36 辺境冒険者編13 冒険パート2
「ハル? ……僕の名前?」
少年は少し驚いた顔で、こちらを見ている。
「えーと、君の名前の意味は、春を告げる人、とか、春を呼ぶ者、って意味だから、ハル。……竜の言葉の名前は人間には発音しずらいからね。とりあえず、今だけでもそう呼んでいいかな? 嫌なら別のを考えるけど」
少しの間だけなら、君とかお前でもよさそうだけどな。
「ふーん、そうか、だから人間の町でもうまくいかなかったのかなぁ。……でも、本当は、・・・・・、・・・・・・・っていうんだけど」
うーん、やっぱり唸り声にしか聞こえないけど、えーと、“銀槌山脈に春を告げる者”ってところかな。ふむ……。
「じゃあ、……ハル・シルバーメイスってどう? かっこよくない?」
今、即興で考えたにしては、我ながらいい出来だ。
「うん、なんかかっこいいかも。……じゃあ、僕のことハルって呼んでいいよ」
少年はニッコリと笑って了承した。よくみると、角はともかくとして、可愛い顔をしている。ガンメタっぽい色の短い髪のせいで少年だと思っていたが、顔だけ見ると女の子みたいな顔つきだ。まぁでも自分のことを僕って言ってるし、男で間違いないんだろうけど。
「ところで、これ、ほどいてほしいんだけど」
少年は相変わらずもぞもぞと体を動かしている。
「あー、うん、ちょっと待ってな」
今度はこっちの説得か、と思いながらエリーを見ると、俺が何かを言う前に少年の……ハルの拘束を解いてくれた。
「どうなさるのです? 名付けまで行って。まさか飼うおつもりですか? 私はそんなトカゲを飼うのは反対なのですが」
少し呆れ顔で文句を言ってくる。いや、飼うって。
「あなたもそれでいいのですか? 簡単に名前を受け入れて、古竜族の誇りのようなものはないのですか?」
今度はハルに向かって小言を言い始めた。
「誇りって言ったって、僕はこの人に一度殺されてるし、あのえげつない罠や仕掛けを考えたのもこの人らしいから、二回も殺されたようなようなもんだからね。古竜族は基本的に強い者は好きだから……名前を受け入れいるぐらいは全然たいしたことじゃないと思うけど」
「私たちのような存在が、名付けを受け入れることの意味ぐらい、幼体のあなたでも知っていることでしょう。……そんな風だから古竜族はどっちつかずの日和見主義だとかいわれるのです」
「……そういえば、アンタ人間じゃないみたいだね。……もしかして混沌の使徒? うわー初めて見た。まだこの世界にいたんだね」
「不愉快です。この感情も久しぶりですね。……トカゲ風情が、その口縫い合わせますよ?」
「へぇ、感情があるんだ。母様は、使徒ってのは人形みたいな連中だって言ってたけど、……それで僕をどうするって?」
……なんだかヤバい雰囲気になってきている。漫画だったら背景にゴゴゴゴとか効果音が書かれてる感じだな。
「待って、ストップ! 穏便にいこう。荒事は嫌いなんだよ。エリーも頼む。ハルもお願いだから、な?」
俺は慌てて二人の間にわって入る。
「しかたありません。イチロー様がそうおっしゃるのであれば。……命拾いしましたねトカゲ」
「ねぇ、僕もアンタのことイチローって呼んでいい?」
「あ、ああ、そりゃ、べつにかまわないけど」
「イチロー、こっちで飯にするです。その二人はほっとくです。やりたいようにやらせておけばいいのです」
トアの声がしたのでそちらに目をやると、火を熾し、食事の準備をしている。たしかに腹はへったが。
「えーと、とりあえず、皆でお茶でも飲んで落ち着こう。ハルもどうだ。温まるぞ」
あー、話が進まん。
そのあと、焚火を囲んで自己紹介することになった。エリーとトア、俺の順に自己紹介して、ハルの番になった。
「さっきイチローにつけてもらったんだけど、ハル・シルバーメイスだよ。ハルって呼んでいいよ」
「先ほども言いましたが、本当にいいのですか?」
「うん、なんだか気に入ったしね」
エリーがやけにこだわるので、理由を聞いてみる。
「私やこの古竜のように、アニマに近しい者にとって、名前とは重要なものなのです。名付けを行うものが、かくあれかしとの願いを込めて行うもの。アニマに近い者ほどその影響を受けるのです。そして、私たちの様な存在が、自ら新しい名前を受け入れるというのは重要な意味を持ちます。名付ける者の思いを受け入れるという事ですから、その者と、主従の様な関係になることを受け入れるという事です。……主従とは少し違いますね。なんというか、魂の友といいますか……。うまく言えませんが、名をつけ、それを受け入れ、周囲が容認したとき、両者には断ち難い絆が生まれるのです。……ですから、ハルのこともそうですが、イチロー様がお母様に新しいお名前をお付けになり、それをお母様が受け入れ、私やトアにそう呼ぶようにおっしゃったことに、私はとても驚きました。……いまさらですが、イチロー様、あなたはいったい何者なのですか? その脆弱な肉体は擬態なのでしょうか?」
……言えない、適当に付けたなんて言えない。うーん、そんな重要なことなら、なんで受け入れたんだよ。……わからん、何者って言われても、いまさら俺に隠し設定なんて無いけどな。というか、それは受け側の問題でしょ。しらんがな。と言いたい。
「まぁ、それは今は置いておきましょう、ハル、あなたはこれからどうするのです?」
俺が黙ってしまったので、エリーはハルに声をかける。
「イチロー達は中に行くんでしょ? とりあえずそれに付いて行きたいんだけど」
そのことに反対するものはいなかったので、皆でいくことになった。まぁ、その前に飯だな。
炙った干し肉と、硬いパンとお茶だが、温かいお茶はありがたい。ハルはお茶や干し肉を珍しそうに見ている。トアは特になにか言うわけでもなく、お茶と干し肉を皆に渡していく。エリーはお茶だけでいいそうだ。
「うわ、これおいしい、始めて食べた。何の肉? ねぇ何肉? ……これお茶っていうの? この熱いやつもおいしい!」
「それは良かったです。でも、ハル? お前臭いですよ。なんだか生臭いです。浄化は使えないです?」
「ああ、この毛皮かな? いやあ、下は裸だからさぁ、僕は別に裸でも平気なんだけど、人に見られたら頭がおかしいと思われるだろ? ……思われるよね?」
「お前、それ生皮じゃないですか!、どうりで生臭いはずです。そんなもの脱ぐです。わたしの予備の服を貸してやるです」
「あ、そう? じゃあお願いしようかな」
「ちょっと、こっちにこいです」
そう言って、トアはハルを岩陰に連れて行く。
「わ、お前、裸ってパンツも履いてないです?」
「パンツってなに?」
「……ちょっと待ってろです」
岩陰から聞こえてくる二人の声をききながら、エリーがため息をついた。
「イチロー様が拾ったんですから、きちんと面倒見て下さいね?」
そんな犬猫拾ったみたいにいうなよ……。
着替えをすませたハルはまるで女の子みたいな恰好になっていた。襟元にフリルが付いた白のシャツに下は脛までのズボン。足は裸足だ。まぁ、トアから服を借りたらそうなるわな。顔がかわいいのでこの格好だと女の子にしか見えない。
「パンツはイチローのを貸したです」
……あ、そう。べつにかまわんけど。というか、だいぶ時間を食ってしまった。
「じゃあ、腹も膨れたし、遺跡探索といきますか!」
「そうですね。内部の構造は大まかに覚えていますが、気を付けてください」
そういって、エリーはどんどん進んで行く。その後ろに俺とトア、最後尾にハルがいる。
入り口のアーチを潜って、入ってすぐの所は、古代の神殿の様な趣きでとても広く、天井も高くてちょっと圧倒されてしまった。
「ここに遺跡があるのは知っていましたが、入るのはわたしも始めてです」
トアも少し緊張しているようだ。明かりの魔法で辺りを照らしながら進む。
途中、でかいムカデの魔物や中型犬くらいの大きさのネズミの魔獣なんかが出たが、エリーがまさに鎧袖一触といった感じで瞬殺していた。虫系の魔物は糸で首を落としたりしていたが、動物系の魔物は絞め殺していた。少し気になったのできいてみると、血の匂いで他の魔物が寄ってきても面倒だから、という返事が返ってきた。
途中から通路も細くなり、天井も三メートルほどの高さになって、なんだか少し入り組んだ印象になってきたのだが、エリーは相変わらずどんどん進んで行く。
何度か階段を降り、進んで行くと石組みだった壁が手彫りの岩壁になり、いつしか天然の洞窟に変わっていた。
「もう少し進むと、大空洞と呼ばれる場所に出ます。その手前で一度休憩しましょうか」
たしかにもうかれこれ三時間ほど歩いているような気がする。その間の戦闘はすべてエリーが行い、トアは不測の事態に備えて警戒をしていたようだ。事前に二人でそう決めていたらしく、俺には特に相談もなかった。……別にいいんですけど。
特に何事もなく休憩も終わり、そのまま進む。すると視界が開け大きな空間に出た。ここがさっき言ってた大空洞か。
トアが明かりの魔法を上の方に飛ばしてくれたので全体が見渡せるが、広すぎて明かりが届いていない場所がある。天井も暗くてよく見えない部分があり、なんかちょっと怖い。
「ここで、道が大きく二つにわかれます。一つは洞窟の最奥、混沌の泉があった場所。……今は枯れていますが。そしてもう一つが、山脈の中腹の出入り口につながる洞窟。ハル、あなたの寝床もそちらではないですか? あとはこまごました通路があるのですが、どれも行き止まりです」
歩きながら説明していたエリーはふと足を止める。
「たしかにハルが言う通り魔物がいませんね。ここには大型のワイバーンやキマイラがいるはずなのですが」
そういって、辺りを見回している。
「あ、だれかいるです!」
トアがそういって指差す方向を見ると、小柄な人影がこちらに近づいてくるのがみえた。
「あ、あいつだよ、僕にブヨブヨを付けたやつ!」
その人影を見たハルが俺の腕を掴みながらいう。
「とりあえず、無力化しますね」
エリーはそう言うと糸を飛ばし、その人影を拘束した。スキルの糸で縛られたその人物は、特に抵抗する風でもなく、その場でじっとしている。
「気を付けてください。こんな魔物この洞窟でみたことはありません」
こんな洞窟の最奥に一人でいる時点で、普通の存在じゃない。警戒しながらゆっくりと近づいていく。
最初は女の子だと思った。青みがかった黒髪が少し乱れているが肩口で綺麗に切りそろえられている。そして何故かメイドの格好をしていた。ただ、近づくにつれて違和感が増してくる。こんな場所でメイドの格好のせいかとも思ったが、そうではなかった。
「おかえりなさい、ますたー」
その人影は俺たちに向かってそう言葉を発した。
「自動人形のようですね。敵意は無いようですが、なぜこんな場所に?」
「ますたーみしあは、いないのですか? つぎの、めいれいをください」
なんか聞いたことある名前が出てきたな。




