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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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8 ゴブリン村編4 げっと


 大岩まで戻ってきたときには、辺りは真っ暗だった。

 いそいでキャンプの準備をして、トアが魔物除けの薬草と魔法で簡易の結界を張る。

 大岩の物置に置いてあった備蓄の薪で火をおこし、干し肉と今日採ってきた森の果物で腹を満たす。そしてトアが淹れてくれたお茶を飲む。適当にお湯の中に薬草をぶち込んでいるようにしか見えないのだが、本人曰くこだわりがあるらしい。まぁ、旨いんだけど。


 食事をして少し落ち着いた。何気なく周囲を見渡す。当たり前の話だが人工の明かりなんてものは何もなく、夜空は満天の星空だ。

 焚火で暖をとりながら、落ちてきそうな星空を眺める。思えばずいぶん遠くに来たもんだ、と少しセンチメンタルな気分に「あー、うー、どうすればアイツをうまい事採れるです? 絶対にぜっったいに採って帰るです。ニンゲンも方法を考えるです。採って帰ればオババもきっとびっくりするです。イヒヒヒ。あ、ニンゲン、この赤い実を絞って少しお茶に垂らすとおいしいです。なにかいい方法思いついたですか?」……ならなかった。


 さっきからずっとこの調子だ。少しテンションがおかしい。

 うーん、このままでは睡眠をとらせてもらえないかもしれない。真剣に考えよう。


 そのあと、しばらく話し合いは続き、俺が出した一つの案を明日試してみようということになった。それでダメなら、村から長老と雄の狩人連中も呼んで何とかする、という話にまとまった。マンドラゴラは薬草としてそれくらいの価値はあるらしく、なんでも、いわゆる万能薬の材料になるとのこと。

 とりあえずの方針が決まって少し安堵したのか、落ち着きを取り戻したトアと色々な話をする。今日採った薬草の話や、それを基にどんな薬が出来るのか。村に訪れる行商人の話や、その行商人が話してくれた人間の町の話など、話題は尽きない。


「ニンゲンの故郷の話を聞かせるです」


 なんとなくの話の流れで、日本の話や俺の親兄弟の話になった。そしてこちらの世界に来るきっかけとなったコスプレ女の話。……実はこの世界では有名なエルフの魔女だったらしい。


「ニンゲンは知ってますか? そのエルフ、クァドラのミシアはオババの魔法と薬学の師匠なのですよ」


「ふーん……え!?」


 俺のリアクションに満足したのか、トアはちょっと得意げな顔で話を続ける。


「この森の奥深くにエルフの隠れ里があるのは知っていますか?」


「あー、聞いたような気はする」


 お茶のお代わりを注ぎながら、曖昧な返事をする。


「神代の時よりこの地あり、エルフの氏族の中でも最古の氏族の一つ。伝説のハイエルフが統治しているとかなんとか……。冒険者と呼ばれる連中の噂話レベルの話だったらしいです。子供のおとぎ話レベルと言ってもいいです。なにしろ件の氏族はエルフの中でも極端に保守的で、たとえ天と地が逆さになっても絶対にぜぇっったいに森から出てこないような連中らしいです。エルフの里は何重もの魔術的結界に守られていてこちらから接触することも不可能です。完全に外界との接触を絶っているのなら、それはこの世にいないのと同じです」


「ふーん、そんなもんかね」


「ミシアはその里の出身らしいのです」


 焚火に薪を足しながらトアは続ける


「聞いた話なので確かなことは言えないですが、件の魔女は数十年以上前に里を飛び出し世界中を放浪したそうです。そして数年前、数人の冒険者と一人の異人と共にこの辺境に現れ、銀槌山脈の麓の遺跡の調査をするためといって、しばらくの間、ゴブリンの村を拠点にしていたそうです。オババはそのときに上位の魔法とエルフの薬学を教わったと言っていたです。私は幼かったのでよく覚えていないです。たぶん会ってはいるのですが」


「えーと、やっぱり凄い人なの? その、なんとかのミシア?」


 そんな凄い人な感じはしなかったけどなぁ。


「ニンゲンはスキルも持ってないです」


「あ、はい」


 そうなんだよなぁ。しかも後天的に取得する可能性もないって長老に言われたし。なんというか、チュートリアルすら始まらないというか。


「スキルのを持っている者は百人に一人くらいと言われているです。持っていなくても普通です」


 あ、それは聞いたな。


「ニンゲン、寒いからもうちょっとくっつくです。毛布も一枚しかないです。む、この毛布臭いです」


 トアはごそごそと身を寄せながら毛布に【浄化】をかけている。


「えーと、スキルの話です。スキルは普通、一人に一つです。でも、ごく稀に2つスキルを持つ者がいるです。万人に一人といわれるですが。〈ダブル〉とか〈二重の者〉とか呼ばれるです。有名な冒険者や、戦争で名を残した英雄なんかがいるです。ニンゲン、もうちょっとそっちにずれるです」


 二人して毛布にくるまる。確かに最近の夜の冷え込みは辛い。ちょっと照れくさいが、寒さをしのぐためだ。しかし、このボロ毛布ホントにちょっと臭いな。 


「それで、そのミシアですが、クァドラのミシア、四重の者、つまりスキルを四つ持っているって話です。その上あらゆる魔法を使いこなす。生ける伝説とか呼ばれているです」


 すげー、そんな凄い人だったのか。アホな酔っ払いの印象しかないが。


「ミシアとその一行がしばらく滞在して、色々な技術を教えてくれたおかげで、村の暮らしがだいぶ良くなったそうです。ただ、ミシアがこの大辺境に現れたことで、大森林にエルフの隠れ里は本当に有るという噂が人間達の間に広まって、森を目指す冒険者が増えたそうです。今はそうでもないようですが、一時期は大変だったとオババが言ってました」


 そのあともしばらく会話を続けたが、俺がうとうとしだしたのを察したのか、トアは言う。


「さて、そろそろ寝るです。明日はいよいよ勝負の日です」


「あれ? 交代で見張ったりとかじゃないの?」


「結界に異常があれば術者のわたしはすぐわかるです。あ、でも火が消えそうになったら薪を足すです。だから熟睡はダメです」


 熟睡はダメと言われたが、一日森の中を歩きまわった緊張と疲労からかけっこうぐっすり寝てしまった。


 翌日。何事もなく朝を迎えた。結局、焚火の維持はトアが一人でやったらしい。そのことについて謝ると「今日は力仕事があるです。期待……は、あんまりしてませんが、がんばるです」と言われた。


 果物や木の実で朝食をすませ、さっそく出発する。

 途中、幾度か小型の魔物を遭遇したが、昨日と同じように適当にやりすごす。

 そして、特に何事もなくマンドラゴラの元へたどり着いた。昨日と変化はないように見える。


「ニンゲン、慎重にやるです」


 大岩の物置小屋から持ってきたいくつかの道具を取り出す。錆びたナイフやボロボロの槍の穂先、ボロ布。あとは古びた木のバケツ。

 話し合いの結果、掘り出すのが難しいのであれば、掘り出さずになんとかならないか、ということで、マンドラゴラが露出しないように周囲の土を残し、ドーナツ状に穴を掘り、マンドラゴラを周りの土ごと回収しようという作戦だ。


 ぼろぼろに錆びついた槍の穂先をスコップ代わりにして黙々と掘る。トアはその間、周囲の警戒と簡易の結界を張ったりしている。結界を張った後は、一緒に穴掘りをしたり、食べられる木の実を採ってきたりしてくれた。


 マンドラゴラの根、というか胴体? は、大きく育っても三十センチほどらしいので、一応用心して五十センチほど掘り下げる。土はそんなに固くないが木の根があったり石が出てきたりとなかなかに大変だ。

 何度か休憩をはさみながら黙々と作業し、マンドラゴラを中心に深さ五十センチほどの円形の穴ができあがる。もちろんマンドラゴラの周囲の土は残してある。その土が崩れないように、道具小屋から持ってきたボロ布でマンドラゴラの周囲の土を覆い、蔓草でぐるぐる巻きにする。失敗したら死ぬ危険があるので、ゆっくり慎重に作業する。


 そして、ついにその時が訪れた。穴の底でマンドラゴラ下側の土にスコップ代わりの槍の穂先を差し切れ込みを入れ、布で包んだ周囲の土ごと持ち上げる。それをそのまま木のバケツに入れる。大きな植木鉢みたいな見た目だ。


「わー、やったです、ニンゲン。でかしたです。イヒヒヒヒ、きっとオババも喜ぶです」


 トアのテンションがまたおかしなことになっている。今にも小躍りしそうな感じというか、実際踊っている。……変な踊りだ。

 俺も、とりあえず無事に採取できた達成感とか嬉しい気持ちはあるが、穴掘りなんていう普段やらない作業と、失敗したら死ぬという緊張感で、疲労感の方が強い。全身泥だらけで汗だくだし。


「さぁ、はやく村に帰るです。今からなら日暮れまでに村に帰れるです」


 トアに急かされて重い腰を上げる。……こいつを担いで三時間歩きかぁ。といっても、さすがに今日もキャンプというのは辛いし。はぁ、風呂入りたい。

 

 途中、大岩に寄って少し休憩し、借りた道具を物置小屋に戻し、昨日採取してここに置いていた薬草などを持ち、村への帰路につく。


「ニンゲン、帰ったらメシにするです。この前の〈森大鹿〉の肉がまだあったです」


「そうね。昨日今日は木の実みたいなのしか食べてないし、確かに腹も減ったな。はぁ、ラーメン食いたい」


「らーめんってなんです?」


 俺の独り言にトアが反応する。ラーメンを事細かに説明する。


「汁に浸かった紐みたいな食べ物ですか? その紐を食べるです? イヒヒ、なにそれ変です!」 


 俺の説明が悪かったのか、ラーメンはトアの中でなにか変な食べ物になってしまったらしい。


「他に故郷のもので何か食べたいものがあるです?」


 俺は思いつくまま食べ物の名を上げる。カレーライス、トンカツ、寿司、牛丼…。あとはやっぱり、米のごはんと味噌汁だろうか。それぞれをどんな食べ物か説明していく。ときどき質問が入るがトアはおとなしく聞いている。


「……ニンゲンはニホンに帰るです?」


 話が少しとぎれたとき、先を歩くトアが、こちらを見ずに呟くように聞いてくる。


 一応、日本に帰りたい旨は長老とトアには伝えてある。そのためには人間の町に行き、なんとかして例のエルフの魔女に会わなくてならない。今は行商人が村に来るのを待っている状態だ。しかし、トアは最近、ほとんど俺と一緒だし、俺がいなくなったら寂しいだろうな。うーん。


「あー、一緒に行くか?」


 思いついたことをつい口に出してしまう。


「!! それはいい考えです!」


 軽い冗談のつもりで言ったのだが、トアはこちらを振り返り満面の笑顔で告げる。その反応にちょっと焦ってしまう。


「ニンゲンの家族にきちんと紹介するです。師匠として!」


「……えーと、長老や他のゴブリンたちが行っても良いって言ったらね」


「それは、たぶん大丈夫です。説得するです。約束ですよ、ニンゲン!」


 トアの勢いについ承諾してしまう。まぁ、嬉しそうだしいいか。なるようになるだろう。


「そして、らーめんとやらを食わせるです!」


 そのあとも日本の話や、マンドラゴラの保管方法などを話しながら歩いているうちに村の門が見えてきた。夕暮れまではまだもう少し時間がある。思っていたより早くついた。


 門の上の櫓に居る見張りのゴブリンに手を振る。


「おーい、帰ったですよ。凄いの採ってきたです」


「おお、トア、無事だったか。オババが心配してたぞ。まぁ、どっちかっていうと心配してたのはニンゲンの方だがな」


 見張りのゴブリンは跳ね上げ式の門を上げる滑車を回しながら言う。

 門をくぐり、村の中へ向かおうとしたとき、見張りのゴブリンがさらに声をかけてきた。


「あー、トア、それとニンゲンもなんだが、帰ってきたばかりで悪いが、村はずれの空き家に行ってくれ。ちぃっと面倒な事あってな……」


「それは構わないですが、オババはいないですか? それに面倒事ってなんです?」


「シマんとこのヤツが産気づいてな、ババァはそっちにかかりきりなんだよ」


 たしかマシュの父親がシマって名前だったような。


「あ、マシュのところの子供です? 生まれるですか!」


「ああ、そっちはオババがいれば大丈夫だろう。で、面倒事の方なんだが、……まぁ、いきゃぁわかる。とにかく行ってくれ、ニンゲンもだぞ」


 そのあと少し問答があったが、見張りのゴブリンは早く行けの一点張り。とりあえず長老の家に荷物をおろし、マンドラゴラの鉢植えは、普段はだれも立ち入らない長老の家の物置に安置して、指示された村はずれの空き家に向かった。


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