45 帝都騒乱編1 英雄の日常
「フチさん、また来たんですか?」
「だってさぁ」
俺の顔を見たリックが少し呆れ顔で声をかけてくる。
俺は今、タセルの店の中の売り場に置いてある接客用テーブルの椅子に腰かけ、お茶を飲んでいた。
横には自動人形のメイがぼーっと立っている。この子、言動とか行動とかたまにポンコツなんだけど、実は高性能というか戦闘力が異常に高い。そして俺のことになると意外と喧嘩っ早い。けどまぁ、俺の命令は概ねきいてくれるし、強いから頼りになる。考えるとあの洞窟で延々と魔物を狩り続けてたんだから強いのは当たり前の話か。今ではメイドの仕事も覚えて、俺付きの専属のメイドみたいなポジションに収まっている。洞窟に置き去りにされたのがトラウマなのか、俺がどこかへ出かけようとすると必ず付いて来ようとしてくる。ポンコツ可愛い。
「こんなところで油売ってていいんですか? っていうか、うちもそんなに暇じゃないんですけど」
最近、店番を任されるようになったリックが小言を言ってくる。現実が辛くなったとき、俺はここに来る。ここは俺にとって心のオアシスになりつつあるのだ。リックの小言さえも心地いい。
「最近訓練が厳しくてさぁ。もう痛いのは嫌なんだよう」
「うちじゃなくて、酒場か軽食屋辺りに行けばいいじゃないですか」
「だって俺、働いてないからあんまりお金ないし」
「……じゃあ、広場とか河原を散歩するとか」
「やだよ。子供が集まって来て戦いを挑まれるんだよ? その上負けるし」
しかも、メイは相手が子供でも容赦しないので、同行者、つまり俺の護衛だが、それがメイ一人のときはヤバい。子供たちを泣かせて親御さんに菓子折りを持って謝りに行く俺の姿が目に浮かぶ。
「アンタ……それでいいのか?」
「あ、そうだ、屋台に買い食いに行かね? リックのおごりで」
「僕にたからないで下さい! アンタ本当に英雄か!?」
辺境に現れた新たな英雄の噂はあっという間に広った。もちろん意図的に広めた部分もあるのだが、領主の館から飛び立つ竜や、廃教会の謎のシスターの同行などもあり、ガサの町はいつしか空前の英雄ブームなった。しかし、最近はそれが日常の一コマになりつつある。町の上を古竜が飛んでいても誰も驚かなくなってきた。
件の英雄の名はロウ・フチーチ。……誰それ? と思っていたら、この辺境の領主代理であるアルファード・ラステインが平謝りしてきた。申請書類を作ったときに代筆を行ったアルファードが勘違いして名前を書き間違い、冒険者組合の身分証がそうなってしまっている。しかもその写しが帝国の中央政府まで回ってしまい、今や帝国中にその名で知れ渡ってしまっているという。今更、間違ってましたと訂正するのも難しく、アルファードから、すまんが今日から君はロウ・フチーチだ、と言われたときには、逆に笑ってしまった。
さて、そのロウ・フチーチに対する市井の人々の反応なのだが、最初はおっかなびっくりという感じだったのが、最近は何だか生暖かい目で見られているような気がする。
順を追って説明すると、どこの世界にもやんちゃな奴や、人の迷惑を顧みない奴はいるもので、町を歩いていると当然絡まられたりした。単なる興味本位や、俺を倒して名を上げようとする者、英雄なにするものぞ的な人。本当にびっくりするほど絡まれた。そして、その度に俺に同行しているトアやメイ、エリーに酷い目にあわされ、俺が必死にそれを止め、そして必死に謝るという、パターンと言うか予定調和というかテンプレと言うか、そういうのが確立されてしまった。さらに、俺は自分で言うのもなんだが常識人であり、典型的日本人気質なので、初対面の人には低姿勢だし、基本的に事なかれ主義だ。取り巻きの危険人物達に比べて人畜無害っぽいというのが、皆わかってきたのか、やがて普通に接してくれるようになった。そして、最近では子供の集団にぼこぼこにされるという姿も目撃されるようになり、英雄(笑)みたいな感じにシフトしてきている。ちなみにその時の同行者はトアとミラで、多人数に対応するいい修行になる、みたいなこと言いながら、俺がぼこぼこにされるのを横で笑ってみていた。くそう。
ともあれ、俺が仲間たちを必死に抑える姿や、仲間にボコられた人達に謝っている姿の印象が強すぎたのか、最近は、辺境の英雄ではなく抑止の英雄とか謝罪の英雄とか呼ばれていて、どちらかが二つ名として定着しそうな勢いだ。うまいこと考えるなぁと笑っていると、なんだかミラが憤慨してしてしまい、俺を鍛えるための特訓が始まったのだが、俺的にはあれは特訓というより私刑だと思う。ちなみにルビを入れるならリンチだ。もうね、痛くなければ覚えませぬ。みたいなのを本当にやられるとは思わなかった。
さて、問題はもう一人の俺の仲間、古竜、ハル・シルバーメイス。最初の頃はよく一緒に町を歩いていたのだが、人化した時と竜の姿のギャップが激しく、あまりにも誰も信じてくれないため、半ば意地になったハルが公開変身ショーのようなイベントを開いた。領主がお触れを出し、町の西門の外で行われたそのイベントは、伝説の古竜を間近で見れるということで、町中の人間が集まったのではないかと思うほどの盛況だった。特別に開放された外壁の上と、その外側に沢山の人が溢れ、便乗の屋台の出店などで大いに盛り上がる中行われ、一応の成功を収めた。アルファードは観覧料を取ればよかったと冗談なのか本気なのかわからない言葉を呟き、商業組合からは年に一度でいいから定期的にやってくれないかとの嘆願があったりした。しかし、当のハル本人は竜の化身であることを大勢に証明し信じてもらえたのはよかったのだが、今度はあまりに人気が出過ぎて町に出歩けなくなってしまった。そのため二度とやらないと言っていた。ただ、屋敷にいても退屈なようで、最近はよくゴブリンの村に遊びに行っている。しかし、竜が空を飛ぶ姿を見る為に遠方から人が訪れるなど、町は大いに潤っているらしい。一部の商人たちからは商売の神様的な扱いをうけているとか。もしかしたら名物ドラゴン饅頭的なものがもう有るのかもしれない。
「フチ、お腹減ってるならコレ食べな」
そういってこの店の主人の妻、ローザが果物を剥いて持ってきて来てくれた。店の主であるタセルはまた行商にいっているらしい。今回は近くの村なのですぐに帰ってくるそうだ。
「わお、ありがとうございます。いただきます」
「奥様! 甘やかしたらくせになりますよ!」
俺はノラ犬かなんかか。
「まあまあ、最近は英雄御用達の店って評判なんだよ。そのおかげで客も少し増えたし」
「評判って、悪評じゃないんですか、それ」
リックは酷いなぁ。まったく。あ、これ甘い。
「メイちゃん、今日も可愛いねぇ、自動人形っていくらぐらいするんだろうね、うちも一体欲しいわ。そしたらリックも行商に出せるのに」
「お、奥様?」
「冗談よ。にしてもこのメイド服いい生地使ってるね。さすが領主様ってところかしら」
ここしばらくでわかったのは、ローザは無類の可愛いもの好きだということだ。トアもそうだが、一度連れてきたハルも琴線にふれたようで、とても可愛がっていた。
少し前の話だが、メイを一度この町の工房に連れて行ったことがある。しかし、機構が精巧すぎるためこの店では整備できないと言われた。まぁ、前もって無理かもしれないとは聞いていたので、あっさり引き下がったのだが、そのときに少しだけ話を聞くことが出来た。
メイはある有名な職人が作ったカスタムメイドのシリーズものらしいのだが、とても古い型で、こんなに高性能なはずはないと言っていた。改造にも限度があるし素材もほとんどが未知の素材に置き換わっているらしい。店主曰く全く訳がわからない存在だと言っていた。まぁ、そんなのは俺の周りには何人かいる。ただ、出会った時にマスターに認定された話をしたら、それは絶対に有りえないと言われた。色々難しいことを言っていたが、マスターを認識しなおすには核という心臓のようなものを入れ替える必要があり、それ以外の方法で無理に行おうとすると魔法式が崩壊するので核自体が使い物にならなくなるとのことだった。ふむ、なるほどわからん。エリーが言っていた半魔物化と関係があるのだろうか。
あと、メイのようなタイプはその核と呼ばれる部分で周囲の魔素を吸収し魔力に変えそれを動力として動く、魔素魔力変換機構といものを持っているという。本来は吸収効率の問題で魔素だけでは活動できなくなるため、定期的に人の魔力を注入しなければならないのだが、メイがいた洞窟は魔素が極めて高濃度だったため、魔力の注入がなくても活動できていたようだ。しかし、メイはこの町に連れてきて一度も魔力の注入など行ったことは無い。そのことを話したら、それも有りえないといっていた。有りえないことばっかりだが、メイはこうしてここにいるわけで、なんというか、わからないことがわかった、という感じだった。
ただ、その店の帰り道でエリーが言っていたことが印象に残っている。自動人形のことは詳しくはないしまったくの想像ですが、と断ってから話始めたのだが、メイは魔素と一緒に、周囲のアニマをごく僅かであるが吸収していたのではないか、そして〈原種〉が誕生するのと同じ理屈で魂と精神が宿ったのではないかといっていた。相変わらずアニマとか魂とかはよくわからないのだが、ようは心が宿った生きている人形の様な状態になっているのではないか、ということだった。〈原種〉よりもさらにアニマに近い、まっさらな状態の所へ俺が名前を与えたために俺の精神と道が出来てしまったのではないかという。以前にメイが考えている事が何となくわかると皆に話したことがあったのだが、エリーのこの話を聞いて、なんだか妙に納得してしまったのを覚えている。
ローザに貰った果物を食べながら、ぼんやりとそんなことを考えていると、横合いから声をかけられた。
「やっぱりここにいたです。ミラが怒っていたですよ。さぁ、とっとと帰るです」
ああ、終わった。また私刑が始まるのか。
「あら、いらっしゃい。トアも果物食べる?」
「食べるです」
「奥様、それって売り物ですよね?」
「リック、北の鉱山の町に行商に行く仕事が」
「奥様、僕、表を掃除してきます」
リックはそういうと足早に店を出て行った。
そのあと、トアが果物を食べながらローザと世間話をしていた。がんばれローザ、超がんばれ。もっと話すんだ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。さて、帰るですよイチロー」
ああ、終わった。俺はノロノロと立ち上がりながら、カップに残っていたお茶を口に含む。
「ローザ、うちのヤドロクが迷惑かけてすまないです。また遊びにくるです」
俺は口に含んでいたお茶を噴き出した。今なんて言った?
「なんですかイチロー、きたないです!」
「……トア、宿六って意味わかって言ってる?」
「イチローがここにいたら、こう言ってローザに謝れと、ミラに言われたです」
ローザは声を上げて笑っている。
くそう、ミラめ、ちょっとやる気出た。一矢報いてやる。
俺はローザに礼をいって表に出る。後ろからメイがついてくる。
「またいつでも遊びに来な。待ってるよ」
「あ、フチさん、帰るんですか? がんばってくださいね、訓練」
店の表まで見送りに来てくれたローザとほうき片手のリックに挨拶して歩き出す。最近は本当に歩いていても俺を気に留める人はいなくなった。まぁ、良いことなんだろう。そう思う事にしよう。
「そういえば、ミラのおじいちゃんが近いうちに来るそうです。ミラのおばあちゃんとギルバートの奥さんも一緒に来るそうですよ」
「ふーん」
そういえば、ギルバートの奥さんのアンナさんって人は、自動人形のことが少しわかるみたいなことを言っていたな。ちょっとメイを見てもらおうか。
ミラのおじいちゃんも久しぶりだな、アリオンさんだっけ。その人たちが来ている間は訓練がお休みにならないかなぁ。無理だろうなぁ。
まあ、なんにせよ、帝都へ向かう日は近づいている。帝都での俺の噂はどんな塩梅なんだろうか。
「ところでヤドロクってなんですか?」
俺はトアの問いを適当にはぐらかしながら、領主の屋敷へ向かう。
ミラに一矢報いる為に。
ヤドロク=ろくでもない亭主
的な異世界語があるということでひとつ




