16 ゴブリン村編12 ですよね
皆で長老の家に戻り、話し合いが始まった。
「さて、何を視たのだ? 詳しく教えてくれ」
ドルフのその言葉に、トアと長老は頷く。
「まず、私が説明するです。じっくりと見た訳ではないです。推測もはいるですが……」
そういって、トアは何を見たのかを語った。
広大な森を鳥の目を借り、上空から異変を探す。トアも途中呟いていたが、それは困難な作業に思えた。だが、もともと、とりあえずやってみようという、案外気軽な感じではじめられたことだ。特に危険があるわけでもないし、なにか見つかればよし、見つからなくても仕方がない。
しかし、トアは異常を見つける。森の一部の木が激しく揺れていた。何本かの木がなぎ倒されている様だ。不審に思い少し高度を下げその場を旋回する。
【共感】の魔法は、感覚を共有する魔法であり、本来、生き物を操る魔法ではない。その生き物の思考を誘導するくらいしかできず、強制力はない。本能的にその場を離れようとする鳥の意識を必死に誘導しながら、その異常に近づいていく。そこで見たのは1匹の大きな竜だった。何かと戦っているようだ。いや一方的に襲い、捕食しようとしているのか。ワイバーンやレッサードラゴンなどの亜竜種を見たことがあるが、この種類は見たことがない。そこで、慌てて長老を呼んだ。
トアはそこまで話し、長老の方を見る。長老は軽く頷いて、そのあとに見たものを話し出した。
「そうだね、私も鳥の視界ってのは初めてだったから少し戸惑ったんだが、その竜の大きさは〈朱頭熊〉を口に咥えて振り回すくらい、と言えば伝わるかい? 翼はあったが翼竜じゃない。足は4本あったよ。うろこのある竜で色は少し暗い銀色にみえたね。そして正気ではないように思えた。それよりも問題なのが、……角があったよ」
「!! シルビアよ、それは!」
長老の言葉にドルフが反応した。驚いたように身を乗り出したので、膝の上でうとうととしていたリジーがびっくりして目を覚ましていた。
「……本当だよ。二本の角、頭部の両側に大きな巻き角があった」
ドルフは、その姿勢のまま、しかし言葉は出ないようだった。
しばらく誰も言葉を発さなかったが、やがて少し遠慮がちに口を開いたのは、ミラだった。
「……あの、ドラゴンというのはこの地では珍しくはない、とまではいいませんが、そこまで驚く事なのですか? その、角があることとなにか関係があるのでしょうか?」
ミラのその問いを受け、少し落ち着きを取り戻したのか、ドルフが答えを返す。
「ミラよ、角がある竜は上級種なのじゃ。古竜種にしかないとされておる」
「!! それでは、森に現れた竜は、エンシェントドラゴン!? それこそ伝説の、おとぎ話ではないですか!」
「ハイエルフの里は実在するし、エルフの秘薬だってあるんだ。なにがあってもおかしくない。……というか、アタシはアレに心当たりがあってね」
「……それは?」
ドルフは長老の話の続きをうながす。
「この話は、少し長くなるかもしれないが……。そうだね、もう、十年ほど前になるか、この辺境に魔女が現れたのを覚えているかい?」
長老はトアにお茶の準備を頼み、誰にともなく尋ねた。
「……翡翠の死神じゃな。儂らはあまり関わらなかったが、儂らの里の北にある遺跡の調査をしたときいている。そのとき、この村にしばらく滞在したのではなかったか?」
ドルフが答える。
「あんたたちは何か知っているかい?」
長老はそういうと、ミラとギルバートに視線を向ける。ミラは軽く首を振り、その隣にいるギルバートは少し遠くを見るようなしぐさをしながら、話し出した。
「……そうですね。当家が奨爵してこの辺境の鎮護を命じられた頃です。件の魔女は当時すでに有名人でしたから、帝国としても辺境の領主家である当家としても、その動向には注意しておりました。ガサの町を出発し、長期間戻らなかったので、エルフの里に里帰りしたのではないかとの噂が流れました。エルフの里の存在が真実味を帯びたので、他領や、あげく他国からもこの辺境に冒険者たちが訪れ、治安が悪化したと……、いえ、これは関係のない話ですね」
「たしか、ミシアとかいう名前のエルフの魔女だな。私はよく知らないのだが、この大辺境で長期間町に戻ってこなかったら、普通は死んだと思うんじゃないのか?」
ミラがギルバートの話に横から口を出す。
「当時、死んだと考える者はほとんどおりませんでした。あの魔女を知る者であれば当然でしょう。……お嬢様、帰ったらもう少し歴史や教養の勉強をしましょうか」
ギルバートの返事に微妙な表情をするミラを横目に見ながら、ドルフが口を開く。
「たしかに、あの魔女が辺境の魔物ごときにやられるのは想像できんが、……で、シルビアよ、その魔女がどうしたのじゃ?」
長老は少しの間、考え込んでいるようだったがやがて「この話は、一応、他言無用と言われているんだけど」と言ってミラとギルバートの方を伺う。二人は顔を見合わせ小さくうなずいた。それをみて長老はゆっくりと語りだした。
十年ほど前、トアがまだ幼子の頃、村に冒険者の一団が訪れた。その中に件の魔女、ミシアがいたらしい。当然門前払いになりかけたが、ミシアがゴブリンの言葉を話せたため、交渉によりこの村に滞在することになった。この辺りは紆余曲折があったらしいが省略するとのこと。
西にある山脈の麓の遺跡の調査ということだったが、遺跡が思ったよりも広大で、複雑に地下に伸びていたので腰を据えて調査する為、この村の隅っこにでもキャンプをさせて欲しいということだった。たしかにゴブリンの村とはいえ、野外で野営するよりは遥かに安全である。
長い期間滞在する間に自然と交流するようになり、ミシアは古いゴブリンの呪いや独自の魔法、辺境の薬草の話を興味深く聞いてきたそうだ。長老がエルフの薬学や魔法を教わったのもこの時だという。ミシア以外の冒険者達は、ゴブリンの言葉をほとんど解さなかったので、あまり交流はなかったが、特に険悪になることもなく、逆にゴブリン達に対価を支払い荷物持ちとして雇ったりしたらしい。長老も何回か遺跡の調査に同行したそうだ。
ミシアの話では、その遺跡はエルフがこの地に訪れ、森に隠れ住むようになる前からこの地にあったもので、どのような種族の何の遺跡なのかもわかっていなかったそうだ。エルフが里を開いたのは数千年以上前とされているので、それ以前のものなのは確かだが調査でもその辺りははっきりとはわからなかったという。
やがて調査を終え、ミシアと冒険者は去っていくのだが、最後の調査に同行した長老が遺跡の最深部で見たのが、例のドラゴンではないかとのことだった。
「遺跡の地下の最深部は洞窟になっていてね。その洞窟の奥に眠っている竜がいたのさ。広い洞窟で、光も十分に届かない距離から少し見ただけだが……魔女は古竜の幼体じゃないかって言っていたね。ところで、銀槌山脈の山頂に住む竜の話を知ってるかい?」
長老はお茶のお代わりを注ぎながらミラに尋ねる。急に話を振られたミラはすこし慌てたそぶりを見せながら答えた。
「銀槌山脈の山頂、雪と氷に閉ざされた人跡未踏の地に白銀の竜が住む。……帝国民なら誰でも聞いた事があるおとぎ話です」
「その竜の子供ではないかと、魔女はいっていたよ。数年もしくは数十年単位で休眠と活動を繰り返しているんじゃないかといっていた。休眠期のようっだったし、討伐が目的ではなかったので無視したんだが……」
「その竜が森に現れたと? 活動期に入ったということかの?」
ドルフが長老の説明に答えるように言う。
「休眠と活動のサイクルがどのくらいの周期かはわからないが、その可能性はあるね。ただ、さっきも少し言ったが、正気には見えなかった。何と言うか、狂乱状態というか理知的な様子ではなかったのが気になってね」
「……まさか、大魔嘯の?」
長老の話を聞いていたドルフが呟くように言う。
「〈朱頭熊〉の件もあるし、その可能性が無いとは言えない、ってところだね。なにしろもう少し情報がほしい。……というわけで、トア」
「はい」
トアはまるで自分に声がかかることがわかっていたかのように返事をした。
「明日から、毎日偵察と観察をしたい。少しでも情報が欲しいからね。たのむよ」
トアは何も言わず頷く。
「リジーの治療にはもうしばらくかかる。悪いがドルフはうちの村の冬備えを手伝っておくれ」
「ああ、それはかまわん。狩りのついでに森の様子も探ってこよう」
ドルフも力強く頷きながらそう答えた。
「ミラ、それからギルバート」
長老は二人をじっと見つめる。
「はい」
ミラは姿勢を正し長老の言葉を待つ。その顔は心なしか勇ましい。
「アンタたちは帰りな」
「な!?」
ですよねー。そうじゃないかなぁとは思っていたが。
「ギルバートの治療は終わっているし、アンタの妹の分の霊薬はもうギルバートに渡してある」
「は!?」
長老の説明にミラの理解は追いついていないようだ。ギルバートは何も言わない。
「ことが片付いたら、トアをアンタらのもとに行かせる。ただ、一応、ギルバートには治癒術の種類と要領を伝えてある。腕の良い術師を用意出来れば、治療に時間がかかるかもしれないがおそらくは大丈夫だろう」
「しかし! それは……」
反論しようとするミラを手で制し、長老は言う。
「理由は二つ。一つは竜のことを人間の町に伝えて欲しいってこと。こればっかりはどうなるかわからない。竜が人間の町の方に向かうことも考えられるしね。貴族のアンタの言葉なら軽んじられたりはしないだろう」
長老は一度そこで言葉を止め、すこしトーンを落とし続ける。
「もう一つは、……アンタが真っ先に妹のところに帰ってやらなくてどうするんだい」
そういわれ、ミラは複雑な表情をしたが、結局、何も言い返すことはできなかった。
「出入りの行商人がそろそろこの村に来るころさ。その商人が町に帰るとき、同行すればいい。それから、フチ」
長老は俺の方を向いて、いつもの口調で言った。
「あんたには、手伝ってもらうよ」
……ですよねー。そうじゃないかなぁって思っていたんですよ。ホントですよ?
「どんな思惑があって、魔女がアンタをこの辺境によこしたのかはわからないが、見届けてもらうよ。泣き言は魔女に会って直接言うんだね」
「えーと、それは、かまわないんですが、……かまわないこともないんですが、俺にできることって、何もないですよ?」
思ったことを言ってみる。ドラゴンとか無理ゲーです。
「アンタを戦力として考えてるヤツなんて誰もいないよ。アタシはアンタの考えを聞きたいのさ。マンドラゴラのことだってそうだね。生きたまま採ってくるなんて思いもしない。期待してるのはそこさ。辺境の常識、いや、もっと言えばこの世界の常識にとらわれない、柔軟な発想ってやつさ。……とはいっても、そこまで期待してるわけじゃない。とりあえずは、アタシとトアの小間使いってところだね」
ちなみにそのマンドラゴラだが、まだ倉庫で鉢植え状態だったりする。完全な暗闇の中では休眠状態になる習性を利用して、その状態で葉っぱだけ何枚か失敬して薬の材料にしたそうだ。伝説級の薬が作れるそうだが、貴重過ぎてもてあましているといった感じだ。いっそ若返りの薬でも作ろうかと長老は笑っていた。
マンドラゴラの一件で俺の評価が高くなっているが、あれって、ちょっと考えれば誰でも思いきそうだけどな。たぶんトアが大袈裟に言ったせいだな。くそう。
「あー、聞いていいだろうか? 気にはなっていたのだが、フチはいったい何者なのだ? その、ミシアという魔女の縁者なのか? ……それに別の世界とは?」
俺が黙り込んで考え事をしていると、ミラが少し遠慮がちに聞いてくる。
「おお、そうじゃな、ゴブリンたちから簡単に聞いてはあるが、儂も詳しく知りたい」
ドルフがそういって俺に顔を向けてくる。眠ってしまっていた膝の上のリジーがその声で目を覚ましてしまった。
「トア、食事の準備を頼むよ。リジーも手伝ってくれるかい?」
長老はそういうと、俺がこのゴブリンの村に現れた経緯を話し始めた。そのあとは、日本のことやミシアのことを改めて尋ねられたりしながら、時間が過ぎていった。




