38 辺境冒険者編15 空の旅
その後、何度か戦闘があったものの特に問題なく、地上に戻ってきた。
辺りは暗くなったばかりの様で、遺跡の入り口近くの岩棚の陰でキャンプを張る。
「それでは、そのゴブリンの村に立ち寄るのですね?」
「ああ、村を出て、まだそんなに経ってないけど、こっちのほうに来ることなんてこの先、あんまりないだろうから」
「荷物持ちが増えましたので、移動速度は速くなると思います」
「そうだね」
焚火にあたりながら、エリーとそんな話をする。焚火をはさんで向こう側ではトアとハルが会話をしている。
「一緒に寝たぐらいでは、子供はできないです」
「そうなんだ。母様は、一緒に寝たら出来るって言ってたけど……」
「どうも、きいた話では、一緒に寝て、その上で何かをしないといけないらしいです」
「ふーん、何かってなんだろ? なんか儀式みたいな感じとかかな?」
「わからないです……。町に帰ったら、ミラにきいてみるです」
「ミラって、さっき言ってたトアの仲間だね」
「そうです、ミラはそういうのに詳しいらしいのですが、何故か教えてくれないです。たぶんもったいつけてるです」
なんだか関わり合いになりたくない会話をしているな。……さっさと寝よう。
「イチローやエリーは、教えてくれないの?」
やっぱりこっちきたー。
「すみません、ゴブリンや竜種の子作りのことは、私、あまりわからなくて。でもきっとミラさんならご存知ですよ」
「俺も、こっちの世界の生き物のことはよくわからないなぁ。俺の世界にはゴブリンも竜も概念はあったけど実物はいなかったから。でも、ミラだったら知ってるんじゃないかなぁ」
俺とエリーは適当な返事をする。博識なエリーが知らないはずはないと思うのだが。まぁ、うちのメンバーの性教育はミラに任せよう。しかし、さすがのミラもゴブリンはともかく古竜種の生殖は知らないんじゃないかなぁ。さっきから、卵を産むとかどうとか言ってるし。っていうか卵生なんだ。カモノハシか。ってドラゴンか。……さっさと寝よう。
翌朝、まだ薄暗いうちから目を覚ます。いつのまにか毛布の中にトアが潜り込んでいる。いつものことだが、俺がトアより先に目を覚ますのは珍しいので、トアを起こさないように、身を起こし、軽く身支度を整える。
「おはようございます。お茶をお入れしましょうか?」
エリーがそう声をかけてくる。その言葉に挨拶を返し肯定の返事をしたあと、ハルがいないことに気が付く。メイにお茶の入れ方を教えているエリーにハルのことを尋ねる。
「イチロー様が目覚める少し前に、なにか獲物をしとめてくると、どこかへ行きましたが……ああ、戻ってきたようです」
エリーの視線の先を見ると大きな〈クレイジーボア〉をかかえて歩いてくるハルが目に入った。
トアから借りている服が汚れないように気を使っているのか、毛布をマントの様に体に巻いている。
「あ、おはよう、って言うんでしょ? 朝起きたら」
ハルは目を覚ましている俺に気が付いたのか、そう言って担いでいた獲物を脇に下ろす。
「ああ、おはよう。朝から元気だなぁ」
「うん、イチローも食べる?」
「いや、今はいいかな」
寝起きに猪肉はちょっと。と、そんなやり取りをしていると、トアが目を覚ましたようだ。
「おはようです」
トアはしばらくもぞもぞしていたが、エリーからお茶をもらい、硬いパンをもそもそと食べていると、ハルから同じように声をかけられていた。
「ハル、そんなの獲ってきてどうするです? 捌くのも手間ですし、持って歩くのも荷物になるです。でも捨てるのもったいないですし……」
「ああ、僕が運ぶから……そうだ! 皆も僕が運べば早く行けるよ!」
「ハルが運ぶ? どういうことです?」
「皆が僕に乗って、僕が空を飛んでいけばいいんだよ!」
朝食と身支度を終え、とりあえず、ハルの提案を実行してみることにした。この、空を飛んで移動するという案に一番乗り気だったのは実は俺だ。竜の背に乗って空を飛ぶなんて、いかにもなイベントを体験したかったこともあるが、それ以上に、もしこれが上手くいったら、徒歩の移動から解放されるかもしれないのだ。それは余りにも魅力的すぎる。
これに反対したのは意外にもエリーだった。危険だとかなんとかいって、頑強に反対していたが、俺が土下座でもしそうな勢いで頼み込むと渋々了承していた。もう歩かなくても済むかもしれないとなると、こちらも必死だ。
そのあと、目の前で服を脱ぎだしたハルを、トアが慌てて岩陰に連れて行ったり、元の竜の姿に戻ったハルに安全に乗る方法を考えたりと色々あったのだが、とりあえず、準備は整った。
「いいですか、ハル、あまり高く飛ばないこと、ゆっくりですよ。ゆっくり!」
エリーは色々と言っていたが、どうも高いところが怖いらしい。
「どうやら、エリーゼは高いところが苦手だったようです。五百年この体ですが知りませんでした。……これが恐怖というものですか」
「僕も空を飛ぶのは三百年ぶりぐらいかな」
「え!? やはりやめましょう! そうです、練習! ハル、一度練習をしましょう!」
「えー? そんなに縛り付けて固定してるんだから、大丈夫だって! いくよー!」
巨大な竜の姿のハルはそう言うと、長い翼を大きく羽ばたかせる。二、三度羽ばたくとふわりとその巨体が浮き上がる。ゴブリンの長老は、古竜種の飛行は魔法的な力によるものだと言っていたが、なるほどと思ってしまう。この巨体が宙に浮きあがるのはものすごく不自然というか、明らかに物理法則に反している。まぁ、魔法のある世界で今更なんだけど。
ハルも言っていた通り、俺たちの体はエリーの糸でハルの体の背びれの様な突起にある程度固定されている。荷物もハルが両手に持ったり、シッポに括り付けられたりしている。
ハルは数回羽ばたいただけで、あっという間に上昇していく。結構な高さまで上昇し、軽くその場を旋回する。
「これは……ハルー、いったん降りてくれるかー!」
「いいけど、どうしたのー?」
ハルは飛び上がった時と同じように大きく羽ばたきながら着地した。
「……いい感じなんだけど、寒すぎて死ぬ」
寒さ対策を忘れていた。こう、なんていうか、魔法的な力で搭乗者が守られるなんてことは当然ない。そして、トアの魔法で空気の障壁みたいなやつとか、そんなのでなんとかならないかと思ったのだが、俺やトアを守るように風を完全に遮断する規模で魔法を発動すると、今度は竜の飛行魔法に干渉するらしく、小規模にしか発動できないらしい。つまり、息がしやすいように顔の周りを守るくらいの規模でしか使用できないとのことだった。
エリーがここぞとばかりに、計画の変更、つまり徒歩による移動を進言してくるが、当然却下だ。俺は諦めない。目の前に高性能のオープンカーがあるのだ。あの距離を歩くくらいなら、俺は、真冬の雨の中でもオープンカーでの移動を選ぶ。もう歩くのはうんざりなんです。
防寒を強化し、トアを懐に抱き、万全の態勢を整え、再び空へと舞いあがる。トアが魔法で顔の辺りの風を防いでくれるだけで、先ほどよりも全然快適だ。
ハルはその場で大きく旋回し、特に問題がないことを確認すると、一気に速度をあげてゴブリンの村を目指す。景色のほとんどが雪景色なのだが空からの景色はすばらしい。途中、森の手前の大岩の近くの大穴、つまり、ハルとの戦闘の舞台になった場所の上で、スピードと高度を落とし一度旋回すると、また高度を上げて飛ぶ。
遺跡からゴブリン村まで普通に歩くと二日から三日かかる距離なのだが、あっという間に到着した。村の手前で降りて、あとは歩く。その前にエリーが腰を抜かしていたりして少し時間を食ったのだが。
当然、村の門の所にはゴブリン達が武器を構えて並んでいた。弓を構えているゴブリンもいるので、離れた場所から手を振って声をかける。すると、一団のなかから、小柄なローブ姿のゴブリンが進み出る。その姿を見てトアが駆け出して行ったが、手前で歩みを止めてしまう。何かに戸惑っているようだ。気になったので、俺も少し足を速める。近くまで来てみるとトアが何に戸惑っているのか俺にもわかった。ゴブリンの長老だと思っていた人影は、見たことがないゴブリンの少女だった。
「お前、誰です?」
「あー、やっぱりわからないかい? トア、アタシだよ」
そういってニヤリと笑ったゴブリンの少女はトアとそう変わらない年齢に見えた。周りに立っているゴブリン達は苦笑いをしている。
「長老のシルビアだよ」
そのあと、村の中に案内され、お互いの近況を報告しようということになった。しかし、まず一番最初の話題はなんといってもこれしかない。
「その姿はどういうことです? 本当にオババなのですか?」
「やっぱりその話かい? こっちだって聞きたいことがあるんだけどね」
そういって、長老は俺達一人一人に目を向ける。確かに、先に紹介だけでもしたほうがいいかと思い、一人ひとり紹介していく。
「フチ、アンタは……、いや、そうだね、先にこっちの話を片付けよう。この姿のことを聞きたいんだろう?」
自称長老の言葉にトアは激しく頷いている。癖毛のオレンジの髪を後ろで結い上げ、少しつり目の目つきのきつい少女が語りだす。
「といっても、アタシの話なんてたいしたことないよ。せっかく生マンドラゴラがあったから、若返り薬を作ったんだけど、どうも分量をまちがえてね。こんななりになっちまったのさ」
「あの、すいません、もうちょっと詳しく……」
というわけで、もう少し詳しく聞くと、古竜のハルとの戦いで、切り札として使われたマンドラゴラだが、取れたての新鮮なうちにしか作れない薬がいくつかあるらしい。そのうちの一つが若返り薬ということで、実益と知的好奇心を満たすために作成したそうだ。そして実際に服用したが、思ったよりも効果があり、子供の姿になってしまったらしい。
「はぁ。ドルフになんて言われるか、わかったもんじゃないよ。……まぁ、アタシの話はいいんだよ。問題なのはアンタの連れさ」
そうだな、どこから話せばいいのか。とりあえず、最初から、タマムシのことから話そう。それに、混沌の使徒とか、タマムシがあの遺跡で眠っていた理由とか、俺も聞きたいことがいくつかあるしな。
「えーと、じゃあ、ホントに最初から話しますね」
その後、しばらく俺の説明が続くのだが、事情を知っているトアは話に飽きたのか、途中でハルを連れて外に遊びに行ってしまった。よくわからないがあの二人いつの間にか仲良くなっている。まぁ、仲がいいことに越したことは無いんだけど。
話を聞き終わった長老、……この姿で長老はないか。長老改めシルビアは頭を抱えていた。
「じゃあ、そこのエリーって人は昔話に出てくる混沌の使徒で、アンタの頭の中にはその生みの親が住みついてる。そして古竜に名前を付けただって? ……アタシは頭がどうにかなりそうだよ。それ全部ミシアの仕込みだってのかい?」
「いやあ、どうでしょう。あれは意図してる風じゃなかったですけどね。それに町でエリーに会ったのも偶然ですし、ハルの件だって。あ、ただ、ハルが森で暴れたのは、元を正せばミシアがこの自動人形を忘れて行ったせいですけど」
部屋の隅でぼーっとしているメイを指差す。
「偶然だっていうのかい? このメンバーが。そのエリーゼって人は、アタシの聞いた話が間違いじゃなければ、辺境の魔人って呼ばれている人だろう。そんな人と幼体とは言え古竜を配下にして、それにトアだって……、あんた世界をひっくり返す気かい?」
「ええ? そんな配下って人聞きが悪い。トアは一緒に行く仲間だし、ハルはパートナーを探すついでについてくるだけでしょ。エリーはタマムシと知り合いだからだし、タマムシは……友達? たいたい俺は日本に帰りたいだけなんですけど」
シルビアは俺の話を聞いてため息をつく。そのシルビアにエリーが遠慮がちに声をかける。
「あの、それでは、あなたがトアの魔法の師匠のオババさんですか?」
「ああ、魔法の師匠というより育ての親だね。名付け親でもある」
「……トアの名前にどんな意味を込めたのか、きいてもよろしいでしょうか?」
「うちの氏族の古い言葉でね。トアリサリス……“聡明”“勇敢”そして、“幸福に満ちる”って意味がある。そう在ってほしいと付けた名だが、はてさて……」
シルビアはそう言って俺の方を見る。エリーも俺の方を見て微笑む。
「まさしくその願い通りに、トアは聡明で勇敢な女の子です。あと一つの意味もきっと叶います。そうですね、イチロー様」
えーと、あれ、外堀が埋められていく?




