34 辺境冒険者編11 修行パート
ミラとギルバートに、剣の基本の型を教わったりして、そこそこ充実した時間を過ごした、その日の夜。相談するためにタマムシを呼び出した。トアにタマムシとエリーのことを話しておいたいいのではないか、という内容と、帝都に行き皇帝に会わなければいけなくなったことを告げる。
『ああ、トアって、あのゴブリンの小娘だな。ふむ、イチローとエリーがそう思っているのなら別に反対はしない。説明の時に私の言葉が必要ならまた呼んでくれ』
オッケー。
『それと、昼間ミラが言っていたことだが』
うん?
『確かに、イチローがある程度、自身の身を守れるようになるのは必要だと思う。今後は特にな』
あー、やっぱそうかなぁ。でも俺、殺されんのやだけど、殺すのもやだよ。甘いとか、覚悟が足りないって言われても仕方ないけど。魔物を殺すのだって未だに抵抗があるし。
『まぁ、誰もイチローにそこまでは期待していないだろ。一秒で殺されるのを、三秒持ちこたえれば、エリーやトアが助けてくれるって話だ。即死しなければ治癒術もあるわけだしな。この体には効きが悪いが』
なるほど。
『というわけで、【思考加速】をイチローが自分で出来るように特訓しよう。最初は私も手伝ってやるから』
思考加速?
『えーと、走馬燈っていえばわかるか? ものすごく集中して景色がスローモーションみたく見えるアレだ。竜と戦った時は私がイチローの脳みその、えーと、なんか脳汁みたいなのをいっぱい出してやってたんだが、あそこまでとは言わんから』
ああ、あの時間止まるやつ。でもあれって、自分の体も止まってるっていうか、まったく動けなかったような。
『そうだな、だが、考えることが出来る。例えば、剣を振り下ろされたとき、右に避けるか左に避けるかで一瞬迷って死ぬ、とか、そういう判断ミスを無くしたり、急所に当たりそうな攻撃を少しだけずらすとか、そういうことが出来るようになるかもしれん』
まぁ、出来たら便利そうだし練習はするけど、そんなのが自由に使えたら日本に帰ったときになんか凄いことできそうだけど。
『どうだろうな? 超スローモーションになったからといって、目の前に迫った大型トラックを避けられるわけでもないしな』
それもそうか……って、大型トラックとか知ってんの?
『ああ、イチローの脳に根を張ったので、イチローの記憶を覗けるようになったのだ。そのおかげで漫画の面白さの深みが増してな。一度読んだ本もまたじっくり読み直しているところだ』
え、記憶をみられるってなんか恥ずかしいんですけど。こう、思春期の黒歴史的なやつとか。
『ああ、河原で拾ったエロ本をイチローが……』
やーめーろー!おい、てめぇ、ふざくんなよ。
『冗談だよ、イチローがホントに見られたくない記憶はなんとなくわかるから、見ないようにしている。前に言っただろ、私は私、お前はお前だ。私とイチローでルームシェアしているようなものなんだ。同居人と気まずくなったら同じ部屋に居づらいからな』
家主は俺だからな!あんまり酷いこと言ったり、したりしたら追い出すから!
『ふふふ、そう言いながら、あまり嫌悪の感情は無い。……お前変わってるな。私みたいなのが入ってきたら、普通の生き物はそりゃあ全力で嫌がるんだが』
あれ? 俺はてっきりタマちゃんが自己保身の為に俺の感情を操作してるって思ってたんだけど。
『最近はやっていない。少しだけポジティブになるよう操作はしたが、それくらいだな』
うーん。確かにタマちゃんのことは、そんなに嫌いじゃないかな。意思の疎通が出来るし、悪意も感じないし。言葉の件とか、竜の時とか、助けてもらったってのもある。……あとは、その見た目もよかったんじゃない? 思考誘導だっけ? 成功してるよ。見た目かわいいもんな。
『可愛いと言われてもな。えーと、そんなこと言われても嬉しくなんかないんだからね。……こんな感じか?』
そんな棒読みでいわれてもなぁ
『あ、そうだ、私も少しこう、なんというかキャラを作っていこうかと思うのだ、せっかくこんな見た目なわけだし、やっぱりロリババア的な方向かな? それとも無口不愛想系か、……どう思う?』
しらんがな。
翌日、ミラとの訓練の最中に【思考加速】状態にしてもらったのだが、たしかに時間がゆっくりになって考える時間は出来るが、体が全然ついていかない。体感的にゆっくりになった時間の通りに体の動きもゆっくりになっているので、結局ほとんど何もできない。しかも、タマちゃんのサポートを受けても自力発動なんて見当もつかない。その上、体感時間を引き延ばすせいで、訓練時間も長く感じるし、極度に集中するせいかひどく疲れる。なかなか道行は厳しそうだ。
『地道にやるしかない。繰り返して脳に回路を作る。計算問題を二、三回解いたからと言って、いきなり暗算が得意になったりしないだろう? ひたすら反復するしかない』
タマちゃんはこう言うが、うーむ。
いっそのこと竜の時みたいにタマちゃんが俺の体を操縦すればいいのでは? といったら、あれはすごく魔力を使うので短時間しか使えないし、俺の体には魔力を蓄えることができないので、いざというとき以外使いたくない、ということだった。
ちなみに俺の装備というかスタイルはナイフと小盾で攻撃はせずに、回避と防御に専念するという形になった。じゃあ、ナイフはいらないんじゃないの、と尋ねると、魔物や魔獣相手ならそれでもいいが、人相手ならナイフが威嚇になるので、あった方がいいから、だそうだ。言われてみると、たしかに盾だけ持って縮こまってる奴なんて怖くないから殴り放題だな。
こんな感じに前途多難な感じで始まった訓練だが、ミラやギルバートは勘が良いとほめてくれた。たしかにギリギリで急所を外したり紙一重でかわしたりっていうのは何回かあったし。
ちなみに、トアの魔法習得も苦戦している様だった。トアは精霊系魔法は得意だが、エリーから今教わっているのは古代魔法の上級魔法らしい。やはり難しいものらしく、そのために基礎のおさらいをしている。休憩の時になんとなく横できいていたがこんな感じだった。
「いいですかトア、あなたは感覚で魔法を使っています。それは実は凄いことなのですが、魔法は本来理屈です。理屈、理論を完全に理解したうえで繊細な感覚で行使する。それができてはじめて本物の魔法使いなのです。さて、今日は魔法の難度と強度の概念を教えましょう。生活魔法の【種火】の魔法がありますね? あれを、難度一、強度一、とします。難度とは言葉の通り魔法の難しさ、難度一は一番簡単ということです。最高は六です。強度は込める魔力の強さ、これも一から六の段階があるとされてます。強度一ならこのくらいです」
エリーがそういうと人差し指の先に小さな火がともる。百円ライターの火のような大きさだ。
「この魔法の強度を上げていけばこうなります」
エリーの指先の火の色が変わっていく。赤から黄色、そして今は白く光っている。
「この状態で強度三です。今の時代では【白炎】と呼ばれる別の魔法として扱われます。しかし、理論を突き詰めると【種火】と【白炎】は同じ魔法なのです。【種火】の魔法は他の魔法と違い、強度を上げると自動的に難度が上がる珍しい魔法なのです。そのため古の魔法使いの基礎訓練によく使われました。炎の色が白に出来れば一人前といわれたのです」
俺と一緒に休憩しながらこの話を聞いていたミラが早速試していた。しかし、指先の炎が大きくなるばかりで、色は変わらない。
「なるほど、これは難しいな」
トアも試していたが炎の色は黄色、たまに白になっていたが大きさが安定していない。
「むぅ、難しいです」
「初めてでそこまで出来れば上出来です。これ、出来ない人は全くできませんから。ちなみに強度一が赤、上がっていくごとに、黄、白、青、紫、となると言われています。」
「……ひとつ足りないのではないか? その強度とやらは六まであるのだろう?」
ミラが片手の指を折りながらエリーに尋ねている。
「……最後の強度六、つまり難度も六なのですが、だれも至ったものはいないとされています。理論上は黒の炎になると言われていますが。古い時代の魔法使いはそのまま称号として使われていたとか」
そのあとも、魔法の講義と訓練は続いていた。俺も大変だが、トアも大変そうだった。
その日の夜、エリーとトア、俺の部屋で集まり、タマムシとエリーの話をトアに話した。
その際にトアは俺に【共感】の魔法をつかって俺の視界を覗いている。タマムシの話をしながら、試してみようといことになり、トアにはタマムシの姿が見えているようだった。これにはエリーが少し羨ましそうだった。でも、俺のイメージから作られた姿なわけだし、ホントの姿ってわけでもないけど見て意味あるんだろうか。
「おかしいと思ったです。竜をやっつけるなんてイチローにしてはかっこよすぎると思ったです」
「しかし、あの時、トアを竜の腕からかばったのは、間違いなくイチローだ。そのせいで私も出張る羽目になったのだが」
「う、それは……ありがとうです」
「イチローの行動に明確に干渉したのはあの怪我の後だけだ。基本的に言語の刷り込みだけだな」
「でも、タマムシにもお礼を言っておくです。ありがとうです」
そんな会話をしながら、エリーの身の上やタマムシとの関係などを説明する。
「そういえば、今日の夕方に冒険者組合の支部長がみえられまして」
エリーは思い出したように言う。
「お話しの古竜とそれに関連がありそうな遺跡の調査を正式に依頼されました。私の辺境での最後の仕事ですね」
「ふーん、それでどうするんだ?」
タマムシが尋ねる。
「遺跡が雪に閉ざされる前に行ってまいります。もう面倒なので竜がいたら殺してきますね」
エリーはにっこりと笑って物騒なことを言う。
「一人で行くです?大丈夫です?」
今度はトアが少し心配そうに言う。
「はい、私、本当は睡眠も食事も必要ありませんので、一人の方が身軽なのですが……お母様はどうされますか?」
「……どう、とは?」
「お母様が眠っていたいた場所です。おそらく十年前の調査の際にミシアがお母様を持ち出したのでしょう。お母様は記憶を無くされているようですが、行けばなにか思い出すかもしれません……」
エリーの言葉にタマムシはしばらく沈黙する。悩んでいるのか。
「過去の記憶にはあまり興味はないのだが。……なぜ私がそこで眠りにつこうと思ったのか、エリーは聞いていないのだろう」
「はい、お母様は理由はおっしゃられませんでしたので、詮索は致しませんでした」
また少しだけ考えたあと、タマムシは言った
「ふむ、行ってみるか。エリーとトアがいれば安心だろう」
……そいうことになった。




