39、差
来た道を戻るのが癪で、当初の予定通り小国経由で日田から高速に乗ることにした。既に陽は完全に山に隠れている。
「眠らないけど、ちょっと。」
そう言いながら助手席のシートを倒した。
「僕もそうしたいな。」
「だめ。あなたは運転、私はあなたの分までお腹を伸ばす。」
「不公平だな。」
「いいから、運転に集中して!」
そう言うと、人差指でこめかみをつついてきた。
さすがに陽の落ちた後の空気は冷たいようだ。何分も走らないうちに、窓が曇り始めた。エアコンをデフロスタに、循環を外気取り入れに切り替えると、すーっと前方の視界が開けた。
「ねえ。」
曇りが消えるのを待っていたかのように、緋乃が口を開いた。
「気を使わないで。」
「え?」
眼を閉じたまま続けた。
「なんて言うか…合わせてくれてる、私に。」
「何を?」
「無理しなくっていいの。話題を選んでる。」
「選んでなんていないさ。そんなことする理由がある?」
「小さいころの話、避けてる。」
確かに、子供のころの思い出話というものはしたことがない。
「したくないだけさ。昔の話なんて…昔の事は…。」
「理解できっこない、そう考えているんでしょ? 確かにそのころ驚いたり感激したりしたものが今は当然のことだったり逆になくなっていたりしてる。この前話してくれたレコードの針の事なんて、 言われて思い出すくらい記憶に薄いもん。でも、それは仕方ないでしょ?育ってきた‟時代”と‟時間‟が違うんだから。価値観が違ってたって、驚かない。かえって驚かせてほしいくらい。だから、そのころのことを話して。 私はいろいろなことを聞いて、あなたに追いつきたい。いいえ…」
言葉がとぎれ軽いため息が聞こえた。やがて吸い込んだ息を止め、ためらいがちに続けた。
「あなたが高校を卒業した頃、私はやっと這い這いを卒業できた。私が小学校に入学した時、あなたはもう入社式を迎えていた。いくらあなたが振り向いて私を待ってくれたとしても、私は決してあなたと同い年にはなれない。わかってる、追いつけないことも同じ考え方になれないことも。」
シートを起こしこちらに向けた顔は、いつになく寂しげだ。
果たしてどんな言葉が続くのか。普段どおりに運転しているように平静を装ってはいるが、左耳に全神経が集中している。




