人の話をしていたら、メイドが呼び来た。晩餐の準備が整ったらしい。
その日の晩餐は、当主であるアリオンが来ることが前もってわかっていたので正式な作法に基づいたものらしい。前菜がどうとかメインがどうとか言われたが、まぁ、その辺はどうでもいい、出てきたものを食べるだけだ。テーブルマナーも怪しいんだけど、一応ミラに一通り教わっている。帝都でもこういう機会があるかもしれないし。俺はべつに笑われてもいいんだけど、もしアリオンさんが同席だったりすると、無茶苦茶ではさすがに申し訳ない。
今日は特別だという事で、ギルバートとカローリナ、アンナも席についている。カローリナは少し申し訳なさそうにしていたが、久しぶりに母親に会えたことが嬉しいのか、いつもより笑顔が多いように感じる。
皆が席に付き、アリオンが挨拶を始める前に、トアの所に近づいていき、胃痛の治療を頼んでいた。それを見て少し申し訳ない気分になる。ついでに髪もなんとかならないかと小声で言っていたが、皆には丸聞こえで、場の空気を和ませていた。狙ってやったのかもしれないが、もしそうなら尊敬する。
アリオンの簡単な挨拶で始まった晩餐は和やかな雰囲気で進んだ。料理はどれも美味しかったし、食後のデザートやお茶もいつもとは一味ちがうものだった。しばらく談笑していたが、やがて解散となり、それぞれ家族や親しい者たちに分かれもう少し話をするようだった。俺はアルファードとアリオンに酒の席に誘われた。ギルバートも同席している。
帝都土産だという上等の物らしいウイスキーの様な酒を、こちらではあまり見たことがない燻製肉のようなものを摘まみながら飲んだ。あまり堅苦しい話はせずに、帝都での俺の噂話の具合や、現皇帝の人柄やエピソード、他の貴族たちの反応など話題は尽きない。アリオンは、ある貴族から、俺とその貴族の娘の見合いが出来ないかと持ち掛けけられた話をしながら笑っていた。
「ちなみに、その娘さんって会ったことあります? 美人でした?」
「お、興味があるのかい? だったら段取りを組むけど」
こちらの世界でそういうことをする気はないが、興味が無いかと言えばうそになる。万が一ってこともあるし。
「あそこの娘はまだ十歳くらいだったと思うけど、たしかそこそこかわいい娘さんだったよ。まぁ、うちのアルトには遠く及ばないけどね」
「あ、すみません、パスで」
「あれ、フチ君、ミラはダメだったのか? じゃあアルトはどうだ? ミラはともかくとして、アルトをどこぞの馬の骨に嫁にやるくらいなら、いっそ君の方がましかもしれん。婿に入ってもらえばアルトもこの家にいられるし。これは意外といい考えだな。……フチ君、俺のことをお父さんと呼んでもいいんだよ?」
アルファードがそんなことを言ってくる。なんというか、色々とひどいな。また酔っぱらっているのか? この人お酒弱いんだろうか。
「アルがそんなことを言うのは珍しいですね。いつもは、アルトだけは嫁にやらないって言っているのに。やはり英雄の魅力ですか?」
ギルバートが横から口を出す。今は少しくだけた口調だ。
「そうか、それがあったな。やっぱりアルトはやれないな。英雄の嫁なんて苦労するに決まっている。フチ君、ミラでなんとか手を打ってくれないか?」
「おや、ずいぶんと食い下がりますね。ミラお嬢様の扱いはともかくとして」
ギルバートはそういいながらグラスを口に運ぶ。この人も少し顔が赤いな。
「俺はフチ君のことを結構気にいっているからな。親父、フチ君はすごいぞ。もうこの町に溶け込みつつある。彼の仲間たちは別として、フチ君自体を警戒している者はあまりいない。普通に屋台で買い食いして、それを誰も何も思わなくなってきているからな」
そりゃ、あんだけ謝り倒せばな。謝罪の英雄だぞ。
「ほー、そりゃたしかにすごいな」
アリオンの反応は真面目なのかそうではないのかわかりにくいな。
「親父と似たタイプかもしれないな。いつのまのか場に溶け込んで、そこになるべく敵を作らない。親父と違う所は、フチ君は根が善良だという事だな」
「お前、それじゃ儂が善良じゃないみたいじゃないか」
「そう言ってるんだよ。親父の腹は真っ黒じゃないか」
「最近、儂に対する扱いひどくない?」
冗談とも本気ともつかない言い方のアルファードにどこまで本気で言っているのかわからないアリオン。まるで友人同士の様なやり取りはお互いを認め合い、信頼し合っているからだろう。
そんな話をしていると、ノックと共にカローリナが現れた。ギルバートを呼びに来たそうで、どうやらアンナが話をしたがっているらしい。そりゃそうだ、久ぶりに会うんだし積もる話もあるだろう。ギルバートは申し訳なそうにしながら酒席を後にする。
「すみません、本当はもう少しお付き合いしたいのですが、後が怖いので……」
そういいながら、去っていくギルバートを、二人は特に何かを言うでもなく、笑顔なのか苦笑いなのか判別のつきにくい表情で見送っていた。
「儂、後が怖いって言うか、今すでに少し怖いんだけど」
「俺もだ、親父」
アンナっていったいどういう人なんだろう。俺も少し怖くなってきたな。
「そういえば、先生が気を利かせて頼んでくれてな、古竜に乗せてもらって、この町と帝都を空から見たんだ。すごかったぞ。馬車で六日かかる距離をあっという間だった」
なんとなく微妙になりかけた場の空気を変えるようにアルファードが言う。
「なにそれ、どいうことだ?」
「そうだな、そもそもの始まりは……」
アルファードは少し自慢げに話しだす。その後も俺がハルに会った時の事や、ハルが町の住人にその姿を見せた時の様子、その後の町の様子など、話題が途切れることは無い。
気の置けない親と子の会話を肴に、久しぶりに良い酒を飲みながら楽しい時間を過ごした。




