BとKの敷居
その日は、強い雨が上がったばかりで、雨上がり独特の臭いが強かった。梅雨の真っ最中だ。
僕(B)と彼女(K)は、小さい頃からずっとお隣さんで幼馴染だったが、Kの言葉と同時に幼馴染関係は終わった。
K「・・・彼氏できたんだ。近いうち結婚するの」
彼女は若干不自然な笑顔でBに告げた。
B「・・・そっか。」
こちらも不自然な笑顔で応える。唐突な、ありふれた失恋。
K「でさ、ちょっと相談したいことがあるんだけど、ちょっといいかな。夕方に犬の散歩しながら。ね?」
B「いいよ。いつもだいたい一緒に散歩してるじゃないか。聞かなくて良いよ。」
K「それがBとの最後の2人きりか・・・今から行こう。」
昨日までのBなら、意味深な発言だと、少しドキドキしていたかもしれない。しかし、今は違う。
犬の散歩を作業だと割り切っている自分が居た。
犬の散歩が始まってすぐ、Kはお互いの庭のことを話しだした。
うちは隣同士仲がよかったので、お互いの庭は敷居がなく、犬や人が自由に行き来していた。
K「今度、結婚したらこの家に2人で住むんだ。犬は一緒だけど、親は別のところに住むんだって。だから、元通り庭に敷居をつけようかなって。」
B「まあ、今まで通りだったらいけないね。」
K「庭も一緒にしていたけど、これからは庭を別々にしないと・・・いけないね。」
B「そうだね。もう犬の行き来はできなくなるけど、仕方ないね。」
Bは平静を装って、出来る限り淡々と答えた。
K「Bはそれで良いの?」
B「元々それが正しいんだから。境界線はきっちりしておかないとね。お互い後で揉め事になるのお互い嫌でしょ。」
K「そうじゃなくて。」
B「え?」
K「庭はそのままにしても良いんだよ。」
B「それは、駄目だよ。」
K「何故?」
B「犬が勝手に上がり込んだら先方が迷惑するかもしれない。」
K「今までもそうだったじゃない。」
Bはこの言葉だけは、彼女の目を見て言った。
B「これからは違うよ。」
K「そっか・・・そうだね。」
B「いつ頃から一緒に住むの?」
K「1ヶ月後くらいかな」
B「じゃあ、庭の手入れと敷居の設置を急がないと」
K「・・・そうだね」
B「ホームセンターで色々買わないとな」
K「・・・うん」
B「結婚おめでとう」
K「・・・ありがとう」
Kは少し涙を流していた。
Bは、Bは泣きたい気持ちを抑えるのに必死だった。
このままずっと犬の散歩をしていたかった。
雨上がりの道路は、犬の足を汚した。
B「家に帰ったら、足を拭いてあげないとな。」
K「あっ犬用タオルを玄関に出し忘れたかも。」
B「じゃあうちのタオルを使えば良いよ」
K「そっか・・・そうだよね。ありがとう。」
B「いつものことだよ。」
Kは少し躊躇しながら、質問をしてきた。
K「あ、あのさ。もし、もしなんだけど、本当に万が一、彼と喧嘩して家を出たくなったら、Bの家に行っていいかな?」
B間髪入れずに返答した。
B「敷居を壊して来たら、来ていいよ・・・。」
(一生住んでも良い)という言葉は飲み込んだ。
散歩している2匹の犬は楽しそうだ。雨上がりの夕焼けはあまり美しくはなかったが、Bの寂しさを増幅するにはちょうど良い天気だった。