20 ゴブリン村編16 たまちゃんファイト
目の前にいた少女の姿が掻き消える。
セピア色だった世界の色が元に戻った。その瞬間ものすごい勢いで竜の右腕が振り下ろされる。呆然と見ていたが、体が勝手に横に転がって竜の腕を避けた。俺は転がった勢いを利用して素早く立ち上がる。痛みどころか何も感じない。まるで他人事のような感覚で目の前の出来事を見ている。
俺は辺りを見回す。竜の体や腕に新たな蔦や木の根が絡みついている。長老が拘束魔法をかけ続けているようだ。
「む、左腕が動かんな……ぐぅ、これが……痛みか……」
俺が何か小声で呟いている。そして、小声で笑っているようだ。
「くくく、そうだ、これが痛み。……痛みを感じるなど何時ぶりだ? しかし、今は邪魔だな、消しておくか」
うわー、俺の声で俺がなんか言ってる。きもちわる。……なんだろう、視覚と聴覚だけで他の感覚がまったくない。ゲームの一人称視点っていうのか? バーチャルリアリティの一人称視点の映画とかがあったらこんな感じかもしれない。
トアとミラが駆け寄ってくる。
「フチ、ひどい怪我です! ……わたし、わたしの……」
トアは俺の側に来ると俯いて自分のローブの裾を握りしめている。
「フチ! 大丈夫か!? 竜は長老が抑えている、もう少し離れよう。まさか本当に生き返るとは……」
ミラは竜を警戒しながら、剣を抜く。
「たしかトアといったな? 竜に拘束魔法を。えーとアンタ、この子を守ってくれ」
俺は、というか、俺の体を操っているタマムシは、二人にそう指示をする。腰にさしていたナイフをとるが、左手が動かないので口でフックを外し鞘を外す。刀身が淡く光る。ドルフに借りているミスリルのナイフだ。
「お前、本当に大丈夫なのか? 血が……」
ミラにそう言われ俺は足元に目をやる。小さいが血だまりが出来ている。左肩と、たぶん背中の傷だ。
「フチ、わたしが、……わたし、魔法で……怪我が……」
トアは俺の方を泣きそうな表情でブツブツとつぶやいている。
「おい小娘! トア! しっかりしろ! お前の魔法をあてにしてるんだ。竜の左腕が厄介だ。少しの間で良い、抑えてくれ」
俺は、ミラの言葉を無視してトアに指示を出すと竜に向かって駆け出す。竜の首や肩の拘束はまだがっちり効いている。竜の右腕が俺に向かって横なぎに振るわれるが、俺は身を低くして躱した。
体の感覚が無いのでわからないが、今のは少しかすったんじゃないか?
「ちっ、この体思ったより動かん。もう一発くらったら死ぬぞ」
かわした竜の右腕がまた襲ってくる。往復ビンタの要領だ。あ、これは躱せないんじゃないか?
俺を操るタマムシもそう判断したのかナイフを構え腰を落とす。いや、ジャンプしてかわすつもりか? 俺の足で? ……これは無理じゃないかなぁ。あれって大型バイクがつっこんで来るようなもんだよ? いや、大型バイクに突っ込まれたことはないんだけどさ。控えめに判断しても死んだなこれは。感覚がないので実感がない。ゲームのキャラが死ぬような感じだ。
俺だったら目を閉じているところだが、タマムシの操る俺はナイフを構え瞬きひとつしなかった。そして、竜の右腕は俺の目の前でピタリと止まった。見ると竜の右手首部分に蔦が巻き付きギリギリと音を立てている。さっき見た感じでは、長老は首と肩を抑えるのにいっぱいだったはずだ。トアには左腕の抑えを頼んだはずだが……。
タマムシも同じことを考えたのか俺の視線がトアの方に向く。
トアは拘束の魔法を使っていた。ただし、かざした両手は別々の方向に向いている。それぞれ竜の右腕、左腕の方向、つまり両腕を完全に抑えこんでいる。すげーな、あんなこと出来るんだ。
「このタイミングで腕を、しかも両腕を抑えるだと? あの小娘凄いな。でも、なんで泣いてるんだ?」
遠目だがたしかにトアは泣いているように見えた。半泣きというか、全泣きだな。
俺は目の前の竜の右腕に飛び乗る。腕の上を駆け上がりながらナイフを逆手に持ち変える。俺でもわかる。狙いは逆鱗だ。
まさに飛び掛ろうとしたその瞬間に竜の首の拘束が緩む。俺は間一髪で踏みとどまった。しかし竜の腕の拘束もいつまでもつのか。飛び降りて一度態勢を立て直した方がいいんじゃないのかと、そう考え始めたそのとき、ガクンと竜の首が引き戻される。そのまま太い木の根でギリギリと締め付けられる。俺の視線はチラリとトアを振り返る。トアはこちらを、竜の首を睨みつけている。
「三ケ所同時だと? 相手は竜だぞ。あの小娘何者だ?」
俺はそう呟いて竜に飛び掛る。
「だが、これで!」
俺のナイフは逆鱗を貫いた。竜はまたもや絶叫をあげる。しかし、その声が徐々に小さくなるにつれ竜の体も脱力していく。
しばらく刺さったナイフにぶら下がっているような状態だったが、やがてナイフはするりと抜け俺は地面にずり落ちる。
「二ヶ月以上かけて溜めた魔力がすっからかんだ。またしばらくスリープモードだな。イチロー、また……」
俺は、いやタマムシはそういって沈黙した。体の感覚がゆっくりと戻ってくる。とたんに全身に猛烈な痛みが襲う。
「ぐぅうああああぁぁぁあぁあ…」
全身まんべんなく痛いのだが、左肩と背中がとんでもなく痛い。自分が声を出していることにやっと気が付く。のた打ち回って叫びたいのだが体がよく動かない。トアとミラが駆け寄ってくるのが見える。
トアが俺のそばにしゃがみこみ、魔法を使う。たぶん癒しの魔法だ。ほんの少しだけ痛みがやわらぐ。
「なんで!? 血が止まらないです! ミラ、オババを呼んでください!」
「あ、ああ」
ミラは立ち上がり遠ざかっていく。
「フチ、フチが……わたし……」
トアはボロボロと涙を流しながら、魔法をかけ続けている。
俺はトアになにか声を掛けようと思ったがうめき声しか出ない。なに泣いてんのとか、鼻水出てるぞとか、だめだな気の利いた言葉が出てこない。まぁ、その前に声が出ないんだけど。
なんとか右手を動かして、トアの涙を拭う。
「なく、な……」
やっと絞り出した言葉はやっぱり気が利かない言葉だ。ダメだな、こんなのは苦手だ。自然と口角が上がるのを感じながら意識が遠のいていく。
しかし疲れた。頑張ったのタマムシと俺の体で俺はそんなに頑張ってないんだがなぁ。あ、体は俺だから俺が頑張ったことになるのか? まぁ、どうでもいいか。少し休もう。
「あ、おきた。シルビアさん。フチさんが目を覚ましたよ」
目を開けると横にリジーが居た。俺のことをずっと見ていたのか? 暇だな。この子。
「わたし、トアちゃん呼んでくるね」
ここは、長老の家か? 周りをもっとよく見ようと思って、体を起こそうとしたが失敗した。動かそうとすると左肩と背中が痛い。特に肩。いや、ゆっくり動けばなんとか……あ、無理だコレ。
「どうだい? 気分は」
長老が俺の横に腰かけて声をかけてくる。
どうだろう、肩と背中が痛い意外は、問題ない気もするけど。うーん、全身が筋肉痛かな? そう、伝えようとして、口の中がカラカラなことに気が付く。喉が張り付いたみたいになっててうまく声が出ない。
「水と、これは痛み止めなんだが、頭だけでも起こせるかい?」
痛み止めはともかく、水は飲みたい。小さく頷くと、長老が頭を少し持ち上げてくれた。背中が痛かったが仕方ない。少し水を飲み、そのあと痛み止めだという苦い草の汁みたいなやつをなんとか飲みこみ、また水を飲んだ。
少し筋肉がほぐれたのか、首は動かせるようになった。
「しかし、あんたもタイミングが悪いね、トアもさっきまでいたんだけど、隣の家で休んで来るように言って、今……」
「フチ!」
長老の言葉を遮り、俺の名前を呼びながらトアが家の中に駆けこんでくる。俺のそばまで来ると座り込み俯いてしまう。
「……やっと目を覚ましたです。わたしとオババがどれだけ治癒魔法を施したと思ってるです? もうずっと、ずうっっーとです。ぜんぜん魔法が効かないから、わたし……」
そこで、トアの声は途切れる。少し待ったが話を続ける様子はない。というか、話せる様子ではない、か。
「あー、トア」
さっき水を少し飲んだおかげか、わりと、普通の声が出せたと思う。
「ありがとな」
上手く言えた、と思う。実は喋るだけで背中が痛い。あんまり長いセリフは無理っぽいので、シンプルに、しかも俺は意外と元気ですよ、とアピールできたと思うんだが。
「……うん」
トアは消え入りそうなか細い声で返事をする。そして、ポロポロと涙をこぼしている。あー、なんというか、やりにくいというか。どっちかと言うと、憎まれ口の一つくらいお願いします。
頭でも撫でようかと思って右手を上げたが、ぜんぜん届かない。その手をトアが優しく握ってくれた。
「さ、フチはもう大丈夫さ、受け答えもしっかりしてる。アタシが見てるから、トアは休んできな。今度
はアンタが倒れちまうよ」
長老はそういってトアの頭をくしゃくしゃと撫でる。
トアはしばらく俺の手をとってじっと俯いていたが、長老に諭されしぶしぶといった様子で離れて行った。
その後、痛みどめが効いてきたのか、俺はいつのまにか眠っていた。
左肩がじんわりと温かいような感覚に目を覚ます。
「おや、おこしちまったかい?」
どうやら長老が治癒術をかけてくれていたようだ。
「起きたついでに、これを飲みな。それと、なにか食べれそうかい?」
長老にそう言われて、体を起こそうと試みる。痛み止めのおかげなのかだいぶましになっている。なんとか体を起こし、具が入っていないスープと一欠片だけ干し肉を食べ、薬を飲む。
そんなことをしながら、俺が寝ている間のことを、つまり俺の意識が無くなってからどうなったのかを説明してくれた。
「ふーむ、どこから話せばいいのか」
そういって長老はゆっくりとその後の経緯を話してくれた。トアや他の皆のこと聞くと、俺のための薬草を採りに行っているらしい。
「アンタには魔法が効き辛くてね、普通なら魔法でやる治療をどうしても薬草に頼らないとならないのさ。普段は魔法でやっちまうもんだからその手の薬の作り置きも無くてね。まったく、傷口を縫ったのなんて、本当に久しぶりだったよ」
俺が、いや俺の体を操るタマムシが竜の逆鱗にナイフを突き立ててから、三日ほど経っているらしい。
俺は体内魔力というものがほとんど無い。そのせいで、魔法やスキルは使えないと説明を受けていたのだが、体内の魔力に作用して効果を発揮する治癒魔法や身体強化魔法もほとんど効かないらしい。
俺の傷の状態は深刻で、しかも治癒術の効きが悪い。現場での治療は困難だとの判断と、さらに時刻が夕暮れであったので、一時村まで撤退することにしたそうだ。一応、撤退する前に、もう一度拘束の魔法を竜に施し、俺に治癒術を施しながら撤退したという。
翌日、ドルフとミラ、ギルバート、ゴブリン達で竜の様子を見に行ったのだが、姿がなかったという。まるで消えたようだったと言っていたそうだ。
「消えた?」
俺はその言葉が気になったので聞いてみた。
「ああ、そう言っていたよ。拘束を引きちぎるでも、地面を掘り返すでもなく、まるでその場から消えたみたいに姿が無かったらしい。アタシやトアはまだ見に行っていないんだがね」
居なくなったものはどうしようもなく、あの大穴もそのままにしてあるそうだ。
「それより、トアがひどく取り乱してしまってね。聡いあの子があんな風になるのは初めて見たよ。ただ、もしあの時、あの子が竜の腕の一撃を受けていたなら、命はなかっただろうね。だから、アンタには礼を言っとくよ。……トアをたすけてくれて、ありがとう」
長老はそう言って軽く頭を下げた。
「さて、アンタの傷が完全に治るのはそれなりに時間がかかるが、動けるようになるのはすぐさ。これからどうするかを考えておきなよ」
「これから?」
長老の言葉に思わず聞き返してしまう。
「ああ、ニホンに帰るんだろ? トアも付いていくといっていたよ。アンタが一緒に行こうって言ったって聞いたけど、本当かい?」
「あー、帰る話をしたら、寂しそうだったんで。長老や他のゴブリン達が許可したらって言ったんですが」
「許可も何も、そんなものが無くったって、あの子は行くだろうね。はぁ……トアのことをよろしく頼むよ。そして、できればいつかまた、この村を訪れておくれ」
たしかドルフにもそんなことを言われたな。
「……約束はできませんけど」
「かまわないよ。トアのことも、じつはそんなに心配はしていないのさ、あの子はあれでしっかりしてるし、アンタのこともね。まさか、その傷で竜に向かっていくとは思わなかったよ」
「いや、あれは……」
「あのとき、色々な選択肢があったのはたしかだが、アンタが選んだ行動は、後から考えても最善だった。あの時点で竜を無力化できなければ、どうなっていたか……」
「あー、あれはですね……」
タマムシのことを説明しようとしたとき、トアとドルフが長老の家に入ってきた。
「おお、竜殺しよ、起きれるようになったか」




