26 辺境冒険者編3 アルティアナ
「帰って来るのが遅いです」
時間に余裕をもって帰ってきたのだが、店の入り口でトアに出くわす。機嫌が悪そうだ。
そのトアはというと、なんだか可愛いらしい見た目になっていた。襟元や袖口辺りは白の飾り縫いが施してある紺色のワンピース。その上から丈の短い白の薄いベストを羽織っている。いつもはボサボサの赤毛も綺麗に整えられて、飾りのついた髪留めが付けられている。あいかわらずアホ毛は出ているが。もともと小動物のようなかわいい女の子だが、今はお人形さんのようになっている。
俺は鈍感系でも朴念仁でもないので、普通に褒めることにする。
「お、トアさん、ちょっと見ない間に随分と可愛くなったなぁ」
「……フチが出て行ってからずっと、ずぅっっと、着せ替え人形だったです」
トアはなんだか酷く疲れている。ずっとって三時間は経ってないと思うんだけど。それに俺が早く帰ってきたら解決するような問題だったのか?
「お、おう、いや、似合ってるよ?」
「……ありがとうです」
「私の子供の頃の余所行きさ、トアちゃんにあげるよ。あー、うちもこんな女の子が欲しいねぇ」
「いいんですか? 服ってそこそこの値段するんじゃないです?」
これまでに得た情報では、服は基本的に家内制手工業で生産されるので、ほとんど一品物でそれなりのお値段がするらしい。とくに成長の早い子供用の服になると、新品を買い与えられるのは貴族の子弟か金持ちの商人の子供で、一般庶民は古着を買ったり、上の兄弟のお下がりを丈を直したり修繕したりしながら着まわすのが一般的だそうだ。今トアの着ている服は結構上等の物に見える。
「いいさ、この子の親にはうちの旦那も世話になってるようだし、なにやらアンタたちのおかげで貴族様と知り合いになれたそうじゃないか。もし上手いこと話が進んで、辺境伯の御用商人にでもなれりゃ、うちは安泰さ。まぁ、お貴族様によろしく言っといておくれ」
そのあとも少し話をしたが、先行投資的な意味合いよりも、単純にトアに構いたかったらしい。ローザはそこそこ大きな商家の娘で、商売で出入りしていたタセルと出会い結婚したという。
「うちの実家に行けば、可愛いのがまだまだあるんだけどね」
トアは疲れた顔で楽しそうに話すローザを見ている。着飾ったりお洒落したりというものにあまり興味が無いんだろうなとは思っていた。黒のローブでいつも髪ボサボサだったし。
そのあと世間話をしながらお茶を頂いたりして、ミラの家からの迎えを待っていると、昼の少し前くらいにギルバートと昨日の少女カロリナが訪れた。なんと、馬車でのお迎えだ。
「お待たせして申し訳ございませんでした。ミラお嬢様もお待ちです。参りましょう」
タセルは外せない商談があるとのことで、挨拶できなかったが、しばらくはこの町に滞在するのでまた会う機会はあるだろう。リックとの約束もあることだし。
馬車でのお迎えにひどく驚いているローザとリックの見送りを受け、タセルの店を出発する。
ゆっくりと動き出した馬車の中で昨日からの事の顛末というか経緯の説明を受ける。
「私たちは荒野と魔の森の探索の期間をふた月ほどと冒険者組合に申告しておりました。ですから、まだ、期間的に余裕があったはずだったのですが……」
エルフの里探索のため、このガサの町で冒険者とサバイバル術に長けた猟師を雇用し、食料などを現地調達しながら、長期間の活動を計画していたという。またドワーフの里が有るということが分かっていたので、拠点として利用させてもらえないか交渉することも検討されていたらしい。
十人以上の人数で町を出たが、六日目に〈ビッグマウス〉に襲撃され探索団は壊滅した。その後、ミラとギルバートはゴブリン達に保護され今に至るのだが、どうやら、探索団のメンバーでその二人以外に、もう一人生き残りがいたらしい。
襲撃の際に運よく生き残り、なんとかその場を逃げ出し薬草を採取にきた他の冒険者に保護され、やがてガサの町に帰還した。当然、その生き残った人物は探索団の壊滅を冒険者組合に報告した。〈ビッグマウス〉に襲われると基本的に遺体の回収は不可能なので、ミラとギルバートは報告通り死亡扱いとなった。
さすがに貴族の子弟が死んだとなると中央に報告しなければならず、また葬儀等をどうするのか等の打ち合わせのため、帝都で政務を行っていた伯爵家党首であるミラの祖父もこの辺境の町に訪れ、家族会議が行われていたという。
そこにひょっこりとギルバートが帰還したため大騒ぎになったそうだ。
「あと一日帰還が遅かったら、死亡の報告と葬儀の案内を持った使いの者が皇帝陛下の所へ出発するところでした」
ギルバートが幾分げんなりしながらそう告げる。
「そのあとがまた大変でして……」
どうやらミラは結構強引に探索の旅に出ていたようで、ギルバートはそれを止めることが出来ず、仕方なく同行したという経緯があったそうだ。ありのままあった出来事を報告する内に、つい自分が死にかけた事を言ってしまい、そのせいでミラはきつめの叱責を受けていたらしい。その上その話の途中でミラの祖父が心労でダウンしてしまい、ミラの妹の病を癒すエルフの霊薬を手に入れたことや治癒術を使えるトアのことを言い出す雰囲気ではなかったということだった。
大まかな事情を聴き終えるころ、馬車は屋敷に到着した。ギルバートにエリーさんのことを尋ねようと思っていたのだが、まぁ、それはいつでもいいか。
「ラステイン家にようこそ。私が当主のアリオン・ラステインです」
馬車を降りると、初老の男性にそう挨拶される。十人以上の人数が並んで出迎えてくれた。軽い自己紹介のあと迎えが遅くなったとの謝罪を受けた。しかし、当主自らのお出迎えってどうなんだろう? あとはミラとミラの両親。つまり一族総出でお出迎えだ。他は数人のメイドさんと従士達。
この世界の貴族の礼節とかしきたりみたいなのはわからないが、かなりの賓客待遇じゃなかろうか。少しビビる。ちなみにトアの格好を見たミラが少し驚いて複雑な表情をしていた。なんで?
自己紹介もそこそこにさっそくミラの妹の部屋に案内される。女の子の部屋なので俺は遠慮しようかと思ったのだが、トアが俺の同行を希望しミラが構わないといったので、ついていくことになった。
立派なお屋敷の中を案内されながら、ここで、俺だけひどく浮いていることに気が付いた。トアはローザのおかげで過去最高に小綺麗で可愛い状態になっている。ミラもシンプルな白のシャツだが、襟とボタンの所にレースっぽい飾り縫いが施してある上品なもので下半身は細身のスラックスだ。ギルバートはいかにも執事という格好ではっきり言ってカッコいい。
そこで俺だけが冒険者風の格好というかゴブリン村製のシャツとズボンだ。足元は革製のブーツだし。なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。場違いというか、ふらっと入ったレストランが意外と高級そうで引けてしまう感じというか、慌てて電車に乗ったら女性専用車両だったときの気分というか。
こんな格好でお嬢様のお部屋に入ってよいのだろうかと不安に思っていると、そのお嬢様の部屋についてしまった。
ミラがノックして声をかけ皆でぞろぞろと入っていく。ミラ、ギルバート、トアと俺、ミラの父母と祖父、それとカロリナ。他にメイドが二人。
広い部屋に天蓋付きの大きなベッドが置いてある。そこに一人の少女が横たわっている。
ミラがベッドに近づき少女に声をかける。
「アルト、連れてきたぞ。トア、頼む」
ミラはそう言うと、一歩横にずれ、トアに目配せする。
「お前がアルティアナですね、わたしはトアです。お前の病気を治しに来たです」
「はい、お姉ちゃんから聞いています。よろしくお願いします。先生」
ベッドで横たわっていた少女はゆっくりとではあるが、一人で身を起こしトアに挨拶していた。たしかにリジーに比べれば症状は随分ましなようだ。カロリナが背中にクッションをあてて楽な姿勢を取れるように調整している。
アルティアナはミラをそのまま幼くしたような顔つきをしている。ミラは綺麗な金髪だがこの少女の髪は光の具合で少しだけ銀色っぽい色に見える。緩いウエーブがかかったその髪は胸の下あたりまであるのだろうか。
トアは手足のしびれ具合や、力の入り具合、食欲の有無や食事の量などを問診している。
「ふむ、ギルバート、薬をよこすです」
ギルバートは懐から小さな布の袋を取り出し、トアに手渡す。
トアは袋から黒い粒を取り出しアルティアナに手渡し、飲むように言った。
アルティアナはカロリナが用意した水で、ためらうことなく一息に飲み下した。
「少し、魔力を流すです。手を」
トアはそういって、アルティアナの両手を握る。
別に光ったりするわけでもないので、傍から見るとただ手を握っているだけなのだが、アルティアナはなにか感じているようだ。しばらくそうしていたが、トアはおもむろに手を放しアルティアナに告げる。
「思っていたより症状が軽くてよかったです。今日の夜、寝る前に薬を飲んで治癒術を施せば、おそらく明日にはある程度自由に動けるようになると思うです」
「トア、それは本当か?」
そう聞いたのはアルティアナではなく、横で治療の様子をじっと見ていたミラだった。それにトアが答えるより早く、アルティアナが口をひらいた。
「あのね、お姉ちゃん、なんだか体がポカポカして凄く軽いの。もう今だって歩けそうだよ」
アルティアナは自分の手を見つめ、掌を握ったり開いたりしながらミラに言う。
「今はわたしの治癒術でお前の体の魔力が少しだけ循環しはじめたからです。そして、この状態の維持を助けるのが霊薬なのです。リジーもそうでしたが、麻痺やしびれの症状自体はすぐに治るです。ただ、根本治療は少し時間がかかるです。といってもこの感じだとおそらく二十日もあれば完全に治るです。もちろん、毎日霊薬を飲んで今の治癒術を受ける必要があるですが」
「はい! ありがとうございます! 先生!」
アルティアナは嬉しそうに返事をする。トアは話を続ける。
「私のことはトアでいいです。それと、お礼ならこの霊薬を命がけで探してきた、お前の姉のミラとギルバートに言うです」
「はい。……ありがとう、ミラお姉ちゃん、ギルバートさん」
ミラは笑顔で頷いている。少し目が潤んでいるように見える。ギルバートは少し離れた場所で軽く会釈している。
「さて、食欲はあるですか? 食べられるようなら、少し体に入れた方がいいですが」
「はい、あの、よかったら一緒にお食事しませんか? 私、先生のお話を聞きたいです」
アルティアナのその言葉を聞いたミラはギルバートに目配せする。ギルバートは小さく頷くとドアの所に控えていたメイドと一緒に部屋を出て行った。食事の準備をしに行ったのだろう。
「あの、ところでそちらの方は?」
俺はミラに促され簡単に自己紹介をし挨拶する。アルティアナは俺に対して改めて自己紹介をした後に言った。
「よかったら、フチさんも一緒に食べませんか? カロリナお姉ちゃん、ミラお姉ちゃんも少し手伝って」
アルティアナはそう言うとベッドから降りようとしている。ミラとカロリナが両側から支え傍にあるテーブルへ歩いていく。椅子に腰かけたアルティアナの肩にカロリナはガウンを羽織らせた。
「ふふ、テーブルで食事するのは少し久しぶりです」
部屋の中にいるメンバーは自然とテーブルの席に着こうとする。ただ、アルティアナの部屋のテーブルは椅子が六個しかなく、ミラの父と祖父がなにやら言い争いを始めた。
「親父はそろそろ帝都に戻ったほうがいいんじゃないか? 政務を放り出して来たんだろう」
「おまえこそ昼は商業組合の代表と打ち合わせが有ると言っていたではないか、行かなくていいのか?」
「ホントは午前中の予定だったんだ。だいたい親父が倒れたりするからだぞ。客人を招くのも遅くなったし」
「おまっ、実の親に向かってもうちょっと気づかいとかないのか?」
「はいはい、親父殿の体調が心配なので部屋でお休み下さい」
「お、お前はアルティアナと暮らしとるじゃないか、儂は偶にしか会えないんだから……」
テーブルから少し離れたところで、男二人でコソコソと話している。
「おや、椅子が一つ足りないな、隣の部屋からもってこよう。詰めれば皆座れるだろう。フチ、少し手伝ってくれないか?」
椅子をもう一つ増やして、少し狭いテーブルで皆で食事をした。
最初は皆少し緊張しているようだったが、パンを両手に持ってムシャムシャ食べているトアを見て、なんとなく皆の緊張が弛んだ気がする。食後のお茶を飲み、トアや俺がアルティアナの質問に答えたりしながら、時間は穏やかに過ぎていった。




