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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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43 辺境冒険者編 エピローグ


「一緒に風呂に入るのはひさしぶりだな」

「うん」

 私、ミリアナ・ラステインは、今、私の家にある大浴場で、妹のアルティアナ……アルトと一緒に湯船につかっている。

 妹は病で長いこと床に臥せっていたのだが、先ごろその病は快癒し、今、私の隣で笑っている。

「髪は人のモノのようですね。長期間、高濃度の魔素にさらされたせいで、変色していますが」

「エリー、メイはお湯に浸けても平気です?」

「まぁ、たぶん大丈夫でしょう。あの洞窟で十年過ごしていたのです。大抵の事は平気でしょう。ただ、湯船に浸ける前に少し汚れを落とさないと大変なことになりそうです」

 そんなことを言いながら、小柄な女性の頭を洗っているのはエリーゼという女性。数日前からこの屋敷に滞在している。その隣で様子を伺っているのがトアというゴブリンの少女。

「やめ、やめ、マスター……」

 そして、今その二人に体を洗われているのがメイという自動人形だ。

「あまりにも汚れていると、そのマスターに嫌われますよ」

「あうあう」

 そしてもう一人。

「トア―、そんな人形のことよりもこっちに来なよー、お湯に入るって、意味がわからなかったけど、気持ちいいよー」

 名は、ハル・シルバーメイス。古竜の子供だそうだ。竜の姿もこの目で見たが、今は子供の姿で、湯船に浸かっている。かわいらしい顔で少女のように見えるが、本人曰くまだ雌雄の別はないらしい。この姿を見ていると、竜だということを忘れてしまいそうになる。

「人間って凄いなぁ。ご飯もおいしかったし。このおフロっていうのも気持ちいい。うん面白い」

 ハルはそういいながらプカプカと湯船を泳いでいる。

「さ、メイはもういいでしょう。私達も湯に入りましょう」

「ハルがいきなり浸かったから、湯を全部入れなおすことになったです。お前どれだけ汚いんですか」

「えー、だって、お湯に入れって言うからさぁ」

 この大浴場は結構な大きさだ。領地変えでこの屋敷に引っ越してきたときに別棟で作ったのだが、大きく作り過ぎ、頻繁に使用するとなると薪の費用が大変なことになるということで、何かの催事の前や賓客が訪れたときにしか使われなくなってしまった。簡単に言うと、大量の湯を沸かすのが大変なのだ。

 最近の帝都には湯を沸かす便利な魔道具があるらしいのだが、その魔道具とやらがどんなに優れていてもエリーとトアの魔法には及ばないだろう。大きい湯船にあっという間に水を満たし、一瞬で沸騰させていた。適温に調整するのにかえって時間がかかってしまったぐらいだ。二人は沸騰はやりすぎたと笑っていたが、魔法のみでこんなに大きな風呂を沸かすなんて聞いたことがない。はっきりいって常識の外の存在だ。

「大きなタライで湯に浸かったりしたことはあるですが、このフロっていうのは凄いです。気持ちいいです」

「この町にも、たしか大衆風呂というものがあったはずです。行ったことはないですが」

「大衆風呂ってなんですか?」

「このような大きいお風呂を、お金を払って使わせてもらうのです。大量の水をお湯に変えるのは大変ですから、それを商売にしている人間がいるのです」

 そんなことを話しながら、二人は湯船に身を浸している。メイは湯船の渕で戸惑っているようだ。

「そんなことでお金が貰えるです? なら、わたしもお風呂屋さんを始めるです」

「あれ、トアはイチローと一緒にイチローの故郷に行くんでしょ?」

 トアの話にハルが食いつく。

「そうです。じゃあ、イチローの故郷でお風呂屋さんを始めるです」

 トアの話はどこまで本気なのかわからない。この子はあまり適当なことは言わないのだが、軽口を言い合えるくらいには仲がいいのだろう。もしかしたらまったくの本気かもしれないが。エリーはそんな二人の話を微笑みながらきいている。

「もー、メイも早く入りなよ、汚れてたらイチローに嫌われるらしいよ」

「ま、マスターに……」

 メイはハルにそう言われると、意を決したように湯船に入る。本当に大丈夫なんだろうか。自動人形は精巧な機構なので手足部分はもとより胴体部分も水気はよくないと思うのだが。

「あの」

 皆がそんな話をしているところに、アルトが声をかける。

「先生がフチさんと旅に出ることは聞いていますが、皆さんもフチさんに同行するんですか?」

 アルトの問いかけに、皆顔を見合わせる。

「僕は一緒に行くと思う。よくわからないけど」

「私も行きます。理由はいえませんが、彼には恩があります」

「マスターにお供します」

 皆の返事を聞き、アルトは私の方を見る。

「私か? ……父上が何と言うかだが、旅には同行しようと思う。フチの故郷まで一緒に行くかはわからないが」

 私の返事をきいたあと、アルトは少し考え込んで、こう言った。

「あの、フチさんってどんな人なんですか? 私も少しお話をしたことはあります。優しそうな人でしたけど、お姉ちゃんとの訓練を見ててもあまり強そうではないし……魔法も使えないんですよね?」

 アルトの言葉に皆、一様に考え込む。

「どんなひと、ですか……うーん、変な奴です。……変な奴、です」

「お母様の……いえ、私の大切な人の恩人です。でも、そうですね。あまり会ったことのないタイプの人ですね」

「イチローは凄い奴だよ。僕は戦って負けたしね。名前も貰ったし」

 フチは、確かに、なんというか、一言では言い辛い人物だと思う。戦う力は無い。たしかに強くはないが、弱いとも違う気がする。優しい、とも違う気がするし、人の心には踏み込んでくるくせに、自分の心は見せない。そんな感じがする。それとも他の皆には見せているのかな。トアとか。

「お姉ちゃんは?」

 考え込んでいるとアルトの問いに引き戻される。

「……そうだな、変な奴だよ。でもいい奴だと思う」

「うーん、わからないなぁ。一緒に旅すればわかるのかなぁ?」

 その言葉に驚いて、思わず妹を見返してしまう。

「冗談だよ。さすがに私は行けないかなぁ。でも、みんなフチさんのこと好きなんでしょう?」

 アルトは私の表情を見ていたずらっ子みたいな顔で笑う。この表情を見たのも久しぶりのような気がする。

「すっ……き、嫌いではないです」

「ふふふ、そうですね。私も嫌いではないですね」

「僕は好きだよ。つがいになりたい!」

「つがい?」

「そう、卵産みたいんだ!」

「その、つがいと卵産む発言はいいかげんやめるです。ドン引きです」

「えー、じゃあ、トアでもいいけど。そしたら、トアが卵産むのかな? あれ?」

「もっとドン引きです」

 これが女子トークというものなのだろうか? いや、女子は卵産むとか言わないな、たぶん。あまり関わりたくないな、などと考えながら視線をそらすと、メイがなにやら小刻みに震えている。

「おい、メイ、大丈夫か?」

「ます、ますた、あ、だいじじょ、だいじじじ、だ、だだだだだ……」

 いかん、全然大丈夫じゃない。

「これは、マズいですね、ミラさん、ハルも手伝ってください。メイを引き上げましょう」

 その後、皆であわててメイを引き上げる。

「と、とりあえず冷やしましょう。わー、トア、魔法で冷やすのはやめて下さい! えーと、そう、脱衣所に運びましょう!」

 こんなに焦っているエリーは初めて見た。脱衣場にはメイドが二人ひかえていて、水をもってきてくれたり、メイを薄い板で仰いだりしてくれた。その甲斐があったのか、しばらくするとメイは元にもどった。皆でほっと胸をなでおろし、反動で少し笑ってしまった。

 そのあと、メイ以外、もう一度、風呂に入り直し体や髪を洗う。入浴を終え、しばらく脱衣場でゆっくりした後、皆、服を着始める。

 私が衣服を身に着けていると、同じく隣で服を着ていたアルトが小声で声をかけてくる。

「お姉ちゃんは?」

「うん?」

「フチさんのこと、好き?」

 アルトはまた、好奇心に満ちた、でも、ちょっとしたイタズラをするときのような、……私にとっては、少し懐かしい笑顔で聞いてくる。

「そうだな、嫌いではない、かな」

「ふふ、つまんない返事」

「そうか? そうかな」

 二人でしばらく笑いあう。

 そのあと、皆、身支度が終わり、それぞれの部屋に帰っていく。

「先生、私もう少しお話ししたい!」

「そういえば、ゴブリンの村から薬草茶をお土産で持ってきたです。アルトも飲むですか? ミラもどうです? ヌハバのお茶です」

 トアにそう声をかけられ、行くと返事をする。

「じゃあ、先に行って準備しているです。お母さんも呼ぶですか?」

「はい、声をかけてみますね」

「トア、私もそのお茶は頂きたいですね。ご相伴に預かっていいですか?」

「あ、僕も行く」

 皆でワイワイ言いながら母屋に向かっていく。その少し後ろ歩きながら、思う。

 フチの事は嫌いじゃない。でも、好きとか嫌いとかそんなのは関係ない。……フチは、ギルとアルトの命を救ってくれた。フチが何と言おうと、誰が何と言おうと、私の中ではそういう事になっている。もちろん、トアやシルビア、村のゴブリン達、皆恩人だ。等しく感謝している。

 アルトの、妹の笑顔を、家族の笑顔を見るたびに思う。この恩は必ず返すと。私に出来ることならなんだってする。この命を使ってもいいと思っている。残念なのは、私の命が一つしかないこと。

 こんなことを言ったら、きっとフチは嫌な顔をするだろう。もしかしたら私を遠ざけるかもしれない。重い女って思われるな。そう考えて少し笑ってしまう。

 だから言わない。この思いは、私だけがわかっていればいい。

 フチはわかっていない。私達家族がどれほど感謝しているか。アルトの笑顔が私にとってどれほどの価値があるのか。……そういえばドルフもそんなことを言っていたな、と思い出し、そんなところまで私とあのドワーフは同志なんだなと、また少し笑ってしまった。

「なに笑ってるの? お姉ちゃん、早く行こうよ」

「ああ、今行くよ」

 振り返って声をかけてくるアルトの笑顔を見ながら、私は思う。

 

 私だけの私の思いを。

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