31 辺境冒険者編8 旅の仲間
エリーゼはどうやら俺と、というかタマムシと行動を共にしたいと思っているらしい。それはそれで俺個人としては構わないのだが、色々と問題は有りそうだ。
エリーゼには少し待ってもらい、脳内会議を行う。……これが比喩的な表現じゃないのが何というか、なんとも言えない。
『イチローに任せる』
でたー、丸投げですか? タマちゃんの関係者でしょ?
『そういわれてもな……。思うところはあるが、本当に覚えていないのだ。好きにしてくれとしか』
うーん、まぁ、悪い人では無さそうなんだけど。皆に説明するのはどうすんの? タマちゃんのこと説明したほうがいいのか?
『それはどうだろうな。先ほどエリーゼも言っていたが、どうやら私やエリーゼは一部の者達にはよく思われていないようだぞ。余計なトラブルを招くのではないか?』
それはもうすでに、エリーゼさん自体が……、いや、そうだな、ちょっと考えさせて。
その後しばらく脳内で話し合い、俺とタマムシの考えをエリーゼに告げる。
「ふむ、エリーゼと呼んでいいのか?」
「そうですね。良ければエリーとお呼びください。お母様」
「そうか、さっきも言ったが、私は、今はタマムシと名乗っている。ちなみにこの名前をくれたのは、このイチローだ」
「お母様のお名前を? それは、……お母様はそれでよろしいのですか?」
「ああ、意外と気に入っている。……新しい名前で生きるのはなんだか心地良い。古い記憶もほとんどないことだしな。お前ならわかるかと思ったが」
「それは……はい。私も、古い呼び名よりエリーと呼ばれた方が嬉しいかもしれません」
「それではエリー、今後のことだが、まず、私やお前の正体、混沌の泉だとか最初の四個だとかは、ほかの皆には秘密だ。そして基本的にイチローのいう事を聞くこと。私の言葉と同じだと思ってくれていい。……それが出来るなら同行することを許そう」
「はい、わかりました」
エリーゼはニコリと微笑む。
「それから、これはお願いなのだが……エリーが言うようにこの体は脆弱だ。しかしこの体でなければならない理由があるのだ。手数をかけるかもしれないが、イチローと私を守ってくれると嬉しい」
「……お願いなどと言わずお命じ下さい。お母様は私にとって神と同じです。お母様の望むことはなんでもいたします」
「いや、お前には心がある。もう人形ではないのだ。たとえ私の言であっても、お前の心が拒むならやらなくていい。お前はお前の心のままに生きろ。そう在りたいのだろう?」
「……はい。お母様」
「ただ、さっきも言ったが、イチローのいう事はなるべく聞いてくれ。イチローの目標は私の目標でもある。なるべくトラブルはさけたい。判断に迷うときもイチローに尋ねろ。それから、わたしは基本的には引っ込んでいるので、どうしても私と話がしたいときは、これもイチローに言って私を呼んでもらってくれ。……ただ、私は忙しいからな。頻繁に呼ぶのはかんべんしてくれ。私からはこれくらいだが……エリーはさっき私に会えて嬉しいと言っていたな」
「はい」
「私もお前に会えて嬉しいと感じているよ。……では、イチローと代わる。あとは頼んだぞイチロー」
そう言って、タマムシは沈黙した。今度は俺の番だな。
「あー、という事ですので、よろしくお願いします。エリーゼさん」
「私のことはエリーとお呼びください。口調もくだけたものでお願いします。あなた様のことは、イチロー様とお呼びしてもよろしいでしょうか? お母様もそうお呼びの様でしたし」
「わかりました……わかった。えーと、俺の方も呼び捨てで構わないけど」
「いえ、イチロー様はお母様の依り代。呼び捨てなどとんでもございません。私にとっては、そうですね、イチロー様は御神体の様なものです。それにお母様も、イチロー様の言葉とお母様の言葉は同じと思うように、と仰っていましたし」
「お、おう。じゃあ、エリー、一応、簡単に打ち合わせをしときましょうか」
「はい」
そのあと、俺の事情や目標である日本への帰郷、その進捗状況や今後の行動方針などを簡単に説明する。
「……では、そのニホンという場所は異界なのですね? ……お母様はそこに行って何をなさりたいのでしょう。私にもお手伝いできることでしょうか?」
「あー、興味があるから行ってみたい、とか、そんな感じのこと言ってたけど」
エリーさんの問いを適当にはぐらかす。……漫画の続きを読むため、とは言いづらいな。
「イチロー様、界渡りとは生半な事ではありません。きっとお母様には深慮があるのでしょう」
深慮ねぇ。ジャージ姿で炬燵に入って漫画読んでる姿と、寝転んで漫画読んでる姿しか見たことないけど。
「はぁ。えーと、あとは、皆にどう納得してもらうかなんだけど……」
俺はエリーに俺の考えた設定を話し、口裏合わせをお願いした。
エリーとの話は終わり、今度は応接室に皆集まってもらって説明を始める。アルファードとギルバート、ミラとトア、俺とエリーだ、あとは扉の所に従士が立っている。
俺の考えた設定はこうだ。エリーは魔女ミシアと古い知り合いで、俺を見たエリーはミシアの気配を感じ取り、俺に接触した。俺がミシアに会いに行くことを告げると、エリーも同行すると言い出した。断る理由がないので了承した。少し苦しいが、これでゴリ押しする。しかし、冷静になって考えると、タマムシの話やエリーゼの話をするよりも、こっちのほうがリアリティーがあるような気がする。
「……フチ君の話は一応わかったが、……それで、エリーゼさんはどうするのです?」
俺の説明を聞いたアルファードはとりあえず納得してくれた。そして、問題はエリーがどうしたいのか、どうするか、なのだが。
「はい。わたしはどうしてもミシアに会う必要があります。そして、理由は言えませんが、イチロー様のおそばにいなければなりません。この屋敷に滞在することお許しいただけませんか?」
アルファードは、俺の方を見る。俺は軽く頷く。俺のいう事を聞く約束なので、あまり無茶はしないと思うが、この人たぶん常識がないからな。何をしでかすかわからん。申し訳ないが、これは了承してもらうしかない。
「フチ、いちろーってなんですか?」
アルファードとエリーが話している横で、トアが俺に小声で話しかけてくる。
「イチローは俺の名前だよ。えーと、そうだな、ミリアナ・ラステインは、ミリアナが名前でラステインが名字、家の名前だな。それでいくと、俺はイチロー・フチ、イチローが名前でフチが名字だよ」
俺の説明を聞いたトアは、少し考えるそぶりをした後に言った。
「じゃあ、今から私もフチのことをイチローと呼ぶです。いいですか?」
「そりゃかまわないけど……」
その横ではアルファードとエリーの話は続いていた。
「その、急に呼び方が、さん、から、様、に変わったのはどういう理由で?」
「宗教上の理由です。お話しできません」
答えにくいことや秘密に関係しそうなことを聞かれたら、こう言えって教えたのは俺なんだけど、コレ。エリーが言ったら怖いよな。
「私に気を使っていただく必要はありません。私の分の食事も不要ですし、お部屋もイチロー様と同室でかまいませんので。お願いできませんか?」
「それはダメです!」
「それは駄目だ!」
それまで横で黙って話を聞いていた、トアとミラが同時に声を上げる。急な横からの発言にその場の皆の注目が集まる。
「いや、その、当家に滞在すことは、私はかまわないと思っているのだが、同室は良くないと思うのだ」
「そうです! よくないです!」
アルファードは軽くため息をついて言った。
「エリーゼさん、当家に滞在することを許します。お食事や必要な物はご用意いたします。お部屋もフチ君とは別で個室を用立てますのでそれでよろしいですか?」
「はい、ありがとうございます」
エリーはゆっくりと立ち上がり、その場にいる全員を見渡して言った。
「エリーゼと申します。皆様、どうか私のことはエリーとお呼びください。どうぞよろしくお願いいたします」
そういうと、エリーは深々と頭を下げた。エリーのこの言葉を受け、その場のメンバーもあらためて自己紹介を始める。それぞれの挨拶が終わり、とりあえず、ほっとした雰囲気になった。
「私は一度自宅に戻ります。少し持ってきたい物もありますので」
エリーのその言葉を聞いて、アルファードが提案する。
「誰か人を付けましょうか? 荷物が多ければ大変でしょう」
「いえ、大丈夫です。大した量ではありませんので」
エリーはそう言いうと、さっそくその場を立ち去ろうとする。と、そこに、あの、と声がかかる。
「エリー、お願いがあるです」
「……トアさん、でしたね。はい。何でしょうか?」
トアは真剣な表情で言った。
「わたしと勝負をして欲しいです」
「……勝負というと、模擬戦とういうことでしょうか?」
トアは黙って頷く。エリーは戸惑った表情で俺を見てくる。俺に判断しろって事か。うーん。
「いやー、勝負とかそういうのは必要なくない? どうしてもっていうなら、ジャンケンとか……」
「フチ、……いえ、イチロー、頼むです」
トアは真剣な顔で俺にも言ってくる。
「フチ、私からも頼む、やらせてやってくれ。というか、ジャンケンってお前……」
ミラも真面目な顔で頼んでくる。少しあきれていたが。
「……そうですね。旅の仲間のとなるわけですから、お互いに力を知っておくことは必要でしょう。イチロー様、私からもお願いいたします」
エリーもやる気になったようだ。これは、ここで止めるのは難しいかな。無理に止めても逆にしこりが残りそうだし。うーん荒事は嫌なんだが。
「……わかった。ルールを考えよう。怪我とかしないようなやつ」
そのしばらく後、屋敷の裏にある、練兵場でトアとエリーは向き合っていた。二人の後ろには胴体に藁をまいたかかしが立っている。
ルールは決まった。お互い相手を傷つける行為は禁止。勝利条件は相手を傷つけることなく完全に拘束するか、相手の後ろに立っているかかしに攻撃を通すこと。自分と自分の後ろのかかしを守りながら戦わなければならない、ということだ。
つまり、二人の後ろのかかしは俺だ。まぁ、たしかに、実際の戦闘になったら、かかしみたいに突っ立ってることしかできないとは思うんだけど。
エリーは無手、いつものグレーのワンピースで気負うことなく自然体で立っている。対するトアは、旅に出たときに着ていた黒のローブにミシアの杖を持っている。少し緊張しているようだ。二人の間合いは二十メートル以上。夕刻は近いが、場所的にどちらかが有利ということはない。
練兵場の脇にはアルファードやギルバートといったいつものメンバーと、珍しくアルファードの妻クリスティアと、娘のアルティアナの姿もある。他にも数名の従士やメイドなど、屋敷中の手が空いている者たちが集まっているようだ。
なんとも言えない緊張感が漂う中、ミラが一歩前に出る。
「ルールは説明した通りだ。相手を傷つけても負けになるので、気をつけてほしい。立会人は私、ミリアナ・ラステインが行う。勝敗の判定も私が行う。公平に判断することをラステインの名の下に誓おう。それでは、両者、準備は良いか?」
場の緊張感が一気に高まる。皆が固唾を飲んで見守る中、ミラが大きな声でその時を告げた。
「始め!」




