21 ゴブリン村編17 Now returning
結局、あのあと長老にタマムシのことを説明することはできなかった。
長老の家にぞろぞろといつものメンバーが入ってきてやれ竜殺しだなんだのと口々に好き勝手なことを言い始めたからだ。
そもそも説明するのが難しい。魔女ミシアに寄生生物を植え付けられて、それに体を乗っ取られていた? 寄生生物に操られた俺が竜を殺したのは、その寄生生物が日本に帰って漫画が読みたいから。……うーん、伝わるかなぁ。丁寧に説明すればわかってもらえそうだけど。
ただ、ドルフとミラはダメだな。まるで物語に出てくる英雄の扱いだ。ドルフは少し面白がっているみたいだが。
竜がどれほど恐ろしい存在だったか、そしてトアを庇い傷を負いながら、竜に立ち向かう俺。トアとミラに指示を出し、竜の腕を駆け上がり逆鱗をナイフで一突き。
たしかに見たままそれが事実ではあるんだけど。その話をニコニコしながら聞いているリジーの中で、俺がいったいどんな存在になっているのか、ちょっと怖いような気がする。
俺が目を覚まして二日後 そのドルフ、リジーもドワーフの里へ帰っていった。リジーの治療が無事終わったからだ。これ以上、このゴブリンの村に滞在する理由が無い。別れの見送りのとき、ドルフが竜にとどめを刺したナイフを改めて差し出してきた。気にはなっていたのだがドルフが回収していたらしい。
「以前は貸すと言うたが、もはやお前のものじゃ、受け取ってくれ。儂は竜殺しの武具を打ったという誉を得た。だが、それ以上に代えがたいのは、リジーの命が救われたことじゃ。儂が、……儂らがどれほどの喜びを得たのか、どれほどの感謝をしているのか、お前はわかるまいな。……このナイフが少しでもお前の旅の助けになることを願うておる」
俺はだまってナイフを受け取った。竜殺しとかさんざんからかわれたりしたけど、気持ちのいいおっさんだった。
ドルフと話している間にリジーとミラが話をしていたので、あとで聞いてみると、ミラの妹に会わせたいので春になったら町を訪ねてくれと言う話をしたそうだ。ドワーフ達は人間の町の商人と彼らが製作した鉄具や武具の取引があり、年に数回は町に赴くらしい。他にもなにか約束をしたらしいのだが、内緒だと教えてくれなかった。
それからさらに二日後、ゴブリン村から一番近い人間の町、ガサの町から、行商人が訪れた。
商人の名はタセル。小人族の男性で見た目は少し老けた中学生にしか見えないが、既婚者でそこそこな年齢だという。護衛を二人連れてきており、冒険者ではなく商人の専属護衛で商会の従業員みたいなものだといっていた。一人はダナという名の中年の男性でガッチリした体躯で無精ひげが印象的なナイスミドル。もう一人はリックと言う名のいかにも見習いと言った風情の少年。あとは荷車をひいてきたロバ。
タセルは、以前の魔女ミシアが行った遺跡調査のときに、ガサの町で雇われた冒険者だったという。その調査で荷物持ちと斥候の役割を行い、調査の報酬と探索で得た財宝をもとに商売を始めた。今はそこそこ大きな商会になっているそうだ。その探索行で長老とも知り合い、それ以来の付き合いでこうして定期的に行商に訪れている。
商会のオーナーというか社長みたいな立場なのに、なぜ危険を伴う行商を行っているのかと尋ねてみると、一言で言えば趣味だという答えがかえってきた。
小人族は旅に身を置く種族といわれているそうで、もともと遊牧民のような生活をしている種族だが、その生活からも飛び出して冒険者は元より、行商人や旅芸人、吟遊詩人など世界中を旅してまわる者が多いという。
タセルは商売で成功しガサの町に商会を持つに至ったが、やはり旅をすること自体はやめられず自分の店は家族に任せ、一年の内に数か月は行商に赴いているらしい。
タセルとの商談の前に、長老は俺とミラ、ギルバートの紹介をしてくれた。
タセルは俺がミシアの縁者であることも驚いていたが、ミラとギルバートがここにいることにもっと驚いていた。
なんでも、正式に発表されたわけではないのだが、辺境伯のご令嬢が行方不明になっているという噂が商人や冒険者達の間で流れており、誘拐されたとか、どこぞの誰かと駆け落ちしたとか、そんな話が広まっているらしい。
そのあたりの話は夜にでもしようということで、まず商談を行うことになった。
タセルと長老、村長のフレジで、村の共有物資の交渉が行われる。
村では手に入りにくい岩塩や砂糖、蜂蜜、穀物の種などと魔獣の毛皮や干し肉、長老特製の薬各種を物々交換していく。
実は、村のそばの畑で作られているイモはもともとタセルが持ち込んだ種イモを育てて増やしたもので、次の春からは小麦も育ててみるそうだ。
おおまかな交渉が終わると、今度は井戸のある広場で商品を広げ、村のゴブリン達と交渉を始める。先ほどの塩や砂糖に加え、日持ちのするクッキーのような菓子や飴玉といったもの。珍しい物ではガラスのコップや陶器の食器、派手な色の反物を切り売りしたりしている。ゴブリン達は、毛皮やその加工品、木の皮で編んだ籠や木製の加工品などと交換している。
見習風の少年が商品を運んだり受け渡しの手伝いをして、中年の護衛は少し離れたところでじっと様子をみていた。
村中のゴブリンが集まって来て、お祭りみたいな騒ぎになっていたが、実際にその後そのまま祭りというか宴会が開かれた。
広場では大きな焚火をし、肉を焼き、タセルが持ち込んだ酒が振るまわれている。見張りのゴブリンもこまめに交代して全員が参加できるようにフレジが手配していた。酒がはいったゴブリン達が焚火の周りで踊り始める。はたから見ると悪魔の儀式みたいだななんて考えてちょっと笑ってしまった。ふと、もしかしたらタマムシが感情をコントロールしているのかも、と思ったが、すぐに考え直す。
俺はたぶんゴブリン達が好きなんだと思う。この過酷な辺境の小さな村で身を寄せ合って生きている彼らは、たぶん人間よりも純朴で誇り高い生き物だ。少し羨ましいような感覚すら覚える。そしてこの感情はまちがいなく俺のものだ。
少し離れた場所でふるまいの肉をかじっていると、ミラが近づいてきた。さっきまで、買い占めた飴玉をゴブリンの子供たちに配り、お大尽をしていたのだが。
「お大尽とは人聞きがわるいな」
笑いながらそう言ってくる。
「この村での生活も終わりだな。短い間だったが、色々なことがあった。少し寂しい気もするが、ゴブリン達がこんなに気持ちのいい連中だとは思わなかったよ」
「そうね、最初は、この薄汚いゴブリンどもめ、とか言ってたよね」
「……それは、言わないでくれ」
ミラは顔を真っ赤にして俯いている。
そのあと少し他愛無い話をしていると、トアとタセルがやってきた。
「フチ、マシュ達が呼んでるです。お前から話を聞きたいそうです」
「フチさん、ゴブリン達に聞いたんですが、竜殺しってどういうことです? くわしく話を聞かせてもらいたいんですけど」
あー、しまった。ミラとギルバートには口止めしたけど、ゴブリン達は忘れてたなぁ。あの現場で見てたんだからそりゃ家族とかに話すよな。あー、めんどうだなぁ。
「そうか、知られてしまったのならしかたがない。タセル殿、私が説明しよう。私もその場にいたからな、詳しく説明できるぞ」
ミラが目を輝かせてタセルに話し出す。
一方の俺はそのまま焚火の方へ引っ張り出されて説明させられた。ゴブリンの子供たちと奥様ゴブリンが集まっていて、俺は半ばやけくそ気味に竜退治のあらましを話して聞かせる。といってもあったことを淡々と話して聞かせるだけだが。
途中でトアの説明や付け加えがあったりしたが、ゴブリンの子供たちは目をキラキラさせながらきいていた。
「怖くなかったの?」
「ねぇ、竜殺しの剣をみせてよ」
「あ、それってみすりるのナイフなんでしょ? かっこいいなぁ」
俺の話がひと段落し、子供たちに囲まれているとトアが声をかけてくる。
「水を持ってきてやるです。肉も食うですか?」
左腕はまだ動かないが、怪我もだいぶ良くなり痛みも引いてきた。しかし、トアは俺に対して優しい。もともと優しい子だけど。まぁいいかと思い、お願いする。
トアが離れたのをみて、マシュが話しかけてきた。
「ねぇ、フチはホントは強かったんだね。トアを守ってくれてありがとう。でも、ほんとのありがとうは別なんだ」
上手く言えないんだけど、といってマシュは続ける。
「フチが村に来てから、トアは明るくなったし嬉しそうだった。そんなトアを見て僕たちも嬉しかったんだ。それに僕たちも前よりトアと仲良くなれたと思う。だからありがとう。それと……」
ナイフを俺に返しながら言う。
「フチとトアは旅に出るんでしょ? トアを守ってね。フチがいれば安心だと思うけど。おねがいします」
マシュはええ子や。俺は柄にもなく「任せろ」と返事をし、少し考えて付け加えた。
「あー、左腕が治ったらね。それまではトアに守ってもらわなきゃな」
俺がそう言うと、周りにいた子供たちや奥様ゴブリン達は笑っていた。
そんな話をしていると、トアが戻ってきた。
「フチ、ミラの話の中のフチが凄いことになっているです。ちょっと来いです」
なんだそれ、と思いながらミラとタセルの方へ向かう。
そこには長老とミラとタセル、珍しくフレジがいた。ギルバートはどこだと思い見回すと、少し離れた所で、中年の護衛ダナと話し込んでいるようだ。
「聞きましたよ、フチさん、いやぁ、あの魔女の縁者なら普通の人ではないと思いましたが、まさか古竜を退治するほどのお人とは!」
タセルが少し興奮気味に話しかけてくる。酒のせいか顔も少し赤い。その横でミラがうんうんと頷いている。
「フチよ、酒は飲まないのか? こんなときぐらいしか出ないのだから、よかったらどうだ?」
フレジがそう言って酒の入ったお椀を差し出してくる。この人も少し酔っているようだ。まぁ、一口ぐらいは貰っておくかと、差し出された椀を受け取ろうとしたら、トアがその椀を横からさらっていく。
「フチはまだ怪我が治ってないからダメです。水でも飲んでろです」
「……トアよ、お前、フチの奥さんみたいだな。一口くらい良いではないか」
横から椀をとられたフレジが少し呆れたように言う。
「おくっ、……何をわけにょわからないことをいうです!」
あ、ちょっと噛んだ。しかも顔真っ赤だし。もう、トアはかわいいなぁ。そう思いながら眺めているとミラが俺をを見ていることに気が付いた。その表情は少し引いている。今の会話はゴブリン語だが内容がわかっているのか?
「おまえ……やっぱりロリコ「ちーがーいーまーすー! 変な言いがかりはやめろ! 竜殺しの話といい、いいかげんにしないと風説の流布で訴えるぞ!」
その後もなんだかんだと宴は続き、夜は更けていった。
翌日、幾つかの確認や、人間の町や国の情勢などの話を聞いたりして、結局、村を出発するのは午後からとなった。
その日、ついに降り出した雪が朝から薄く積もっている。今もチラチラと舞う雪の中、村の南門には手の空いているゴブリン達が見送りにきてくれていた。
「トア、気を付けていくんだよ。ミラ、トアとフチを頼むよ」
「はい、ラステインの名に誓って」
長老はミラを見て一つ頷くとトアに近づき軽く抱きしめる。
「トア、アンタがどう思っていようと、アンタはアタシの子さ。ここがアンタの家でみんなアンタの家族なんだから、いつでも帰ってきな」
「うん……いってきます。お母さん」
トアは本当に小さい声で呟いた。
「ああ、次に会うときは、若返りの薬でも作って、アンタより若くなってるかもしれないよ」
長老はそう言って笑う。
「ギルバート、薬は持ったかい? 何度も言ったけど、アンタが助かったのは本当に奇跡だよ。拾った命を大切にしな」
「はい、お世話になりました。いつかこのご恩を返せる日が来るとよいのですが」
長老は何も言わずにただ頷いただけだった。
「フチ、アンタがこの辺境に現れて、色んなことがあった。言いたいことはたくさんあるんだが、今は一言だけ」
そう言って俺の手を取り、ぐっと握ってくる。
「トアのことを頼むよ。アタシの自慢の娘さ」
「……はい」
やっぱり気の利いた言葉は出てこない。
見送りのゴブリン達も口々に別れの言葉をかけてくる。皆に手を振りゆっくりと歩き出す。
気を利かせたのか少し離れた場所で待っていたタセル一行と合流し、辺境の町ガサを目指す。
俺の日本へ帰る旅が、今やっと始まった。




