42 辺境冒険者編19 辺境の英雄
辺境の遺跡と古竜の動向を調査する旅から帰還した翌日、俺とエリーは、辺境の町ガサに居を置く領主家、ラステイン伯爵家の嫡男であり、この辺境の領主代行である、アルファード・ラステインに調査の経緯と結果を報告している。
昨日の日中には帰還して簡単に報告はしていたのだが、諸般の理由により、詳細の報告は今現在行っている。報告が遅くなった理由の主な内訳は、食事したり、空飛んだり、お風呂に入ったり、新しいメンバーの部屋割りで揉めたりと、色々あって大変だったってこと。ただ、お風呂に関してはこの世界に来て本当に久しぶりだったので素晴らしかったです。
帰還の際のちょっとした思惑の行き違いもあり、多少の叱責を覚悟していたが、特にそんなことも無く報告は淡々と行われた。タマムシのことは伏せつつ一通り事情の説明を終えたのだった。
「ふむ、当家の裏庭に直接帰還したわけをもう一度言ってもらえるかな?」
アルファードは報告を聞き、気になったところを再度確認しているようだ。ふう、何度も言わせるなよ。まったく。
「……歩くのが、嫌だったから……です」
小さな声で下を向きながら同じことを繰り返し報告する。
気まずい沈黙が執務室を支配する。我ながらアホな理由だ。言い訳も逆効果かと思いそのままの理由を話したが、この理由はアホな小学生みたいじゃないか。適当なそれっぽい言い訳を考えた方がよかったかもしれない。今からでも何かでっち上げた方がいいのだろうか。
「ふむ」
沈黙に耐えかね、なにか言い訳を考えようとしていた所に、アルファードから声がかかる。
「まぁ、その件はもういいいんだ。というか、その件も含んで、当家は君たちに対する今後の対応を考え直したのさ」
「と、言いますと」
俺は神妙な表情で問い返す。アルファードはニヤリと笑うと朗々と語りだした。
「……辺境に現れたとある異人。彼は辺境の魔人と亜人種の大魔導士を供に連れ、銀槌山脈に住む狂える古竜を撃退した。そして正気を取り戻したその古竜に新しい名を与え友誼を結ぶ。ある日異人は領主の館に訪れて代官にこう告げる。……我らは帝国を守護するもの、しかし、我が旅路を阻むものは何者であろうと悉くこれを撃砕す。夢忘れることなかれ。……畏れ敬った代官は異人とその一行を賓客として遇し、辺境の、そして帝国の安寧を願う……、と言う話を酒場で詩ってもらおうと思う」
「はぁ。……はぁ!?」
「我が領地には常に帝都や他領の間者が潜んでいる。おそらく聖王国や連合国の者もいるだろう。当家はここ何年か上り調子でね。鉱山資源や木材などの商船を用いての貿易や、資源の加工技術、つまり職人の育成にも力を入れている。と、話がそれたが、この町は帝国の端っこだが結構注目されてるって事さ」
「……それで、どうなるのです?」
「つまり、君たちを辺境の新しい英雄に祭り上げて、その上で帝国の敵ではないと印象付ける。その情報操作だな。庶民はこの手の話は大好きだから、帝国中に、そして近隣諸国中にあっという間に広がるだろう。……この話で大事な所は、そのほとんどが真実と言うところだ。当家としては探られて痛む腹がない。帝国に対して翻意はないし、君たちを厚く遇するのも辺境のため、延いては帝国のためだ。そして、君たちの噂でゴブリン村や霊薬の事が噂に上るのを抑制する意味合いもある。あるいは辺境の亜人種の村々はすべて君たちの庇護下にあるとしてもいいだろう」
えー、なんだかきな臭いことになってきましたね。
「しかし、そうすると……」
アルファードの話を聞いたエリーが思索を始める。その言葉を受けアルファードはさらに続ける。
「そう、色々な勢力が君たちに接触してくるだろう。何しろ古竜を供にするほどの英雄だ。敵対する者、すり寄る者、利用しようとする者……。その全てを君達の判断で対処してかまわない。無視するもよし、叩き潰すもよしだ。ここで明言はしないが、それが、どのような勢力であっても、だ。何がどうなろうと当家は君たちの味方だ。君たちのあらゆる行動を陰に日向にサポートする。そのためにミラも同行させるが、当家の家名が君たちの行動の妨げになるようならば、いざとなれば勘当することも辞さない。君たちに同行するなら、あの子にはそれくらいの覚悟はしてもらう」
アルファードは真剣な表情で話を続ける。
「あと、重要なのは印象操作だな。例えば、君たちが街中でいたいけな女の子を何かの理由で泣かせたとしても、それを美談にして見せよう。とまぁ、これは極端な話だが、簡単に言うと噂を流して君たちを悪者にしようとする輩から、噂を上書きしたり打ち消したりして、君たちを守るわけだ。……君たちは他人にどう思われようが構わないかもしれないが、世間を敵に回すと色々と厄介だ。いわゆる情報戦だな。こういうのは親父が得意なんだが……」
「あの、アルファードさん、それは、……俺の話ですよね?」
俺の問いかけに、アルファードは大きく頷く。
「そうだ、何度も言うが、この話の大事な所はほとんどが真実だということだ。何一つ嘘がない。君たちの戦力は異常だ。万の魔物を殲滅する魔人とその魔人に匹敵する魔法使い。それに加えて伝説の古竜まで連れてこられては当家の処理能力では完全にキャパオーバーだ。へんに隠し立てして、それがバレたときに、国家転覆を企てていると疑われても、はっきりいって反論できない。実際にそれができる戦力なんだからな。当家がそんな君たちをコントロールすることなんて出来るはずもない。せいぜい刺激しないように、丁重に扱うだけさ。全て真実なのだし、後ろ暗いところも無いのだから、下手な計略を巡らすよりも馬鹿正直の方が強い」
「嘘は無いですが、完全に説明不足ですよね。……俺、めちゃくちゃ弱いんですけど」
「……君の強さは戦いの力ではないだろ」
アルファードは俺の言葉に呟くようにそう言うと、エリーに問いかける。
「エリーゼさん。どうだろう、何か問題はあるだろうか?」
アルファードの言葉を受け、エリーは微笑む。
「いえ、問題ないと思います。逆に感心しました。どのような輩でも、気に入らなければ叩き潰してよい、というのはわかりやすくて良いですね。ですが、その情報戦とやらに負けて私たちが帝国の敵だと認識されたら、貴方の家は……」
「その時は、君たちと心中だな。それが私なりの覚悟さ。もちろん、そうならないように全力を尽くすし、君たちもあまり無茶はしないだろうと信じているがね」
「ふふふ、わかりました。でも心中とはなりませんよ。もしそのような状況になったら、私達に敵対したものは潰すだけです。それがどんな勢力でも、……例え国家であっても、ですね」
あれぇ、今、私達って言ったよこの人。……前から思ってたけど、エリーは意外と好戦的なんだよな。うーん、メンバーにブレーキ役がいない。ミラは……どうだろうなぁ。
「……元気になったアルトの笑顔を見ているとね。……私も思った以上に人の親だったという話さ。ただ、私にだって愛国心はあるし、帝国貴族としての誇りもある。……というわけで、頼むよ、フチ君。いやホントに」
この人たちを暴走させないでくれ。アルファードの目はそう訴えているように感じた。しかしなぁ。
「俺が英雄ですか? ……ガラじゃないっていうか、ホントにその方向で行くんですか?」
「まぁ、気持ちはわからなくもない。しかし、君たちの行動の自由を保障しながら、当家がサポートするのは、これが最善だと思う。それに、何度も言うがこの方針は客観的事実に基づいている。フチ君の主観ではどうなのかわからないがね」
アルファードはそう言ったあとにニヤリと笑いながら続けた。
「それと、これで君たちがうちの裏庭を竜の発着所として使っても問題ないって事さ」
あ、意外と根に持ってたのね。
そのあと、ハルの扱いや竜の姿を公開するのかといった細かいところを確認し、今度は、応接室にトアやハル、ミラ、それに一応メイも呼んで、打ち合わせを行う。アルファードの話をかいつまんで説明した。
「えっと、じゃあ、僕は人前で竜の姿になってもいいんだ」
「ああ、ただ、街中は騒ぎになるからやめてくれだってさ。空を飛ぶのも自由だ」
「飛んでいる姿を魔法で隠さなくてもいいです?」
「それも大丈夫。ただ、出発と帰還は、屋敷の裏庭か西門の外だけで、この町以外の人間の町に行ったりしないこと、だって」
「じゃあ、ハルにお願いして、オババに会いに行ってもいいですか?」
「ハルがよければね。ただ、どこかに行くときは一言教えてくれって言ってた」
俺は皆の質問に答えていく。主にハルの竜としての扱いだ。ある程度皆の質問に答えて、最後に確認とお願いをする。
「あー、皆に確認しておきたいんだけど、俺の目的は日本っていう俺の故郷に帰ること。決して、気に入らない人たちをぶっ潰したり、国家転覆を企んだりしたいわけじゃない。明らかに敵だったり、襲われたりしたらしょうがないけど、なるべく人を傷つけたり殺したりしないでほしい。それがまず一つ」
俺の言葉に皆は真面目な顔で頷いている。
「そして、俺は皆のことは仲間っていうか友達だと思ってる。俺の故郷の言葉で、皆は一人の為に、一人は皆の為に、って言葉があるんだけど、そんな感じでやっていきたいと思ってる。それで、これは確認というかお願いなんだけど」
一度ここで言葉を切って皆の顔を見渡す。
「えーと、この中で一番弱いのは俺です。一人だと町の外も歩けない。皆には迷惑かけるかもしれないけど、よろしくお願いします」
俺はそう言って皆に頭を下げる。なんだか、俺一人の我がままに皆を付き合わせているようで申し訳ない。
「しょうがないです。わたしが守ってやるです」
「イチローを守ればいいの? わかった!」
「ふふふ、しょうがないですね」
「マスターはしょうがないです」
「ああ、フチはしょうがないな」
うわー、皆、しょうがない言い過ぎじゃね? ……でも、ホントお願いします。
「それと一応、聞いておきたいんだけど、日本に行きたいのは誰々? トアもホントに行くのか? エリーは? 他の皆は?」
特に、ミラとハル。メイは無条件で行くって言いそうだけど。
「わたしは行くです。そういう約束です」
「私も、お母様が行くのであれば、同行します」
「えっと、じゃあ、僕も行く!」
トアとエリー、ハルは即答だ。しかしハルは意味わかってるのかなぁ。あとでしっかり説明しないとな。
「私は、そうだな、……興味はあるが、そのときにならないとわからないな。こちらに戻ってこれないようなら、当然躊躇するだろうし。……しかし、フチが日本へ帰るのは見届けさせて貰うつもりだ」
ミラの反応が普通だと思うけどな。
「マスター、もう私を置いて行かないでください。お願いします」
メイの表情は動かないし声はアレなのでわかりづらいのだが、何やら必死な感じがする。もしかしたらミシアに置き去りにされたことがトラウマになっているのだろうか? 自動人形がどういうモノなのかいまいちわからないけど、たしかに暗い洞窟の奥に十年間一人きりってのはかわいそうだよな。
「ああ。置いて行かないよ。メイもよろしく頼む」
「はい、マスター」
あ、今度はちょっと嬉しそう、かな?
「じゃあ、一応話は終わり。あと、誰かと一緒なら町を自由に出歩いて良いって許可ももらったから、誰か散歩に付き合ってくれないか? タセルの店にも挨拶に行きたいし、港の方も行ってみたいんだよね」
「じゃあ、わたしが行くです」
「あ、僕も行きたい。人間の町、見たい!」
「タセルさんのお店なら、私も少し顔を出したいですね」
「マスター、お供します」
「そうだな、それならアルトも連れて行きたいところだが……」
アルティアナの病気が治ったことは少なくとも一年は秘密にする、というゴブリンの長老シルビアとの約束がある。
「変装すればいいです。メイドさんの格好をして、カツラっていうです? あの偽物の髪を被ればきっとわからないです」
「そうか、……やってみよう。ちょっと準備してくる。待っててくれ」
結局皆で行くことになり、準備が出来たら屋敷の玄関の所に集合ということで、いったん解散することになった。
皆で行くなら、あのナントカの雫亭って所で食事するのもいいかも、と思い付き、俺が持っているお金で足りるのか、エリーにでも相談しようかと思っていると、ハルが話しかけてきた。
「ねえ、僕は、イチローは弱くないと思う。なんだか不思議な感じ。……僕、やっぱりイチローとつがいになりたいな」
「!! ハル! お前の相手は私が同種を探してやるです! ちょっと待ってろです!」
「えー、もうイチローでいいけど?」
「昨日見た火山なんか、いかにも竜がいそうです。探しに行くです!」
「えー、飛ぶのはかまわないけど、服を脱いだり着たりするのがめんどうなんだよなぁ」
トアとハルはそんなことを話しながら自分の部屋に戻っていく。
「……卵を生ませるんですか? ふふふ、がんばってくださいね」
エリーはニッコリと笑い、そう言い残して去っていく。……この魔人め、なんだか遠慮がなくなってきたな。
俺は、横でぼーっと立っているメイに声をかけ、その場を後にする。
ミシアに出した手紙はもうそろそろ届く頃だろうか。
……春になったら、帝都に行って、そのあと連合国へ。うまくすれば意外とすんなり帰れるんじゃないか? 日本に。
俺は遥かな日本に、そして自分の家族に思いを馳せる。……まぁ、この調子なら帰った後も大変そうだけど。
次回、辺境編エピローグ




