15 ゴブリン村編11 異変
騒動が一段落し、長老、トア、ドルフが長老の隣の家、つまり俺にあてがわれている家に集まっている。怪我人、……怪我ゴブリンは二人、命に別状は無いが、しばらくは満足に動けないだろうという。さきほどまでフレジも居たのだが、事の詳細を報告し、他のゴブリンと、狩りや見張り、見回りの班とシフトの再編を話し合うため、今しがた出て行った。
ミラは長老の家でリジーとギルバートの様子を見ているということで同席していない。
そして、フレジの報告を聞き、情報のすり合わせと今後について話し合うために集まっている。
俺は長老の家で薬草の処理でもやってようかと思っていたのだが、半ば無理やり連れてこられてしまった。俺、この場にいる必要あるかなぁ?
ともあれ、話し合いは始まっている。
「森はアタシ等の生活の要だからね、なにか原因があるなら把握しておきたいが……」
「森の異変には気が付いておったのじゃが……シルビアはどうじゃ?」
ドルフは腕を組み難しい顔をしている。
「報告は受けていたよ。昔にもこんなことはあるにはあったから、あまり気にはしていなかったんだけど」
「どういうことです?」
お茶を各人に配りながら、トアが長老に尋ねる。
長老はお茶を受け取り、一口すすってから答える。
「森の主の代替わりさ。今まで主だった魔物が死んだか殺されたかして、新しい主が現れたんじゃないかと思っていたんだけど……」
「うむ、儂もそう思っておった。主の代替わりがあるとき森は乱れる。しかし……」
「〈朱頭熊〉だね」
「ああ、他にも気になることはあるが、一番はそれだな」
詳しく聞くと、森の奥深くには主とよばれる森の生態系の頂点のような個体が居て、それが何らかの理由で死ぬか、その場からいなくなった場合、主の争奪戦のようなものが行われるという。その際にそれぞれの魔物や魔獣のテリトリーに変化が現れ、いつもは見かけない魔物を見かけたり、普段とは全く異なる行動をする個体が現れたりするとのことだ。めったにないことだが長老やドルフは何回か経験しているのでさほど気にはしていなかったようだ。
しかし、どうやら今回の異変は少し毛色が違うことがわかってきた。
「あの、くそ熊どもが、この時期に群れるなんてきいたことがない。それに今は実りの季節じゃ、森の外に現れるのも本来ありえん」
全高三メートルほどの大きさの熊ような見た目の魔物〈朱頭熊〉は凶悪で強力な魔物だ。しかし、ゴブリンやドワーフにとっては狩りの対象だという。それは〈朱頭熊〉が基本的には一匹で行動することを好む魔獣だからだ。準備を整え、罠に誘い込み、集団で対応すれば狩れない相手ではないという。
以前、トアも言っていたが、この時期〈朱頭熊〉は食欲旺盛になり。また縄張りにも神経質になるという。冬を越すために少しでも多く栄養を蓄えるためであり、木の実や野草、山菜はもとより、虫や獣、魔獣、目に付くものはなんでも捕食し、獲物の確保のため捕食行動のテリトリーを侵す同族を襲うほど凶暴になるといわれている。そして実りの季節であるこの時期、食糧が豊富な森から出てくることはまずない。
しかし、今回は森の手前の例の大岩でのキャンプ中に襲われた。しかも二匹で襲ってきたそうだ。トアが簡易の結界と魔物除けを施していたが、それらは強力な魔物にはほとんど効果がない。結界の異常で襲撃にすぐに気が付いたが、ほとんど不意打ちで襲われ、見張りに立っていたゴブリンが負傷し、そのあとの戦闘でも一人が重傷を負ったという。二匹の〈朱頭熊〉の内、一匹は仕留め、もう一匹は逃げられたそうだ。
「ドルフがいて助かったです。いなかったら、もっと被害があったはずです。最悪死人が出てもおかしくなかったです」
「それは、こちらのセリフじゃ、嬢ちゃんの魔法が無ければ、もっとまずいことになっておったろう」
二人の表情は暗い。不意打ちで襲われたとはいえ思うところがあるのだろう。
「……森の浅層にマンドラゴラがいたことも、普通なら絶対にありえない事さ」
「それについては僥倖だったとしかいえんな、このフチのおかげもあるが」
ドルフが俺の背中をバンバン叩いてくる。……痛い。
「……ミラが村の南で〈朱頭熊〉に出くわしてる。はぐれの個体かと思っていたんだけど……」
そういって長老は考え込んでしまう。なにか思うことはあるが口に出すことをためらっているようにも見える。
「まさかとは思うが……〈大魔嘯〉か?」
「だいましょう?初めて聞くです」
長老はドルフと視線を交わし、お茶で軽く口を湿らせた後説明してくれた。
〈大魔嘯〉……数百年前、辺境中の魔物が群れをなし人間の町を襲ったという事件。普段群れるはずのない魔獣や魔物同士が一緒に、しかも暴走状態で津波のように押し寄せたという。その数も1万だとか10万だとかいわれているが、はっきりはわかっていない。本来人を襲わない大人しい魔物や、捕食者と被捕食者の関係である魔物が同時に群れを成して行動していたという話があり、そのため暴走の原因は単純な飢えや縄張り争いではないとされている。悪魔の仕業だとか、大魔法使いの魔法実験の失敗だとか色々な説があるが原因はわかっていない。またその事件がどのように終息したのかも、はっきりわかっていない。当時の不世出の英雄が一人で数万の魔物を撃退し、その後皇帝になって帝国をおさめたというのが詩や劇の定番であるが、よくある英雄譚のおとぎ話で本気にするものはおらず、学者達の間では暴走が自然に鎮静して元の森や荒野に帰っていったのではないかとされているそうだ。
ハッキリとしたことはわかっていないが、この世界には長命な種族がいる。当時、実際に事件を目撃し、まだ存命している者もいるため、このような事件は確実にあったようなのだが、あまりにも事件のあらまし、伝承があやふやで不確実なために、意図的に情報が隠されているのではないかと言う者もいるとか。当然それは何のために? という話になるのだが、どこの世にも陰謀論好きっているのね、というのが俺の感想だ。
「……それは、さすがに無いとは思うんだが、〈朱頭熊〉のような行動を他の魔物が取り始めたら、あるいは……とね。まぁ、なんとも言えないね、情報が少なすぎるよ。もう少し何か……」
「ふむ、今のところ異変は森でしか起こってはおらんようじゃが、やはり森に何かあるのか……」
長老とドルフはなにやら考え込みはじめ、ふと会話がとぎれる。囲炉裏の薪が燃えるパチパチという音が耳につく。……この集まり、俺は本当に必要なのだろうか? 俺も、なんとかこの部屋から抜け出せないかと考え込みはじめたとき、トアが口を開いた。
「じゃあ、森を調べればいいです?」
「そうだねぇ、ただ、森はいつもと勝手が違うようだし、斥候は危険かもしれない。それに冬備えもおろそかにはできないし、どうしたもんか……」
トアの問いに対する長老の返事は歯切れが悪い。
「【共感】を使ってみるです」
「……そいつはいい考えかもしれないね」
「なんじゃ、それは? 魔法か?」
「はい、オババよりわたしの方が上手です」
「どんな魔法なんじゃ?」
魔法の効果と使い方、危険はないのか、いつ行うのか、などの話し合いが始まる。
抜け出すタイミングを完全に逃した俺は、空気のような存在になりながら、ひたすら空気を読んでいた。
それから三日後、魔法を利用しての調査を行う日になった。俺とトア、長老、ドルフ、その娘のリジー、ミラとギルバートもいる。他のゴブリン達は冬備えのため忙しく働いている。
さて、今日の作戦を簡単に説明すると、トアが【共感】という感覚を共有する魔法で鳥の目を借りて森を上空から偵察しようというものだ。まず上空から調査し、結果の如何にかかわらず、次は森のネズミなどの小動物に術を施して同様の調査をする計画もされている。
なぜ三日待ったのかというと、単純に天候の問題だ。つまり天気が悪かったのだ。
「すごいねー、鳥さんになれるなんていいなぁ、お空を飛べるんでしょう?」
「鳥になるわけじゃないです。鳥の目を借りるです」
動けるようになるまで回復したリジーは、ほぼ終日トアか俺に同行しいる。トアは薬草採取のため村の外にいくことが多いので、いつもは俺のそばで薬草の調剤作業を楽しげに見ている。何故かは知らないが懐かれているようだ。今日はトアが村に居るのでトアにくっついている。
ドルフはそんな愛娘を目を細めて見守っている。治療の効果でリジーが動けるようになり、少し危なっかしい足取りで歩いているのを、ドルフは滂沱の涙をながしながら眺めていた。俺はそんなドルフを見て見ぬふりをしていたが、トアは容赦なく冷かしていた。うーん。
「本当にそんなことが可能なのか? 聞いた事もないぞ、そんな魔法」
「私も聞いた事はありません。本当に可能なら戦時の戦略が崩壊します。陣形や兵種、伏兵も空から丸見えなのですから。……歴史がかわりますね」
「……また、秘密にしなければいけないことが増えたのか……」
「小動物にも可能と言っていましたが、たとえばネズミに術を施して、敵将のいる天幕に忍び込み、作戦を盗み聞きするとか、ほかにも……」
「やめろ、ギル。それ以上言うんじゃない。あー聞きたくない……」
ミラとギルバートは少し離れたところでボソボソと喋っていたが、やがてミラは耳をふさいでしゃがみこんでしまった。
元気になったギルバートは意外と若い見た目だった。ほりが深くはっきりした顔立ち。なんか、欧州のサッカー選手みたいな顔だ。年齢を尋ねると三十六歳という返事が返ってきた。初見で初老とか思ってすいませんでした。
「……あの子には、はっきりいって天賦の才がある。魔法に関してだがね。……ところで、この前の話だが、トアが行くとさ」
長老は、魔法の準備をしているトアから離れ、ミラに小声で話しかける。
「本当ですか!」
ミラは立ち上がり身を乗り出す。長老に掴み掛らんばかりの勢いだ。
「ああ、あの子が行かないならアタシが行くつもりだったけど、即答だったよ。最初から行くつもりだったとさ。友達の妹を助けるのは当たり前だってね」
「……そうですか……そうか……」
ミラは俯いて、目元を拭っている。
「もうしばらく先の話だけど、あの子のことを宜しく頼むよ」
「……はい」
ミラとギルバートは頭を下げる。
「オババ! 準備ができたです! こっちにくるです!」
そこへ準備が整ったトアの声が飛んでくる。
「ああ、じゃあ始めようか」
トアは直径二メートルほどの魔法陣の中に座り。昨日森で捕まえてきた鳩のような鳥を両手で抱えている。長老がトアの後ろに立ち両肩に手を置く。トアは目を閉じ集中しているようだ。やがて、トアの両手と鳥が淡く光ったと思ったら、鳥はそのまま飛び立っていった。トアは脱力し倒れそうになるが、後ろの長老が支えている。
「……うー、鳥の視界、気持ち悪いです」
トアは目を閉じ、脱力したまま小さな声でつぶやいた。事前の説明の通り、成功のようだ。
伝書バトが飛ぶスピードは、自動車の速さと同じくらいだとなにかで見たような覚えがある。うろ覚えの上に、今飛んで行った鳥のスピードもわからないから、なんとも言えないのだが、森の上空までは十分か十五分くらいだろうか?
「……だいぶ慣れてきたです。あ、大岩がみえたです。やっぱり早いです」
しばらくして、トアはそう呟く。
「トアちゃん、すごいなぁ、いいなぁ」
リジーが魔法陣の外で羨ましがっている。
「改めて見ると、めちゃめちゃ広い森です。これは、……何かを探せといわれてもです。……うーん、森でコボルトの抜け毛を探すようなもんです」
森の上空に着いたのだろう。
「……あれは? ………!! オババ、いるです?」
暫く無言だったが、なにかに気づいたのか小声で呟いたあと長老を呼ぶ。
「いるよ、なにか見つけたのかい?」
長老は落ち着いた口調で後ろから声をかける。
「見た方が早いです! わたしに【共感】をかけるです」
本来、この魔法は、鳥や獣に使う魔法ではないらしい。少なくとも長老は人や亜人種にしか使えないそうだ。そういうところが、天賦の才、なのだろう。そして、トアが見たこと無いモノ、理解できないモノでも、博識な長老なら知っているかもしれない。ということで、今度は長老がトアに【共感】を施しトアの視界を覗く。実は作戦通りの行動だ。長老やトアは【二重共感】と呼んでいた。
「……これは! ……トア、もう少し近づけるかい?」
「……やってみるです、けど……」
いったい何がみえているのか、ただ事ではない雰囲気に周囲にも緊張が走る。
あっ、という声とともに、トアがビクリと体を震わせる。そしてゆっくり目を開いた。長老も声こそ出さなかったが同じような反応だ。
「……どうやら、エルフの結界に触れたね。魔法を強制解除されたようだ」
「……そんなことより、あれは……」
「ああ、竜だね、しかも正気じゃないように見えたが」




