92 郷愁縁起編13 ご挨拶
ガサの町の港に降り立った俺は、入町の手続きの列に並んでいた。といっても、俺が乗ってきた船は貨物船なので乗客はほとんどいない。大量の荷と一緒に乗ってきた商人が数人いるだけだ。
帝国ではまだまだ移動に船を用いるという感覚が根付いていないようだ。実際には陸路より海路の方が早いし、料金も乗合馬車や宿代を考えると安価で済むはずだ。海賊や魔物のリスクはあるが、それは陸路でも同じだ。山賊や盗賊の危険はあるし、街道に魔物が出ることもある。それでも利用者が少ないのは、結局のところ、地に足が着かないという理由に尽きるのだろう。嵐やトラブルで船が沈んだらまず助からない。陸路なら何かしらのトラブルがあっても命だけは助かるかもしれない、ということだ。
「身分証と、一応荷の中身を幾つか確認させてもらう。……と、荷はこの木箱一つか?」
俺の番が回ってきたので、係の男に言われた通り身分証を提示する。もちろんランシスの身分証だ。
「おや、お前の名前はリストに載っていないな。ふーむ、……まぁ、身分証に問題はないようだし、記載漏れだろう。そっちはお前の連れか?」
「はい、親戚の子なんですが、まだ身分証は持っていなくて。……名前はユイ、俺が保証人になりますので」
「そっちの子もリストには無いなぁ……まぁ、正規のチケットもあるようだし、密航者というわけでもなさそうだな。よし、じゃあ、次は荷を見せてもらう」
本来は幾つかの木箱を抜き打ちでチェックして、事前の申請通りの品かを確認するらしいのだが、俺の荷は木箱一つだけだ。係の男は専用の工具を持ってきて木箱の蓋を開けようとしている。
「む、蓋が壊れてるな……。すまん、紛失している物がないかこの場で確認してくれ。……中身は、工芸品、酒……食料、雑貨………自動人形?」
「メイ、もういいぞ。荷物を頼む」
「はい、マスター」
俺の声に木箱の中にうずくまってたメイがむくりと起き上がると軽い動作で箱から出てきた。係の男は少し驚いた顔をしている。
「……最近、冒険者の間で流行っているらしいな。しかもこの人形はあの英雄の持ち物によく似ている」
「へー、そうなんですね。見たことあるんですか?」
「ああ、去年の冬の初めごろは人形や仲間を連れてこの町をフラフラしていたよ。そんな大した奴には見えなかったが、結構凄い奴だったらしい。アンタ、帝都から来たのに知らないのか? なんでも、お供の自動人形と友人である古竜と共に、帝都の破壊を未然に食い止めたって話だ」
「はぁ。俺……自分は東の方から流れてきたもので。……ところで、その話信じてるんですか?」
「まぁ、半信半疑だな。話に尾ひれが付いているんじゃないかとは思っているが、竜の友っていうのは本当のことらしい。最近も偶にこの町の上を飛んでるし、人の姿で町を歩いてるって話だ。アンタも見れるといいな」
「はぁ」
その噂も流れてきてるのか。あんまり町をうろつかない方がいいかもしれない。というかハルは町を出歩いて大丈夫なのか?
「じゃあ、最後に、この町に来た目的を教えてくれ」
「知り合いを訪ねて来たんです。あとは、一応冒険者なんで、いい話があればそちらも、と考えています」
係の男は手に持っているボードに挟んだ紙に、何かを書き込んでいる。アルファードは治安維持の観点から入町の管理を重要視していた。きちんと記録に残すようになっているのだろう。
その間に用意していた大きなリュックサックに木箱の中の品物を詰め込む。リュックはメイが持つつもりのようだ。小柄なメイが背負うと、後ろから見れば完全に姿が隠れてしまい、まるで荷袋が宙に浮いて移動しているように見える。
「……よし。木箱がもう必要ないならここに置いていってかまわない。荷車の貸し出しもあるが……大丈夫そうだな。……この町は冒険者を歓迎している。ようこそガサの町へ。アンタの武運を祈るよ」
俺は係の男に適当に礼を言い、その場を離れる。時刻は昼前といったところか。
「へぇ、冒険者を歓迎する町っていうのはホントなんだな」
荷物を抱え歩き出したところで、ユイが感心したような口調でそう言った。
ラステイン家が辺境を治めるようになって始めた政策の一つが、冒険者の優遇だというのは有名な話だ。優遇策の具体的なものには、宿代の割引やロバや荷車などの低料金の貸し出しなどだが、この領地独自のシステムとして、冒険者組合を通しての金銭の融資などもある。
だが最も重要なのは、この町の住民は、実力ある冒険者に敬意を持って接するということだ。常に強力な魔物の脅威に晒されている辺境では少しでも戦力が必要だ。他の比較的平和な街では厄介者扱いされることが多い冒険者もこの町では貴重な戦力として扱われる。住人はこの町が冒険者の活躍によって支えられていることを知っているのだ。そのため、他所から流れ着いた冒険者がそのまま居ついてしまう例も多いという。引退後の仕事の斡旋にも力を入れているので、この町の潜在的な戦力は帝国随一となってしまっているそうだ。それも、ラステイン家が他の貴族から疎んじられている理由の一つだという。
「で、これからどうするんだ? ラン」
「だからぁ、それは何回も船の中で説明しただろ。まだ信じてなかったのか? それに俺はフチ。渕一郎だよ」
「ランはランだろ。押し掛けたオレに意趣返ししたいのはわかるけど、アポなしで貴族の家に押し掛けるなんていくら何でもあり得ねぇって。引っ掛けるならもっとマシなウソをつけよ」
「………まぁ、いいや。これからちょっと寄り道して、そのお貴族様のところに行くから。お前、その口調だと無礼打ちだぞ? 助けてやらないからな?」
「はいはい。本日は貴きそのご尊顔に拝しまして至極光栄のことと存じます。こんなんでいいか?」
ユイはそう言ってケラケラ笑っている。ふむ、今に見ているがいい。笑ってられるのも今のうちだ。
そのあと、軽食屋で軽く食事を済ませ、まずはタセルの店に向かった。軽い挨拶と帝都土産を渡すためだが、一番はダナがちゃんと戻っているか確認したいからだ。メイと三人で連れだって歩いているのだが、メイはこの町では有名なので、外を歩くときはフードを目深にかぶり例のお面を付けてもらっている。怪しい人物にしか見えないが、人形にも見えないのでこちらの方が幾分かましだろう。
「よう、久しぶりじゃないか兄ちゃん。なんだその髪は? いめちぇんってやつか?」
途中、道を歩いていると、串焼きの屋台のおっちゃんに声をかけられた。おっちゃんといっても結構な年齢で、爺さんといってもいい見た目だ。いつも買い食いしていた屋台なので、髪の色が変わっていても俺だと気がついたようだ。特に寄るつもりはなかったが、声をかけられると仕方がない。
「おっちゃん、二本おくれ。それから、それとは別に五、六本包んでよ」
「ほっ、今日は金を持っとるのか? そういえば兄ちゃんの連れのちびっこいのが偶に買いに来るぞ。それからこの町の守護竜様もな」
おそらくトアとハルのことだ。ゴブリンの村に行くついでにこの町にも立ち寄ったりしているのだろう。
「それなんだけど、ハルは町を歩いて平気なのか?」
俺はおっちゃんから受け取った串焼きを一本ユイに渡し、もう一本にかじりつく。相変わらずなんの肉なのかわからないが、甘辛いタレが旨い。
「商業組合から普通に接するようにお触れがでたんだよ。変に崇めたり有難がったりするな、だとさ。あの子はいい子だ。俺なんかがこんな言い方していいのかはわからんがな」
ふむ、アルファード辺りが商業組合に言ったのかもしれない。まぁ、なんにせよ、町を歩けるようになったことはいい事には違いないか。
「お前さんも何やら大変なことになっとるようだが? こんな所で油売っていていいのか?」
「おっちゃんが俺に声かけたんじゃないか。それと、俺はその大変なことから逃げて来たんだよ。いつものことだろ?」
「ほっほっ! 違いない! ほれ、大七枚だ」
出来上がった串焼きを受け取り、俺は銀貨を一枚手渡す。
「釣りはいらない。ってセリフ、一度言ってみたかったんだ」
「ほっ、豪気じゃの。まいどあり」
串焼きを抱え、タセルの店を目指す。
「ランはこの町の出身なのか?」
ユイが食べ終わった串焼きの串をその辺に投げながらそう聞いてきた。
「いや、冬の間にしばらくこの町にいたんだ。出身はもっと遠いところだ」
「ふーん。で、さっきの肉ってなんの肉なんだ? うまかったけど」
「いやぁ、それが、何度聞いても教えてくれないんだよね。値段も安いしちょっと怖いんだけど」
「え? それって大丈夫なのか?」
そんなことを話しながら歩いていると、目的のタセルの店に到着した。
「こんちゃー、リック君いますかー」
「はーい、って、アンタだれ?……って、フチさん? なんすかその頭? イメチェンですか? いや、でも似合ってる? のか? いやしかしなんかこう……」
「あー、リック、タセルさんとかダナさんは?」
「あ、はい。旦那様は例のごとく行商です。ダナさんもそのお供ですね。奥様はいるんで、ちょっと呼んできますね。……奥様ー、珍しい人が来てますよー」
ふむ、ダナは戻ってきているらしい。リックは店の奥からローザを連れて戻ってきた。
「久しぶりだねぇ、元気だったかい?……なんだいその頭。イメチェンかい? それで、そっちの連れは……まぁ! まぁまぁまぁ! フチ、この子ちょっと借りていいかい?」
「ダメです」
いきなりユイがターゲッティングされている。さすがのユイも困惑顔だ。
「メイちゃんも久しぶり。相変わらず可愛いねぇ。……そうだ、フチ、うちのがアンタにお礼を言いたがってたよ。なんでも新しい商売の道筋をつけてくれたそうじゃないか。代官様からもいくつか仕事を頂いたし、アンタには頭が上がらないね。うちのはまた出てるんだけど、よかったらお茶でも飲んでいきなよ」
その代官からの仕事というのはよくわからないが、新しい商売というのはもしかしたらエデ病の治療薬のことかもしれない。それ以外でタセルに感謝されるようなことはちょっと思いつかない。
「いえ、今日は挨拶がてらちょっと寄っただけで、……またゆっくりお邪魔します。これ、差し入れです。それとお土産買ってきてるんで……」
俺は先ほど買った串焼きを渡し、荷物から一本の酒と、小物を取り出す。ローザには上品なワンポイントの花柄の刺繍が施してあるハンカチ。リックには派手なガラのバンダナを手渡した。どちらもユイが見立てたものだ。
「あら、この刺繍可愛いわね。それに生地の手触りもいいし。ありがとう、さっそく使わせてもらうわ」
「フチさんにしてはセンスいいですね。でもちょっと派手かな? どうすか? 似合います?」
相変わらずリックは一言多いような気がするが、さっそく頭に巻いている。なんというか一昔前のバンドマンみたいになっているが、嬉しそうなので良しとしよう。
「お酒は皆さんで……珍しいお酒みたいですけど、味はわかんないです」
その後少しだけ世間話をして、早々にお暇することにした。というのも、領主館には日が暮れる前に行きたかったからだ。どの時間帯でもいきなり押しかけたら迷惑かもしれないが、早い時間の方がいいだろう。それに、他に行く当てもない。
別れ際にリックに声をかけられ、こんなことを言われた。
「えっと、フチさん、違和感の原因がわかりましたよ。髪は明るい色なのに、眉が黒いから変な感じなんですよ」
あーそれは盲点だったわ。某有名格闘ゲームのアメリカ代表とか津〇大介みたいな見た目になっているという事か。……うん、髪は早めに黒に戻そう。
ガサの町のはずれの小高い丘の上に建つ立派なお屋敷が近づいて来たところでユイが口を開いた。
「なぁ、後に引けないのはわかるけど、もういいだろ? 今日の宿でも探そうぜ」
ユイは、まだ俺が嘘をついていると思っているのか。だが、その口調は少しだけ不安気だ。
「そうだな。表から行くのは流石に無いかな。裏口に行こう」
表門を通り過ぎ、屋敷の裏手に回る。出入りの商人などが食材などの商品を配達したり、使用人や下働きの者が出入りするのは基本的に裏門の勝手口だ。
裏門の内側の脇には守衛というか、門番というか、御用聞きの様な役割のホセさんという年配の男性が詰めている。門のところの呼び鈴を鳴らすとこの男性が出てきて、用件を告げると取り次いでくれる。
ホセさんは俺の事を覚えていてくれたようで、すぐに取り次いでくれた。しばらく待つとメイドと共に戻ってきて門を開けて迎え入れて入れてくれた。
「やぁ、ステラ、元気だった?」
「お久しぶりですね。フチさん。旦那様がお待ちですので、ご案内いたします。お連れの方もどうぞご一緒に。メイちゃんも久しぶり」
領主館のメイドの一人、若さと胸部装甲に定評があるステラが深々と頭を下げてくる。それを見たユイは緊張した面持ちで俺の袖を掴んでいる。ふふふ、さてはちょっとビビってるな。
「あ、そうだ、これ先に渡しとく。帝都で流行ってるお菓子なんだけど、メイドの皆さんでどうぞ。従士の人たちには別で買ってきてるから、女性の皆で分けてね。ホセさんにはこれね」
メイが背負っている大きなリュックサックから、土産を取り出す。メイドさんたちには帝都で人気があるというキャラメルの様な飴。ホセさんにはお酒だ。
「へ? 儂にもあるんですかい? ……有難いことです」
「それ結構強いお酒だから飲みすぎないようにしてください。癖があるけど美味しかったですよ」
酒瓶を掲げ拝むように頭を下げてくるニコニコ顔のホセさんと別れ、ステラの後をついて歩く。
「フチさんって結構マメですよねー。フリーだったら私も狙っちゃうんだけどなぁ」
ステラが笑いながらそんなことを言い出す。
「え? 俺、絶賛フリー状態だと思うけど? ……ところでステラってかわいいよね」
「………それ、本気で言ってます? 終いには刺されますよ」
軽い冗談のつもりで言ったら、本気で引かれてしまった。というか、ステラやメイドたちの中で俺はどういうことになっているんだろうか。今度少し話し合う必要があるかもしれない。
「あー、えーと、他の皆さんは変わりないのかな?」
「それは……旦那様からお話があると思います……」
意図せず陥ってしまった微妙な空気を払拭するために、何気ない話題を提供したつもりだったのだが、ステラの返事は曖昧なものだった。俺の前を歩いているので、その表情はわからないが、なにかまずいことを言ってしまったのだろうか。
微妙な空気のまま屋敷の中の応接室に案内される。
見慣れた応接室の中には数人の人物がテーブルについていた。俺は部屋の入り口で呆然と立ちすくんでしまう。
それは、俺がまったく予想していない光景だったからだ。
「おー、すごいです。ホントに来たです」




