30 辺境冒険者編7 心のままに
エリーゼが帰った後、色々と話し合ったのだが、まず、彼女の目的がわからないので、どう対策するべきなのかもいまいち決まらず、揉めに揉めた。最終的には、敵意が有るわけでもなさそうなので、とりあえず話してみましょう、という俺の言葉が採用された。
エリーゼが人を殺したり、誰かに危害を加えたという記録は公式には一切なく、それどころか、これまで三百年近くこの町を守ってきたのだ。そんなに無茶苦茶はしないだろうというのが俺の意見なのだが。まぁ、消えた冒険者の噂もあるんだけも。
ただ人知れず、この町を守ってきたことは本当のようで、〈大魔嘯〉の他にも〈ビッグマウス大量発生討伐〉や〈北鉱山内アンデッド大掃討〉〈亜種ヒドラ討伐〉など名前を聞いただけでもヤバそうな案件を人知れずこなしているという。そして今回も、森に現れた古竜の調査のため遺跡探索の依頼を打診されている。
彼女が何故この町を守りたいのかはわからないが、守ってきたという事実は揺るがない。なんだかんだいっていい人なんじゃないのか、と思うのは甘いのだろうか。
トアとミラは何やら夜遅くまで作戦を練っていたようだが、エリーゼのあの技の切れというか、【裁縫】スキルをどうにかできるとはとても思えないけどな。うん、話し合いで何とかしよう。
そう考えながらその日は眠りについた。
翌日、予告通り昼頃にエリーゼは屋敷を訪れた。社交辞令のような挨拶を交わしたあと、彼女は言った。
「すみません、フチさんと二人だけでお話がしたいのです。席を外していただけませんか?」
これには、皆反対というか、特にトアが強く反対したのだが、今までの流れから、エリーゼはやるときはやる女だ、というのがわかっているので、俺からも皆を説得して、納得してもらった。
当然、絶対に俺に危害を加えないとの約束の上でだが。
広い応接室で二人というのもなんとなく嫌だったので、割り当てられている俺の自室に来てもらった。メイドさんにお茶とお菓子を持ってきてもらい、準備が整う。
ワンチャンで俺に一目ぼれという事も有るかもしれんし。バッチこい。
「では、お話を伺います」
思ったより緊張していない自分に少し驚きながら言う。
「はい、でもその前に……」
エリーゼはそういうと口の中で一言二言呟いた。
「あまり、人に聞かれたくない話ですので。ふふふ、この魔法を使ったのは五百年ぶりぐらいです。覚えているものですね」
どうやら、音を遮断する魔法を使ったようだ。ていうか、この人美人だから笑ったらドキっとしちゃうな。
エリーゼは居住まいを正し、俺の目を見ながらいった。
「あの、フチさんは、私のご同輩ですよね?」
「?? あの、もうちょっと詳しくお願いできますか?」
何言ってるのか全然わからん。
「……最初の四人の一人か、その眷属ですよね?」
やばい、詳しく聞いても全然わからん。違います、とか、わかりません、とか言っていいのか?
「……間違いないと思ったのですが、お忘れになっているのですか? それとも、警戒しているのでしょうか。確かに私たちは北の聖王国では諸悪の根源のような扱いですから、無理もありませんが」
黙っていたら、なんか語りだした。うーんそれでもわからん。
「混沌の泉、たむぁぃみゅぅふしゃ様から生まれた最初の四個、もしくはそれに連なるもの。私にはアニマの気配でわかります」
「!? あの、今なんて?」
まてまて、どっかで聞いたぞ今の。なんだっけなぁ。
「……母なる混沌、たむぁぃみゅうふしゃ様から……」
「ちょっと待った」
あー、思い出した。その名前が発音しにくいからニックネーム付けたんだった。
「えーと、ちょっと待ってて、今代わるから……おーい、タマムシさん、アンタの知り合いみたいだけど? ちょっと代わってくれないかなぁ。たまちゃーん」
『……なんだ? 今忙しいんだが』
ふいに視界にジャージ姿の女の子が現れる。脇にあるベッドで寝転がって漫画を読んでいる。タマムシだ。
「忙しいって、漫画読んでるだけじゃん。あの、たまちゃんにお客さんなんですけど」
タマムシは大きなため息を吐き、いかにも渋々といった感じで起き上がり、腕を組んで俺の横に立つ。
『……こんなやつ知らん』
ていうか、タマムシは俺にしか見えてないんだよね? この小芝居いる?
「いいから、頼むよ、代わってくれ」
『ふむ、しかたない、わかった』
タマムシはそう言ったかと思うと姿を消した。いや、正確には、見えなくなった、か。いや、見せなくなった? うーん難しい。
「!! 気配が!」
エリーゼはなんだか驚いている。気配とかわかるのか、凄いな。
「あー、すまんが、体積のほぼ全てを失ったので昔の記憶がほとんどないのだ。たぶん名前を言われてもわからんぞ」
おお、あいかわらず、俺の声で全然意図しないことを喋られるのは気持ち悪いなぁ。
「まさか、……たむぁぃみゅぅふしゃ様なのですか?」
「そうだが、今はタマムシという名前だ。そう呼んでくれ」
エリーゼは口に手を当て、しばらく驚いた顔で固まっていたが、少し震える声で話し出した。
「……生きておられたのですね……もう純粋なアニマに還られたとばかり……お母様、私です、最初の四個の一つ、うぇふあです」
「さっきも言ったが、あまり記憶がなくてな。覚えていない。……ところで用件はなんだ」
タマムシはそっけない。そんなに漫画の続きを読みたいのか。
「用件、……先ほどまでは特にありませんでした。私は、フチさん…… フチ様を私と同じ最初の四個の一つだと勘違いしておりましたので、……そうですね、古い友人に偶然会ったので少しお話をしたかっただけと申しましょうか」
「……少しだけ思い出してきたよ。最初の四個。原初の四人、色々な呼び名で呼ばれたが、お前たちは、……いや、私たちは人の心など持っていない、上手く言えんが、なんというか感情が無い、虫けらの心というか。……お前、随分と人間臭いこと言うじゃないか。演技か?」
「その件をお話しするのはかまいませんが、……その前に一つだけ。あの、お母様、お気を悪くしないで下さいね? いまお母様がお使いのフチ様の肉体は随分と脆弱といいますか、魔力もほとんどないようですし。お母様の依り代としては少しふさわしくないと思うのです。よろしければ私の肉体をお使いになられませんか?」
「お前の体?」
「はい。もう五百年ほど使っておりますので、半星幽体となっております。私も愛着はありますが、お母様にお使いいただけるのであれば、それはそれで嬉しく思いますし」
「……お前はどうするんだ?」
「私は、肉体がなくてもどうとでも出来ます。あるいは、そちらのフチ様の体に入らせていただくか、あとは、そうですね、この屋敷にいる〈原種〉の体など良いかもしれません。今も扉の前に張り付いているようですが」
トアか、何やってんだ。
「断る。この体に間借りしているのには理由が有るのだ。それと、お前に理解できるかはわからんが、イチローの、……フチの友人や知り合いに危害を加えるのはやめてほしい。フチの精神が乱れると同居人としては色々面倒なのだ。頼む」
「そんな! 私に対して頼むなど……すみません出過ぎたお言葉でした。お母様にはきっと深謀遠慮があられるのでしょう」
深謀遠慮って、……たまちゃんは漫画読みたいだけでしょ。
「イチローは黙ってろ。……いや、すまんこっちの話だ。それで、さっきの話だが、お前、感情が理解できるのか? 友人ってわかるか?」
「本当の意味で理解しているのか、と言われると自信はないのですが、理屈はわかっているつもりです。嬉しい、悲しい、楽しい、……例えば、友人とは仲のいい人、一緒にいると嬉しい、楽しい。そして、その友人が死ぬと悲しい。今は、お母様にお会いできて嬉しく思っていますし」
「ふむ」
「お母様が仰るように、私たちは心がありませんでした。自動人形やゴーレムと同じです。怒ったり、笑ったりするふりは出来ますが、本当は怒ってもいないし、楽しくもない。今思うと、なんとつまらない毎日だったのでしょうか。でも、それをつまらないと思う心が無い。昔の私がもしフチさんに会っても……私と同じ最初の四個を偶然見かけても、興味を持ったり話をしようとは思わなかったでしょう」
「そうだ、上手い例えだな。私たちは今思えば自動人形のようなものだった」
「もし私が心を持っているのならば、それはこのエリーゼの体のおかげです。今から五百年前のことです……」
そういって、エリーゼは、……エリーゼの中の何かは語り始めた。
「私は長い時を生きるうちに肉体を捨て、星幽体となり、活動と休眠を繰り返しておりました。それをどのくらいの期間繰り返したのかは今となってはわかりません。あるとき、私は人間の魔術で召喚されました。悪魔召喚の術だったようです。拙い術で召喚に応じる必要もなかったのですが、その時の私は長い休眠を終えたばかりで、ほんの気まぐれにその召喚に応じたのです。本当に拙い術でしたので、肉体を持たない私はあまり力を振るえませんでした。そこで目の前の生贄の女性の体を借りたのです。それがエリーゼでした」
エリーゼの肉体は生きてはいたが、精神が死んでいた。術の影響で魂が破壊されていたという。
「エリーゼの精神と魂はそのほとんどがアニマに還っておりました。しかしほんの少しだけ、残滓のようなものが残っていたのです。そこに不十分な召喚魔法で力を抑えられた私が入り込み、私の精神にエリーゼの精神が混ざってしまったのです。後から思うと奇跡のような出来事です。そして、もともとからっぽだった私の精神はエリーゼの精神に大きな影響を受けました。その時に私は心の様なものを手に入れたのです。……それはとても凄いことでした。私にとってはその日からこの世界が始まったのです」
エリーゼはそこで一度会話を止める。そして窓の方に目をやると、またこちらに向き直り言った。
「おそらく、あの〈原種〉の子でしょう。器用なことをしますね。どうされますか? お母様」
体は俺の意思で動かせたので、ちらりと窓の方に目をやる。窓際に小鳥がとまって部屋の中を伺っている。きっとトアの【共感】だな。俺は鳥に向かって手を振る。うぇーい、見てるー?
「放っておいていい、話をつづけてくれ」
タマムシが俺の声でそう言うと、エリーゼは小さく頷きまた話し始めた。
「しばらく、私はエリーゼの心の残滓が命じるままに動きました。自分を生贄にした者たちへの怒りにまかせ、術者たちを殺し、その者たちの国を滅ぼしました。破壊や殺戮をしているときは喜んでいました。いま思えば、あれは暗い喜び、というものでしょうか。そのあとに訪れたのは後悔と悲しみでした。感情にまかせ、たくさんの人を殺したことにショックを受け長く悲しみました。私にとってはそれらの感情はどれもが鮮烈でした。……精神が落ち着くと、いろいろなことがわかりました。エリーゼはシスター、つまり神を信仰する女性でした。【裁縫】のスキルを持っていて、服を作ることが好きでした。人を助けたりするのが好きなようでした。人と争ったり、殺したりするのは嫌なようでした。……私は、エリーゼの心のままに生きてみることにしました。私がエリーゼでエリーゼが私だからです。私にとっての神はお母様でした。そして、エリーゼがそうだったように、私も人間が好きになっていたので、お母様が眠っている遺跡の近くの町、このガサの町に住むことにしました。好きだった裁縫をして、好きになった人間を守るために戦いました。お母様と最後に会った時、お母様はもう目覚めることは無いと、このままアニマに還るつもりだと、そうご自身で仰っていたので、わたしもお母様の眠る遺跡が近いこの町で、有るだけ在っていつかはアニマに還るつもりでしたが……」
エリーゼはそこで言葉を止めこちらをまっすぐに見つめる。
「……そうか、それでこれからどうするつもりだ?」
タマムシの問いにエリーゼははっきりとした微笑みを浮かべて言った。
「はい、お母様がお目覚めになられているのであれば、私はお母様とともに在りたいと思います。お許しいただけますか? ……私は、私の心のままに生きたいのです」
直した




