25 辺境冒険者編2 エリーさん
翌朝、タセルの妻、ローザに起こされた。
店舗の裏にある井戸で顔を洗い、そのあと、ローザが用意してくれた朝食を食べる。
一見すると背が高く線が細い見た目なのだが、気が強そうな少し目つきのきつい美人で、短めのブロンドの髪と明るい表情で活発そうな印象を受ける。実際その印象の通り、快活で言動もハキハキしている。種族は人間だそうだが若くも見えるしそれなりの歳にも見える。年齢はよくわからない。聞くのも失礼だし。
昨日は店についたときに軽く紹介だけしてもらって、あとはタセルの持ち込んだ品の整理や検品に忙しくしていて余り話せなかったのだが、朝食の時に少し会話をすることが出来た。というか、トアのことが気にいったのか、やたらと構っている。
ミラの迎えは昼頃とのことだった。少し時間があるので近場を散歩でもしようかと、その旨をタセルに告げた。すると、リックをガイドとしてよこしてくれた。リックには申し訳なかったが、俺が迷子になったりトラブルに巻き込まれたりするとそれはそれでやっかいだとタセルはそう考えたのだろう。ミラに俺達のことを頼むと言われていたし。ちなみにトアはローザに捕まっている。
店の前で待っているとリックがやってきた。
「いやなんか、ごめんな、リック君も仕事あったんじゃないの?」
「いえ、旦那様の言い付けですからこれも仕事です。どこか行きたいところあります? 見たいものとか」
「いや、この町のことをまだよく知らないからね。その辺を適当にブラブラしようと思ってたんだけど、そうだなぁ、リック君にまかせるよ」
「僕のことはリックでいいですよ、フチさん。……うーんそうですね……」
リックは暫く思案していたが、やがて何か思いついたようだ。
「町はずれの教会に納品の仕事が有るのですが、よかったらそれに同行してもらえませんか?」
話を聞くと昼までには余裕で帰ってこれる距離で、治安の心配もないそうだ。彼の仕事も一つ片付くわけだし、快く了承した。
リックは店に引き返し、肩掛けの大きなバッグを持ってきた。それに納める品が入っているとのことだ。
「代金は先に頂いているので、届けるだけです」
タセルの店を出発し目的の町はずれの教会をめざす。差し支えなければ、と断ってから、納める品は何なのか聞いてみた。
「染料の原料ですね。ゴブリンの村でも仕入れましたよ。乾燥した草の束と鉱石みたいなやつがあったでしょ?」
「そんなのあったっけ? じゃあその人は染色職人? あれ、でも教会って言ってなかったっけ?」
「はい、古い教会に住んでいるシスターさんなんですけど、【裁縫】のスキルを持っていて服飾の仕事のために染色もやってるらしくて」
「ああ、修道院みたいな?」
修道院というとパンとかクッキーを作ってるイメージだけど、たしかに服とか布製品作って活動費の足しにしててもおかしくはない。そう思って尋ねると、違う、という返事が返ってきた。
「彼女はその教会に一人で住んでます。エリーさんっていうんですけど。たしかエリーザかエリーゼかそんな名前で……あの、ここだけの話なんですけど……」
そういうとリックはそのエリーさんという人のことを話し始めた。
見た目は若い女性で、シスターの格好をしているという。エリーさんが住んでいる町はずれの教会は、この町がまだ村だったころからあるとても古いもので、そこにいつの頃からかわからないが住みついているらしい。少なくとも百年は見た目が変わらないので人間ではない。しかしエルフではなさそうだし、獣人種でもなそうで、種族はよくわからないそうだ。
「へー、でも、町はずれに女性の一人暮らしって大丈夫なの? 見た目も若いんでしょ? この町って治安がいいんだなぁ」
「そこなんですよ、色々と噂があってですね」
リックの話は続く。やはり不埒なことを考える不逞の輩はいるようで、他所から流れてきたゴロツキや、チンピラの様な冒険者が何度か襲撃したらしいのだが、そんな不逞の輩はことごとく行方不明になったという。
「え、だったらそのエリーさんが取り調べとか受けたりしないの?」
スキルや魔法がある世界だ、女性一人で数人のゴロツキを撃退すのもあり得るのかもしれない。しかし、仮に正当防衛のような状況だったとしても、調査や事情の聴取ぐらいはありそうだけど。
「それが、無いらしいんですよ。領主と裏取引してるからとか、帝都のお偉いさんの関係者じゃないかって噂ですけど。実は最近もよそ者が行方不明になった事件がありまして……」
行方不明になったのは他所の町からきた冒険者で五人組だったらしい。どこからかエリーさんの噂を聞きつけ、どこぞの酒場で襲撃の計画を立てているのを、たまたま隣のテーブルで飲んでいた商人がきいてしまった。その商人は一応、衛兵と冒険者組合に報告したらしいのだがあまり真剣に対応してくれなかったそうだ。
結局その冒険者たちは姿を消した。それで、気になった商人は冒険者組合にそれとなく尋ねたそうだ。すると町を出て行ったとの返答だった。普通ならそこで終わる話なのだが、その商人は納得いかなかった。どういう手管を使ったのかわからないが、町の入出記録簿を調べたらしい。この町の出入りは身分の貴賤を問わずすべて記録される。結局その冒険者たちの外出記録は見つからなかったらしい。そして、その商人もこの町から消えたとか。
「ね、ね、怖くないですか? しかも、エリーさんが信仰しているのは、名も忘れられた古い神、だそうです。これ僕が直接聞いたんですけど」
「うーん、なんだかありがちな都市伝説っていうか、リックはそれ信じてるの?」
「半信半疑、ですね。一応お客様なのでそういうの失礼かなとは思うんですけど、この噂を本気で信じてる人もいますし。結構きれいな人なんですけど、町はずれの廃教会に一人で住んでるのは確かですし」
リックの話を聞きながら歩いていると、辺りの風景が寂し気というか、建物がまばらになってきた。どうやら町の外れに近づいているようだ。
「会えばわかりますよ、なんというか結構雰囲気ありますよ、エリーさん」
「え? 俺、会う必要あるの? 普通に外で待ってるけど」
「はっ? ちょっ、頼みますよフチさん、横に立ってるだけでいいんで、マジお願いしますよ。あの人ちょっと怖いんですよ」
「えー、どーしよっかなぁー」
「あ、あの教会です。もうホントお願いしますって」
そんなアホなやり取りをしている内にどうやら到着したようだ。
「わかったよ、横に立ってればいいんだろ? 一緒に行くって」
と、軽く返事をしたものの、いざその教会の前に立つとちょっと引いてしまった。
前もって色々話を聞いたせいか、それっぽい雰囲気に感じてしまう。歴史を感じると言えば聞こえはいいが、漆喰はほとんど剥がれ茶色の煉瓦がむき出しで、屋根には所々雑草が生えている。隣の敷地の墓地の墓石が朽ちて崩れているものが多いのもポイント高いな。っていうかホントにここに住んでるの? 完全に廃墟じゃないですか。
「ちわーっす、タセル商店ですけど、納品に来ましたー。エリーさーん、いますかー」
は? ちょっ、待てよリック、心の準備が。ていうか、本堂に声掛けするの? 納品って普通、別宅って言いうか居住スペースじゃないの? と色々考えていると中から女性の声がした。
「どうぞ、お入りください」
え? 居るの? この本堂に? お祈り中なの? この廃墟で? それはそれで怖いよ! などと俺が表面上は平静を装いながら心の中ではけっこう動揺している間に、失礼しまーす、とか言いながら、リックは本堂の門を開け中に入っていく。
一緒に行くと言った手前もあり慌ててリックについていく。教会の中は意外と小綺麗だった。いや、綺麗というより物が無いのか。ガランとした印象を受ける。
教会だけあって天井も高く仕切りの壁もないため、外からの見た目より広く感じる。いくつか天窓があり中は明るい。光を透す半透明の素材のようだ。中央正面に目を向けるが特に何かを祀っている様子はない。広いスペースの奥の方、壁際にテーブルや棚がいくつかと、物干し台のような物や、簡素なマネキンの様なものがあるのが見て取れる。他にもよくわからない道具とかが置いてあるようだ。そしてその横になぜかベッドと小さなテーブルが置いてある。ということはこの本堂で暮らしているのだろうか? それにしては、違和感というか、なにか足りない感じがする。
なにがおかしいんだろうと考えながら、教会の中を見回していると、一人の女性がこちらに近づいてくる。この人がエリーさんなのだろう。
シスターというから修道服のような格好なのかと思っていたが、裾の長いグレーのワンピースのような服を着ていた。これがこの世界のシスターの格好なのか。何かの作業をしていたのか袖口をひじの所まで捲り上げている。白に近い灰色の髪は腰に届きそうな長さがあり、後ろで緩くまとめられている。背は俺の身長より少し低いくらいか。ゆっくり目の衣服のせいで体格はわかりづらいが、首元や少し見えている腕を見た感じでは華奢な印象だ。顔はリックの言った通り美人だ。目は切れ長で鼻筋が通っていて顎も細く整った顔立ちをしている。
エリーさんは、リックからバッグを受け取ってそれを奥の作業台に運び、またこちらにやってくる。
「いつもありがとうございます。近いうちにまたお店に伺いますので、店主によろしくお伝えください」
そういって、リックに軽く頭を下げている。エリーさんは薄く微笑んでいるのだが、リックの話を聞いたせいか、なんとなく不気味に感じてしまう。綺麗な顔なのでなおさらだ。なんというか、顔は笑っているが、何を考えているのかよくわからないというか。いや、きっと先入観だ。初対面なのにこんなことを考えるのはエリーさんに対して失礼だな。
「ところで、そちらの方は? 新しい店員さんですか?」
エリーさんは俺の方に顔を向けながら、リックに尋ねている。えーと、失礼なことを考えたのはばれてないと思うんだけど。
「あー、いえ、この人は旦那様のお客人で、昨日この町に来たばかりなんです。それでその、散歩というか、町を案内するついでについてきてもらったんです」
エリーさんの質問がよほど想定外だったのか、リックは慌てて返答している。
「そうですか」
そういってエリーさんはじっと俺を見つめてくる。そのまましばらく時間が流れ、沈黙に耐えられず、とりあえず何か喋ろうと思ったときに、あの、とエリーさんが口を開いた。
「以前にどこかでお会いしましたか?」
俺とリックはつい顔を見合わせる。
「いえ、えーと、彼が言った通り、昨日町に着いたばかりですから。それ以前はずっと僻地の村にいたので」
ということになっているので、そう伝える。まぁ嘘ではないし。普段なら軽口の一つでも言えるのだが、なんとなく今は出てこない。隣のリックの顔色も悪い。
「あの、お時間がお有りでしたら、お茶でもいかがですか?」
エリーさんは俺の顔を見ながら静かな口調でそう告げてくる。
お茶といわれてふと先刻の違和感の原因に気が付く。この教会に暮らしているのなら、その割には生活感がなさすぎる。ベッドがあるのに食事をした様子というか、食料の様なものも見当たらないし、火を使った様子が無い。やはり、ここはあくまで作業場で、居住スペースみたいな施設が別にあって、そこに案内されるのだろうか。外から見た感じではそんな施設は見当たらなかったが。まぁ、何もないところから水を出す魔法もあるんだし、もしかしたらお茶ぐらい魔法で何とかなるのかもしれない。
俺がリックに目をやると彼は小刻みに首を横に振っている。
「いや、今日はその、時間があんまりなくて、あー、たしかもう一件用事があるんだよな?」
「え、いや、はい、そうでしゅね、もう一件」
いやいや、リック君、テンパり過ぎじゃね?
「そうですか。ではお名前を伺っても? ああ、私はエリーゼと申します」
「ええっと、リックといいます」
心の中で、彼は、と付け加える。
「は!? ちょっ! おい! 何言ってんすか!? フチさん!? あの! この人の名前はフチです! フチといいます!」
隣のリックが大慌てで訂正する。
「そう、彼の名前はリック、俺はフチです」
エリーさんは俺に一歩近づき、俺の手を取る。
「フチさん。今度また時間のある時にゆっくりお会いしましょう」
そのあとは特に何もなく、リックが早々にお暇の挨拶をしてその場を後にした。
しばらく歩き、教会から十分に離れた場所で、リックが口を開く。
「ちょっと、アンタ、とんでもないな! 何考えてるんですか!」
リックは噛みつかんばかりの勢いで文句を言ってくる。そんなリックをなだめすかし、気になったことを聞いてみた。
「ていうかなんか聞いてた話と違うっていうか、なんかえらく友好的というか積極的だったんだけど、なにあれ?」
リックはいまいち納得していないようで、少し憮然としながらも答えてくれた。
「……逆に聞きたいですよ。今までも何回か、その、僕の友達とかに付いて来てもらったことがあったんですけど、あんなの初めてですよ。というか、あの人、僕の名前も知らないはずですよ……今日までは!」
「まぁまぁ、商売人なら名前覚えてもらったほうがいいじゃん」
「それは、確かにそうですけど」
リックはしばらくブツブツ文句を言っていたが、機会があれば食事をご馳走すると約束してなんとか機嫌をなおしてもらった。お金は長老が持たせてくれたので少し持っている。まぁ、この世界の物価や貨幣価値がいまいちわかってないんだけど。
「でも、言った通り雰囲気あったでしょ。エリーさん」
確かに、不気味というか、何考えているのかよくわからん人だったが、もう一度会う機会があるのだろうか? ミラは貴族のコネクションでミシアに連絡を取るって言ってたし、うまくすれば意外とすんなり日本に帰れるかもしれない。
その後、リックとたわいない世間話をしながらタセルの店へと歩いた。




