表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
りたーにんぐ!  作者: 消しカス
4/177

7 ゴブリン村編3 魔の森へ

 

 準備をすませ、村の門の前に来る。準備といっても籠の背負子と途中で食べる食料、つまり弁当くらいのものだ。


 村は二メートルほどの造りの荒い柵に囲まれている。北側と南側に門があり、柵には長老の魔物除けが施されている。魔法的な魔除けみたいなものと、魔物が嫌う匂いを出す薬草を煎じた液が塗ってあったりするが、この魔物除けも気休めでしかない。特定の魔物には効果が無い上に、空を飛ぶタイプの魔物には、柵すら意味が無い。そのため村には三ヵ所ほど見張りの櫓があり、昼夜問わず見張りのゴブリンが立っている。


 森は村の北にあるので、今俺は北門に来ている。


「おぅ、トアとニンゲンじゃねぇか」


 見張りの櫓の上から声をかけられた。


「外に行くのか?」


「はい、薬草を採りにいくです」


「そうか、気を付けてな、ニンゲンも死ぬなよ」


 言いながら、滑車を回し、跳ね上げ式の門を上げる。


「大丈夫です、弟子は師匠がまもるです」


「おぅ、そうだったな」


 逆光で見えづらいが、見張りのゴブリンはニヤリと笑ったようだった。俺はゴブリンに軽く会釈して先を行くトアを追いかける。


 トアは長老ゴブリンと一緒に暮らしている。もともと森で拾われてきた子だという。森の大木の虚でスヤスヤ寝ている赤ん坊を、狩りをしていたゴブリンが発見し保護したのだそうだ。ごく稀にそういう生まれのゴブリンがいるらしい。


 長老の説明では、奇跡のような確率だが、濃い魔素だまりに漂うアニマ……魂のようなもの? が融合し陽の気に触れれば、妖精や精霊に、陰の気に触れれば、子鬼や小悪魔になるとされている。とのこと。本当はもっと詳しい説明を受けたのだが、半分も理解できなかった。しかし、そのように魔素から直接産まれた者は〈原種〉と呼ばれ通常の種より高い能力を持つ。強力なスキルに目覚めたり、魔法に高い適正があったり、身体能力が異常に高かったりする、ということだった。


 ゴブリンの〈原種〉であるトアは他の子供ゴブリンと見た目も少し違う。長老が弟子として育てているので、粗末な扱いを受けるわけではなかったが、〈原種〉は希少なため周囲のゴブリンも接し方が分からず、若干の距離を置かれたりしたらしい。まだ多感な子供だ、親や家族がいないこともあって寂しそうすることもあったようだ。


 しかし、俺がトアに弟子扱いされるようになってから、彼女は笑顔が増えたと長老ゴブリンは言っていた。

 そのおかげかどうかはわからないが、周囲のゴブリンの俺に対する態度もずいぶん柔らかくなった。俺も特に問題があるわけではないので、弟子という立場を甘んじて享受している。


 ……いや、問題はある。

 

 トアは俺を、見学だとか魔法の訓練だとか、ことあるごとに村の外に連れ出そうとする。

 “村の外”はヤバい。通常、大人の雄ゴブリンでも1人では出歩かない。最低2人、もしくは3人。村共用の大きな畑も村の外にあるが、農作業の際にも常に見張り兼護衛の雄ゴブリンがついている。畑は南門のすぐそばなので、何かあればすぐ村に逃げ込むという段取りになっている。


 この村から南東に5日ほど歩いた距離に人間の町があるらしいのだが、長老曰く「アンタひとりなら村の外で、半日生き延びたら上出来だね」とのことであった。


 実際に見た魔物や魔獣は、まず〈土狼〉という狼の魔獣の群れ。俺が遭遇したときは6匹ほどの群れだったが、多い場合は十匹から二十匹で群れたりするらしい。

 たいていの場合飢えているので、出会ったらまず襲ってくる。ゲーム的に言うとアクティブモンスターだ。トアは拘束の魔法と風の魔法であっという間に殲滅していた。ちなみに俺は一対一でも余裕で殺されると思う。

 他にも〈朱頭熊〉という三メートル近い大きさの熊の魔獣や、〈斑猪〉という牛くらいの大きさの猪の魔獣。

 一番怖かったのが、南の荒野に薬草採取に行った際に出会った〈大口ビッグマウス〉だ。見た目はでっかい芋虫の魔物で、俺が見たやつは直径一メートル、全長十メートルくらいだったか。もっと大型の個体もいるらしい。目や鼻は無く、名前の由来である大きな口はヤツメウナギのような口で、その口の周りに多数の触手が生えている。突然地中から顔を出し、口から毒気を吐き、触手から電撃を放つ。獲物を毒や電撃で痺れさせゆっくり丸呑みにするという、大辺境の魔物の中でも、一際、恐れられている魔物だ。

 他の魔獣や魔物は魔法で危なげなく撃退したりやり過ごしたりしていたが、この魔物だけはさすがのトアも即時撤退していた。曰く「危険なうえに手間がかかるです、毛皮とか肉とかがとれるわけでもないです」とのこと。なかなか死なない上に、ある程度ダメージを与えると地中に逃げ込んでしまうので倒すことも難しいらしい。

 〈大口〉は、通常は南の荒野か砂漠に生息しているが、ある日、はぐれの個体が村の畑のそばに出現し、長老の魔法と村の雄総出で退治したそうだ。なんとか退治はしたが吐いた毒気で畑の作物がやられ散々だったとか。


 あと俺は出会っていないが、〈翼竜ワイバーン〉や〈合成獣キマイラ〉などのファンタジーでは定番の魔物も出ると聞かされた。見てみたいような見たくないような、複雑な気分だ。

 これらの魔物、魔獣は大抵攻撃的で、比較的おとなしい魔獣は〈一角兎〉や〈森大鹿〉などがいる。ゴブリンの狩人が狙っているのはこのあたりだ。だが、一応は魔獣にカテゴライズされている生き物なので、油断すると死ぬと教えれらた。怖い。


 村の北にある森は片道徒歩二時間強。あまり起伏はないが舗装されていない獣道のような小道。移動速度もまちまちなので、正確にはわからないが距離的には五,六キロメートルほどだろうか。朝早く村を出発し薬草を採取し日が暮れる前に帰ってくる予定だ。


「ニンゲン、冬の前に行商人が来るです。たくさん薬草を集めるです。今の時期しか採れないヤツがいっぱいあるです」


 トアはそう言って足早に森にむかう。


 聞いた話では、ゴブリン村には年三回ほど人間の町から行商人が来るらしい。春、夏、秋、それぞれの季節にしか取れない薬草と長老が作る薬を求めてやって来るそうだ。村にとっては外貨や塩などの生活必需品と外部の情報を得られる貴重な機会だ。


 俺は、その商人に同行して人間の町に行けないかと考えている。代価は現代日本の知識、で、なんとかならないかと思っているのだが。

 異世界人だと明かすのは危険が伴うのはわかっているが、なんとか人里に行かないとどうにもならない。一生このゴブリンの村に居るわけにもいかない。ゴブリンの長老もこの案には一応、賛成してくれた。商人に口利きもしてくれるとのことなので、何とかなるだろう。


 黙々と歩き続け、特に何事もなく森の手前の目印の大岩にたどり着く。ここから森まで歩いて三十分ぐらいだ。ここで一休みして森に入るのがいつものパターンになっている。


「ニンゲン、ちょっと早いですがメシにするです」


 トアはそう言うと、焚火の準備を始める。


 この大岩は森で狩りを行う雄ゴブリン達も休憩所やキャンプ地として使っているので、たき火の跡や、狩った獲物を運ぶための荷車などが置いてあったりする。掘立小屋というか、粗末な犬小屋みたいな道具小屋から古びた鍋を取り出し、魔法で水を出し湯を沸かす。火おこしも魔法だ。


「ニンゲン、やっぱり魔法はつかえそうにないですか?」


「そうね。せめて【浄化】の魔法は何とかしておぼえたいんだけどなぁ」


 初心者向けの魔法と言う事で、いくつか簡単な魔法を教わったのだが、まったく駄目だった。「体内の魔力を感じるのです」とか言われてもなぁ。


 教わったのは俗に生活魔法という魔法で、【種火】、【造水】、【浄化】など。【種火】の魔法は指先からライターの火みたいな炎を出す魔法。【造水】は器の中に水を生み出す魔法。【浄化】の魔法は水を浄化したり場を清めたりする魔法なのだが、体や衣服を清潔にする効果があるため、旅人には必須の魔法だと言われたのだが。うーん、【浄化】は使えるようになりたかったなぁ。そろそろ水浴びが辛い季節だし。

 余談だが正確に言えば生活魔法というカテゴリはなく、文字魔法や精霊魔法、神聖魔法の中から生活に根付いたものが、生活魔法と呼ばれている、と、トア師匠の魔法教室で習った。

 魔法としての理屈は理解できなくても、やり方と手順がわかれば比較的に簡単に誰でも使えるのが生活魔法というものらしい。文字の読み書きができない村人でもけっこう使える者が多いるそうだ。

 現代日本で置き換えると、電話がなぜ離れた場所の声を伝えられるのか、という理屈は知らなくても、電話の使い方は知っているし誰でも使える、という感じだろうか。


 弁当として持ってきたイモと干し肉を焚火で炙ってかじる。沸かしたお湯でトアが薬草茶を入れてくれた。癖のある香りと味だが慣れるとうまい。


「うーん、〈導通の儀式〉でもやってみるですか?」


 トアが突然そんなことを言い出す。


「なにそれ?」


「魔法が使えないのは体内で魔力の流れが滞っている奴がほとんどです。偶にそれが酷い奴がいて、それは、魔力循環阻害病、エデ病と呼ばれているです。それを無理やり循環させる方法です」


 イモを両手に持ってムシャムシャとほうばるトア。小動物っぽくてカワイイ。


「無理やりって、大丈夫なの? それ」


「それで、魔法が使えるようになるのは、十人の内二人です」


「あとの八人は?」


「六人は死ぬです。あとの二人は廃人だそうです」


 言ってることは全然可愛くない……。成功率二割ってなんだよ。


「明日、試しにやってみるです?」


「……勘弁してください、師匠」


「冗談です。ニンゲンの場合、魔力の循環不良というより、単純に体内に魔力がないみたいです。儀式に成功しても魔法は無理っぽいです」


 それはそれでがっかりなのだが。


 トアはその後、黙り込んで何か考え事をしているようだった。結局そのまま休憩が終わるまで、あまり口を開くことは無かった。いつもは結構お喋りなので、少し気にはなったがそんな日もあるのだろうと特に尋ねたりはしなかった。


 休憩と軽食も終わり、森へ向かう。


 森の中で、ネズミやウサギの魔獣を見かけたが、今日は狩りが目的ではないので適当にやり過ごす。

 トアに指示されるまま、木の葉っぱをむしったり、怪しげなキノコを採取したりして、背負子の籠に入れていく。アケビやヤマモモのような果物も採っていく。村の子供たちへのお土産だ。

 ラズベリーのような見た目の赤い木の実をつまんでいると、トアが服の裾を軽く引いてきた。普段はそんなことしないので、なにかあったのかと緊張が走る。


「……〈朱頭熊〉です。しかも三匹一緒にいるです」


 うっそうと茂る森の茂みの向こう側にたしかにチラチラと影がみえる。距離があるのでわかりづらいが、トアの言うとおり〈朱頭熊〉なら三メートル近い熊の魔獣だ。しかも3匹もいるらしい。熊のような見た目だが、雄は頭皮の一部が高質化し、赤い岩で覆われたようになっている。名前の由来だ。


「あいつらは、縄張り意識がものすごく強いです。複数が一緒に居るなんて初めて見たです」


 その場にしゃがみ、小声で話す。


「えーと、……家族とか?」


「全部、雄にみえるです。この時期の〈朱頭熊〉は冬備えで気が荒いです。一緒にいるなんてありえないです。そして、普通こんな森の浅い場所には居ないはずですが……」


 とりあえず、見つからないように撤退する。目当ての薬草も十分な量が採れたし、そろそろ帰途につこうかとはしていたのだ。しかし、〈朱頭熊〉達は森の出口のほうに陣取っていたため、大きく迂回しなければならなかった。

 しばらく歩き、少し緊張が薄らいできたころ、またトアが何かに気が付いたようで声をかけてきた。 


「あれを見るです、ニンゲン」


 すわ、また魔物か? と思ったが、トアが指さしているのはただの草だった。……いや、ただの草ではなかったのだが。


「マンドラゴラです! 初めて見たです!」  


 ホウレンソウのような葉っぱで、蕪や大根のように白い根が地上に少しだけ露出している。


「乾燥したやつは見たことあるですが、生の奴は初めてみたです! もっと森の奥に生息しているってきいていたですが……、こんなところで発見するとはすごいです!」


 トアのはしゃぎっぷりに若干引きながら尋ねる。


「えーと、でも、引っこ抜いたらヤバいんだよね?」


「はい。マンドラゴラは引き抜いたとき断末魔の叫びをあげるです。それを直接聞いたら死ぬです」


 あ、やっぱり死ぬんだ。


「ふーん、で、どうやって採るの? やっぱ犬に引っ張らせるとか?」


「お、ニンゲンにしてはよく知っているです。そうです、紐をくくりつけて犬とかコボルトに引っ張らせるです」


「その犬とかコボルトって…」


「死ぬです」


 ああ、やっぱり。というか犬はともかくとして、いやいや、犬もかわいそうなんだけど、コボルトは……。この世界のコボルトっていったい。


「まぁ、マンドラゴラを発見するのがまず難しいことですし、〈亜人種解放宣言〉以来、コボルトをそういうのに使ったらダメってなったらしいですけど」


 犬はOKなんだ。


「聞いた話だと、百歩以上離れて耳を塞いで口を開けとかないとコマク? っていうのがダメになって耳が聞こえなくなるらしいです」


「それって、最初から耳が聞こえない人は平気とか?」


「マンドラゴラの声を至近距離で浴びると魂が破壊されるって言われているです。仮説では体内の魔力が極端に乱されてショックで死ぬとか、魂をアニマまで分解されるとか言われているですが、詳しいことはわかっていないです。とにかく、至近距離だと聞こえるとか聞こえないとか関係なく死ぬです」


 なにそれ怖い。


「ぜひ採って帰りたいですが……、どうしたものか、です」


 それからしばらく、あーでもないこーでもないと議論したが妙案は浮かばず。

 具体的には、長いロープや蔦で百歩以上離れた場所から引っ張る案は、ゴブリンの一歩を五十センチと計算して、百歩で五十m。まず、五十メートルのロープや蔦の調達が難しいことと、うっそうとした森の中で五十メートルはなれてロープを引っ張る、というのが現実的ではない。あとは、近くで小型の魔物をつかまえてロープで引っ張らせるという案。これはトアの拘束魔法で何とかなりそうだったのだが、拘束を解くタイミングが難しく、危険なので却下となった。拘束魔法の解除は術者が魔法を解くか、被術者が自力で拘束を解くかである。前者の場合五十メートル離れた場所からは解除は不可能で、後者の場合、魔法に対する抵抗力は個体差があり、拘束解除のタイミングが計りづらいためだ。要するにトアや俺がマンドラゴラから五十メートル以上離れる前に、拘束が解ける可能性が捨てきれない。十分な距離を取る前にマンドラゴラが引き抜かれるとヤバい。というかへたしたら死ぬ。


 そうこうしているうちに、辺りが暗くなり始めた。


「とりあえず、大岩に戻るです。明日また出直すです」


トアはそう言うと辺りから蔦を探してきて慎重にマンドラゴラに結び付け始めた。そしてそれを近くの木に括り付ける。 


「マンドラゴラは身の危険を感じると、地面から這い出して走って逃げるっていうです。……走っている姿を見たものは誰もいないそうですが」


 誰も見てないのにどうして走ってるってわかるんだ? 歩いているかもしれないじょのいこ。とかどうでもいいことを考えている間に、トアは蔦の強度と結び目を確認し、くるりとこちらに向き直り言い放った。


「とにかくです! こいつを採るまで、村には帰らないです! ニンゲンもいい方法を考えるです!」


 ……マジか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ