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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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17 ゴブリン村編13 ミスリル


「うーん、やっぱりこっちに来ているです」


 ドラゴンを発見した日から十日ほど経っている。天候にもよるが、ほぼ毎日魔法による偵察と観察を行っている。


「それにあいつ暴れっぱなしです。きっとあたまがおかしいです」


 トアは【共感】の術を解き、なにやらブツブツ文句を言っている。

 森に現れたドラゴンは、やはり正気ではないようで、昼夜を問わず暴れているようなのだ。もちろん四六時中観察しているわけではないので確かなことはいえないのだが。


 そして少しずつではあるのだが、南下してきているという。つまり、この村の方に近づいてきているということだ。


「そうだね。冬も近い、森の獲物が少なくなったら、どう動くか……」


 長老はトアの頭を一撫でして、薪割りをしている俺の方へ近づいてくる。


「冬備えもだいぶ捗ったし、あの竜をなんとかする算段をしようか」


 ドルフは相変わらずゴブリン達と狩りに行っているが、実はミラとギルバートも同行している。ミラがどうしてもと懇願したのだ。ドルフはミラのことが気に入っている様子なので、あっさり同行を許していた。狩りから戻ったドルフの話を聞く限り、ミラとギルバートはそこそこ活躍しているようだ。そしてゴブリン達ともうまくやっているらしい。ミラは簡単なゴブリン語ならわかるようになったと言っていた。


 ドラゴンについては、これまでのトアと長老の観察でわかったことがいくつかある。たとえば、翼はあるが空を飛ぶ様子はないこと。古竜は知性があり魔法も行使可能とされているがその様子はないことなどだ。

 長老の話では、古竜が行っている、飛行やブレス攻撃は物理現象として説明するのは不可能なので、古竜独自の魔法ではないか、とされているという。件の竜は完全に理性を欠いている様子なので魔法的な行動を行えないのではということだった。


 でも、本能でやってるなら、暴走状態? でもできるのでは? 人間だってパニックになっても歩き方や喋り方をわすれたりはしない。という内容を長老に尋ねたところ、どうやら普通の暴走状態ではないらしい。

 個体差はあるが、古竜には喉の下あたり逆鱗という急所があり、そこに触れられると激昂するらしい。ある伝承では逆鱗を触られた古竜は理性を無くし、三十日間暴れ続けて一国を滅ぼしたという逸話があるそうだ。気高く温和で理知的な竜だったが、言葉を忘れ、空を飛ぶこともせず、魔法を使うでもなく、ただただ暴れ続けたという。

 そして今、森で暴れている竜の逆鱗と思われる部分に、なにやら赤黒いブヨブヨしたものが張り付いており、それが原因で暴走しているのではないか、というのが長老の見立てだ。その見立てを信じ切るのは危険だが、今のところ空を飛んで移動したり、魔法やブレスを使うそぶりはないという。観察期間が短いことと、古竜自体の生態がほとんど謎なため、楽観はできないが。


 すでに、この十日の間に、色々な話し合いが行われている。

 まず、万が一、竜が村へ向かってきた場合の非戦闘員の避難をどうするか、またどのタイミングで行うか。そしてその竜を迎撃するのか、やりすごすのか。もう一つは竜が森から動ない、または北や東などに移動し、この村には直接的に被害が無い場合、他にもドワーフの里の方に移動を始めたらどうするのか。などなど考えられる色々なパターンを検討した。


 そして、この日の夜、具体的な方針が決定された。それは、積極的防衛。森の外におびき出し、撃退、もしくは暴走の原因を取り除くというもの。


 竜の動向、つまり、村の方へ来るのか来ないのかを心配したり、まかり間違って森の浅層に居座られたりすると、森の恵みによって成り立っているこの村の生活ははっきり言って崩壊する。それはドワーフ達も同じだ。また、竜が森の深部で暴れているためか、森の浅層に仕掛けていた罠による収穫がいつもより多く、毛皮や肉などのノルマを早めに達成できたことで、今ならゴブリンの雄やドワーフ達の人員を動員できる状況もこの方針決定に至った理由の一つだ。


 翌日から迎撃のための準備と避難の準備が始まった。決戦の地は森の手前の大岩の近く、つまり森と平野の境、そこに罠をしかける。具体的には落とし穴だ。竜の巨体を落とす穴なので、深さは十メートル以上は欲しい、直径は二十メートル以上だ。村の見張りや警護に最低限の人員を置いて、ほぼ総出で出向いている。何名かの雌のゴブリンも後方支援の雑用や炊き出しの要因として駆り出されている。ちなみにリジーもその一員だ。病の治療や本人の希望もあり、この場所に連れてきている。長老は渋っていたがドルフはむしろ長老やトアの傍に置いておいた方が安全だと言って、半ば強引に同行させていた。


 さて、作業の内容なのだが、一言で言うとひたすら穴掘りだ。

 穴を掘る魔法というか、土を柔らかくする魔法はあるのだが、それで掘った土が消えてなくなるわけではない。あとは延々と土運びである。また周辺に結界を張り魔物除けをほどこしても、警戒や魔物との戦闘がなくなるわけではなく、そちらにも人員が必要で、なかなかに困難な作業だ。

 中でも一番参っていたのはトアだった。偵察の魔法と結界の維持や魔物との戦闘、そして穴掘りの魔法を繰り返し使うのだ。どれも作戦と作業の根幹なので手を抜く訳にもいかない。


 日が経つにつれ、森の獲物が少なくなった為か、竜の一日の移動距離が伸び始め、余裕を持って始めた作業だったが完成する前に竜が来てしまうんじゃないかと少し心配になったほどだった。


 結局、行商人は現れず、行商人に同行して帰還するはずだったミラとギルバートも現場で作業に参加していた。ゴブリンの村から人間の町まで五日、さすがに長老も危険な荒野を二人だけで帰還しろとは言えず、本人の希望もあり作業に参加したというわけだ。ミラは行商人が来ないので仕方ないといいながら、心なしか嬉しそうにしていた。

 ともあれ、罠は完成し、完璧とは言えないが一応迎撃の準備は整った。後はなんとかして誘導し罠に誘い込むだけとなった。


「少し、東にズレているです。でもこのくらいなら誘導できるです」


 竜を迎撃すると決まってから、トアの【共感】で獣を囮に使い竜の誘導を試みている。本来、感覚を共有する魔法で、行動を操ったりする魔法ではないと長老はいっていたが、毎日の観察、偵察で【共感】を繰り返し使ううちに、トアは獣を自分の体のように操作し始めた。「なんだか、なれてきたです」とか言っていたが、もはや【共感】ではなく別の魔法だと長老は驚きを通り越して呆れていた。


「明日の、昼前か、遅くても夕方にはここに来るです」


 最後の誘い込みは足の速いゴブリンが行うことになっていたが、まずはトアが操る鹿の魔物を囮に使うことになっている。他にも罠に誘い込んだ後の動きの確認や、不測の事態が起こった時の動きなど、そして、どうしようもないときはどこに逃げるのかなどをもう一度話し合い、それぞれが動きを確認していた。ドルフとドワーフ達数名。ミラとギルバート、ゴブリンが十数名。そして長老とトアと俺。リジーは雌のゴブリン達と一緒に村へ帰している。ずいぶんとごねていたが、流石にドルフと長老が許さなかった。


 話し合いが終わり、見張りの交代などを行いながら夜は更けていく。


 トアは日が昇ると同時に偵察と誘い込みを行うことになっているため、もう毛布にくるまって寝ている。俺に見張りなどの大事な仕事が任されるはずもなく、長老から「アンタは眠くなったら寝な」という温かい言葉を頂いている。なんだかなぁと思いながら、焚火にあたっていると暗がりからミラが歩いてきた。


「なんだ、まだ起きていたのか、フチ」


 ミラは俺にそう声をかけ、焚火のそばに腰を下ろす。


「最初の見張り番だったのだが、いま交代してきたのだ。ギルもそろそろ来ると思う」


 ミラは焚火に薪を足しながら、話を続ける。


「そうだ、フチに言っておくことがある。もしかしたらもう聞いているかもしれないが、以前、私がシルビア殿と霊薬の対価の話をしたのを覚えているか? たしかフチもそこにいたはずだ」


 そう言われれば、そんな話をしていたな。結構前のことのように感じる。俺が曖昧に頷くのをみてミラは言う。


「その対価なのだが、フチの後ろ盾になること、そして出来れば魔女の元へ送り届けること、だそうだ。そういうことなのでよろしく頼む」


「あーいや、よろしく頼むのは俺でしょ、って……それが対価ってのもなんだか……」


「もちろん、私は納得していない。お前は間接的にも直接的にも私やギルの、そして妹の命の恩人だ。まぁ、妹の治療はこれからだが。……代価の件がなくとも、フチの帝国での生活は保障するつもりだった。しかし、シルビア殿に改めてそういわれるとな」


「いや、そうじゃなくて……」


 どうしても、遠慮というか、俺なんかにそこまで気をつかわなくても、と思ってしまう。実際たいしたことはしていないと思うんだが。


「そうだ! シルビア殿に迷惑がかからないような恩返しをなにか考えてくれ、フチはそういうの得意だろう? 異世界の知恵とかで何かないか?」


「あー、そうですねぇ…」


 そのあと、思いついたことを適当に話していると、そこへドルフとギルバートがやってきた。


「おお、ここにおったか、ミラよ、これを」


 ドルフはそう言うとミラに布に包まれた棒のようなものを差し出す。


「……これは?」


「わしが、昔打った剣じゃが、おぬしにやろう」


 ミラは戸惑いながら立ち上がり、剣を受け取る。持ち手まで含めると百二十センチメートルくらいか。鞘は革製で革紐で幾何学模様の意匠が施されている。持ち手の部分にも革を巻きつけてある。柄頭や鍔には特別な意匠は施されておらず、武骨な拵えという印象だ。ドルフの言葉を聞きながらミラは受け取った剣を抜く。片刃の刀身も少し幅が広いか、というくらいで特に変わった所は見受けられない。強いて言えば淡く光を発しているように見える。


「……これは……まさか、ミスリルの剣?」


「そうじゃ。銘はない。その剣を仕上げたとき、鍛冶師として一人前と認められたのじゃ。もうすいぶん昔の話じゃがな」


「これは、……こんなものはとても受け取れない!」


 ミラは叫ぶように言う。しかし目線は刀身から離れない。


「気に入らんか? たしかに、女のおぬしには少々飾り気が無さすぎるかもしれんが……」


「そうではありません! ……ミスリル製の武具を持つ者は、歴史に名を残すような英雄ばかり。それに、ミスリルは精錬法もわかっていない。もし市場に出ることがあれば、とんでもない値が付く品です。とても受け取れない。……受け取る理由が無い」


 ドルフの言葉を遮るようにミラは言った。


「理由なら、ある」


 ドルフは焚火のそばに腰を下ろし炎を見つめる。


「おぬしがどう思っとるか知らぬが、儂はおぬしのことを同志だと思っておる。一時とはいえ、同じ苦しみを背負い同じ志を持った同志じゃ。まぁ、結局、探索に赴くことはなかったがな。……友愛の証じゃと思って受け取ってくれんか」


「しかし……」


「その剣なら竜にも刃が通るかもしれん。見た目は地味じゃがおぬしの身を守ってくれるはずじゃ。……リジーは救われたが、おぬしの妹はこれからじゃ。それには、なによりおぬしが無事に帰らねばな」


 ミラはなにも言わずじっと剣を見つめている。


「それに、おぬしのスキルは【剣術】じゃろう? 持っておいて邪魔になることはあるまい」


 ああ、そういえば、ミラは戦闘向きのスキルを持ってるって言ってたな。


「……とりあえず、お預かりいたします」


「おお、返さんでよいぞ……ところでフチよ」


 今度は俺に何かを差し出す。それは小さなナイフだった。革製の鞘にはミラに渡した剣の鞘と同じような幾何学模様が施してある。鞘から抜いてみるとミラの持っている剣と同じように淡く光を発している。刃渡り三十センチ弱の片刃のナイフでシンプルなデザインだ。驚いてドルフの方を見る。これもミスリル製?


「あー、それは貸すだけじゃ」


 あれ? 今の流れはくれるんじゃないの? まぁいいけど。


「おぬし、朝の髭剃りが辛いといっておったろう? もっと切れ味のいいナイフがほしいと」


 言いました。もうね、シェービングジェルとかムースとか当然無いし、石鹸すらないから、照明用の獣脂をぬってナイフで髭剃るんだけど、切れ味悪いせいか痛いの。あごの所とか難しいし。だいぶ慣れてきたけど。でも、返すのはいいけどいつ返すの? とりあえず、明日の朝髭剃りに使ってみようかな。


「それも儂が打った自信作じゃ。業物じゃぞ、鼻を落とさぬよう気をつけよ」


 ドルフはそう言ってニヤリと笑う。


「おぬしの故郷はずいぶんと遠いようじゃが、その里帰りが終わった後、もしまた辺境に来るようなことがあれば、儂達の里を訪ねてきてくれ。そのときに返してくれればよい」


 なにも返事が出来ないでいると、ドルフは俺を見ながら柔らかい表情で言った。


「リジーがな、何故かは知らんがおぬしを気に入っておる。何年あとでもいい、また会いにきてやってくれんか」


「……約束はできませんけど」


 俺は絞り出すように言う。


「ああ、かまわん。できれば、という話じゃ。金に困ったら売ってもよいぞ、そこそこの金額にはなるじゃろう」


「髭を剃るのにミスリル製のナイフとは、笑うに笑えませんね」


 剣を鞘に納めたミラが言う。笑えないとかいいながら薄く笑っている。


「売ると言っても、上手くすれば帝都に家が買えるほどの金額になるでしょう」


 それまで黙って俺たちのやり取りを見ていたギルバートが口をはさむ。


「え、それはそれで怖いんだけど」


 殺ししてでも奪い取る、的な展開とか。


「それは大丈夫でしょう。普通の人は見ただけではわかりません。意匠もシンプルなものですし、ミスリル製の武具など見たことのある者はそうはいませんから。私達も城で一度だけ見たことがあるだけです」


「ふーん、さっそく明日試してみるかな。ドルフ、ありがとう。じゃあこれ、借りときます」


「はぁ!? お前まさかホントに髭剃りに使う気か!?」


 ミラが横で非難交じりの驚きの声を上げる。え、だめなの?


「ははは、まさにコボルトにミスリルの剣、ですね」


 ギルバートが声を上げて笑うのは始めて見たな。


「さて、用事もすんだし儂は休ませてもらうぞ。明け方にもう一度見張り番がまわってくるしの。おぬしたちも体を休めておいた方が良い」


 そういうと、ドルフは毛布にくるまり体を横たえる。ミラは一度納めた剣を抜いて、素振りをしてみたり焚火にかざして眺めたりしていた。それを見ながらギルバートと少し世間話のようなたわいない会話をする。


 決戦の前夜だというのに、あまり緊張感はなく、いつものように夜は更けていった。

 

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