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  作者: 東郷十三
28/46

28、悪しき風習

「…だから、お風呂から上がった頃にはちょうど出来上がっているわけ。蒸気で温めているから余計な油は落ちているし、なんかふっくらとしておいしいのよ!」

「いいなあ。話聞いてるだけでお腹鳴り出しそう。ご家族みなさんで温泉を楽しんでいらっしゃるんですね。うらやましい。」

「そういうあなただって、お一人でいらしたわけじゃないわよね?」

「ええ、まあ、友達とです。」

露天風呂で挨拶を交わした後も、彼女との話は内湯で続いた。

「彼氏とでしょ。ふふっ、嘘が下手ね。女の子同士だったら、グルメもショッピングもまったく関係無いこんな田舎に好き好んで来るわけないわ。」

「すみません、実はおっしゃるとおりなんです。」

「あらあら、あっさりと認めたわね。で、どちらから?」

「福岡です。天気が悪かったら近場になってたんでしょうけど、運よく朝方晴れていたので。実は朝、せせらぎの湯によってきたんです。ご存知ですか?」

「もちろんよ。この辺の主だった温泉には行ったつもりよ。」

「そうなんですか。じゃ、詳しいことはご存知ですね。」

「実は、どれがどれかわからなくなっている、というのが本音。で、どうだった、お風呂?」

「家族風呂借りて二人でお風呂入ったんですけど、露天風呂が明るすぎて恥ずかしかったです。」

「朝からいい天気だったものね。で、そこから二人で楽しくここまでドライブしてきたってわけね。」

「それが、途中はまるで北国。雪にはまったらどうしようかと心配で。でも、まあ、普段経験できないようなことだったし、何とか来れました。どちらからおいでなんですか?」

「熊本からよ。市内の家を昨日の午前中に出て、大分自動車道経由で。はじめは阿蘇から大観峰を通ってくるように考えてたんだけど、雪で通れないって聞いたから急遽変更したの。でも、おかげで昨日のお昼は久留米でおいしいラーメンが食べられたから、かえって得したのかしら?」

「じゃあ昨日はどこかに泊まって?」

「ええ、黒川温泉に。離れがある宿を主人が予約してくれて。小さな子供を連れて旅行するときって、食事やお風呂で周りの方にご迷惑を掛けないように子供に我慢させることが多いでしょう?だからたまには気兼ねなく親子でゆっくりしようって、奮発してくれたの。露天風呂が付いていたから、お風呂三昧。部屋食だったから、子供たちと話しながらゆっくり楽しめた。それに、実は昨日、私の誕生日だったの。三人がハッピーバースデー歌ってくれて、ほんとにうれしかった。」

「それはおめでとうございます。それで、あの…おいくつになったんですか?」

「あ、それはセクハラよ!なーんて、ウソウソ。ゾロ目の33歳。いいオバチャンでしょ?」

「えっ いえ、とんでも…。実は同い年です、私。」

申し訳なさそうに言いながら緋乃が湯船に体を沈めると、彼女も続いた。

「そうなの?てっきり年下だと思ってた。」

「背が小さいから、そう見えるんだと思います。彼から『間違ってもセーラー服なんて着るなよ。僕が怪しいオヤジに見られるから』って、よくからかわれます。」

「怪しいオヤジって…、彼は何歳?」

「47です。」

「ふーん、訳あり?」

「そ、そんなんじゃ。たまたま付き合っている相手が年いってるだけ…いや、ほんとに怪しいオヤジです。」

「オヤジ、ねぇ。さあどうかしら。あなたのように若く見えるんだったら、そうは言えなくない?でも、とても仲がよさそうね。彼とのコト話しているときのあなた、ほんとに嬉しそうよ。」

「そうですか?そんなこと無いと思うけど。でもその言葉、そっくりお返しします。ご家族仲がよくて、とてもお幸せのようですから。」

「ありがとう。今は、ね。」

「‟今は‟って?」


 初老の婦人が露天風呂から戻ってきた。扉を開けたときに入ってきた風が、湯殿の天井あたりに漂っていた湯気を奥へと追いやった。

「不思議ね。あなたと話していると、落ち着くわ。他人の愚痴なんて聞きたくないでしょうけど、話してもいい?」

「ええ、私でよければ。」

「いろいろあったのよ、結婚して5年だけど。お互い好き同士で結婚したのに、まわりはやれ不釣合いだとか考え方がなってないとか、今でも色々言ってる。あ、主人の実家、おじい様まで代々村長だったの。今は熊本市になってるんだけど、隣近所がちやほやするもんだからお父様なんか有力者気取り。」

「わかる気がする。私の家も、昔は土地を借りてお米作ってて、そのときの地主の家には今でも頭が上がらないみたい。」

「‟悪しき風習‟ってのかしらね、このご時世に。で、私が主人と付き合い始めた頃から、私がサラリーマンの娘というのが気に入らなくて何かとあら捜し。主人も耐えかねて、『やっと自分が幸せになろうとしているのに水を差すのか』って大喧嘩。結局、お父様が折れた形で結婚は許してもらえたけど…」


 彼女は湯からゆっくりと左手を出し、薬指の指輪を眺めながら大きくため息をついた。



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