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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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29 辺境冒険者編6 お裁縫


 エリーさん……エリーゼが強引に入室してきたことで、その場は異様な緊張感に包まれていた。


 エリーゼがどんな身分なのかはわからないが、領主の屋敷に、その部屋に強引に入って来るなんてあり得るのだろうか? 俺の中で、少し変な人から一気にマジヤバい人へクラスチェンジしたエリーゼだが、俺に会いに来たということなので、とりあえず対応しようと立ち上がる。

 挨拶でもしようと傍にいこうとして出来なかった。アルファードとギルバート、そしてトアが俺の前に立っている。


「お久しぶりです。エリーゼさん、私のことを覚えてらっしゃいますか?」


 アルファードは、エリーゼの正面に立ち挨拶する。


「……すみません。存じ上げません。お会いしたことがありましたか?」


 エリーゼはさして悪びれた様子もなくアルファードに謝罪する。初めて会ったときにも感じたのだが、少し間延びしたゆっくりとした喋り方が逆にこの場の緊張感を増しているような気がする。


「それは残念です。といってもお会いしたのは、当家がこの領地の鎮護を拝命したときにご挨拶に伺って以来ですから、十年ぶり、といったところでしょうか。覚えていなくても無理はありません」


「はぁ、あの、わたし、そちらのフチさんとお話がしたくてお伺いしたのですが。懇意にしている商店で、……ミックさん? にお尋ねしましたらこちらのお屋敷にいらっしゃるとのことでしたので」


 エリーゼは、アルファードの言葉を意に介していない。ミックって、もしかしてリックのことだろうか?


「はい、それは先ほどうちの女給より伺っております。しかし、いくら貴女といえども、家主の許可も得ず押し入って来るのはいささか失礼ではありませんか?」


「……しつれい?……」


 エリーゼは左手の指先を顎に当て軽く首をかしげるしぐさをする。


「……そうですか、わたしは失礼な態度をとってしまいましたか。……それは申し訳ございませんでした」


 エリーゼが小声で呟いているさなかに、三人の従士が部屋に入ってきた。先程のさわぎを聞きつけたか、メイドが知らせたのだろう。平時は事務仕事や雑用などをしているが、有事の際は剣を持ち主を守るために戦う勇敢な兵士となる。どちらかというと荒事が本職のような人たちだ。従士たちは抜剣こそしていないが、油断なく遠巻きにエリーゼを取り囲む。


「それでは、いかがいたしましょうか」


 エリーゼは従士たちのことを気にする風でもなく、アルファードに尋ねる。


「……そうですね、一度出直していただいて、明日またおいで頂く、ということでどうでしょう」


 アルファードの提案を聞いたエリーゼはしばらく思案するそぶりを見せた後、軽く頷いた。


「……わかりました。それでは明日のお昼ごろにまた参ります。フチさん、明日またお会いしましょう」


 エリーゼはそういうと軽く会釈して振り返り部屋を出て行こうとする。そのときドアの所に立っていた従士が何を思ったのか彼女の腕を掴もうとした。


「やめろ!」


 アルファードが反射的に叫ぶ。後から考えると、それは従士とエリーゼ、どちらに対する制止だったのか。

 だが、特に何事も起こらず、従士はエリーゼに手をのばした姿勢で止まっている。エリーゼは自分でドアを開け、部屋を出て行きながら言う。


「お心遣いは嬉しいのですが、案内にお手を煩わせることはありません。わたしは一人で大丈夫ですので。それでは、フチさん、皆様もごきげんよう」


 そう言い残して、エリーゼは帰っていった。しばらくして場の空気が一気に弛緩する。


「おおお、怖えぇ、なんだあれ? フチ君、君いったい何した!?」


 アルファードがそう言いながら俺の方を見る。そんなん俺が聞きたいわ。


「おい、おまえ大丈夫か!?」


 従士の一人が扉の所に立っている従士に声をかけている。みれば、その従士は不自然に固まったままだ。その声で再び皆に緊張が走る。トアが固まっている兵士に近づき様子をみている。そして、俺に向かって言う。


「フチ、ナイフは持っているです?ドルフに貰ったやつです」


 フリスのことを気にしたのか濁した言い方で聞いてくる。ナイフは自室、つまり、俺に割り当てられた部屋に置いてあると言うと、ギルバートがメイドに持ってくるように指示していた。


 トアの説明によると、目に見えないほどの細い糸で全身をぐるぐる巻きにされているらしい。さらに靴底が床に縫い付けられ、そして喋れない様にということなのか口が縫われていた。とても頑丈な糸で、普通の鋏やナイフでは切ることが難しく、ミスリルのナイフでやっと切ることが出来た。


「こんな魔法は知らないです。意味が分からないです」


 トアが、従士の口の縫い後に治癒術を施しながら言う。その後、治療が終り従士達も引き上げ、フリスも帰っていった。



「あれは、魔法ではなくスキルだよ。俺も初めて見た。噂話に尾ひれがついた四方山話だと思っていたが……あれが【裁縫】スキルか」


 アルファードは椅子に腰かけて息をつく。俺とトア、そしてミラにも椅子に座るように促す。ミラは、一応、伯爵家の一員として聞いておけということらしい。


「当家が領地替えでこの地を拝領したときに、皇帝陛下同席のもとで聞かされた話だ」


 アルファードはそう前置きして話始める。


「彼女が何者なのかはわからない。三百二十百年前、レミア皇国がこの地方を平定し、イエレミア帝国の歴史が始まったとされているが、その時にはすでにこの地にいたとされている。彼女が歴史の表舞台に姿を現したのは三百年前、…正確には二百九十五年前だな。この辺境で起こった〈大魔嘯〉の時だ」


 この辺境で起きた魔物の大暴走事件。原因はわかっていないが、どう終息したかはわかっているらしい。ガサの町に押し寄せた魔物の数は大きさを問わないならば二万は下らなかったと伝えられている。その魔物の大軍をエリーゼはほぼ一人で殲滅したそうだ。


 信じられない話だが皇帝の前でそれを口に出すわけにもいかずだまって聞いていると、それを見透かしたように一人の男を同席させていた。その男は帝都の片隅で小さな雑貨店を営んでいる魔人族の男で、当時のガサの町に住んでいたらしい。


「当時の帝国は周辺の小国を併合して出来た新興国だった。そのためいろんな種族や亜人種がいたらしい。それでも魔人族は希少だし今でも珍しいがね。ここからは、その魔人族が話した内容だ」


 アルファードの話は続く。


 魔物の集団が襲ってくるのを察知した当時の町の者は、領兵や衛兵と共に西の外壁で食い止めるべく準備を始めた。中央に援軍を要請したが何日かは自分たちだけで持ちこたえる必要があった。男は雑用係として現地徴用された町の住人だったという。

 そして、遠くから魔物の大軍が町に押し寄せるのを外壁の上から見た。黒い波の様だったと言っていた。外壁など何の役にも立たないと感じたそうだ。

 と、そのとき、壁の外側にこちらに背を向けて立つ一人の女性がいることに気が付いた。魔人族の男は逃げるように声をかけたが聞こえているのかいないのか、その女性は悠然と立っていたらしい。魔物達はすぐそこまで迫っている。この世の終わりの様な気分で見ていたが、しばらく見ていると魔物が一定の距離で足を止め近づいてこないことに気が付いた。

 足を止めた魔物を踏み越えてくる魔物もそこで足を止める。まるで見えない線が引かれている様だったそうだ。空を飛んでいる魔物もいたが同じように一定の場所で地面に落ちるらしい。見る見るうちに魔物の山というか、魔物の壁が出来上がっていく。だからと言ってどうすることもできず、呆然と見ていたらしい。

 そして、男はあることに気が付いた。遠目で分かりずらいが、魔物たちは、手足を縛られたり、魔物同士で縛らていることがわかる。そして先ほどの女性の周りが、なにやらキラキラと光っている。細い糸のようなものが宙を舞っているようだ。

 つまり、この女性が糸を飛ばして魔物たちを縛り付けているのか。非現実的であり得ない光景だが、そうとしか考えられなかった。やがて魔物の群れは全滅した。目の前には数メートルの高さの魔物の死骸の壁が数十メートル、へたしたら百メートル以上の長さで続いている。

 ふとみると女性が西門の前でこちらを向き、門を開けてくれと言っていた。男はその女性のことを知っていた。町はずれの教会に住みついている女性、エリーゼだった。

 他にも多数の目撃者がいたので噂はあっという間に広がった。

 エリーゼは町を守った英雄として感謝はされたが、同時に恐れられた。しかし、当の本人は特に何も変わらず飄々としていたらしい。やがて噂は時の皇帝の耳にも入り、感謝の意とともに褒賞が下賜されることとなった。

 しかし、エリーゼは帝都からの度重なる召喚を無視。メンツをつぶされた形の皇帝側は不敬罪で彼女を捕えようと派兵まで行ったが、その兵をことごとく撃退。そのようなやり取りが一年ほど続いたという。


「ここまでが、当時現場で事件を直接見ていた魔人族の話だ。そしてこのあとの話は皇家の書陵部長が話してくれた」


 アルファードはそう言うと、メイドが用意したお茶で口を湿らせてから、また話を続ける。


 当時はまだ世情が不安定なうえに北方の聖王国も勢力を増していた時だった。辺境とはいえ自国内に不穏分子を抱えたままでいるのもまずいということで、当時の辺境の領主が仲介になり和解した。和解というか、いくつかの約束事を彼女との間に交わしたという。

 その約束事とは簡単に言うと、彼女がこのガサの町に住むことを許す代わりに、町を守ってほしいという物だった。

 しかし、彼女は領主や皇帝に言われるまでもなく、この町に住み、この町を守る。理由はわからないがこのガサの町に固執しているのは間違いない。もしこの町を害するものが有れば、それが他国の軍勢であろうが、時の皇帝であろうが、彼女はおそらく容赦なく殲滅する。だが、この町以外のことはハッキリ言ってどうでもよいらしく、趣味の様な針子の仕事を細々と続けながら静かに暮らしている。


 以降、エリーゼに関することは箝口令が敷かれ、領主の代替わりや領地替えが行われ、この地の権力者が変わるたびに彼女に対する注意事項が連綿と引き継がれることとなる。曰く彼女を刺激してはいけない。しかし、辺境の異変、特にガサの町に被害が及ぶような事件は彼女にまかせても問題ない。というものだ。


 アルファードの長い話は終わった。


 エリーゼがどういう人物かはわかったが、結局、なぜ俺に興味を持ったのかがわからない。アルファードや他の皆も同じことを思ったようで、俺に色々と質問してくるが、わからないものはわからない。一度会って二言三言会話しただけだ。


「今まで、一度もなかったんですか? その、誰か特定の人物に興味を示したりとか」


「……聞いたことがない。領主だろうが皇帝だろうが関係ない女性だぞ。唯一興味を示すのは服飾関係ぐらいだそうだ。それもほかの事柄に比べたら興味が無いとは言えない、といったレベルらしい」


 服飾ときいて、もう一つ気になることを聞いてみた。


「あの、スキル【裁縫】って、アレはもはや裁縫関係ないんじゃ……」


「あー、アレな、俺もそう思うんだが、……フチ君は【鑑定】スキルって知っているかい?」


「はい、ゴブリンの長老が持ってましたよ。薬学と相性が良くて捗るって自慢してました」


「いつの代の領主かはわからんが、その【鑑定】スキルで彼女を鑑定させたそうだ。まちがいなく【裁縫】スキルだったそうだよ」


 そうか、ゴブリンの長老も最初に会った時に俺を鑑定して、スキルは持ってない、って言ってたような覚えがあるな。


 うーん、でもそうなると、彼女が俺に興味を持った理由って、ほんとに何なんだ? 俺が他の人と違うところがあるとしたら、日本人であることと、魔力がほとんどないこと。あとはタマムシが物理的に頭の中にいることぐらいなんだけど、長老の【鑑定】スキルでもタマムシのことはわからないようだったし、これは関係ないと思うんだけどなぁ。まさかホントに一目ぼれってことは無いだろうし。エリーゼは少なくとも三百年以上は生きてるんでしょ? 


 ……まぁ、幸い俺に対して好意的というか、少なくとも敵意はなさそうだったことが救いだな。


 考え込んでいる俺を見ながら、アルファードは冗談めかして言った。


「君の後ろ盾っていうのは、アルティアナの命の代価としては、いささか不足気味の簡単な仕事かと思っていたが、とんでもなかったな、おつりが出そうだよ」

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