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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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13 ゴブリン村編9 リジー


 この世界の生き物は、程度の差こそあれ全身に魔力というものを帯びていて、血液のように体内を循環しているという。癒しの魔法、身体強化系の魔法やスキルも、この体内の魔力を利用して効果を発揮するらしい。魔法やスキルの種類によって多少の例外もあるが、この体内で循環している魔力は、ほぼすべての魔法の行使に大なり小なり影響がある。そんな説明をこの世界に来た当初、魔法の訓練のさわりとして聞かされた。


 他にも魔法の種類や魔素と魔力の違いなどのくわしい説明も受けたが、その体内魔力自体が希薄で、魔法を使えない俺に言われてもなぁ。


 それはさておき、〈エデ病〉である。またの名を〈魔力循環阻害病〉という。要するに先述の体内魔力が何らかの理由により循環しなくなる病なのだそうだ。いろいろな説はあるが原因は不明。また罹患者が少なく病理もまったくといっていいほど解明されていないという。


 この病には3段階ほどの病状があるとされている。特に自覚症状はなく、ただ魔法の行使に影響があるのが一期、それに加え手足の痺れや、体力、抵抗力の低下が現れるのが二期。しかし、この段階までは魔法の治癒術と薬による治療で、時間がかかる場合もあるが快癒は可能とされている。問題は三期もしくは末期といわれる段階。手足の痺れが進行し、運動能力が極端に低下する。体内の魔力がほとんど循環していない為、魔力によって作用するあらゆる治療がほぼ効果を発揮しない。そして個人差はあるが、麻痺は全身に、やがて内臓にまで及び死に至るという。この段階に至ると治療はほぼ不可能とされているが、唯一〈導通の儀式〉と呼ばれる施術で回復することがあるとされている。しかしその施術を実際に行うものはほとんどいない。その理由として、まず、そもそも儀式を行使可能な者が稀であること。また、たとえ儀式が完璧に行われたとしても、成功率は二割に満たないこと。そしてこの手段が忌避される一番の理由は多大な苦痛を伴う事だそうだ。そのため子供の患者の場合はほぼ成功しないといわれている。未熟な体と精神ではたとえ儀式に成功しても苦痛に耐えられず、死にいたるかよくて廃人になる。しかしこの三期の段階に至る患者は皮肉なことに子供が多いといわれている。子供の場合、症状の進行が早く〈エデ病〉と判明したときには手の施しようがなくなっている場合が多いということだった。

 あとは、本当に例外としてあらゆる病を癒すとされる、伝説の〈エルフの秘薬〉もしくは〈エルフの霊薬〉というものがあるといわれているが製法は不明で、存在しないとする説も有り、ほとんど子供のおとぎ話のようなものだ。本気にする者はいない。……長老が造れるんだけど。


 とまぁ、このような説明を、長老、ドルフ、ミラのお三方に、泣かれたり、笑われたり、怒られたり、叫ばれたりしながら、延々と聞かされ、その伝説の〈エルフの秘薬〉がいかに凄いか、そしてその材料のマンドラゴラがいかに希少で貴重な物なのかという話を、これまた延々と聞かされ、終いには真顔で「三行で頼む」と本気で言ってしまうほど延々と聞かされ、そして、トアの思惑通り、酔っぱらったドルフにもみくちゃにされた。


 つまり三行で言うと、


 伝説の薬草を手に入れた。

 赤ちゃんかわいい。

 トアの作戦通り。


 ということである。

 話の最中にドルフが酒を持ち込んできたこともあり、まだまだ長引きそうだったのだが、「お願いだからトイレに行かせてください、でなければ俺は今ここで人間としての尊厳を失うことになる」と言って、逃げてきた。まぁ、トイレに行きたかったのは本当だけど。


 無事にトイレをすませたが、あの場所にまた戻るのも危険なので、どうしたものかと思案していると横合いから声をかけられた。


「おお、あんたがゴブリンの子供より弱いって評判のフチって人間か?」


 見るとドルフとは別のドワーフだった。どんな評判だよ。っていうかさぁ、ドワーフは初対面の人間をディスらなきゃならないルールでもあんのか?


「俺はちょいと族長に用事があって来たんだが、トア嬢ちゃんが、あんたを呼んできてくれだってよ。それとうちの姫さんもあんたに会いたがってた。村はずれの空き家にいるから来てくれだとさ」


 俺は、適当な返事をして、その空き家に向かうことにする。ここに居るよりましだろう。ドワーフに背を向け少し歩くと、後ろから声をかけられた。


「なぁ、あんた、……いやフチさん、うちの姫様を救ってくれてありがとう」


「いや、それは……」


 俺は振り返って、それは違う、と言おうとしたが、途中で言葉を失ってしまった。ドワーフが深々と頭をさげていたからだ。何も言えず、しばらく見ていたが頭を上げる様子が無いので、そのままにして空き家に向かうことにする。少し歩いてまた振り返ってみたがドワーフは頭を下げたままだった。


 思うに、みんな混乱しているのだ。冷静になって考えれば霊薬を作れる長老が一番凄い。そして、俺のおかげだということは絶対にない。決死の覚悟で、命を懸けて探しに行く薬草が天から降ってきた。約束された自らの死と、確定していた大切な者の死。それがコインがひっくり返るように、あっけなく逆転してしまった。そう、あっけなさすぎるのだ。努力をしたわけでもなく、痛みを背負ったわけでもない。なんの代価も払わずに最上の結果を得ることに納得していないのかもしれない。

 そしてそれは俺も同じだ。謙遜ではなく、特に努力したわけでも、なにか特別なことをしたわけでもない、なのに皆に感謝されているのが居心地が悪い。納得がいかない。物事に於いては過程や結果より、当事者達の納得が大事だ、みたいなことを、ビジネス書かなにかで読んだような記憶があるが、それがこういうことだったのかと、今まさに納得した。笑える話だ。


 そんなことを考えて歩いているといつの間にかドワーフ達とトアがいるという空き家の前に着いていた。

 日が落ちて、すでにだいぶ時間が経っている。いつもならそろそろ床に入っている時間だ。ドルフの娘が会いたいと言っているらしいが、挨拶だけして休ませてもらおうか。それに〈エデ病〉の治療薬の完成にどれほど時間がかかるのかは聞いていないが、ドルフの娘、リジーの治療が明日から始まってもおかしくない。無理をさせない方がいいだろう。


 声をかけ、家の中に入る。目に入ったのは囲炉裏を囲む三人のドワーフ達と、そこから少し離れた場所に寝かされている小柄な人物。そのそばにはトアが付き添っている。

 さきほどのこともあり、またドワーフ達にもみくちゃにされることも少しだけ覚悟はしていたのだが、そんなことはなかった。ドワーフ達は俺の姿を見ても声は発さずただ静かに黙礼してきた。黙りこくっているがドワーフ達の表情は暗くはない。どちらかと言えば明るい表情だ。

 この対応は想定外だったので少し戸惑っていると、トアが手招きをしてる。

 ドワーフ達に軽く頭を下げながらトアの方に近づいていくと皆が言葉を発しない理由が理解できた。どうやら、ドルフの娘、リジーは眠ってしまっているようだった。


「フチを待っていたですが、眠ってしまったです。まぁ、しょうがないです。自分の足で歩かなくても、長距離の移動というのは疲れるものです」


 俺がそばに行くと、トアは小声でそう言った。そして、リジーの肩を軽くゆすり、起こそうとする。俺は少し驚いて、トアを止めようとしたが、俺が来たら起こすよう頼まれていたらしい。


「リジー、フチが来たです」


 リジーという少女を一目見た印象は、儚げ、だった。胸元まで毛布を掛けられていているが、それでも体は小さく華奢な女の子だとわかる。髪の色は白に近い金髪。プラチナブロンドというやつだろうか、緩やかにウェーブしているその髪は肩口で切りそろえてある。肌も抜けるように白く、頬に少しそばかすがある。髪と同じ色をした長い睫がゆっくりと持ち上がり、その薄いブラウンの瞳が俺をとらえる。病のせいもあるのかもしれないが、もともと色素の薄い子なのかもしれない。……まるで人形のような女の子。俺のあまり豊かではない語彙では。そんな表現しかできない。 


「……あなたが、フチさん?」


 少女のか細い声の問いに、こちらも小声で返事をしながらゆっくり頷く。


「あのね、起きて、待っていようと、思ってたんだけど、少し寝ちゃった」


 申し訳なそうに微笑みながら言う。


「あのね、さっき、お父さんと、シルビアさんがきて、言ったの。あたしの病気、治るんだって。それでね、フチっていう人間の、おかげだから、お礼を言っておきなさいって、言われたの」


 そこで少し言葉がとぎれる。もしかしたら言葉を発するのも辛いのかもしれない。俺も、色々思うことはあるが、今は黙って頷く。


「ありがとう」


「……うん」


 少女の礼の言葉に微笑みながら小さく返事を返す。今、この場ではこの少女が納得することが優先される。そんな気がした。


「……でもね、少し、怖かったの。全部夢だったら、嫌だなぁって、思ったの。目が覚めたら、里の、あたしの部屋の、いつもの、ベッドの上だったら、嫌だなぁって」


 少女はゆっくりと自分の思いを語る。


「あたし、ずっと横になって、ばっかりだったから、想像ばっかり、してたんだ。お父さんや、里のみんなも、いろんな話を、してくれたし。里の外に出たのは、初めてだけど、思ってた通りだったの。ゴブリンさんの村も」


 俺もトアも、後ろのドワーフ達も、何も言わずじっと聞いている。


「それでね、思ったの。夢かもしれないって。だって、ベッドの上でね、何回も想像したことと、同じだから。里の外に出で、この村に来たことも、トアちゃんと、お話ししてることも、……あたしの病気が、治ることも、何回も、夢に見たから」


 でもね、と少女はつづける。


「……人間が、フチさんみたいな、人がね、夢に出てきたことは、無いんだ。だってね、想像できないから、人間のことは、よく知らないから。知らない事、想像できない、事は、夢に見れないよね。だから……」


 少女そこで少し息をつき言葉を止める。少し疲れたのかもしれない。しかし、しばらくしてまたゆっくりと語り出す。


「……だからね、フチさんに、会えたら、もしかして、ほんとうのこと、かもしれないって、思ったの。夢じゃないかも、しれないって……。あのね、だからね、夢じゃ、ないよね?」


 少女、リジーは俺のことをじっと見つめている。俺は何も言えなかった。夢じゃないよとか、君の病気は治るんだ、とか、何を言っても薄っぺらい言葉にしかならないような気がしたから。


「……そうだね」


 やっと絞り出したのはやはり薄っぺらい、気の利かない言葉だった。この少女のこれまでを思うと、きっとどんな言葉でも足りない。俺にはそれが精一杯だった。


「……リジー、見るです」


 トアはそういうといきなり俺の頬をつかみぐいぐいと引っ張ってきた。


「!! いひゃいいひゃい、ひゃめろ!」


 トアのいきなりの攻撃をびっくりしながらひきはがす。


「いきなりなにすんだ! 顔はやめろ! じゃない、いきなりなにすんだ!」


 トアは、ちょっと混乱気味の俺の抗議を無視して、リジーに話しかける。


「ね。痛がっているです。だから夢じゃないです」


 トアは得意げな顔で言う。


「……それ、ちがくない?」

「……それ、違うと、思う」


 俺はともかく、リジーにまでダメ出しをされている。


「うるさいです! 『……そうだね』じゃないです! もっと気が利いたことが言えないですか! だいたい、来るのも遅いです!」


「ああ! そこは、触れてほしくなかったんですけど! それに遅くなったのはドルフに絡まれたからですぅ。その原因を作ったのはトアだろ! 有ること無いこと言いやがって!」


「コボルトの棍棒に誓って、何一つウソは言ってないですぅ!」


「出たー、コボルトシリーズ。意味わかんないんですけど!」


「思いついたです! フチの顔をもっと、リジーが想像もつかないような顔にするです! そしたらリジーも安心して眠れるです!」


「おいやめろ! 顔はやめてください! すみませんでした!」


 俺とトアの見苦しい争いをみて、リジーはクスクスと笑っている。トアはそれを見てリジーに向き直る。


「……今夜はリジーと一緒に寝るです。フチは勝手にするです」


 トアは追い払うようにおれに手を振り、リジーの毛布に潜り込む。


「今日はいろいろあってつかれたです。とっとと寝るです。リジー、もし不安になったらお前のほっぺたも、もげるくらいひっぱってやるです。安心して寝るです」


「……うん、よろしく、ね」


 トアと並んで毛布にくるまっているリジーは心なしか嬉しそうにしている。

 かるくため息をついたあと、自分の家に帰るため腰を上げた俺にリジーが声をかけてくる。


「フチさん、あした、また、お話きかせて、ね」


「ああ、おやすみなさい。トアもまた明日な」


 ドワーフ達にも軽く挨拶し外に出る。


 明日からも、しばらく騒がしい日々が続くのだろう。


 そういえば、行商人っていつ来るんだろう? 俺、この調子で日本に帰れるのかなぁ。



 そんな事を考えながら、俺は叢雲に覆われ、それでも薄く光る月を見上げた。


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