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  作者: 東郷十三
45/46

45、いとおしさ

 日田市内を抜け高速に乗った頃には、陽はとっぷりと暮れていた。去年豆田のひな祭りに連れ出した時には、こんな時間まで一緒にいなかった。豆乳鍋で有名な店で昼食をしているとき、楽しそうにしてはいたがなんとなくよそよそしさを感じて、食事を済ませると早々に引き揚げた。そう、鍋の表面でゆっくり出来上がる湯葉を何度かすくった後、

「時間持て余しちゃう。」

とつぶやいた彼女の一言が気になったのだった。


「すっかり暗くなっちゃったね。」

「ああ、まだ6時を過ぎたばかりなのに。」

「朝からこんな時間まで一緒にいるのって、初めてじゃない?」

「そうだっけ?」

「だって私が朝苦手なのを知ってるから、 あなたからの誘いは全部お昼頃からだったでしょ。」

「それにしては今日は早く起きれたね、30分遅刻はしたけど。」

「あーごめんなさい。でもその分、道は走りやすかったでしょ?」

「遅れたことを正当化する気?」

「そんなつもりないけど。でもいいじゃない、とりあえず今日は仲良く温泉を楽しめたんだから。」

「どこかで聞いたようなセリフだなあ。」

「そう?」

おどけて肩をすくめると、少し傾けたシートに身を預けた。


 上りに差し掛かり軽くアクセルを踏み込むと、昼間の雪道を思い出した。しかし、もうタイミングをはかる必要はあるまい。お互いへの思いは同じようだから。『隠し事はしないで』、との彼女の言葉にも救われた。

 今日はほんとに色々なことがあった。なんとなくまだよそよそしさを感じていた今朝の車の中、陽の下で初めて観た彼女の胸、ガラス屑のカーテンのような景色、色合いの違う乳白色の温泉、蕎麦の味。そしてあの奥さん。人それぞれと言ってしまえばそれまでだが、あれほどまで強い女性はそうそういまい。事実を知った時はさぞご主人の事を憎んだだろうに、冷静にふるまい自分のとった行動を分析し原因を見極めようとした。二度と同じことを起こさないために。危機を乗り切った夫婦の絆はより深まると聞く。だからこそ今は家庭を大事に思い、仲が良いのだろう。


緋乃からの言葉は待ち望んでいたものであり、とてもありがたかった。しかし、もし緋乃と伴に歩き始めて危機が訪れた時、それをうまく乗り越えられるほどの揺らぎない信頼をこれから築いていくことができるだろうか。




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