閑話 裏の話4
「なるほど、オカンに警察に行ってもらうんやな。それなら確かに藍が警察に捕まることはあらへん。上手い考えやで」
「えっと、その言い方だと、なんか私凄い悪者に聞こえるんだけど」
「別に悪気があって言うたんやない。そう聞こえたなら謝るけど。藍の言う通り、アーニ君は藍の兄貴の部屋におったんや。それを藍のオカンやオトンが警察に届けるのは不自然やない。それが当たり前や。むしろなんでウチらだけで解決しようと思うてたのか……」
自分で出した案だけど椎子の言葉に思わず納得してしまう。普通の常識で考えたら、まず親に相談するのが当たり前の行動だ。冷静なつもりだったけど、普通じゃないことに遭遇して舞い上がっていたのかもしれない。
「じゃあ、私お母さんに電話するね。今週末は家にいるって言ってたから。アーニをどうするかはお母さんと相談するけど、椎子はどうする?」
「どうって……」
「啓介さんしばらく居ないでしょ? うちに泊まる?」
お母さんには椎子の家庭の事情のことを簡単に説明してあるし椎子が兄妹で二人暮らしをしていることも知っている。啓介さんが何かの用事で家を離れたりするときに、椎子はうちに泊まりにくることがある。お母さんも椎子にそれを勧めている。女子高生の一人暮らしは私のお母さん的には容認できないらしい。ちなみに女子大生はいいらしい。その基準はよくわからないけど、たぶん世の中的にはそうなっているので、なんとなく迎合しているだけだと私は推測している。つまり、その辺りの事は適当だ。と思う。
「……そやな、アーニ君の事も気になるし、兄貴も後で連絡してくるやろ。とりあえず今日明日くらいはお世話になろか」
そういうことになったので、私はお母さんに電話することにした。その間に椎子は泊まりの準備と学校の準備をするという。
スマホを手に取り、どういう風に話そうか考えるけど、うまく纏まらない。まぁ、こういうのは考え過ぎても上手くいかないことが多い。あったことをそのまま話すだけだ。
数回の呼び出し音のあと、電話は繋がった。
「もしもし、お母さん? 藍だけど」
『はい。どうしたの?』
「今、椎子と一緒に居るんだけど、また椎子のお兄さんがしばらく居ないんだって。それで、うちに連れて来ていいかなぁって」
『それは別に構わないけど、アンタどうしたの? そんなのいつもは事後承諾じゃない。なんかあったの?』
う、我が母ながらたまに鋭いんだよなぁ、この人。
「えっと、それがね、詠兄さんの様子を見に行ったんだけど、ちょっと大変なことになってて……」
『大変な事って何よ?』
「あのう、電話じゃちょっと説明しづらいというか、今から帰って来るから」
『……死んでた、とかじゃないのね? まぁ、もしそうなら藍が落ち着いている訳ないけど。わかったわ、気を付けて帰ってらっしゃい。夕飯はカレーよ』
「うん、わかった。じゃーね」
通話を終えて軽いため息をつく。しばらくして、あらかた準備を終えた椎子が戻ってきた。
「おばさんなんやって?」
「えっと、晩御飯はカレーだって」
「いや、そういうことやなくてやなぁ。……アーニ君の事や。少しは説明したんか?」
「まだ言ってない。電話で説明するのも大変だし」
「それはそうかもしれんけど、……いきなり連れて行って大丈夫なんか?」
「たぶん大丈夫だよ。うちのお母さん犬とか好きだから」
「……………ああ、そやな。じゃあ、行こか」
凄い間があったけど、そんなに変なこと言ったかな。
私の家は住宅地にある一軒家。私が小さいころに引っ越してきた覚えがある。
またタクシーで移動することにしたんだけど、椎子は私の家の近くの公営の団地の名前を運転手に告げた。そして、その団地の駐車場でタクシーを降りる。運転手に家の場所を覚えられたりしないように、ということらしいんだけど、そういうのどこで覚えるんだろう。
時刻は夕方の五時ごろ。最近は少し日が短くなったように感じる。家の玄関の前で少しだけ気合を入れる。事実を話すだけではあるのだが、少しでも印象を良くしたい。タクシーの中でお母さんとの会話をシミュレーションしていたが、あの人は中々に手ごわい。拾ったところに戻してこいとか言われたらどうしよう。戻しに行くのも大変だよ。やるしかない。がんばるぞい。
「ただいまぁ」
「おじゃましまーす」
「ゴギャゴギャ」
居間の方から「おかえりー」という返事。その声はお母さんの声だけでなく男性の声、つまりお父さんの声も聞こえてきた。これは勝てるかもしれない。何をもってして勝利なのかはわからないけど。私はお父さんと仲がいい。別にお母さんと仲が悪い訳じゃないけど。というか、お父さんは私にあまい。
私達は二人がいると思われる居間に真っすぐ向かう。アーニのマスクやサングラスは玄関で外してある。
居間の入り口でもう一度、声をかける。
お母さんはキッチンの方にいるようだ。晩御飯の準備かな。お父さんは居間のソファーに寝っ転がってスマホをいじっている。たぶんまた変なゲームをやっているんだろう。
「ただいま。お父さん今日休みだったの?」
「おかえり。今朝は二度寝しちゃってさぁ。起きれんかった。椎子ちゃんもいらっしゃい。ゆっくりしていってね」
そんなことを言いながら、お父さんはスマホから視線を放さない。アンタがゆっくりしすぎだよ。
「あ、はい。すんません。お世話になります」
椎子は私の横でペコリとお辞儀する。
「そういえば、詠の奴がまた大変な目にあってるって、なん…………なん……だと?」
そこで初めてこちらに目を向けたお父さんはアーニを見て固まっている。
「お父さん。詠兄さんだよ。ビレゾンなんだって」
私はアーニを紹介するように一歩前に前に進ませた。椎子は信じられないモノを見るような目で私を見ている。
「……藍、お前、兄さんって」
「兄さんの部屋にいたから、きっと兄さんだよ。そういう事にしよう」
「そういう事にって…………いや、………もうええわ」
椎子は疲れたような表情で私から目をそらした。私また変な事を言ったのかな? 私的には筋が通っていると思うんだけど。
「……母さん! 詠が! 緑色に! すっごい緑だよ! 背も縮んでるし! どうすんのコレ!?」
再起動したお父さんが大声でお母さんを呼ぶ。再起動はしたけど少しバグってるみたい。
「なんですか? 詠がどうしたって……… 詠、あんた、………しばらく見ないうちにすごく緑に……、ってそんなわけないでしょ。はいコーヒー」
お母さんはチラリとアーニに目をやると、何事も無かったように手に持っていたカップをお父さんに渡しす。
「え? でも! あ、ありがとう。……いや、でも緑だし!」
「お父さん! 確かに兄さんは緑色だけど、どっちかっていうと黄緑だよ!」
「え!? そこ!? そこ大事なん!?」
「ゴギャゴギャ!」
私達がそんなことを話していると、お母さんが近寄ってきた。
「ハロウィンはまだ早いと思うけど、藍がこんなイタズラするのは珍しいわね。……それにしても良く出来てるわね。ハンズあたりに売ってるのかしら。で、なに? お菓子をあげればいいの?」
「お母さん、あのね……」
「藍。椎子ちゃんも。あのね、あなた達は一応受験生なのよ? こんなアホなイタズラ考えてる場合じゃないでしょう。息抜きしたいのはわかるし、するなとはいいません。でも、藍はこの前の模試も政経は良くなかったでしょ? もうちょっと……」
「お母さん!」
私はつい大声を出してしまった。お母さんは少し驚いた顔して言葉を止める。
「この子が兄さんかどうかはどうかはわからないけど、本物なの! 本物の……」
えーと、本物の、なんだろ? ゴブリン? 宇宙人? うーん。
「………本物の、……よくわからない生き物なの。だから……」
お母さんは、私の顔をマジマジと見て、それからアーニの手を取りその肌を観察する。そして、今度はアーニの顔をじっくり見た後に言った。
「藍。……元の場所に戻してらっしゃい」
「それでは、今井家臨時家族会議を開催します。今回の議長は私、今井真衣。本日の議案は謎生物の処遇と対応。なお、特別ゲスト及び重要参考人として、議案の対象者である謎生物のアーニ君。そして、今井藍の友人、……貴重な友人として大葉椎子さんをお迎えしております」
「………なんやこれ?」
「なにって、家族会議だよ。臨時家族会議は今井家で問題が発生したら、その都度不定期に開催されて、ある程度の結論が出るまで終わらない、とてもめんどく……重要な会議だよ」
「結論て、……コンクラーベかいな」
私はあの後、お母さんとお父さんに状況を説明した。説明下手な私のかわりに、途中で椎子が手伝ってくれたりもして、あったことはだいたい伝えられたと思う。
そして今、リビングのテーブルで家族会議が開かれている。兄さんが家にいた頃は兄さんに対するストーカー対策でしょっちゅう会議があって面倒だったけど、臨時会議は久しぶりだ。
「それでは、忌憚なき建設的な意見を述べ合いましょう。ではさっそく議案の……」
私はお母さんが……議長が議案の審議に入ることを宣言する前にシュタっと手を上げる。
「はい議長! その前に、椎子の紹介でわざわざ貴重なっていう形容詞をつけることは、私への忖度に欠けているとおもわれます。椎子は確かに親友だけど、他にも何人か友達いるし!」
「只今の発言を議案として認めます。それでは、今の藍の発言についてですが、皆さんの意見をうかがいます。お父さんから順に発言して下さい」
「あー、貴重な、で問題ないと思います」
「……椎子ちゃん」
「え? ウチですか!? えーと、……はい、問題ないです」
「えー! 椎子の裏切者!」
「……藍は忖度言いたいだけやろ?」
「アーニ君」
「ゴギャゴギャ」
「はい、わかりました。この議案は貴重な友人、という表現で問題がないと判断します。ちなみに議長としてはその前にさらに、大変、を付けるべきだと愚考したことを申し添えておきます。……それと藍、貴重な、は形容詞ではなく形容動詞よ」
「むー」
この家族会議の議長は持ち回りだ。今回はたまたまお母さんな訳だけど。そして、議案の結論がどうしても出ない場合、議長権限で暫定的に結論を出すことが出来る。もしくは議長が一時預かりをして後日再度同じ案件で会議を開くかだ。アーニをどうするかで意見が割れたらお母さんが決めることになる。
だけど、もともと私の手に余るから家族に相談することにしたんだし、どんな結論が出てもそれに従おう。さすがにアーニをその辺の公園に捨ててこいとは言わないだろう。
「……アーニ君に聞く意味あるんか? アカン、突っ込みが追い付かへん」
椎子が私の隣でブツブツ言っている。
「それでは、議案の審議に移ります。ですがその前に少しだけ確認。……藍、詠の携帯は部屋にあったのね?」
「うん、充電したまま置いてあった。もし兄さんが部屋に帰ってきたらって思って、そのままにしてきたけど」
「中は見た? 着信とかメールとかラインとか」
「ううん、さすがにそこまでは……その時はそんなことに気が回らなかったし」
「藍が訪ねたとき、部屋の鍵はかかってたのよね?」
「うん」
お母さんはそれだけ聞くと手元のメモ帳に何かを書きつけながら、暫く黙り込んだ。アーニはお父さんの横でお母さんが淹れたお茶を啜っている。お父さんはそんなアーニの様子を興味深そうに見ている。
「………それでは、議案の審議に移ります。主な議案は謎生物のアーニさんの処遇ですが、まず、それぞれの意見を伺いましょう。……藍」
意見を言うのは私からみたいだ。ぜんぜん考えがまとまらないんだけど、思ったままを言うしかないか。
「私は、……わかんない。……警察とかに行くべきかもしれないけど、アーニがひどい目に会わないようにしたいと思ってる。人体実験とか実験動物みたいなのはやだなって。でも、そのためにどうすればいいのかわからないからお母さんとお父さんに相談しようと思ったんだよ」
私はお母さんの顔を見ながら真面目に訴えた。お母さんは軽く頷いて、今度は椎子に意見を言うように促す。
「ウチは、……正直、警察に届けるべきやと思います。あの法務省を名乗る連中がウチらの居場所を突き止めた手際は信じられへんくらい早かった。この家に来る時は一応用心してましてましたけど……アーニ君があいつらに捕まるよりは、警察に預けた方がましな気がします。そんで藍のお兄さん、詠さんの事も警察に頼んだ方がええと思います」
お母さんは椎子の話を真剣な顔で聞いた後、お父さんに視線を向けた。
「俺か? 俺はそうだなぁ。藍の言う事ももっともだし、椎子ちゃんの言う事も正しいと思う。でも、このアーニ君だっけ? 彼を連れ去ろうと考えても、この法治国家の日本でそんな手荒な真似出来るとは思えないけどなぁ。相手がヤクザなら話はわかるけど、法務省って名乗ったんでしょ?」
お父さんは私と椎子に確認してくる。私達は顔を見合わせてそのあとお父さんにゆっくり頷いた。
「あの電話の感じはウソとは思えんのですけど、ただ、それが本当かどうかって言われると、確かめようがありませんから」
「うーん。とりあえず、俺の意見としては、その教授って人の連絡を待って、警察行くのはそれからでもいいんじゃないかと思う。三日ぐらいで帰って来るんでしょ? その人、星科大の人だよね? 名前は?」
「えっと、たしか、碑田教授っていってました。石碑の碑に田んぼの田で、ヒダ、です」
「……碑田………もしかして、碑田礼二?」
「いや、下の名前までは………知ってはるんですか?」
「たぶん。碑田って名字は珍しいし、あの大学で講師やってるっていってたし。そうかぁ、教授になったんだ。ずっと助教授でなかなか教授になれないってぼやいてたけど」
「お知合い?」
なにやらうんうんと頷いているお父さんにお母さんが尋ねる。
「前に、仕事でね。あの大学はうちのコピー機を入れてるんだけど、新型の複合機の導入の絡みで飲みに行く機会があって。まぁ 接待ってヤツなんだけど。その席にいたんだよ。そこでなんとなく気が合ったっていうか、仲良くなっちゃって。それから何回かそういう機会があったんだけど、彼も忙しそうだったし俺の配置換えとかもあって疎遠になってた。最後に会ったのはいつだっけ? あー、でも久しぶりに会いたくなっちゃったなぁ」
お父さんは大手の印刷機器の会社に勤めている。誰でも聞いたことがあるような有名な会社の子会社というかグループの会社で、コピー機と印刷機とFAXが一体になってる複合機っていうのを納品したり定期的にメンテナンスしたりするのが仕事だって言ってた。お母さんと知り合ったのもお母さんの職場に納品した複合機の定期的なメンテナンスで顔を合わせるうちに仲良くなったって、昔聞いたことがある。
「世間は狭いわね。とりあえず、お父さんの意見はわかりました。あとは……アーニ君ね」
「ゴギャ?」
お母さんから名前を呼ばれたアーニは湯呑を持ったまま首をかしげている。
「はい。わかりました。では、議長としてこの議案をまとめます。お父さんの意見を採用します。その碑田教授という人の連絡を待ちましょう。そしてどうするつもりなのか、何か考えがあるのかを確認して、その後の事はその時考えましょう。それまでアーニ君はうちで保護します。この方針に意見がある人は述べてください」
お母さんの問いかけに誰も言葉を発しなかった。
「では、この方針で決定とします。ただ、この方針で行動するにあたって、皆さんに一言いっておきます。お父さんは平和ボケです。国家権力をなめてはいけません。彼らは目的の為なら手段を選びません。冤罪で逮捕拘留なんて当たり前です。私達は法律に守られていますが、彼らはそれを武器にしてきます。状況と場合にもよりますが、敵に回すとへたなヤクザより厄介なことになりかねません」
お母さんはいつものおっとりした口調で皆の顔を見ながら言った。
「だからと言う訳ではありませんが、明日は皆お休みしてください。お父さんは病欠でも忌引きでもなんでもいいから理由をでっち上げて。藍と椎子ちゃんはインフルエンザという事にでもしましょう。その代わり家で勉強してもらうけど」
「え? なんで?」
私はお母さんの言葉につい疑問の声を上げてしまう。
「少し気になることがあるのよ。私も休むから。明日は外出禁止よ。まぁ、たまにはいいじゃない」
お母さんはきちんとした理由が有れば学校を休んでもあまり何も言わない。たとえば体調が少し悪くても頑張りなさいとか、そんな事は言わない。小学生じゃないんだから自分で判断して、無理だと思うなら休みなさいと言うタイプだ。でもこんなのは初めてだ。そして、お父さんも何も言わなかった。気になる事って何だろう。そんなの私が気になるし。
「ところで、法務省の黒服の二人組、中年の男と若い男。若い方は ナナイ、と呼ばれてたのね?」
お母さんの言葉に戸惑っていた私と椎子に向き直りそんなことを尋ねてきた。
「あ、はい。ちょっとテンパってたんで、自信ないですけど。藍もそう聞こえたんやんな?」
「うん。そう言ってたと思う」
私と椎子の話を聞いた後お母さんはまたしばらく黙り込んだ。
「……それだけわかっていれば、後はお母さんがなんとかします。三日も待たなくてもいいかもしれないわね。……さて、これにて臨時家族会議を終了します。案外早く終わってよかったわ。さぁ、晩御飯にしましょ」
そういうと、お母さんは立ち上がって、キッチンの方へ行ってしまった。お母さんの最後の言葉に少し呆然としている私と椎子にお父さんはがスマホを差し出してくる。
「藍、写真撮ってくれ。アーニ君とツーショット」
「それはいいけど、お母さん、なんとかするってどうするの?」
私はお父さんのスマホを受け取りながら、小声で聞いた。そしたら、お父さんも凄く小声でこう返してきた。
「ああ、母さんに任せれば大丈夫だよ。あの人を敵に回したら厄介な事は藍も良く知ってるだろ?」
「それは知ってるけど」
「それこそ、へたなヤクザより……」
こそこそと話していた私とお父さんの言葉はそこでお母さんの声で遮られた。
「藍、ちょっと運ぶの手伝って。それと、冷蔵庫にサラダがあるから、それも出してもらえる?」
「はーい。椎子、お願い」
私はお父さんのスマホを椎子に手渡し、お母さんの手伝いをするためにキッチンに向かった。
「ところで藍、アーニ君はカレー食べさせて大丈夫なの? 玉ねぎ入ってるけど」




