39 辺境冒険者編16 そんなの混沌じょのいこ
それで、と、エリーは居住まいを正し、シルビアに向き直る。
「トアの魔法の事です。誰に教わったのかと尋ねたら、オババという人だと」
エリーは真剣な顔でシルビアに問いかける。
「ああ、トアには才能がある。だから教えるのもつい楽しくなっちまってね。アタシら亜人種に伝わる古い魔法も一通り教えたよ」
「トアの使う魔法の中に、私たちが干渉魔法と呼ぶ魔法があります」
「ふむ。干渉魔法、……その呼び名はきいたことがないね」
「この世界の摂理に干渉する魔法。世に混沌をもたらす、混沌魔法とも呼ばれていますが……。そうですね、有名な所では転移の魔法などが干渉魔法とされています。あとは、ハルの……、古竜の飛行魔法や人化の魔法などがそうです。つまり、この世界の法則に干渉して書き換える魔法です」
「ふむ」
「えーと、どういう事?」
ここで少し気になったので聞いてみる。精霊魔法とか古代魔法とかはきいたけど、俺からすればどれも同じというか、不思議パワーで不思議なことが起きているという認識だ。エリーはこれに答えてくれた。
「そうですね。通常の魔法は空気中の魔素や自らの魔力を変化させて火を出したり水を出したりします。魔法の使えないイチロー様から見れば不思議なことのように見えるでしょうが、あれはこの世界の法則にしたがっているのです。しかし、時間や空間、存在に干渉する大魔法は通常の魔法とは別物なのです。真の魔法とでもいいましょうか。……例えばハルの人化の魔法。ハルはあの巨体から小柄な人型に変化しました。幻術などではありません。姿はもとより、重さも変化しています。ではあの大質量はどこに消えたのでしょう。あの魔法はハルの存在自体の書き換えを行っています。人化の魔法を使ったハルは最初から人型だったことになっているのです。簡単にやっているようですが実はとても高度な魔法で、しかも世界の法則に喧嘩を売っている魔法なのです」
エリーはシルビアに向き直り言葉を続ける。
「トアの魔法はすべて、通常の精霊系魔法ですらが、世界の摂理に干渉しているようです。〈原種〉が、魔法やスキルなどに優れた才能を発揮するのは知っていましたが、あの子の魔法の才能は異常です」
「……それで、何が言いたいんだい?」
エリーは少しだけ俯いて、一度息をつく。しかし、またすぐにシルビアの方を向いて告げた。
「私に、あの子を、……トアを弟子にする許可を頂きたいのです」
その言葉を受けてもシルビアは特に何も言わなかった。エリーは続ける。
「私の知識を伝え、指導をすれば、あの子は紫炎の、……もしかしたら黒炎の領域にすら至るかもしれません。それほどの逸材です。歴史に名を遺すゴブリンになるでしょう。……世界の敵として」
シルビアは何も言わない。何か考え込んでいるようだ。
「干渉魔法は世界を壊す魔法です。揺らぎを生み、揺らぎは歪みへ、歪みは蓄積し、やがて揺り返しとなってこの世界に混沌をもたらすとされています。そして、干渉魔法を使うものは、一部の者からは蛇蝎のごとく忌み嫌われます。この世界の敵として」
「……聖王国の連中だね」
「はい。私の魔法の知識の中には干渉魔法も多く含まれます。理論を理解していても難度が高すぎて、私自身が使うことが出来ない魔法も、トアならいつか使えるようになるかもしれません。そのような知識の伝承は、魔法を行使する者にとって、望外の喜びに他なりません。しかし、それを行う事よって、聖王国に在る一部の者達から疎まれ敵対視されることもまた確実なのです」
シルビアはエリーの話を聞き、しばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「それは、いまさらだね。トアがこの村を出ると言い出した時から、程度の差こそあれ、そうなることはわかっていたよ。アンタがよければその知識とやらをあの子に教えてやっておくれ。それに、もともとゴブリンは亜人種の中でも混沌の勢力寄りさ、……最近はそんなのも忘れていたけどね」
シルビアはそう言ってお茶の準備を始める。それを見たメイが手伝いを申し出ていた。
「アンタ、あのときの自動人形だね? アタシを覚えているかい? 十年前の調査の時に会ったことがあるんだが。……ああ、そうか、今は私の見た目が変わっているのか、じゃあ、わからないね」
そう言って笑っているシルビアを見て、メイは首をかしげていた。そんな様子をなんとなく見ていると意外な所から声がかかった。
『イチロー、少しいいか? 口を貸してくれ』
タマムシが俺に声をかけてくる。俺はそのことをエリーとシルビアに告げる。
「はじめまして、と言うのは少し変な感じだな。貴方のことは前から知っているから。イチローが世話になった。今はタマムシと名乗っている、イチローにつけてもらった名前だ」
見た目も声も俺なのだが、急に変わった雰囲気に少し戸惑いながらシルビアは言葉を返した。
「アンタがそうなのかい? 名も忘れられた混沌の神。……多くの魔物たちや、私たちゴブリンやオーク、リザードマンなどの混沌側の亜人種は大元をたどればアンタから生まれたとされていると、……麓の遺跡に記してあったってミシアに聞いたよ。最後の遺跡調査の時に枯れた地底湖の底でミシアは何かを採取していたが、それがアンタで巡り巡って今ここにいる。なんだか妙な感じだね」
「そうだな、そのエルフの魔女が遺跡から私を持ち出さなければ私は今ここにはいないだろう。そして、私は世に混沌をもたらすために、世界の管理者によって生み出されたもの、ということになっている」
「管理者、……そんなものが本当にいるのかい?」
「わからない。私も会ったことはない、と思う。体のほとんどを失ったので記憶がないのだ。……私はこの世界のアニマに還るつもりだったから」
「お母様、その理由はおわかりになられたのですか?」
「ああ」
そいうと、俺の口を使ってタマムシは説明を始めた。
タマムシは、この世界の黎明期に世界の管理者によって生み出されたという。その辺りのことは曖昧でよくわからいが、とにかく、この世界に混沌をもたらすという目的で作られた存在だそうだ。
「世界は水と同じだ。安定しすぎると進歩が止まり腐敗を始める。私たちはそれを防ぐために世界をかき混ぜるティースプーンのようなもの。しかし、世界が混乱しすぎてもまた進歩は止まる。要はバランスなのだ。そうやって、秩序の勢力と混沌の勢力は連綿と争い続けてきた。そして古竜種の連中もまた、管理者によって作られた存在だ。彼らは中立、バランサー。その時の情勢で劣勢の方に味方する。彼ら自身は自由意志で行っているつもりなのだが、だいたい自然とそうなっている」
エリーが古竜種のことをどっちつかずの日和見主義と言っていた理由はこれだったのか。会話の内容がようやく理解できた。
そして、タマムシがアニマに還る。つまりこの世界に漂う魂のような存在に昇華しようとしていた理由なのだが。曰く、人間が現れたため、だそうだ。意味がわからなかったのでよく聞いてみた。
「人間は昔からいたのだが、ここ数千年でだいぶ数が増えた。そして、人間こそが究極のバランサーだとわかったのさ。人間は陽と陰、秩序と混沌、どちらの性質も持っている。この世界にほどよく秩序を求め、混沌をもたらす。人間がいれば、この世界の進歩が止まることは無い。私の役目は終わった。私のような旧世代の遺物はもう必要ないと感じたのさ。それで消えてしまおうと思ったようなんだが……。馬鹿みたいに永くこの世に在って、その上、アニマに還ってまだこの世界に在ろうとするなんて、私はよっぽどこの世界のことが気に入ってたんだな」
あのさ、そんなこの世界の神様みたいなのが、俺なんかと一緒に日本に行っていいのか?
「この世界に私はもう必要ないしな。それに、今の私はタマムシだから。新しい名前で新しく生きたい。……私に名前をくれたのがお前でよかった。力を望まずに和を求める。確かに甘っちょろいかもしれんが、私もそんな風に生きたい」
えっと、ごめん、結構適当に付けた名前だったんだけど。ホントに良かったの?
「それが良かったのさ。エリーも言っていたように、私たちは名前や周囲の思いの影響を受けやすい。そうあれと願われれば、そう在ってしまう。そういう存在。……何の願いもこもっていない、ただ呼びやすいように付けた名前、タマムシ。酷い名前だ。でも、そのおかげで私は私のままでいられた。それどころか古い私から解き放たれて、新しい存在になれた気がする。それに、呼びやすくっていうことは、仲良くなりたいってこと。イチローのその気持ちは……とても嬉しかったんだ」
あの、ごめんな。別のにしてくれって言ってくれればもっと真剣に考えたのに。でも、とっさの思い付きで付けた割には、可愛くていい名前だと思ったんだけど。
「ああ、そうだな。いい名前だ。私も気に入っているよ」
いつのまにか、俺とタマムシが話し込んでしまった。今の俺の声はエリーとシルビアには聞こえていないので、変な感じに聞こえたかもしれない。でも、二人とも思うところがあったのか、何も言わなかった。
そのあと、エリーの身の上や、ハルとの出会いと名前を付けた経緯を話す。これもただ呼びやすいように付けたといったら、二人とも呆れていたが。あとはミラの妹の治療が終わった話や、お屋敷での暮らし、日本に帰るための今後の展望などを話していると、そとからトアとハルが呼びに来た。今日の朝にハルが獲ってきた〈クレイジーボア〉の肉が焼けたので、食べようという事だった。
村の広場で解体した肉をどんどん焼いている。村中のゴブリンが集まってきている。〈クレイジーボア〉は牛ぐらいの大きさがあるので、肉の量は十分だろう。しかもこの時期に新鮮な肉を得るのはなかなか難しいらしく、ゴブリン達も嬉しそうにしている。
「美味しい! 焼いた肉ってこんなに美味しかったんだ。もっと獲ってくればよかったかな?」
「ハルが獲ってきたんだからどんどん食うです。みんなもハルにお礼を言ってから食うです」
トアも串に刺した肉にかじりついている。
「ハルさんありがとう! たべていい?」
何人かの子供たちはトアに言われた通りハルにお礼を言っているのだが、ハルはよくわかっていないようだった。
「トア、僕はゴブリンの言葉がわからないから、みんなにどんどん食べてって言ってよ。もし足りなかったらまた獲って来るから。」
そんな様子を見ながら、俺もハルの横に腰を下ろす。するとトアが焼けた肉の串を持ってきてくれた。ハルとトアに礼を言って肉をかじっていると、ゴブリンの子供たちが集まって来る。
「フチ、竜に乗って飛んできたって本当?」
「竜はどこにいるの? 外で待ってるの? 寒くないのかな?」
挨拶もそこそこに竜のことを聞いてくる子供たち、その中には当然マシュもいる。
「となりにいる、この角の生えたお兄ちゃんが竜だよ。いまは人の姿に化けてるんだ。名前はハルっていうんだけど、友達になったんだ」
「うそだー!」
「竜って、この前森に現れた竜? フチがやっつけたんでしょ?」
そんなことを子供たちとわいわい話していると横のハルが声をかけてきた。
「なんの話?」
さすがに自分のことを話していることはわかったのか、ハルは俺に尋ねてくる。
「竜のことを聞かれたから、ハルのことを教えたんだけど信じてくれない。あ、友達になったって言ったけどよかったかな?」
「友達かぁ、僕としてはイチローのことをご主人様みたく思っているんだけど。古竜族にとって、戦いに負けて名付けを受け入れるっていうのはそういうことなんだけどね」
やっぱりそんな感じなのか。ここはきちんとしておくべきかな。
「ハルの逆鱗にナイフを刺したのは俺じゃないし、罠を考えたのは俺だけど、作ったのはゴブリンやドワーフの皆だよ。俺自身は全然強くなんかないんだから、俺に従うってのは変だと思うけど」
「それを全部含めて、イチローの強さだと思うけど。ただイチローが僕のことを友達だと思ってくれてるのはうれしいよ。それと、つがいの件も考えてほしいかな」
「それは、どうだろう、もっといい相手がいると思うけどなぁ。同種のほうがよくない?」
「うーん、やっぱりそうかなぁ。あ、そうだ、僕のこと竜だって信じてない人にはあとで変身して見せてあげるって言っておいてよ。肉を食べ終わったらいつでもいいよ」
ハルは肉を食べたあと、トアに言って子供たちを集めさせ、本当に竜の姿に戻っていた。最初は何故かトアが自慢げな顔をしていたのだが、小さい子供たちが泣き出してしまい、慌てたトアがハルに頼み込んで子供を背中に乗せてもらったり、しまいにはハルが子供たちをかかえて空を飛んだりしていた。トアとハルは夕方までゴブリンの子供たちとそんな感じで遊んでいた。
エリーとシルビアは魔法や、マンドラゴラの魔法薬のことで話がはずんだようでお茶を飲みながら楽しそうに話していた。見回りから帰ったゴブリンや見張りを交代したゴブリン達に話しかけられたりしながら、ゆっくりとした時間は過ぎて行った。何故か、途中からメイが俺の隣にずっといたのだが、この子もよくわからんな。
とりあえず、もう歩かなくていいっていうのが、すごく嬉しい。この世界にきて一番うれしいかもしれない。




